3話
魔王幹部を討伐しろと、無理難題を言いつけられた我々は、早速馬車に乗って王都の街道をひた走っていた。かなり広い道なのだが、馬車の周りを数多の騎兵が並走しているので、街道は我々だけで埋まっている。
でも、誰にも迷惑は掛かっていないみたいだ。普段は賑わっているであろうその街道に、今は人っ子一人いない。家の窓は全て閉じられ、ドアには板が何枚も打ち付けられていた。
台風前を思い起こさせるが、きっと魔物の襲来を予見しての事だろう。最悪、ここが戦場になると覚悟しているみたいだ。
暫く街道を走っていると、目の前に大きな壁が現れる。
魔物が蔓延る世界特有の外壁だ。だが、その壁の上には無数の兵士が立っており、絶えず弓矢を引いていた。同時に、壁の向こう側から雄叫びや悲鳴が聞こえている。
絶対国防圏って、王都の外壁の事だったのか。そりゃ、時間が無いって焦る訳だ。
「ご準備はよろしいですか?勇者様」
俺が外壁を見上げていると、同乗していたセリアさんの心配そうな声が聞こえた。
それに、震える少年の声が返る。
「む、む、無理だよ。僕は、僕なんかが…魔王を倒すなんて、出来っこないよ…」
戦闘音を聞いたからか、ユウキ君は全身を震わせて、王から賜った聖剣を抱き抱えて小さくなっていた。
それを見て、セリアさんの眉が下がる。
「勇者様。討伐目標は魔王ではありません。幹部ゲロイです」
「そんなこと分かってるよ!でも、どっちも一緒だ!僕に出来る訳ないんだ!」
ヒステリックに叫ぶユウキ君。それを見て、セリアさんは小さくため息を吐く。ただ頭を下げて、入口の方へと身を引いた。
それとは入れ替わりで、俺が彼の傍へ行く。
【どちらにせよ、やるっきゃないぞ兄弟。ここまで攻め込まれていたら、逃げ場なんて何処にも無い。遅かれ早かれ戦う事にはなる】
「…幽霊さんは良いよね。誰にも見られないから、戦わなくていいし。僕が戦っているの、高みの見物するくせに」
【おうおう。荒れてるな】
少年の言い方に少々イラッと来たが、俺は【ははっ】と笑い飛ばして感情を誤魔化す。
【俺だってピンチだ。俺を認知出来る君を失えば、俺も死ぬのと同じだからな。だから、君を全力でサポートするつもりだ】
「…どうやって?」
【そうだな…先ずはセリア嬢に通訳してくれ】
俺はセリアさんから、これからの行動予定を聞いた。兵士が道を切り開くと聞いたが、もっと詳細な作戦内容を教えて貰った。
けれど、本当に特攻するだけだった。外壁の正門が開いたら、そのまま幹部まで突っ込むだけ。後は勇者様よろしくだそうだ。
そいつは頂けない。
俺は彼女と交渉する。
【勇者も1人はキツい。サポート要員として、数名の兵士と魔術師を付けてくれ。勿論、領域外で待機してもらって構わない】
「ですが、それでは意味が…」
【意味はあるだろ?俺らが怪我を負ったとしても、領域から出れば回復してもらえる。兵士はその間の場繋ぎだ。魔物と違って、人間は魔力を失っても消滅しないだろ?】
「ええ。まぁ、確かに。それでしたら」
【ならそうしてくれ。人選は頼んだぞ】
通訳し終えたユウキ君に、俺は【どや~?】と笑みを向ける。そして、彼の剣を指さす。
【随分と大事そうに抱えているが、剣は使えるのか?】
「使えないよ。でも、王様は凄い剣だって言ってたし…」
【どんな優れた武器でも、使い慣れてなきゃただの鉄クズだ。自分に馴染むそれこそが、君にとっての相棒となる。ほれ、ユウキ君の得意な獲物はなんだい?】
「そんなの無いよ。僕に、得意な物なんて」
ふむ。そうか。
【なら盾にすると良い】
「…どうして?」
【広範囲を守れるから、生き残り易い。あと、俺が得意な武器だ】
「武器じゃないし、幽霊さんが得意でも仕方なくない?」
【あるぞ。戦闘中、俺がレクチャーし易くなるからな。それで、少しでも生き残る道を探そうじゃないか。なぁ、兄弟】
俺が力説すると、ユウキ君は少しだけ笑みを浮かべて、「分かったよ」と呟いた。
少しは緊張が解けたみたいだ。
だが、それも少しの間だった。
正門が開いて、周囲の騎兵達が物凄い雄たけびを上げながら突撃を始めると、少年は再び聖剣にへばり付いた。そして、馬車から降ろされた時には、銅像の様にカチコチとなっていた。
