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ネモの軌跡  作者: 桔梗
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地獄への切符への葛藤

インターホンを鳴らす。

「待っていたよ」

相変わらずな声ではあるが焦燥しきった顔があった。

「まぁ入って」

事務所と言うにはあまりに狭い、しかし最低限の業務をこなすだけは出来そうな和室に通された。

角に一人用のコタツだろうか?ディスプレイに動画が一次停止されている。画面には正装をして能面のような役人を絵に描いた人物が映されている。

「まずは、おめでとう。本当はもっと良いものを贈りたかったけど、今の私には精一杯だった」

「ほう、角瓶じゃない、模様も縁起がよいし、いまの私には十分だよ」

ニヤけた顔で返された。

「喜んでくれて良かった」

「今日はまだ少し時間があるかな?」

そう言いながら立ち上がるとミネラルウォーターのペットボトルと氷の入ったグラスを持ってきた。

「そこまでされたら帰るわけにはね」

「まぁ座って」

そう言うと部屋の中央にある小さなコタツの座布団を勧められた。

コタツ机の端にアニメのシールが貼ったまま、様々なところに油性マジックの落書きが残ったままを見て、同じ育児を経験しながらの今の違いが骨身にしみた。

「良かった、実は少し話をしたくてね」

笑い顔ではあるが、ずいぶん思い詰めた標準で語り始めた。

交付式で現実を突きつけられたこと、資格取得と登録は自由への切符ではない、地獄への招待状である事を語りだした。

「正直、おえらいさんの話が最初から最後まで地獄へようこそ、としか聞こえなかったよ」

「どういう事?」

「今止めてる動画、何かわかる?」

「さぁ?」

「倫理規程講習だよ、つまり、登録には責任がついて回る、合格と登録からスタートになるんだ」

「よく分からないな?」

「今は分からなくて当たり前、でもね。士業になるってことはやり方次第で人の人生なんて簡単に壊せる、そしてやり方次第で個人情報だって簡単に手にはいる。それだけの権限があるんだよ」

「しかし、責任も?」

「責任だって洒落にならない、だから交付式の間は後悔しかなかった。戻れない橋を渡ってしまった感覚だけだったからね」

そう言いながら水割りを2人分作った。

「とりあえずはお疲れ」

グラスを合わせる、まだ肌寒い部屋の中にグラスの音と氷の音だけが響く。

「だからさ、受けて登録するかは君次第かな?」

「しかし、せっかく手に入れたチケットは使いたい」

「分かるから、登録前に考えたほうがよいよ、もちろんメリットもあるからね。」

「メリット?」

「そう、会社というタイタニックからいつでも専用の脱出艇がある。そして家事案分による税制メリット」

「脱出艇?」

「いつまでも使いつぶされたり、トカゲの尻尾に怯えなくて良くなるからね、しかし、自分で何を中心にやるのかを組み立てないと多分沈む」

「もう、業務は決まったの?」

のこった水割りを一気にあおりながら返された

「まだ全然わからない」


触発されたというより、もったいないからだけで試験対策と業務を続けていたらすっかり秋も暮れかけていた。 試験対策そのものは大体の模試も過去問題も記述を抜きにして合格ラインに到達していた。 しかし、当日の体調、メンタルという不安要素は拭えない。 そんなものは杞憂だった。 試験の出来は悪くなかった。

自己採点では 法令 138点 一般知識 40点 後は記述次第。

お調子者が昨年一気に老け込んだのがよく分かった。

微妙な点数に過剰な期待よりも最悪を想定した継続を選択した。

しかし、想定外に老眼が始まった。

ここまで同じとは、集中力も理解力もピークを越えていることだけは分かった。

それでも変わらない日常が続いていた。

梅がチラチラ咲き始めた。色、香りで春も近いと感じながら家に帰ると昨年も、見た葉書が届いていた。

すっかり合格発表の日を忘れていたな。

どうにでもなれと開くと

合格、よく見ると

法令科目 138点 一般知 識 40点 記述 4点 合格

嬉しさよりも

「地獄への招待状」

という言葉だけが思い起こされた

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