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第一章23 蛇闘編『ジンの覚悟』


 魔戦暦592年7月――蛇闘戦


 俺が見た未来の出来事まで、あと五日だった。一週間で大きな進展があり、六つのうち二つの魔法陣を追加で見つけた。残りはあと一つだ。


 二つの魔法陣を見つける過程で蛇禅と衝突することもあったが、なんとか死傷者は出さずに済んだ。しかし、眼球のない男とはまだ相対していない。

 最後の魔法陣の場所には目星が付いていた。そこは、かつて「当時最強」と呼ばれた魔術師が魔人と戦った際にできた大穴の中だ。アリアは「蛇禅の拠点もその周辺にあるだろう」と言っていた。


 地上には、行方不明者や負傷者が出た場合に備えて救護班が待機している。

 向かうのは俺とアリア、それに上級魔術師のカエラ、レヲリの四名だ。蛇禅と戦う場面で俺が前に出ることは基本的にないだろう。だが、実力で劣っていても後方支援で役に立とう。

 

「ジンくん。あなたはこの剣も一応持っておきなさい。その剣には風魔術が込められているわ。いざというとき、私たちがあなたを守れるとは限らないから」


 アリアから剣を貰い、手に持つ。剣は軽く、使いやすそうだ。俺は剣を二つ携え、今――終幕の場所へと向かう。

 『死』の覚悟は決まっている。



◇◇◇◇◇



 大穴の中は想像以上に荒れていた。数々の魔術による破壊痕が当時の戦いの激しさを物語っている。

 

「アリアさん、こちらに通路がありました!」


 レヲリが大穴の奥で明かりの差す通路を見つけた。俺は剣を構え、アリアの後について行く。

 通路の奥には、蛇の紋の掛かった幕が下りた一室が見えた。


「私が確認しますので、待っててください。何があるか分からないので一応全員、戦いに備えてください」


 カエラはそう告げ、その指示通り全員が戦闘態勢に入る。カエラは詠唱を唱えながら奥を覗き込んだ。その顔に一瞬、驚きが走る。

 俺は気になり、隙間から部屋を覗く。血の匂いが鼻をつんざいた。俺の視線の先に映ったのは、蛇禅のメンバーであろう黒ローブの男たちが血まみれで立っている姿と床に横たわる数多くの人間の死体だった。ざっと150人は超えているだろう。


 その中には学院で見覚えのある者も混じっていた。死体の中にはまだ息のある者がいて、荒い呼吸が部屋に小さく響いている。そのとき、黒ローブの一人がこちらに気づいた。

 そいつは……眼球のない男だった。未来で見たものとは少し違い、別種の不気味さを纏っている。


「こんにちはぁ。君たちが魔術協会とやらかいぃ?ごめんねぇ。君たちが助けに来るのが遅かったから殺しちゃった。許してねぇ」


 相変わらず不快な喋り方だ。俺たちは問答無用で奴らに魔術をぶっ放した。

 黒ローブの男たちに魔術は当たった。しかし、あまり攻撃が響いていないのか、少しよろける程度だ。


「ジンくん!! 剣を使って!」


 アリアの掛け声で、剣に宿る風魔術を発動させる。


「風よ。かのものに肉を断つ不可視の斬撃を!」


風刃(ウィンドスラッシュ)!」


 風魔術は黒ローブの一人に直撃するが、中級魔術では致命傷に届かない。黒ローブの男たちも反撃を開始した。眼球のない男が俺目掛けて凄まじい速さで突っ込んでくる。手には歪な剣を持ち、俺の胸に縦の斬撃が繰り出される。


「いってぇ…な!」


 その斬撃は胸を切り裂くには十分だった。血が噴き出るが、致命傷には運良くならない。俺は自身に治癒魔術をかけ止血した。アリアたちは他の敵と渡り合い、様々な魔術が飛び交っている。


「君さぁ。鬱陶しいんだよねぇ!」


 男の蹴りが腹を捉え、あまりの衝撃に息ができず床に突っ伏した。


「かはっ……」


コヒュ……コヒュ……

 息が絶え絶えになる。剣をなんとか拾い、立ちあがろうとするが、男に頭を踏まれて身動きが取れない。


「君みたいなのはねぇ。こんな感じでぇ!ずっと床に突っ伏している方がよっぽど似合うと僕は思うなぁぁ!」


 顔面に蹴りを入れられ、鼻から血が噴き出る。立つどころか、呼吸すらままならない。


(俺は……ここで終わるのか? それでいいのか?)


