清算、決別
帰宅して夕食をとるが味わう余裕すらなかった。
子どもの宿題添削ですら簡単な掛け算を散々間違えてしまう。
「 何があったの?」
流石に子どもですら気がついたのだろう。 見つめながら答えた。
「 お金持ちになれるけど悪いことを見逃すのと、お金持ちにはなれないけど悪いことに悪いと言えるの、どっちがいい? 」
聞く前に答えは決まっている。ビジネスの戦場なんて格好つけた言い方をしてはいるが所詮そんなものは内部の問題だ。 会社員である以上、親でもある。
ならば、、、
「 悪いことって?危ない薬でも売るの?」
トドメを刺された、間違いなく談合は違法だ。自分が関与していなくても担当者であるならば間違いなくトカゲの尻尾になる。しかも大企業ならば関連会社に転職も組織的なバックアップで成立はする。
しかし普通ならば懲戒免職で転職すら難しい。
構造としては違法を認識しても是正は出来ない、飛ばされるのは、いつも尻尾の方だ
官庁案件担当と言えば聞こえはいいが、実態は伝書鳩だ。
官庁案件担当者とはいえ、実態は上層部で決まった伝書鳩であり、トカゲの尻尾でしかない。 違法薬物の密売人や輸入代行、流通と何が違うのか? しかし、家庭も住宅ローンもある以上、短絡的に退職もできない。 明日は昼から休みを取って少し頭と自分自身と話をしよう。返答は明後日の午前中まで猶予がある。 お調子者の言っていたできる範囲の手も気になる
翌朝、出社と同時に午後に有給の申請をした。
午後からの打ち合わせは相手に無理をいい全て午前中に替えてもらった。
カエルは 昨日の話だけど、結論は出たかな? などとやたら急かしてくる。
急かすのはわからなくもない、しかしあからさまに死地となっている所へ軽々に行くわけもない、随分、馬鹿にされている事に少なからず苛立ちを見せつつ
「明朝までには必ず返答をします。一番良い回答を考えています。 」
とだけ伝えて業務を始めた。 誰も評価しないが、異常な速さでの業務を終え、正午と同時に退勤した。
まずは亡くなった好々爺の墓前に線香だけでも、と歩き出した。
いつぞかの炉端が道中にあった。炉端にしては珍しくランチ営業をやっている。 懐かしさを感じながら暖簾をくぐる、 店内は流石に閑散とはしていたが1時近いせいもあるのだろう 角のカウンターに座り茶漬けを頼む 程なくして魚の皮を使った茶漬けが運ばれてきた。 あの好々爺との夜を思い返しながら皮を齧る。哀愁なのか少し涙腺が緩みはしたが感情は分からなかった。
食べ終わり、会計の際、店主が
「あんた、かなり前に不動産屋の社長と来た若い子じゃないか」
と声をかけられた。
「 あの好々爺の?」
「 そうそう、あの社長、あんたのことを心配してたんだよ。す っかり立派になったがあの時のような研いだ包丁の印象よりも年季の入ったまな板みたいな印象になったな」
「 まな板ってなんですか」
「 まぁそのうち分かるよ 」
「そう言えば社長は亡くなったんですよね。」
「 あんたもようやく知ったか、今はお子さんが後を継いでるよ、行くのか?」
「 はい、話すことは出来ませんが線香だけでも」
「 そうか、また寄ってくれ」
店を出るとどんより曇り、季節外れに気温が下がっていた。
随分小綺麗な入り口でかなりポップな看板になっていたため何度も通り過ぎてしまった。 あの昔ながらの不動産屋の面影はどこにもない、
「 こんにちは」
「 はい、どちら様で 」
「今日は客でも仕事でもなく先代の位牌に手を合わせに参りました」
宅建士証を提示してあいさつをする。 事務スタッフが社長らしい人物に耳打ちをして電話をかけすぐに、
「こちらへ、ついてきてください」
と事務所の裏に連れて行かれた 古いがしっかり手入れされている小さな家、庭木はしっかり手入れされていて落ち葉一つない
