D&O
住民投票の広報車が視界に入る事で選挙戦が始まったことだけは分かった。 例の地区が対象になる生保スキームだけはパタリと止んだ。 それだけではない。案件に対して良く見た姓、法人のすら何処かに消えたかのように問い合わせすらなかった。 お調子者が叩いた引き出しの中身と
「忘れ物を取りに来る」
という言葉を日に数度思い起こされた。 間違いなくお調子者も教授も背後の事実にたどり着いているのだろう。
社長ですら、あえて知らないふりをしているのはなんとなく感じた。
D&O保険の調査報告を社長にした際に
「悪いのですけど、お使いを頼めますか?」
珍しく頼まれごとをされた。 D&O保険(会社役員賠償責任保険)は、会社の役員が業務遂行に起因して損害賠償請求を受けた際に発生する役員の経済的損害を補償する保険のことだ。
「どちらに?」
「例の農業法人です。取締役追加に伴うD&Oの追加です」
農業法人に到着し、受付を済ませた。
それだけのことなのに、妙な違和感がまとわりついて離れなかった。
報告書作成のため、企業データや財務諸表はすでに一通り確認している。
作付面積。
生産量。
従業員数。
自己ブランドの展開。
納税実績。
どこにも不合理はない。
むしろ、整いすぎている。
中小企業に限らない。
いかなる企業や事業主であっても、数字と実態の間には、必ずどこかに歪みが生じる。
それが合法か違法かは別として、帳簿には必ず“人間”が滲む。
自分自身ですらそうだ。
副業である行政書士の確定申告を思い返せば、
違法すれすれの経費精算も、意図的な赤字決算も、胸を張れるものではない。
天地神明に誓う、と言葉にしたところで、人は弱い。
だからこそ、書面には甘えが残る。
削り切れない癖や、躊躇や、自己正当化の跡が。
だが、この法人には、それがなかった。
考え事をしていたせいか、時間の感覚は曖昧になっていた。
まるでヴォイニッチ手稿だ。
こちらの仮説が正しければ、別の方向の辻褄が必ず崩れる。
だが逆に仮説を捨てれば、今度は全体像が説明できなくなる。
何かが論理的に破綻している。
それだけは確実だった。
数字とデータで分析するのが保険会社。
法律と論理で分析するのが行政書士。
そのどちらのアンテナにも、この案件は引っかかっている。
引っかかっているのに、掴めない。
確定できる情報だけが、綺麗に欠け落ちている。
「お待たせしました」
扉が開き、声を聞いたとき、受付からすでに三十分が経っていた。
昔なら苛立っていただろう。だが今は、時間にルーズな人間に逐一目くじらを立てるほど若くもなかった。
――本当に、農業法人の役員候補なのだろうか。
第一印象は、それだった。
少なくとも同族ではない。
簡易データで経歴は確認しているが、農業との接点は皆無。
経理能力を裏付ける資格もない。
それどころか、広告代理店の営業や、コンサルタントが纏う、
あの手の「成果は語るが中身は語らない」違和感だけが、妙に濃かった。
「それでは、こちらが保険内容になりますが」
「いいから、どこにサインすればいい?」
「本日はお申し込み資料の説明のみです」
「説明はいらない」
「申し訳ございません。法律ですので」
面倒くさそうに鼻を鳴らす役員候補に、必要最低限の説明だけを済ませ、農業法人を後にした。




