2話
大司祭の後ろをついて歩くこと十数分。広く立派な造りの城内の様子も見飽きて来た頃、漸く目の前に大きな扉が現れた。その扉を潜り抜け、いくつかの小さな部屋を通り抜ける。
この部屋が待機室で、王様へ謁見する時はここで彼の時間が空くのを待つのだ。半日近く待たされることもザラだから、部屋の中には軽食や書物なども置かれていた。
だが、今回は完全にスルー。王様が待つ玉座の部屋まで一直線であった。
…こんな事、滅多にないぞ。それだけ勇者召喚に成功したことが喜ばしいのか?
その俺の考えは、概ね当たっていた。
玉座の手前で座らされた少年を、王様はとても満足そうな笑みで見下ろした。
そして、
「勇者よ。よくぞ我らの願いに答えてくれた。其方を呼んだのは他でもない。迫り来る魔王幹部を退け、我が国を滅亡から救ってもらいたいのだ」
予想通りの難題を、全力投球してきたのだった。
青かった少年の表情は土気色になり、ブンブンと全力で首を振る。
「そ、そんなの無理ですよ!僕がそんな…僕は何の取り柄もないし、喧嘩もしたことないし…ただの中学生なのに…」
「謙遜せずとも良い。隣国の勇者は皆、其方と変わらぬ年頃と聞く。歴代の勇者を見ても、其方が特段に劣っているとは思えん」
ふむ。勇者召喚は他国でも行われていることなのか。そして、子供が召喚されるパターンが多いと。
何故だろうな?
俺が考え込む横で、少年は俯きながら「でも、でも…」と呟く。
「でも、いきなり戦えなんて…魔王とか、幹部とか、そんなこと言われても、よく分かんないし…」
「詳しい話は、勇者補佐官のセリアから説明させよう」
王様はそう言うと、座ったまま右手を軽く上げる。すると、壁際に立っていた兵士達の中から若い女性が出てきた。
歳の頃で言うと、20代前半くらいか。美しいライトブロンズの髪に涼しげな目元。軍人さんとは思えないくらい、花のある人だ。
そのセリアさんが、抱えていた巻物を広げて声を上げる。
「ご説明致します。現在、我が国に侵攻を続ける魔王軍は、数々の関所を打ち破り王都近郊まで進軍中。各地で迎撃に当たり、構成する魔物の大半を殲滅することには成功していますが、依然として魔王幹部のゲロイは健在。この王都に残る戦力では、魔王軍を止めるのが精々であり、ゲロイの討伐は不可能です。勇者様には、この幹部ゲロイと戦い、これを討ち取って頂きたいのです」
「そんな…なんで僕がそんなこと…軍隊が倒せない奴と戦うなんて、そんなの…」
「それは、貴方が勇者だからです」
俯く少年に、補佐官セリアが語る。
なんでも、幹部は魔王から特殊な力を授かっており、それによって近付く全ての者から魔力を吸い尽くしてしまうのだとか。
しかし、それに異世界の勇者は含まれない。勇者の魔力だけは取り込む事が出来ないので、魔王や幹部に対抗するには勇者の力が必要らしい。
「そんな…」
【ふむ。なるほど】
少年は絶句するが、俺は納得する。彼らが勇者を切望する理由が。そして、こんな幼気な少年に国の命運を預ける彼らの思惑が。
彼らには今、頼れる者が勇者しか居ないのだ。
…実に勝手な話だがな。
「他に、何か聞きたいことは御座いますか?勇者様」
「僕…は…」
少年は意気消沈して、答えられそうにない。そうしている内に、国王とセリアさんが頷き合う。
ああ、不味いな。このままでは質問が無いと思われて、戦場に直投されてしまうぞ?
【少年、少年!】
「えっ?な、なに?幽霊さん」
【ちょっと聞きたいことがあるんだ。俺の代わりに、彼女達へ質問してくれんか?】
「うん、分かったよ。でも、何を聞くの?」
【色々あるが、先ずは本当に、勇者の魔力以外に有効手段が無いのかを聞いてくれ】
「え?それって、さっきあのお姉さんは無いって言ってなかった?」
【方便かもしれないだろ。本当はあるけど、コスト的に勇者の方が安く済むとか、動けなくする程度なら勇者でなくとも可能だったりとかな】
勇者は自国の民でも、ましてや兵士でもない。コスパの良い駒として見ている可能性がある。
捕虜にした兵士みたいなものだ。
そう思って聞いてもらったが、本当に手立ては勇者しかないそうだ。弓矢で攻撃する程度ではすぐに回復されるし、魔法弾も領域内に入った途端に吸収される。吸収されて、回復に使われるそうだ。その領域の範囲もかなり広いらしい。
「逆に言うと、その領域にさえ入ってしまえば、他の魔物達は寄って来れません。我々だけでなく、魔物も入れば魔力を吸収され、消滅するからです」
それを見越して、王国軍は現在、突撃作戦を準備しているらしい。幹部までの道を作り、勇者をその領域へ送り出す準備を。
庭で慌ただしくしていた人達のは、その決死隊みたいだ。
【なるほどねぇ。じゃあ次の質問だ。その幹部の討伐方法は確立されているのか?勇者の魔力をどう使えば、目標を討伐できる?】
「幹部の体の何処かに、魔王が施した呪印があります。それを削るか切り裂くかして、魔力吸収の魔法を無力化して下さい。それが出来れば、我々でも討伐が可能です」
【その呪印の特徴は?大きさはどれくらいの…】
俺が追加で聞こうとすると、1人の兵士が慌てて駆け寄ってきて、セリアさんに耳打ちをする。すると、彼女の顔が険しくなって、少年の方へと頭を下げた。
なんだ?また何か、嫌な予感がするぞ?
「申し訳ございません、勇者様。魔王軍の侵攻が予想よりも早く、既に絶対国防圏へと迫っております。戦場までは私も同行致しますので、戦闘方法などは馬車の中でさせて頂きたく」
「えっ、うん…」
【待て待て!少年。ストップだ!】
その場の圧で頷きそうになった少年を、俺は慌てて止める。
そして、国王に向けて最後の質問をさせた。
【この戦いで勝利した場合の褒賞を取り決めるんだ。取り合えず、少年の望むままを言うと良いぞ?例えば、元の世界に帰りたいとかな】
「…それは、僕が嫌だよ」
おっと。これは何か、暗い事情がありそうだな。今は触れんとこ。
【だったら…金とか地位とか、保障辺りにするか。この世界で我々は異邦人だ。後ろ盾が無いと何処も行けず、何も出来ん。最悪、奴隷になる可能性もある】
「えっ!」
少年は驚き、慌てて王様と交渉する。
王は快くこちらの要望を聞き、国の重要ポストを用意すると言った。
…そこまでされると、逆に面倒なんだがな。
「勇者よ。名を聞かせてくれ」
「あっ、えっと、僕は…結希、です」
「勇者ユウキよ。我が国を、宜しく頼む」
国王が小さく頭を下げる。
少年は「はぁ」と薄い反応だが、俺はかなり驚いた。一国の主が、家臣や兵が詰めかける玉座で頭を下げるなど、威厳を損なう行為だ。
それだけの事をしてまで、ユウキ少年に敬意を払った。だからそれは、それだけこの国がピンチと言うこと。
絶対国防圏まで侵攻されてるんだもんな。そりゃもう、神様にも頼りたいんだろう。こいつは責任重大だ。
俺はユウキ君に聞かれない様に、小さくため息を吐く。