「お連れしました 」
インターホンを鳴らし事務スタッフが伝える
「 それでは私はこれで 、お入りください」
「 失礼致します」
玄関をくぐると上品そうな年配女性、好々爺の奥さんだろうか
「 あらまぁ、久々のお客さんで、位牌に線香をあげに来るなんてあの人も喜んでますよ、どうぞ」
線香に火をつけ、頭を下げる。
( 今も生きています。 )
それ以上は伝えることができなかった。 顔を上げると背後に先刻の社長らしい人物が座っていた。
「あんたが、例の?」
社長らしい人物が口を開く
「例のとは?何です」
「あぁ慣習や習慣から距離をとって生娘でありたいと言っていた。家宅捜索があったからまだ辞めていなければ来るかもね、なんて母と話をしていたんだ」
「となると、あなたが今の社長で?」
「そうです、若輩者ではありますが、父はなくなる前によくあなたのことを話して笑っていましたよ」
「あら、あの人が言っていた例の子、この業界では珍しいって」
奥さんが口をはさむが、それ以上はなかった。
「はい、、、」
褒められたのか貶されたのかよくわからない感覚にうつむいていると
「単刀直入に言います、うちに来ませんか?」
「何故ですか?」
「分かっていますよね。今回の家宅捜索で官庁担当は刷新される。間違いなく前任は懲戒処分。次の担当は、、、」
目を逸らさない、この空気だけは好々爺の血なのだろうか
「しかし、まだ間接的にも取引はあるのでは?となると非常にやりにくいような」
「そこなんですよね、だからあなたが嫌じゃなければ来てくれませんか?」
「求めている能力はかなりしんどいですよね」
若社長は大笑いして続いた
「やはり、父の言っていたっとり、想像以上に切れる。無理は言わないよ。何年先でもよいよ。気が向いたら来てほしい。」
とりあえず、名刺だけもらって後にした。
相変わらず外は薄暗く、肌寒かった。
お調子者に
「夕方ならいつでもよい と連絡を入れた。」
彼にしては珍しく18時以降で少し遅くなるとのことだった。 今は16時、不動産屋からの引き抜きに近い打診、昇進返答、頭がいっぱいだった。 まわらない頭で考えても仕方がない。妙に甘いものを取りたくなり、待ち合わせの駅近くでケーキセットを頼み、ゆっくりしているとスマートフォンの通知がなった。
(スマン、19時になってしまう。昨日の喫茶店でお願いします)
想定以上に遅くなりそうだ。子どもに連絡をして先にご飯を温めて食べるように伝える。
子供は3年生ながらレンジと洗い物位は自分でやるだけはできるのが救いだった。 さて、こうなると2時間以上は時間が空いてしまう。 駅の周りを歩いていると騒々しい建物、 たまにはいいかな。 そう感じ、少しの時間潰しのつもりでパチンコ店に入る 。
当たるだとか増えるだとか、どうでもよかった。思考、作業、判断、これを並行して求められる日常から単純に玉が流れる様を見ているだけ、川の流れを見るのと大してかわりはしないが、何かが違う非日常。 気がついたら財布の中身が随分さみしくなっていた。 今日は随分と無駄遣いをしてしまった 後悔はあったがどうでも良かった。 ふと、もしも勝てたら転職をしようか。との思考があったのを思い出した。
ギャンブルにしても人生の岐路にしても選択を運に任せる時点で生きたい方向は決まっている。
誰かに教わったことが静かに頭に響いた。
随分と暗くなっているな、そう思いながら待ち合わせの店に足を進めた。
同じ店に日に2度も来るのは少し気が引ける
まだお調子者は来ていないようだ、さてどうしたものか。
本来ならば出入りが把握できる場所ではあるが、なるべく道から見えない、目立たない席に座る。
いつもの通り紅茶ですか?
いや、今日はココアにしてもらえます?
