第一章24 蛇闘編『始まりの戦火』
俺たちはまず、魔術協会に向かった。道中、魔術が放たれた痕がいくつか視界に入る。相当激しい戦いだったのだろう。
数分後、魔術協会へと到着した。そこはまるで地獄のようだった――魔物にとっての地獄。
多くの魔物が焼き尽くされ、その中心で一人の女性が立っている。赤髪が風に靡き、煌めいていた。彼女には以前目にしたことがある。確か……最上級魔術師――そう、サラ・リヒエルだ。
「燃えろ。燃えろ。全てを灼熱の炎で燃やせ。業火の息吹をかの者どもに――」
サラの手の甲に龍を模した刻印が現れる。その刻印は赤く光輝き、周囲の炎を手元へ吸い寄せていく。
「業火の息吹」
吸い寄せられた炎が球体を成し、サラの頭上に巨大な火球が現れた。それは分裂し、火の矢を作り出す。あれに当たれば死ぬ――本能が危険を告げた。火の矢は無情にも魔物たちに降り注いだ。
「がぁぁ゛ーー」
魔物は燃え、叫び、必死に鎮火しようと暴れるもので溢れたが、サラの魔術は魔物を燃やし続けた。魔物は焼け焦げたまま息絶え、焼けた肉の匂いが鼻を刺激する。だが、まだ魔物は残っていた。
サラは逃がすまいと追撃の魔術を詠唱する。
「全てを業火なる刃で焼き尽くせ――」
「業火の刃」
サラの右手に火の粉が集まり、刃を構築する。その刃は意思を持つかのように向かってくる魔物をどんどん焼き払い、彼女の立つ地面はあまりの熱気に溶け始めていた。
まさに地獄絵図である。
アリアはその光景を見て呟いた。
「火焔の女王……化け物ね」
“火焔の女王“
その二つ名をリーガから聞いていたが、その名に相応しい化け物的な強さだ。これが王国内での火属性魔術を扱う魔術師の頂点。
俺とは比べることすら烏滸がましい次元にいる。
魔術協会周辺の魔物は数分も経たず焼き殺され、サラは爽快な表情を浮かべていた。熱気のせいか額には汗がにじんでいる。
「失礼ね、アリア。化け物だなんて。私は立派な乙女だよ」
聞こえていたのか、サラはくすりと笑った。自分を乙女だと思っているらしい。ここまで強いと少し無理があるが、彼女は乙女なのだろう。
「魔術協会は大丈夫?」
アリアが尋ねると、
「無論ね。私以外も居るし、大丈夫だと思うよ。あなたたちは、そうね……王城に行きなさい。今一番手薄なのはあそこだから」
その言葉の通り、俺たちは素早く王城へ向かった。王城に向かう途中、王都に人の悲鳴が響いた。近づくほどに悲鳴は大きくなっていく。
「早く行きましょう」
カエラはそう言い、更にスピードを上げた。
王城に着くと、そこには白髪に黒のマントを着た細身の男が立っていた。腕には魔術刻印らしき紋様が刻まれ、異様な雰囲気が漂っている。
王城自体は結界を張っているからか無事だったが、周囲は近衛兵だったであろう血肉が散乱していた。
「誰だ!お前!」
カエラが声を荒げ、その白髪の男を問いただした。
「あ、負けたのか……デニス」
白髪の男の言っている意味がわからない。デニス?一体誰のことだろうか。
白髪の男はこちらに振り向いた。
「……!」
その顔面は半分、骨が露出していて生きているのが不思議なほどである。眼球は赤黒く充血し、焦点が合っていない。
口元は耳まで裂け、ニタニタと不気味な笑みを浮かべていた。
「ああ。分からないのか。お前らが倒した中の黒ローブに眼球の無い奴がいただろ。あれがデニスだ。ああ……悲しいなぁ。お前らに殺された奴のためにも、もっともっとやらないとなぁ」
声には悲しみのような言葉が混じるが、実際は無機質で感情がこもっていない。
白髪の男はブツブツと恨み言を呟きながら、歪な短剣を鞘から抜いた。眼球のない男が持っていた短剣とは違い、蛇のようにクネクネと刀身が曲がっている。
「……! 全員、逃げ――」
カエラが何かに気づき、そう指示を出そうとした瞬間、カエラの右腕が宙に舞った。
先ほどまで数十メートル先にいたはずの白髪の男が、すでにカエラの眼前に立っていた。その手に持つ短剣には温もりのある血が滴っていた。
斬られたのだ。そう気づいたときにはもう遅かった。白髪の男はカエラの首を狙って刃を通した。
首の皮一枚足りず、カエラの喉が裂け、血がドクドクと溢れていく。
「がはっ゛」
コポコポ……
カエラは喉元を抑えながら、その場で仰向けに倒れた。必死に呼吸をしようとするが、喉から空気とともに血が漏れ出る。
白髪の男は倒れたカエラの首を完全に断ち切り、カエラはそのまま失血死した。
「まずは一人だ。次は君かな」
白髪の男は標的をレヲリに定めた。俺は防御魔術を即座に展開しようとしたが、男の動作がコンマ一秒早かった。
展開する寸前にレヲリの腹を引き裂いた。レヲリが咄嗟に後ろへ跳んだおかげか奇跡的に浅い。アリアは雷魔術を白髪の男に向けて放ち、その合間に治癒魔術を詠唱する。
「かのものに癒しを――」
「蝶の癒し」
アリアはレヲリに治癒魔術を施し、光の蝶が傷口に溶け込むように消え、傷を癒した。
アリアは再び雷魔術を白髪の男に叩き込もうとするが軌道を読まれ、簡単に避けられる。
「こんなに弱い奴らにデニスが負けたとは思えない」
(何かしなければ――)
そう思っても、体は動かない。
恐怖しているのか?
眼球のない男と違い、こいつは別格に強い。俺が動いても戦局は大して変わらないだろう。しかし、行動しなければ状況が一層悪化してしまう。
そんな俺の葛藤を、アリアの声が吹き飛ばした。
「ジンくん! 逃げて――」
白髪の男はアリアから俺に標的を変え、俺が気づいた時には、もう奴の短剣が腹を捉えていた。
あ……終わった。
短剣の切先が腹に食い込む。
"死"そんな文字が脳裏をよぎった。
「かのものに光の矢を――」
「光輝の矢」
短剣は俺の腹を切り裂く寸前で、飛んできた光の矢に弾かれ、白髪の男の手から弾き飛ばされた。
「何が起こった……?」
訳がわからず矢が飛んできた方向に視線を移すと、そこにはリアナが立っていた。




