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ネモの軌跡  作者: 桔梗
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退屈の受け入れ

正直、悪くはない。中堅とはいえ、地元ではそれなりに知名度はある会社には勤めている。

基本給は確かに低いが、それなりにインセンティブもある。年俸ならば決して低くはない。むしろ中程度かもしれない。

最初こそは案件が取れなくて毎日、朝から晩まで歩き回っていた。2週間に1回は靴を買い替える、毎日靴下に穴が空く、スーツも半年で数着買い替える。衣装代金の為にアルバイトをしているお笑い芸人や売れない俳優の生活を地で行っていた。

入社して15年、良くも悪くも顧客からの紹介と既存顧客からのリピート、設計事務所からの依頼で目標はクリアしている。 狙ったかのようにギリギリだ。

理由は単純で不動産会社と距離を置きすぎているからだ。 ゼネコンなどと聞こえはよいが個人の大工が設計、施行、経理、営業やってきたものを分業化して肥大化したに過ぎない。 しかし、最後は人である。だからこそ、顧客を裏切らない、これだけを愚直に守ってきた。


若い頃に近隣不動産会社からの紹介があった。

まだ鮮明に覚えている。 地元の地主、資産家が相続対策のために分譲マンションのような賃貸物件を建設したいとの案件で精一杯の調査、煮え切らない設計部への依頼からの先輩への引き継ぎと言う名の横取り 。随分腹が立ったがまぁ経験だと割り切りはした。 建物の引き渡し前後に先輩が妙に金回りが良さそうだったことだけは妙に鮮明に覚えている。昼食どころか缶コーヒーすらおごってもらった記憶はない、下手をするとちょいちょい煙草ですらたかられた。

しかし 時を同じく、件の不動産会社からも呼び出しを受ける。引き継ぎをした案件でわざわざ呼び出しに不思議に思いながら不動産会社の事務所に向かった。社長室に通されるなり、お茶を運んできた事務スタッフに

「ちょい2人にしてもらえんか?」

と好々爺を絵に描いたような社長が伝える。

二人きりになった社長室、 、、、私は随分前に引き継ぎをしているし、引き継ぎ以降接点はないはずだが、粗相もないはずだが

「お前、何か忘れとりゃせんか?」

好々爺の目に殺気が溢れる。

「何のことでしょう?私は引き継ぎ以降、外れておりましたが」

何のことが皆目見当もつかず、冷や汗だけが背中を伝う。少なからず修羅場や死線の経験はある筈だがこれが本当の殺意なのか、妙に冷静ではあったがやたらと喉が渇く、口の中が完全に乾燥している。

「お前のとこは歩合だろ、迂回して仲介金も回しているはずだ、礼どころか挨拶もないとはどうなんだ」

怒鳴ってはいないが、静かな威圧を感じる、しかし皆目見当もつかない

「失礼ですが、皆目見当かつきません。つまり、インセンティブの一部をお返しする契約なり通例があると?」

目から殺意が少し消えた。

「お前はどこまで知っている?」

「どこまでとは?引き継ぎの後に契約成立、先日引き渡しがあったことは会議では聞いておりますが」

「あいつとは?」

「あいつとは引き継ぎをした先輩ですか?だとしたら会議以外では話をしていません、どのような決め手で契約に至ったのか、引き渡し後のフォローすら聞いておりません」

「とぼけてはないようだな」

ようやく、殺意が消えた。

そうか、そうか、とつぶやきながら続いた 。

「お前は何年目だ?業界の常識は知っているのか?何をもってこの仕事をしている?」

質問の意図が分からないまま反射で回答をしていた。

「私は2年目ですね、業界の常識は申し訳ありませんが理解しておりません、宅建ですら持っておりません、なにをもっても単純に自動車や一般商材のような短期に関係構築の勝負に向いていない上に私には難しいと思っております、MRや金融のような深い知識を得る努力は苦手、ならば建設のように一つ一つ信用と関係性を積み上げる仕事しかないと思っているだけですが」

「確かに、お前はそうだな。稼ぎたくはないのか?」

「金はあるに越したことではないですが、分不相応に持てば判断が鈍ります。ならばたまに3件場末のスナックでもはしごできるくらいで十分です。地獄で金が使えるはずもないですから」

そこまで話をしてようやく好々爺に戻り、大笑いをした。

「気に入った、今日、18時に改めて来い、呑みに行くぞ」

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