4話
勇者ユウキ。彼は今まで召喚された勇者事例の中でも、かなり劣っている勇者だと思われる。
町娘よりも華奢な体付きに目も合わさない非社交的な態度。そして、何事にも否定から入る捻くれた性格は何よりも厄介だった。
勇者学を選考した私からすると、実践投入するには相当時間の掛かる子と見えてしまう。
ただ、頭は良かった。最初から処遇の交渉をしていたし、軍の采配まで提案してきた。
そして、いざ戦闘が開始されると、何とか逃げ回る事は出来ていた。
もしかしたら…。
そんな淡い期待を抱いた矢先、彼は吹き飛ばされてしまった。
「勇者様!」
ここから叫んでも、勇者が目覚める気配は無い。
私は慌てて、待機していた兵士を動かす。でも、領域に入った途端に兵士達の動きは鈍り、倒れる人も出てしまう。
魔力を吸収されたのだ。
反対に、幹部の動きは速くなる。折角勇者が削った魔力を補填してしまったのだ。
それでも、やらないといけない。ここで勇者を失えば、私達に未来は無いのだから。他国から勇者を派遣して貰うには時間が無いし、新たな勇者召喚なんてもっと時間がかかる。
「何としても、勇者様を助けるのよ!」
私も剣を抜き、彼の元へと駆け出す。勉強ばかりの私でも、一刀くらいはこの身で受け止められると思った。
でも、領域へ一歩踏み込んだ途端、立っていられない気怠さが私を襲う。あまりの辛さに、私は動けなくなった。
ああ、これが領域。魔王の力。私の魔力が、吸われていく。もう、意識も…。
「セリア君!」
意識が飛びそうだった所を、誰かが引っ張り戻してくれた。
「せん、せい…」
それは、恩師で大魔導士のガーランド先生だった。
「魔剣士の君が、無茶をする」
「ですが、先生。勇者様が…」
私は前を向き、倒れたままの勇者を見る。
救助に向かった兵士達は、とても間に合いそうにない。
「勇者様…」
届かないと分かっているけど、私は遠くで伏せる勇者に手を伸ばす。
すると、
「あっ」
勇者が体を起こした。ゆっくりと立ち上がり、己の手を見詰めている。
「勇者様!逃げて!」
私は叫んだ。
彼を目掛けて、すぐ側までゲロイが迫っていたからだ。
でも、それは遅かった。私が叫んだ時には既に、ゲロイの斧が大きく振り上げられていた。その鋭利な刃が、勇者を切り裂いて、
ガキンッ
切り裂く直前、勇者は左手のバックラーでその一撃を受け止めた。そして、大きく空いていたゲロイの腹を蹴り飛ばした。
「……えっ?」
私は固まり、声を漏らしていた。
余りにも衝撃的な出来事だったから。さっきまで泣き叫ぶしか出来なかった子供が、急に兵士の様な動きをしたものだから。
偶然?
そう思ったけど、立ち上がった彼は明らかに振舞いが変わっていた。首をコキコキと鳴らし、肩を回して、兜の下でニヤリと笑った。
「脆弱、貧弱、落第点どころか赤点の体。だが…」
彼は走り出す。立ち上がったばかりのゲロイに向かって、バックラーごと殴りかかった。
ゲロイは斧で受けるが、また吹き飛ばされた。
「今の俺達には十分だ。0点じゃないだけ、勝てる可能性があるってもんよ」
勇者はそう言うと、右手の剣を投げ捨てる。そして、近くまで来ていた兵士から盾を奪うと、両手の盾を打ち鳴らした。
「来いよ、殺人鬼。第2ラウンドと、洒落こもうじゃねぇか!」
何が、起きているの?
私は目の前の光景に唖然とする。
襲いかかるゲロイの攻撃を、勇者様は盾1枚で受け流す。そして、出来た隙にもう1枚をねじ込み、ゲロイを悶絶させていた。
兵士、それも歴戦の古参兵を思わせる動きだ。
召喚されたばかりの勇者で、これ程の技量を持っているケースは聞いたことがない。
どういう、こと…?
