第一章4 入学編『ガルデリア学院』
魔戦暦592年1月―開校準備
「これで最後! 最後に決めるのは学校の名前ね」
「うーん……例えば、ガルデリア学院とか?」
「それにしましょうかね」
「長かったわね。4年でなんとかできたからよかったわ」
ガルデリア侵攻から4年もの年月が経過し、教育機関を作るという策は完全に遂行された。
「あの後、何度か小規模の侵攻を受けたけれど、追い払えてよかったわね」
小規模ながらに魔王軍の侵攻がこの4年間の間に幾度か行われた。だが、ガルデリア王国はその全てを追い払い、それに加え魔王軍の戦力をほんの少量ではあるが削ぐことに成功した。
「あのとき俺に向かって上級魔術撃ってきたの許してないからな」
「ライオスく〜ん。そんな根に持っちゃって心が狭いわね」
セルフォリアの嫌味は王国では随一だ。会議中、ライオスは幾度となく煽られていった。
「セルフォリア……」
ライオスは今までの不満がかなり溜まっているようだが、会議中に怒るわけにもいかなく我慢するしかなかった。
「セルフォリア、ライオス静かに。3ヶ月後にはガルデリア学院の開校予定だ」
「初等部・中等部・高等部を通じて、子どもたちには約12年間学んでもらうことになる。年齢差があるため最初から高等部や中等部に通ってもらうかも知れないが……」
「大丈夫なはずですよ。同時進行で、子供たちを集めて魔術や剣術を教えるボランティアを行なっていたので」
「もちろん年齢によって内容は変えていますよ」
「それに元々学校に通っていた生徒ばかりですし」
「リーコル……私は聞いてないんだが」
「そりゃ言ってませんからね。王は知らないはずですよ」
「まあ、いい……か」
ガルデリア国王は少し寂しそうな表情をしていた。
「ライオス、勇者の子の件はどうなっている」
「勇者の子がいるということを民に知られるわけにはいかないため、その子の記憶に対し矛盾の無いよう改変を加えています」
「彼自身が勇者の子だと認識すること自体、あの歳の子に重過ぎるとはいえ、そこまでするのですね」
記憶は人にとって、心や人生を支える根幹になり得るだろう。今、会えない人や行けない場所の思い出を良くも悪くも最高の状態で保存できるものなのだから。
リーコルは、その意味を理解していたがために国王に対して不快感を表していた。
「すまないが、仕方のないことだ。リーコル。彼がいつか、その重荷を受け止められる歳になった時に記憶を戻せば良い」
「はい……」
リーコルは納得していないが、返事という形だけの選択を選んだ。
「もう話すことはないな」
「とりあえず……4月の開校までに各々準備をしておくように」
「解散!」
*
魔戦暦592年4月―入学式当日
桜の花びらが落ちる季節になり、道が桃色に彩られていた。
「満開に咲く桜は目の保養だな」
あのときから孤児院で4年間……あまり人とは関わらず、ずっと部屋で魔術に関する本を読んでいた。
父さんは行方不明、今もまだ見つかっていない。そして、今でもまだ……母さんは病室で寝たきりだ。
「魔力欠乏症……」
魔力が常に足らなくなり、魔力の回復量を消費量が上回れば最悪死に至ることもある病気。
気絶してから回復するまで起きることはない。
魔術師は魔力の回復速度が速いため治りやすいが、母さんが患っている魔力欠乏症は少し特殊で魔力の消費速度が通常の倍以上速いらしい。
母さんは上級魔術師だ。魔力の回復速度はそこらの魔術師よりも速い。だけど、病気による消費速度も速い。8年間は目覚めることがないだろうと聞かされている。
捉えようのない不安が俺を襲う。そんなとき誰かが話しかけてきた。
「ジンくん? どうしたんだい」
後ろを振り返ると11歳ごろまで、毎日のように通っていたパン屋の店主、カルアおばちゃんだった。
「おばちゃん……いやなんでもないよ。今日入学式だから、楽しみなんだ」
寂しさを抱えながらも明るく返事をする。カルアおばちゃんに心配をかけるわけにはいかない。
「そうだったねぇ! パン持っていくかい?」
そのとき少し過去の記憶が脳裏によぎった。同じような問いに対して快く了承したら、パンを山ほど渡された記憶だ。あの後、何とか食べたけど、普通に腹壊したんだよな……
