決意前
子供を寝かしつけ。洗濯物をたたみ、干す。
アイロンと部屋の掃除を終わらせるともう11時だった。
今日は疲れた、とりあえずタブレットからパソコンへ転送してもらった雇用条件を確認する。
確かに何度かやり取りをしたことがある保険代理店だった。
決着が早く、常に合理的で交渉範囲が初手から示されているからずいぶん楽をさせてもらった。
条件は悪くないとはいえ、生活水準の見直しは必須になる。とりあえず夫婦で話はしないといけない。
「実はさ、急なんだけど、いいかな」
「珍しいね、あんなことがあったから転職する」
地元では談合案件について割と大きなニュースになっている。知っていて当然ではあった。
こちらが切り出す前に先手を打たれたことは衝撃でもあったが安堵のほうが大きかった。
「そうなんだよね、実は・・・」
今までの経緯、昇進の打診、保険代理店への転職、不動産会社からの引き抜き、話しているうちに涙が出てきた。何も悪いことはしていない、しかしなぜこんな目に合わないといけないのか。仮に必死に会社に尽くしてもこのような目になる可能性は十分にあった。だからこそ感情が抑えきれなかった。
「私は、転職するなら保険代理店かな。ノルマのきつさはわかっている、しかしあそこは人の入れ替わりがあまりない、いや多少は退職しているけどほとんど独立しての退職だから」
「保険代地点から独立はできるの?」
「確かに簡単ではないよ、しかし宅建を使った独立よりも保険代店の独立のほうが初期コストは格段に低い、何よりリスクもそちらのほうが低い。子供との時間も取りやすくない?」
結局、相談なんて最初から答えが決まっているんだ。だからこそ困った際に背中を押してくれるパートナーに頼もしさを感じた。
時計を見ると11時45分まだ起きているか。とりあえずお調子者に電話をしてみた。
ワンコールなる前に出た
「はいはい、お疲れ様、ちょっと待っていてね。5分もしないうちに折り返すから」
と電話を切られた。
切られてすぐに折り返しがあった。
「ごめんね、まださっきの喫茶店にいたんだよ」
「何してたの?」
「試験勉強だよ、家に帰るとやる気が出ない、というより誘惑が多すぎるからね」
明るい話しぶりではあるがどうせ目は笑っていないんだろうと思いながら本題に入った。
「さっきの紹介してくれた件だけど、受けるよ」
「そうだんだ、わかったよ、すぐに伝えておくね。明日の出社前に電話が来ると思うからよろしくね」
態度も話しぶりも軽薄ではあるが、相変わらず仕事は早い、感心して電話を切った。
布団に入る疲労のせいかすぐに眠りについた、驚くほどぐっすり眠れた。
起きた際に寝坊をしたのではないかと錯覚するほどよく眠れた。
少し早く起きたといえせわしない朝を終え、会社につく5分前に知らない番号からの着信があった。
「おはようございます」
「お世話になっております。保険代理店の代表をやっております。昨夜快諾いただいたとのことで」
「あぁ、はい、早速ありがとうございます。」
「詳しい話についてですが、明日、金曜日の夕方、弊社にご足労お願いいできますでしょうか?昨日目を通していただいた内容と業務内容には一切違いはありません。そこはご安心ください。ただ、建前上、雇用前に一度顔を合わせておきたいもので」
「かしこまりました、それでは、明日、終業後に連絡いたします。」
「よろしくお願いいたします」
話しぶりだけでもかなり優秀な営業職なんだろうということが分かる話し方だった。
さて、あとはカエルに昇進辞退と退職の話をするだけだが、今日のところは昇進の辞退だけで良いだろう。
覚悟は決めた、しかし、景色だけはいつもと何も変わらなかった。




