第一章2 入学編『少年の正体』
(熱い痛い助けて……)
「はあはあ……」
「夢?」
うなされていたようだ。悪夢を見たのか酷く汗をかいている。足は押し潰されていたはずだが、いつの間にか治っていた。
ここはどこだろうか。少年はベッドの縁に手をつき、辺りを見回す。
棚には治癒魔術の書が無造作に積まれている。推察するにどうやらここは医療施設らしい。
部屋の外からこちらに近づく足音が聞こえる。
ガラガラ……
「あら、元気になったみたいね」
「誰……?」
白い帽子を被った女性のようだ。女性は帽子を外し、手に抱え持つ。その姿は白髪のショートボブに純白の瞳で凛々しい顔立ちをしている。年齢は20代半ばに見える。
「治癒魔術師よ。君、二週間ほど寝続けていたのよ」
彼女の声は柔らかいが確かな抑揚があって、病室の空気が少し和らぐ。
「全身を確認するけどいいかしら」
「うん」
「足は動く、身体中見ても問題はないわ。だいぶひどい傷だったけど、完全に治ったみたいね。急だけど君、お母さんやお父さんの名前分かる?」
彼女は記録用の小さな帳面を開き、ペン先を立たせる。
「なんで聞くの?」
「なんで聞くのって…そうだなぁ…君1人でしょ。お父さんお母さんが探してると思うから。心配かけるのも良くないからね。身元確認は最重要です!言い忘れてたけど、君の名前も教えてね」
ニッコリと安心させるために笑顔を向けている。少しだけ、少年の心には安心感が芽生えた。
「ぼくは……ジンって言って、お母さんがエンリで、お父さんがローゼイン……」
少年はぎこちないが、父と母の名前を彼女に伝えた。彼女は何か引っ掛かるのか考え込んでいる。
「もしかして……」
彼女の眉がわずかに動く。
「家の名前も一応教えてくれる?」
「エルなんとかだったと思う。わかんない……」
彼女は少年の返答を聞いた瞬間、かなり驚いた表情をしていた。少年はまだ、その表情に込められている意味を読み取ることはできない。
「第三勇者エルデンス・ローゼインの息子…母の方は上級魔術師か。気の毒に……」
ブツブツと独り言を言っていて、何を言っていたのか聞き取れない。
「お母さんお父さんがどうかしたの?」
少年は問い返すが、彼女は首を振る。
「いや、なんでもないのよ」
(勇者様は行方不明だとしても、亡くなってる可能性が高い。お母さんの方は生きてはいるけど…予断を許さないほどの傷…確かまだ8歳だったはず……まだ伝えるわけにはいかないわね)
治癒魔術師は思考を巡らせる。
「なんでもないからね。安心していて、一応今日は寝ときなさい。ご飯持ってくるからね」
「わかった……」
何かあったのだろう。子供でも、それだけのことは理解できた。魔術師の女性は駆け足で部屋を出て行った。
◇◇◇◇◇
第三騎士団本部の執務室では、魔術師フェイズが団長のライオスに報告していた。どうやら、先ほどの少年に関係があるようだ。
「そうか。勇者様の子が……一応何があったのかは伝えてないんだな?」
ライオスは冷静に報告を聞いているが、襟には汗が滲んでいた。
「ええ。ライオス団長、あの子はどう対処するのがよろしいでしょうか?」
「フェイズ、君に任せるよ」
「いやいやちょっと指示くださいよ」
「勇者の血筋の子に対して、普通の扱いをするわけにもいかないでしょう」
執務室の空気は冷たく、窓の外に見える街並みは焦土の名残を残していた。どの言葉にも重みがある。
「君から聞いた話であれば、彼は自分が何者かわからないんだろ?変に扱いを他の子と変えれば勘繰るだろう」
「子供は時に私たちよりも一つ一つの行動や言動に対して鋭い。気をつけて接するのが大切だろう」
ライオスが静かに答える。
「それに加えて、民は国に魔物が攻めてきたことを国の所為にしていたのはいい。だが、その矛先が勇者へと向いてきている」
ガルデリア侵攻により、国民の心は不安定となった。国民は自身の精神を保つため、誰かを批判することで心の安定化を図っていた。
「勇者に子がいたこと自体、民は知らないんだ。その状態で1人の子だけ扱いを変えれば、どこかから情報が漏れ出る」
「そして、矛先が勇者の子へと向かうわけですか」
「ああ、今現在この国は非常に不安定だからな。周りと同じ扱いをする。それを第一にしてくれ」
ライオスの声は低く、重い。
「わかりました」
会議の外、少年は病室の小窓から外を見ていた。
瓦礫の山と折れた旗が風に揺れる様が目に入り、胸の奥が締めつけられる。――自分の居場所はどこか、答えの見えない不安が胸を満たした。