 脳裏にリーガやリアナ、母、世話になった人たちの顔が次々と浮かんだ。立ち止まってはいけない。俺はまだ生きなければならない。

 『死』の覚悟は決めていたとしても死ぬとは言っていない。

 立ち上がれるのなら立ち上がる。ただそれだけでいい。ここで立ち止まれない。


「まだ……終われないんだよ。リーガが待ってるんだ……それに母さんもリアナも俺が死ぬことは絶対に望まない! だからまだ、俺は立ち止まれ……ない!」


 視界がぼやけても、ジンは渾身の力で男の脚を跳ね除け、体を起こした。誰もが今のジンを、勇者ローゼインの子だと認めるだろう。


「ああ゛? 何、綺麗事をほざいてるんだぁ? 立ち上がったからなんだぁ? お前はここで死ぬ運命なんだよなぁぁ!」


 眼球のない男は黒ローブの袖から呪文のような歪な文字が乱列しているロール紙を取り出した。男はそれを詠唱し始める。その詠唱をし終えた瞬間、男の眼球のない二つ空洞から紫色に変色した無数の腕が這い出した。その光景に俺は吐き気を催すがなんとか我慢する。


「気色悪いな……」


 揺らぐ視界の中、剣を構える。その姿勢は今までに無いほど洗練されていた。


「気持ち悪いかぁぁ。お前にはこの良さが分からないんだなぁぁ! そうだぁ! お前は…お前はぁ! 僕の…僕の…この目を馬鹿にしているんだろぉ!」


 男の目から這い出た無数の腕が襲いかかってくる。


「話は通じないみたいだな」


 俺は迫る腕を一本ずつ斬っていった。腕自体の速度は速くなく、斬るのは比較的容易だ。斬りながら距離を詰め、ついに男の間合いに入る。


「悪いな……ここで終わりだ」


 俺は横一閃に斬撃を放ち、それは男の胴体を完璧に切り裂いた。男の上半身と下半身は完全に分断され、血が止まることなく溢れていく。


「クソがぁぁ゛死にたくない。嫌だぁ。嫌…だ…ぁ……」


「僕を……僕ぉぉ…! 殺して……それで終わると思うなよ……お前はさらに地獄を……見る…楽しみ…だな…ぁ……」


 不気味な笑みを浮かべたまま、男の脈拍は完全に止まった。もう二度と動くことはないだろう。


「ちっ……身体が……」 


 極限まで集中していた反動で身体から力が抜けていく。剣を握る手が震える。それと同時に、俺は気づいてしまったのだ。 


「俺は人を一人殺したんだな……」


 剣の切先にはやつ(眼球のない男)の血が滴っている。そんな俺に芽生えたのは、人を殺した罪悪感と一つの戦いが終わったことに対する安心感だった。


「ジンくん! 大丈夫…?」


 アリアたちも戦いを終えていた。全員が傷を負ったが、重傷者はいない。運が良かった。

 俺たちはそのまま、横たわる死体の中で生存者を探し、地上に待機していた救護班へと受け渡した。


 その中にリーガの姿はない。


 部屋の奥にさらに空間を見つけた。そこには魔法陣と巨大な牢があり、中に人影が見える――リーガだ。


「リーガ!」


「リーガさん!」


 俺とアリアは気づいた瞬間、牢を魔術で破壊してリーガを牢から連れ出した。


「息はあるわ。でも、衰弱している…ジンくん、リーガさんを救護班へ連れて行って!」


 リーガは驚くほど軽く、数日間ほとんど口にしていなかったのが分かるほどにやせ細っていた。

 俺は全速力で地上へと向かい、リーガを救護班に届けた。


 アリアたちは魔法陣にさらなる結界を張った。


「これでもう終わりですかね。私、疲れました……」


 レヲリは安堵のため息を漏らし、膝をついて崩れ落ちた。

 しかし蛇禅との決着がついたわけではない。俺はそう確信していた。あの未来を見た意味が、これで終わるはずがない。


 俺たちは警戒を緩めず、元来た道を戻る。遺体は後で魔術協会が回収し、慰霊碑を作ってそこに供養するという。

 地上には無事に戻ることができた。だが、その直後、王都に爆発音が響き渡る。


「なんだ! 何があった!」


 カエラが駆けつけた騎士に問いかける。


「どうやら……国王陛下の住まう王城と、各騎士団本部、魔術協会本部が、大量の魔物と黒ローブの集団に襲撃を受けたようです!」


 その知らせは、蛇禅との戦いが終わっていないどころか、より大きな戦いの始まりであることを示していた。俺たちはまだ、その背後にいる者の正体を知らない――


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