表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ネモの軌跡  作者: 桔梗
2/23

好々爺との夜

しでかした。ここのところ暖かかったから今日は夏物のスーツだった。 昨日まで最高気温が20度を超えていたがまた寒が戻ってきた。コートすら忘れた。 春が近いとはいえ18時となればずいぶん冷える。雪もチラついてきた。 昼間に不動産会社社長と話をした内容はぼかして直長には、偶然、例の不動産会社社長と行き合い本日飲みに行くことだけを伝え、早めに切り上げた。 そもそも残業自体はまずやらないように組んでいるので残務は少ないのだが。 先輩には敢えて話をしなかった、なんだが面倒な事になりそう、それだけはオペラ魔王を彷彿とさせる影がチラつく。 不動産会社に着き事務所を開ける。

「来たか、行こう」

相変わらずの好々爺だ昼間の殺気は幻覚だったのだろうか。

「お前、アレルギーはないか?」

「はい、ありません。強いて言えば昆虫食や踊り食いですかね」

「そんな所はいかん、任せておけ」

連れてこられたのは炉端焼き、あの上品な好々爺がこんな場末の炉端は意外だったが。

「まぁお疲れさん、ここの焼き魚が好きでな。若いもんには物足りんかもしれんがな。まずは乾杯だ、日本酒でよいか?」

「はい、頂きます。」

スッキリとした中に妙にくどくない甘さ、微発泡

「これ、岐阜県で有名な大吟醸では?」

「分かるか、意外だな。まぁ連れてきた甲斐があったよ。それと昼間は悪かったな」

語り口は穏やかで殺気は微塵もない、しかし静かな恐怖は感じた。

「申し訳ありません。知らない方が幸せで、むしろ知らない生娘であることが私の価値であり初々しさだとは思うのですが、何があったのですか?常識とは?」

その問いに魚の皮を齧り、お猪口に残った酒を煽り、目を合わせた。気迫に押されたのだろう、とりあえず酌で間を取る。 殺意はない、しかし、穏便な好々爺でもない、覚悟を問うように返した。

「お前さん、学生時代は何をしてきた?何になりたかった。最初からこの業界が希望だったのか?」

正直に答えた、警察官になりたかった。しかし、面接で市民の命を守るために命をかける覚悟ができていないことを知り、面接の途中で退席したこと。学生時代はそれに気が付かず警察官になることしか考えていなかったこと、正直に話をした。

「お前は自分にも他人にも正直だ、だから気に入った。しかし、今回の件で事実を知ると戻れなくなるか、上を目指せなくなる、またはお前が汚れる、その覚悟はあるか?というより私がお前を汚す覚悟がいる、だから次の店まで付き合え、素面では話せないし、覚悟もできん、すまんな」

何かとんでもなく面倒な予感しかしないが、毒を食らえば皿までと覚悟を決めた。 何だかんだ言いながらもご馳走されてしまった。

二軒目のバーでいよいよ覚悟を決めたのか、ショットグラスを舐めながらポツポツと話しだした。 不動産会社経由での建築案件はブローカーからの紹介ルートの体裁を取り仲介金や紹介手数料が発生すること 完全な違法行為ではないが利益最大化のスキームであること 先輩の紹介したブローカーからのキックバックの形で社長へマージンの還元の構想で進んだこと 本来ならば仲介金を三者分割する予定だったこと、 そして先輩から不動産会社へのキックバックは後輩である私が届けるとしていたこと

「それですと、まず利益相反になりませんか?社長やブローカーは別として、」

「なるな、だから表立った請求はできんな」

「そうですよね。それはよいとして結構な金額でしょ?税金はどうなるんですか?」

「お前は知らんだろうが抜け道は腐るほどある、」

「しかし、私はやりません。そしてこの流れも私は聞かなかったことにします。どちらにしても証拠も告発も出来ないし、下手をしたら新人の妄想や戯言になりませんか?」

少し呆れたような、残念なような、安心したような、複雑な表情の中に無条件に孫を可愛がる好々爺の表情を見せて返した。

「残念だ、失望もした。お前は根は優秀なんだろう、しかし融通が効かなすぎる。それでも嬉しさすらもある、お前は稼げない、儲けられない、しかし、こちら側の住民にはならない。私の覚悟は杞憂だったな」

寂しそうな笑いを見せながら店を出てお互い別々に帰った。 それ以降お互い連絡は取らなくなった。 いや一度だけ別名義の差出人で郵便が来た。

内容は 否定はしない、肯定もしない、必ず苦労するが、しかし業界に生娘である事をブレない若手がいることを楽しみに思う。お前が業界を去るか私が死ぬか、どちらかになるがもう会うことも話すことも出来ない。もし会うことや話すことになれば失望する。これは最大の賛辞と希望だ。まるで戦国大名のような達筆で書かれていたことが印象的だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