そんな彼の目の前は開けていた。周囲は魔物と兵士の死闘が繰り広げられているのに、この範囲だけは魔物も寄り付こうとしない。
その中心に、奴は居た。
背丈は成人男性とそれ程変わらないが、兜から除く顔は人ではない。長すぎる鉤鼻に黄色い目、耳まで割けた口からは、ナイフの様に尖った牙が並び見える。そして、赤黒く染まった両手の斧からは、未だに赤い血がしたたり落ちている。
返り血で真っ赤に染まった顔が、こちらを見て邪悪な笑みを浮かべた。
ゴブリンヒーロー…いや、レッドキャップか。
「あっ、あっ、あっ…」
血を滴らせる殺人鬼を目にして、ユウキ君が小さな鳴き声を上げる。
奴の纏う濃厚な死に当てられて、嫌でも分からされてしまったのだ。
これから始まる、死の舞踏を。
「勇者様。我々は後方で待機していますので、危険と判断したら後退して下さい。回復致します」
「む、む、無理だよ。助けて…セリアさん…」
バックラーとショートソードを持ったユウキ君は、涙と鼻水で顔をグシャグシャにしながら懇願する。震え過ぎて、歯と着ている鎧から絶えずカチカチという音が鳴っている。
でも、セリアさんは馬から降りない。辛そうな顔で「ご武運を」とだけ言い残し、兵士達と共に下がっていく。
残されたのは、レッドキャップと我々だけだ。
その殺人鬼が、こちらに近付く。奴と共に動く魔法陣にユウキ君の足が入ると、黄色い目をこちらに向ける。
【魔力、吸えない。お前、勇者】
鋭利な牙を見せて笑った。
【勇者、殺す。魔王様、喜ぶ】
「ひぃっ!」
堪らず、ユウキ君が逃げようとする。
だが、それを見て殺人鬼が目の色を変える。獰猛な捕食者の目に。
ヤバい!
【伏せろ!ユウキ!】
「ひゃい!」
飛びかかってきた殺人鬼の一撃を、ユウキ君は間一髪、地面を転がって避けた。そのまま、這いつくばって逃げる。
「なっ、なっ、なっ、何が!?」
【背中を見せたからだよ。大きな隙を見せ過ぎたんだ】
立ち上がったユウキ君に、俺は注意する。
【いいか?無闇に逃げようとするな。盾を前面に構え、少しずつ後退りしろ。相手の目から視線を外すな。外せば、また襲ってくるぞ】
相手は相当な脚力を持っている。やろうと思えば、一瞬で懐に入ってくる。それをしないのは、こちらを警戒しているから。
【落ち着け。戦況はこちらが有利だ。時間が経てば、王国軍が魔物を殲滅し、こちらの援軍に来る。それまで、レッドキャップを足止めすればいいんだ】
「無理…無理だよ…僕には無理…」
今にも崩壊しそうな少年。それでも、構えだけは崩さない。
生きることは諦めていないか。
【大丈夫だ。俺が付いている。俺の言う通りに動けば死にはしない。ただ俺の言う通りに動くんだ。それなら出来るな?】
「…や、やって、みるよ…」
ユウキ君は頷く。「時間を稼ぐんだ…」と、俺の嘘を信じていた。
戦況は拮抗している。時間が経っても援軍が来るかは微妙な所だ。そして、幾ら援軍が来ても、この半径20mの領域には入れない。
それでも嘘を付いたのは、彼を安心させる為。希望があると思えば、少しは落ち着ける。
また、
【来たぞ!後ろにバックステップ!】
「わっ!」
こうして少しずつ戦闘の経験値を稼がせてやって、彼のレベル上げをする為だ。
僅かでも、生き残る可能性を広げていく。打開のチャンスを待つんだ。
そう、思っていた。
でも、俺は1つ計算を違えていた。
ユウキ君だ。
「あっ、と」
短い悲鳴。見ると、彼は足元の小石に躓いて、バランスを崩していた。ちょっと驚いて、視線を切るだけの僅かな隙。だが、命をやり取りする戦場では大きな隙だった。
その隙を、敵は見逃さない。
【ギッシィ!】
「ぎゃぁっ!」
突撃して来た殺人鬼に、ユウキ君の華奢な体が吹き飛ばされ、地面を何度も転がった。
【ユウキ!】
叫び近付くも、彼は反応しない。目が固く閉じられ、気絶していた。
【くそっ!】
俺はいつの間にか、自分基準で計算していた。彼がただの少年と言う配慮を忘れ、イレギュラーを計算し忘れた。
その結果が、これだ。
【ユウキ!おい、起きろ!】
殺人鬼がゆっくりと迫る中、俺は必死に彼へ呼び掛ける。でも、反応はない。頬を叩こうとしたけど、体がすり抜けてしまう。
と、その時、不思議な感覚を覚えた。ユウキ君が感じていた恐怖を、俺も感じたのだ。
【もしかして…これは…】