ココアを啜りながら、何となく転職サイトを閲覧していた。
「おまたせ」
いつもの目だけが笑っていない笑い顔があった。
「私はアイスティーで」
「遅れたから奢りでいい?」
冗談めかして聞いてみる
「構わないよ」
いつもアイスティーにしている理由を聞いたことがある。カフェイン含有量と利尿成分のバランスを考えて紅茶にしている。そのような話をした記憶はあった。
体型からは想像もできないほど食事も合理的を優先している。
アイスティーが運ばれて少し飲んだところで話を始めた
「遅れて悪いね、まさか私が例の盗難を手引したと疑われてるなんてね。潔白を主張するだけはしたけど信用されてないだろうね」
「でもあんた、関係ないよね」
「そう、全くもって関係はない。しかし、例の不良債権清算をした取引先は私が昔、担当していたからね。そして君のとこも、、、」
「偶然にしては重なりすぎてる?」
「まぁそうなるよね」
「対策はないの?」
「あるにはあるよ、転売された資材はあからさまに君のとこのもの、しかし持ち込んだのは・・・」
「外部の業者?」
「そう、そして売却先の帳簿名義も外部業者」
アイスティーの残りを一気に飲み干し続けた。
「となると、売却の主体との整合性がない。これは善意や無過失を主張できない。」
「つまりどういう事?」
「売却行為自体が無効、つまり最初から成立していない。更に買い取り側も古物商だからね。古物商なんて警察で簡単に調べられる、何ならインターネットでもね」
「古物商だと何か違うの?」
「全く違う、古物商は買い取り、転売のプロだから一般的な善意の第三者の定義で守られない
君たち宅建士が不動産取引で守られないのと同じだよ」
「だとしても、被害者が黙っていたら戻らないのでは?被害届なんかは必須では?」
「そうだね、少なくとも警察に通報して刑事として処理、並行して物を動かせないような保全措置、そして民事的な交渉だね」
「最低でも事実は公表しないといけない?」
「そうなる。しかしごまかすと決めたら?」
「あ・・・」
嫌な予感が現実となり、魔界の入り口に惹き込まれる感覚に襲われた。
完全にココアは冷えている、震える手で残りを飲み干し、水も一気に飲みこんだがのどが渇く
「しかし、最悪を回避する話も持ってきた。」
「回避する?」
「そう、君は完全に死刑台に向かって歩いている。昇進っていうニンジンで釣ってね。」
「まだ受けてないよ」
「だから、回避できる。しかし、完全に詰むか、生きる世界を変えるか今はどちらかしかない。現段階での自主退職ならば退職金ですら確保できる。しかしゼネコン営業としての君のキャリアは終わる。残酷だけどこれが現実だよ」
「完全に詰むは、昇進して責任を取らされる?」
「勿論そう、しかし違法や合法だとかではない、しかも不当解雇でもない。あくまで責任の所在としての処分となる。このパターンで残るのは、一時の役職手当と懲戒処分を受けた現実だけ、それに立ち向かっても地裁の民事だけでも数年はかかる、生活や育児から考えるとダメージが大きすぎる。しかも酷な話だけど裁判で勝っても名誉は書類上回復できるけど経済損失や社会的信用は回復できない。」
「じゃあ完全に王手の状態?」
「いや、私だって君のような楽しい人が沈むのを放置するのは目覚めが悪い。だからこれを見てほしい」
机にタブレットを置きファイルを開いた。
「雇用条件書?何の?」
「君さ、今日、不動産屋に行ったでしょ?」
「なんで知ってる?」
いつも笑ってはいるがこのようなおかしな情報網があることに恐怖すら感じることは珍しくない、悪いことをしているはずではないが、後ろめたさを感じた。
「実はあそこに出入りしてる保険代理店の社長さんと懇意でね、先代の奥さんが内密に君を推薦したみたいなんだよ。正直、賞与は少ないけど決して月収が低いわけでもないし、休みも多い、悪い話ではない。勿論私もここまで首を突っ込んだ以上もしも君が入社をしたら、付き合いではあるけどそれなりの契約を1号としてする。何ならここで覚書を書いてもよい」
「しかし、今判断は、、、」
「勿論分かってる、君の人生だからね、子供の寝顔を見ながら結論を出せばいい。」
相変わらず穏やかではあるが何を考えているか分からない笑みを浮かべていた。
今までの付き合いで嘘もない、発言は必ず守る、しかし約束できない約束はしない。それだからこそ信用はしてよいだろう。
「じゃあ悪いけど深夜になるけど連絡するよ」
「いいよ、12時までは起きてるから」
「随分遅いんだね」
「まぁね、実は私も会社に辟易していてね、資格を取ろうか、なんてね」
「何の?」
「行政書士、今回の一件でよく分かった。正しいことを主張しても無視される、発言力確保には下らない内部政治に迎合しないといけない。弁護士や司法書士になるまでに見捨てる数に耐えられるほど私は強くない」
いつもの冗談か本気か分からない表情がそこにはなかった。この部分だけは本気だ、それは感じた。
店で別れ外に出ると雲はなく、嫌味なほど明るい月が出ていた。
まだ気持ちは晴れてはいないが帰路についた




