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第一章30 蛇闘編『支える』


 うるさい、耳鳴りのように、うるさい――


 誰かがメリアを呼んでいる。


「メリア……! メリア……!」


 メリアがその声の主が母のものだと認識するのに、さほど時間はかからなかった。


「どうしたの、何があったの……お母さん?」


「アロメが……いないの。アロメが……。さっき、アロメがあまりにも部屋から出てこないから心配して呼びかけたんだけど、返事がなくて、仕方なくドアを開けたら誰もいなくて……」


 母は死人のようにやつれ、力なくその場に崩れ落ちた。

 メリアは母の様子を気にする余裕はなかった。自分も『姉が消えた』という、あまりに唐突な出来事に放心していたからだ。


(なんで、なんで、なんで……! お姉ちゃん――)


 メリアの心はぐるぐる、ぐるぐる渦を巻いた。そんなとき、メリアの頬を不意に涙が伝った。


 その涙を見た母は、咄嗟にメリアを抱きしめた。


「大丈夫よ……お姉ちゃんのことだから、きっと何もないわ。多分ちょっと出かけてるだけよ。大丈夫、メリア」


 母の温もりに包まれ、メリアは赤ん坊のように眠りに落ちた。


 数時間後、メリアは目を覚ました。自室の時計は十二時を指し、窓から陽光が燦々と差し込んでいた。

 いつも使っている机の上には、母の手紙と朝食のパン、紅茶が置かれていた。

 メリアは手紙を真っ先に開き、そこには「アロメを探してくるわ」とだけ書かれていた。


「なんで……?」


 自分がまた涙を流していることに気づき、必死に拭おうとする。だが拭っても拭っても止まらない。理由はわからず、止める手立ても見つからない。ただ、そこには胸を締めつける感覚だけが残った。


◇◇◇◇◇


「メリア……今日、来なかったな」


 ヨルアスは一人、帰路についていた。夕焼けの光が周りの建物を照らし、陰影が濃くなる。


(ん〜、どうしよう……心配だ……メリアを笑顔にすると意気込んだものの。結局、今日メリア来なかったな……)


 ヨルアスの心に悪魔と天使が現れ、囁いた。


『家、いっちゃえよ』

『だめだよ、あなたは部外者なんだから』


 事実でも、天使の方が中々きついことを言う。ヨルアスの心で天使と悪魔が戦い、結果勝ったのは悪魔だった。勝ったといっても辛勝である。


「行くか……」


 ヨルアスは気付けば、速攻で帰宅し菓子折りを持参して、メリアの家の前に立っていた。


(は……! 俺、いつのまに……ここに)


 ヨルアスは慎重に玄関をコンコンと叩いた。ヨルアスは好きな子の家を訪問するという、あまりに新鮮で緊張するイベントに汗をかきながら、ぶるぶると震えていた。

 だが、返答はない。

 ヨルアスは固唾を飲みながら再び、玄関をコンコンと叩いた。


 その時、ドアをノックする音に気づいたのか家の中から慌ただしい物音が聞こえ、その直後、玄関のドアが開いた。


「うっ……」


 ヨルアスは唖然とした。そこに居たのは均一に纏まっておらずボサボサに乱れた髪、目を泣き腫らし、瞳に生気がないメリアだった。初めて見るその姿にヨルアスは持っていた菓子折りを地面に落とした。


「……ヨルアス……?」


 メリアはそのまま、ヨルアスに抱きついた。ヨルアスは一瞬戸惑い、抱きしめるのをためらう。だが、自分のやるべきことを思い出し、落ち着いた表情でメリアを自分から離した。


「何があったの?」


「お母さん、お姉ちゃん……いなくなっちゃった」


「なら、一緒に探そう。まだ亡くなったとは決まってない。絶望するのは早いよ。俺も手伝うから、ほら、立ちあがって。手、貸すから」


 ヨルアスはメリアの手を取ったが、メリアはその手を振り払った。


「もう無理だよ……わたし分かってる。お母さんがあんな手紙を残すって余程の事なんだって。もう誰も帰ってこないよ……この家にはわたし一人。もう……嫌だよ……辛いの。もう死にた――」


 ヨルアスはその()()を最後まで言わせること無く、メリアを抱き寄せた。

 王都の鐘の音だけがそこに響いていた。

 その行為に余計な感情など無かった。ただ、そこには彼女を救いたいという想いだけが存在していた。


「こんなことを言うのもアレだけど、メリアに悲しい顔は似合わないよ。君に、メリアに似合うのは笑顔だけだ。メリアが壊れそうなとき、苦しいとき、俺が何度でも支えるから。だから、泣くな。悲嘆するな。俺が一生そばに居るから」


 メリアはその言葉を聞いて、頬を赤らめた。それが愛の告白同然ということにヨルアスは気づいてしまった。


「え、あ、えっとー……はははっ」


「ありがとう……ヨルアス」


 ふたりの間に少しの沈黙が流れた。

 その沈黙を遮るようにメリアは自力で立ち上がった。

 愛の告白――それはメリアの心に張られた氷を溶かすに足るものだった。


「そうだよね……まだ絶望するのは早いよね。わたしらしく無いよ。こんなの。ねぇ、ヨルアス。わたしを支えてくれませんか?」


「もちろん」


 ヨルアスはメリアとの関係が友人以上の何かに成れた気がした。


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