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第一章7 入学編『結界の残響』


 夜が明けた。俺は窓辺に立ち、吐息とともに朝を迎えた。


 リーガの顔色が、昨日よりも明らかに悪く見えた。額には冷や汗がにじみ、瞳はどこか遠くを見ている。


 俺は胸の奥がぎゅっと締め付けられるのを感じた。捉えようのない不安感が俺にのしかかってくる。


「大丈夫か、リーガ。夜中うなされていたみたいだけど」


「大丈夫だよ。ただ……昨日、結界に触れてから頭痛が酷くて」


「試験前に医務室に行ってくるよ」


 リーガの様子は普通ではない。身体がふらふら横に揺れている。ついて行った方がいいだろう。


「医務室まで着いていくよ。心配だからな」


「ありが……」


 リーガは頷きかけた瞬間、膝が崩れ、そのまま座り込んだ。


「大丈夫か! おい! おい!」


 リーガはそのまま気を失い、俺にもたれかかった。


「医務室まで運ぶしかないな……」


 先に寮監へ助けを呼ぶか。


 リーガを一度ベッドに寝かせ、寮監を呼ぶ。廊下を小走りにかける靴音が反響する。


「すみません! ルームメイトが倒れました。助けをお願いできますか!」


「分かりました」


「部屋番号を教えてください。担任の先生に報告しなければなりませんので」


 寮監は、今までにも何度か経験があるらしく、冷静に対応した。


「191です!」

 

「君は隣の192号室の人と一緒に医務室へ運んでください。すぐに私も向かいますので」


 隣室の学生と寮監の手を借り、リーガを慎重に担ぎ上げる。医務室は寮棟より少し離れた学院の翼にあり、石造りの廊下を伝って行く間、俺は片手でリーガの頭を支えた。

 

           *


 三人でリーガを抱え、医務室へと運んだ。医務室の扉をノックすると、見覚えのある顔がすっと現れた。


「フェイズさん⁈」


 出てきたのは、八歳の時に少しお世話になった治癒魔術師、フェイズさんだった。


「あらジンくんじゃない。ん? その子あまり良くなさそうね……奥のベッドまで運んでくれる?いろいろ用意するから」


 リーガを三人でベッドへ運び、他二人は帰っていった。


 フェイズは白衣の袖をきちんと捲り、落ち着いた目でベッドに横たわるリーガに近づいた。指先に消毒薬の匂いがふわりと漂う。彼女は額に手を当て、微かに眉を寄せた。


「リーガは大丈夫なんですか?」


 リーガの様子が心配で俺はフェイズに問いかける。


「良くないわね。何かに触れたりでもしたのかしら……リーガくんの身体には、魔術による干渉を受けた痕跡があるわ」


「どんな系統の魔術か分かりますか?」


「私、医療の知識はあるけど魔術に関しては二流でね。分からないわ」


「この魔術は何か珍しいタイプのものに感じるわね……」


「少し待っていて」


 フェイズさんは受話器を取り、誰かに電話をかけた。


 数分後、誰かが医務室の扉をノックする音が聞こえ、フェイズさんはその人を向かい入れた。


「きたわね。結構王都から遠いはずだけど。もしかして、飛んできたの?」


「そうよ。あなたが呼ぶなんて珍しいんじゃない? 急いで来ちゃった」


 赤い髪の女性が入ってくる。髪は朝の光にわずかに燃え、外套の裾がひらりと揺れて周囲の空気が引き締まる。外見は威圧的だが、その瞳にはどこか温かさが宿っていた。


 フェイズさんと共にリーガがいるベッドへと向かっていった。それに自分もついていく。


「この子ね。少し触れるよ」


 触れた瞬間、小さな火花が走る。だが彼女は動じず、深い溜息のように小さく呟いた。


「精神干渉系の魔術ね。術式は複雑で高度よ。誰がかけたのかは知らないけど、相当タチの悪いやつ」


 彼女は少し不快そうにしていた。


「そうなの……ありがとう。で、この子の状態はどうなっているの?」


「精神魔術の反動で身心へのダメージが蓄積されている」


「少し処置をするよ」


 彼女はリーガに対し、素早く応急処置を施す。上級治癒魔術の詠唱を唱える。


「白き輝きに宿る癒しの理に命ずる。かの者に癒しを与えよ」


天の癒し(ハイヒーリング)


 温かな光が全身をなぞり、リーガの表情が和らぐ。その後、軽い鎮静薬を投与して精神の反動を和らげた。


「ある程度治した。数時間も経てば反動も治って元気になるはず」


 彼女は怪訝な顔をしながら答え、考え込んでいる。


「あれを使えるのは……」


 彼女は何か呟いていたが、何と言っているのか聞き取れなかった。


「どうかしたの?」


「いえ、気にすることじゃない」


 彼女は俺の視線に気づき、ふっと笑みを消した。


「そうね……気になるなら、明日私が個人的に詳しく調べておく」


 俺は小さく頷いた。外に出ると、廊下にはいつものざわめきが戻り、朝の光が窓辺を滑り落ちていった。しかしジンの胸には、冷たい虫のような不安だけが残っていた。


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