また了承したらとんでもない量持たされるかもしれない。今回は避けよう。同じ轍を踏むわけには行かない。人間は失敗から学ぶ生き物なのだから。
「いやぁ……大丈夫です。自分の分の昼食あるので。あ、時間やばい。遅れちゃうので行きますね!」
「あ。ちょ、ちょっと!」
俺は全速力で逃げるようにパン屋から離れた。ばあちゃんの名を呼ぶ声が聞こえる。心の中で罪悪感が芽生えた。
放課後、パン……たくさん買おう。そう俺は決意した。
*
「やっとついた……魔王軍の襲撃が来ないように王都の僻地に建てたらしいけど、流石に孤児院からは遠いな」
俺は「まあ……ここの寮にこれから暮らすことになるからいいか」と思いながら、ガルデリア学院の校門前へと向かった。
「確か、中等部の──」
「ここか。クラスは1のBか……各学年全6クラスなんだな」
俺はそのまま自分の通うことになるクラスへと向かった。途中途中身に覚えのある顔があったが……気のせいだろう。
*
クラスの外から笑い声が漏れていた。もうグループできてそうな感じだ。友達、できるといいが。
ガラガラ……と扉を押して入ると、朝日が机に反射され黒板に差し込む教室が目に飛び込んだ。
クラスはかなり広い。自分の席を探して、座った。そのまま期待を募らせながら、周りを見渡す。
隣は誰だろう……!
視線を移すと、明らかに見覚えのある人間がそこには座っていた。
「隣は……君なんだね」
「お前……」
俺はこの人を知っていた。唯一孤児院での4年間で印象の強かった人物だ。
孤児院にはボランティアで魔術師や剣士が来たことがある。
そのときに一度だけ、ボランティアの人に才能があるだかなんだか言われて有頂天になり、孤児院に向けて火炎魔術を放って半壊させた人間だ。
魔術関連の本にかなりお金を費やしていたが、その本のほとんどが燃えていたときは怒るどころか、"絶望"その言葉が相応しいほどに落ち込んだ。
「あのとき大変だったんだからな。俺が買った魔術関連の本が焼かれていたときは正気を失いそうだったよ……」
「ごめんごめん。少し調子にのってしまって」
悪気は無かったのだろう。本当に申し訳なさそうな表情をしていた。
「僕も君のことは覚えていたよ。君が料理担当の日の飯は美味しかったからね」
「僕の名前はリーガ・レリーフ」
「俺は…ジンだ」
「どうやらお話もここまでみたいだ」
「先生が来るよ」
扉が静かに開き、黒の帽子を深々とか被った女性が入ってきた。彼女が教室に入った瞬間空気が変わった。そのとき、一瞬だけ彼女の周りの空間が歪んで見えた。
「皆さん……席にお座りなさい」
「まず第一として、ここはただ強くなるための場所じゃないわ。誰を守るか学ぶ場所よ」
「それを肝に銘じておきなさい」
先生の言葉が教室全体にのしかかり、先生の視線がクラス全体へと向けられる。言葉にはガルデリア侵攻のような惨劇が二度と起こらないようにしたいという思いが感じられた。
「それじゃあ出席確認してから入学式の説明を始めるわね」
「出席確認するわ。レイン・バードリン……」
「はい!」
次々と名前が呼ばれ、自分の番が近くなる。
「リーガ・レリーフ」
「はい」
「ジン……」
先生の名を呼ぶ声がほんの一拍止まり、教室のざわめきが一瞬だけ大きくなる。
手元の紙に触れていた先生の指先が、ぴたりと止まるのが見えた。彼女はちらりと俺を見て、表情を崩さずに息を吐いた。
「返事を」
先生の声が教室に響き渡る。
「はい……」
俺の声は震えていた。
「ええと……次は──カルマ・トーク・ランド」
自分に苗字がないことは分かっていたが、何故そうだったのか記憶が曖昧で、俺の胸に不安と静かな波紋が広がり、手が震える。周りの声が聞こえなくなり、ずっしりと身体が重く感じた。
彼女は出席確認を終え、次の説明に移った。
「じゃあ次は入学式の説明を始めるわね」
入学式の長い説明の間、誰もが落ち着かずに足を揺らしていた。
「――以上。では、全員講堂へ移動しましょうか」
そして、俺たちは講堂へと向かうことになった。
廊下に出ると新しい制服の擦れる音が重なり、入学式が始まる実感が湧いた。




