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ネモの軌跡  作者: 桔梗
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晩夏

モヤモヤはしていたが、違法性はない事だけで淡々と調査報告をする事は出来た。 営業からたまに、何故、郊外のあの一帯だけは農地売却による生保スキームが使いやすいのか?と疑問を投げつけられてはいたが

「あくまで市場状況による現金化は地区によるバラツキがあるのは仕方がない」

としか答えられなかった。 1年が経つ頃にはあの一帯の動きは落ち着いてきた。 同じ時期に、アリーナ建設の是非、又は計画地の変更が議会で騒がれるようになった。 計画そのものは有力企業や政財界が廃止はあり得ないと猛反対をしていた。

しかし 計画地の住民は反対署名を集めている。


「夏も終わるし、たまには飲まないかな?」

久しぶりにお調子者から連絡があった。

「構わないけど、何処にする?」

「事務所に来るかい?ツマミは漬物程度しかないけど」

「わかったよ。じゃあ終わったら行くよ」

日は短くなり暗くはなっているものの随分暑い。アスファルトの熱は一向に冷める気配はなかった。

街灯が少なくなった路地を歩く、相変わらず、ポスト以外で事務所とは分からなかったが、中だけは少し変わっていた。

「何だか本棚とファイルが増えてない?」

より目立つようになった白髪を描きながらいつもの調子で答えた 。

「お陰様で、会社を辞めて専業になれたよ」

そう言いながらいつかのちゃぶ台に漬物と氷の入ったグラスを置いた。 「

なるほどね。さすがだね」

登録だけはして、いたが社会福祉以外の業務をボランティア的にしかやっていない自分と随分差がついてしまった。

さてと、備え付けの冷凍室からグラスにボンベイ・サファイアを注ぎながらお調子者が口を開いた。

「いよいよ再来週か」

「なんのこと?」

「アリーナの住民投票」 「あれ、やるの?」

「本当に関心がなくなれば見向きもしないね」

笑いながらグラスを合わせる。 確かに、アリーナ計画自体は進めることになっているが、初期位置での計画か移転しての推進かで住民投票になるとの報道だけは聞いていた。

「まぁ、こんな感じだよ」

お調子者はタブレットのファイルを開いた。

初期計画賛成 35% 移転計画賛成 40%

「移転計画で進むってこと?」

お調子者は胡瓜の一本漬を頭から齧りながら頷いた。飲み込み終わると

「そうだよ、たぶん移転になる」

「場所は?」

含みのある笑い顔をしながらスクラップブックを開いた。

政財界がアリーナ計画に必要な財政支援について前向きに検討の記事があった。

「分かるよね」

記事に写る写真の人物を指さしながらグラスを煽った。

さて、 お調子者は少し真面目な顔をして仮と書かれた財務資料を取り出した。 知っている数字が並んでいる。

「流石に分かったかい」

「これ、例の地区の購入推定価格と補償額?」

「そうだよ」

お調子者は否定も誇張もしなかった。

グラスに残ったジンを一口含み、舌の上で転がすようにしてから続ける。

「正確な数字じゃない。だから“仮”だ。でもね、公共事業の補償ってのは――だいたい“似た顔”になる」

紙の上には、土地取得費、移転補償、営業補償、営農再開費用。

どれも、どこかで何度も見た項目だ。

そして、合計欄の数字だけが、やけに整いすぎている。

「農地として買った価格にしては高すぎる。でも、最初から事業用地として見れば……安い」

「……だから、農業法人か」

言葉にした瞬間、自分の声がやけに乾いて聞こえた。

違法ではない。

だが、無垢でもない。

「そう。農地法、都市計画法、補償基準。全部“正面から”通っている。だから誰も止められないし、止めようがない」

お調子者は肩をすくめた。

「住民投票の結果がどう転んでも、移転先として“適している土地”が用意されている。しかも、帳簿上はずっと“農地”のまま」

「……それで、あの人員数か」

「そう。作るためじゃない。“使っている”状態を維持するためだ」

しばらく、氷が溶ける音だけが部屋に落ちた。

窓の外では、夏の名残みたいな虫の声がしている。

「で、」

ようやく乾燥しきった口を開けた。

「住民投票の翌日以降、何が起きる?」

お調子者は、少しだけ笑った。

いつもの軽さではなく、覚悟を含んだ笑いだ。

「何も起きない。少なくとも表ではね」

そう言って、机の引き出しを指で叩く。

「でも君は、忘れ物を取りに来る」


相変わらず笑った声だった。

しかしその響きは、冗談とも忠告ともつかず、地の底から静かに魔界へ誘われるような感覚を伴っていた。

喉の奥が、わずかにひりつく。

酔いが回ったわけではない。

それだけは、はっきりと分かっていた。

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