「もしや、覚醒か」
「覚醒?あれがですか?」
先生の言葉に、私は首を捻る。
文献にもあった。勇者が力に目覚め、格段に強くなる実例。それが覚醒。
でもそれは、多くの経験を詰んだ勇者だけが得られる物。彼はまだ、召喚されて1日も経っていない。
なのに…。
「分かぬが、先程までとはまるで動きが違う。まるで、別人が乗り移ったかの様だ」
「そんな…本当に、覚醒したと言うの?」
私達が戸惑っている間にも、勇者様の戦闘は激しくなる。ゲロイに何度も拳と盾を叩き込み、大きなダメージを負わせていた。
でも、そこはやはり幹部。負ったダメージはその場で回復して、元通りになってしまった。
これが、長年魔王軍に苦しめられる理由の1つ。我々が手出し出来ない忌まわしい力。
「勇者様!このままでは勝てません!呪印を破壊してください!」
「分かってる!だが、何処にもねぇぞ!足、腕、首後ろ、頭、全部探した!あと何処よ!?」
凄い。勇者様はちゃんと、呪印を探しながら攻撃していたんだ。
それでも見つからないって、一体どこに?
私が迷っていると、先生が1歩前に出る。
「勇者君!そこまで探して無いのなら、コアの可能性が高い!」
「コアってなんぞ!?魔石のこと?」
「然り!ゴブリン族は胸の中央に魔石が出来る。そこを探るのだ!」
「オーケー、先生!その方向で行ってみよう!」
勇者様は軽快なステップを刻み、ゲロイに肉薄する。早速、胸部に向けて盾の連打を放ち、分厚い鎧を破壊した。そして、露出した胸に再び連打を浴びせる。
そして、
「オラオラオラ!っと、見えたぁ!」
コアを見つけた勇者様は、渾身の一撃を叩き込む。
が、
「砕け…って、あれ?ノーダメ?」
目を見開く勇者様。
そして、次の瞬間には、
「がぁっ!」
ゲロイの反撃を諸に食らってしまい、領域の外まで吹き飛ばされてしまった。
「勇者様!」
駆け寄ると、酷い怪我だった。盾はひしゃげて、鎧の胸部装甲が大きく凹んでいる。
それでも、勇者様は上半身を起こして私のローブを引っ張った。
「が、回復を…」
「儂がやろう」
先生がハイヒールを唱えると、勇者様の顔色が一瞬で元に戻る。そして鋭い眼差しで、鎧を修復しているゲロイを睨みつけた。
「奴の魔石は何なんです?殴ってもビクともしない」
「恐らく、コアにも厳重な防御結界が張り巡らされておるのだろう」
先生が座り込み、勇者様の瞳を見詰める。
「勇者君。君の内なる力を引き出し、奴のコアを打ち抜くのだ。さすれば、魔王の結界も打ち破れるであろう」
「あ〜…そうですよねぇ。やっぱ、本人の協力が不可欠かぁ」
えっ?本人?
私が問うよりも先に、勇者様は立ち上がる。
「ところで先生、俺に身体強化魔法を掛けてくれませんかね?さっきの殺人鬼の一撃、多分それを使ってたと思うんですよ」
「ほぉ、よく分かったな。この世界に強化魔法があることを」
先生は感心するも、首を振る。
「だが、其方に掛ける訳にはいかん。儂らの魔法は全て、奴の領域に入れば吸われてしまうのでな」
「あっ、そっか。つくづく面倒だなぁ、魔王の力って」
何処か楽し気に呟きながら、勇者様は足取り軽く出陣される。ひしゃげた盾を捨て、残った1枚を片手に、もう片手で胸部をバンバン叩きながら。
そして、
「終点だよ、お客さん。早く起きないと、地獄に車庫入れしちまいぞ?」
そう言って、ゲロイ目掛けて駆け出した。




