第一章5 入学編『入学式――自己紹介と小さな揺らぎ』
講堂へ向かい、席に腰を下ろした。
ここが講堂か。講堂は静まり返っていた。天井は遠く、柱には国を表す紋章が幾重にも飾られている。
壇上の周囲には明らかに強そうな人たちが座っていた。かすかに花の香りが鼻をくすぐる。
扉が閉まり、入学式が始まった。まずは数分程度の入学式の進行説明があり、その後、校長の話に移った。
校長は壇上へと登り、講堂全体を見渡せる壇上の中央に立った。校長の雰囲気は一見、物腰柔らかそうに見えるが、その瞳には何かしらの決意が宿っている。
そして、校長はゆっくりと口を開く。
「僕の名前はヨルアス・ゼン・フルガという。呼ぶときは校長か、ヨルアス先生でもなんでもいい」
「まずは一つ、君たちに言うことがある」
「ここでは、力を持つ者が何のために戦い、何を守るのかを学んでほしい」
全員が深く頷く。その言葉は胸の奥へすっと入る。壇上の紋章が一瞬だけ青く脈打ったように見えた。
「では、学院の設備や今後の予定は各クラスの教師が説明する。僕が言いたかったことはそれだけだよ」
校長の言葉には重みがあり、あの惨状を知る者たちには十分だった。
羽織ったコートに国の紋章をさらりと翻らせ、最後に付け加えた。
「それじゃあ。ご入学おめでとう」
そう言い、校長は話を終えた。
「新入生代表の言葉」
新入生代表の言葉か、一度だけ魔術や剣術に関する試験はあったがその時に決まったのだろう。
扉の脇を抜け、小柄な少女がゆっくりと壇上へ歩み出た。肩には簡素な花飾り、美しい顔立ちに黄金色の長髪、翡翠のような瞳は清らかに澄んでいる。
壇上に立つと、彼女は一度会場を見渡して柔らかく笑い、穏やかな声で名乗った。
「私はリアナ・フォレストといいます」
「本日は入学を迎えた全ての仲間に、心からお祝いを申し上げます」
「私たちは今日ここに集い、それぞれの夢や不安を胸に新たな一歩を踏み出します」
「技術を磨くことはもちろん大切ですが、それ以上に大切なのは互いを守り支え合う心です」
「これからの学びの日々を、皆で力を合わせて歩んでいきましょう。どうぞよろしくお願いします」
代表の一礼に続き、会場から温かな拍手が沸き起こる。リアナは僅かに頭を下げ、壇上を降りると、自席へと戻っていった。
俺はその背中を、ほんの一瞬だけ見送った。綺麗な人だ。
「何か諸連絡のある先生方はいるかな」
校長先生が各教師陣に聞く。
「いないようだ。それでは、これにて入学式を閉会とする。皆、礼!」
入学式を終えると、俺たちは列を作って講堂を出た。廊下は人の波でごった返す。
◇◇◇◇◇
拍手がまだ耳に残るうちに、俺たちは祭りの幕が下りた後の群れのようにそれぞれの教室へ戻された。
教室に戻ると、担任が立ち上がり淡々と言った。
「それでは、さっそく自己紹介をしてもらうわ」
「そうだね……」
何か考えているようだ。
「名前・好きなもの・趣味・自分を表す魔術を順番に答えてもらいますか。まずは私から」
先生は一息吐いてから、自己紹介を始めた。
「私の名前は、アリア・ノリス・ロスフォリア」
「好きなものは、水魔術と光魔術。趣味は読書。自分を表す魔術は『水』です。よろしくお願いします」
「こんな感じね。じゃあ最前列の君から」
それを皮切りに、前列から順に自己紹介が始まった。笑いを誘う者、声を震わせる者、無表情に名乗る者――十人十色の声が教室を満たす。
「リーガ・レリーフです。好きな食べ物は焼きたてのパンで……趣味は魔術の探究です。自分を表す魔術は『火』です。よろしくお願いします」
そして、俺の番が回ってきた。
失敗したら目立ってしまう。それだけは気をつけなければ、内心で小さく息を整える。
いつも名前は『ジン』で済ませてきた。今回もそれで大丈夫だろう。発話前に、俺は額の汗を指でぬぐい、両手を軽く机に置き直した。
「名前は、ジンと申します。好きなものは魔術に関する本、趣味は読書です。自分を表す魔術は『火』です。よろしくお願いします」
なんとかなったことに小さく心の中で喜ぶ。小さく息を漏らす、唇を噛む、席に戻る瞬間に視線を床に落とす。
だがその直後、聞き覚えのある声が聞こえた。
「私の名前はリアナ・フォレストです。好きなことは魔術と剣術の探究です。趣味は運動です。自分を表す魔術は『光』です。一年間よろしくお願いします」
あの壇上の少女が同じクラスにいた。胸に小さな高揚が走る。教室の片隅で囁き声が上がる。
「リアナって確か、有名な騎士の娘だって聞いたよ。めちゃくちゃ強いんだって」
「へえ、そうなんだ」
「静かに。自己紹介の途中です」
担任の声が教室を締めた。やがて自己紹介は終わり、今後の予定について先生の説明が始まった。




