第一章22 蛇闘編『結界の破壊』
「ここか――」
六つの魔法陣のうちの一つの前に、俺とアリア、そして数名の魔術師が立っていた。石造りの遺跡のようで、壁はどれも分厚く冷たい。
「寮の下にこんなのがあったんですね」
「ええ……そうみたいね。だけど、この魔法陣は、すでに見つかった他の二つとは少し形が違うわ」
アリアは考え込むように眉を寄せている。確かに、魔法陣としては歪だ。普通は円が幾重にも重なって描かれていることが多いが、ここは複数の図形が重なり合う構成になっていた。
円だけで構成された魔法陣は発動しやすく、失敗も少ない。一方で複数の図形で構成された魔法陣は、発動が難しく失敗しやすい。実用性で見れば不利なはずだ。だからこそ、かつて「当時最強」と呼ばれた魔術師が何故これを選んだのかが気にかかった。
「アリア先生……何故、当時この魔法陣によって封印が行われたんでしょう?」
俺は素直に問いかける。
「さすがに私も何故これが選ばれたのか分からないわね。ちなみに他二つの魔法陣は円で構成されているのよ」
今日の収穫はこの魔法陣を確認できたことだけだった。残りは三つ。数だけ見れば近そうに思えるが、実際には道のりは遠い。
俺はアリアたちと別れ、寮へ戻った。今日は妙に疲れている。まぶたがいつもより重く感じた。
「寝るか……」
いつものように目を閉じれば、夢の世界に落ちていくだろう。意識がゆっくりと引き寄せられていく
――
◇◇◇◇◇
「……どこだ? ここは」
意識ははっきりしていた。寝ていたはずなのに、見知らぬ場所にいる。周囲は暗く、冷気が肌を刺す。目が慣れるまで時間がかかりそうだ。
立ち上がり、手を伸ばす。何か硬いものが手のひらに触れた。壁か何かを伝って歩き、徐々に目が暗闇に慣れて行った。
「遺跡だ」
気づくと、俺は巨大な牢の中にいた。だが、視界が慣れると違和感が増す──身体が妙に小さい。細く、栄養の欠けた体つきだ。
「まぶしいっ……目が、目が……!」
急に灯りが点き、眩しさに身体が反応する。徐々に光に慣れると、状況がはっきりしてきた。
牢の中は相当劣悪な環境のようだ。床には犬の白骨が散らばり、周囲には氷のような結界が張られている。冷気の正体はそれだった。
「……? 結界が見える……」
(これ……俺の身体じゃない…!)
水の張られたバケツに映る自分を見る。そこに映っていたのはリーガだった。数日満足に食べていないのか、頬はこけ、身体は痩せ細っている。
困惑していると、一人の男が牢にご飯とは言い難いシチューのような液体を置きにきた。色は黒く変色していて、異臭を絶えず放っている。
牢の前の時計を見ると、俺が寝てから数時間経っているようだ。男はローブを着ていたが、少しだけ俺の視界に顔が映った。
「あの男……!」
夢、いや――未来で見た男だ。男は何かを呟きながら去っていった。雰囲気はあのときと同じく歪んでいる。牢の中を探して脱出方法を探したが、目立った手がかりは見つからない。
俺は取り敢えず、魔術を放ち牢を破壊できるか試すことにした。もちろん放つのはリーガの得意分野、火属性魔術だ。詠唱を開始する――
「かのものに火球を――」
「火球」
魔術は発動しなかった。結界のせいだろうか。魔力が手のひらへとうまく流れていかない。何度か試したが、どれも失敗で終わった。
(他にできること……結界に触れてみるか)
以前、リーガがやっていたように結界に触れて、魔力の流れを読み取る。そのとき、リーガと魔見眼について会話した記憶が蘇った。
◇◇◇◇◇
「リーガ、魔見眼ってあのとき話していたこと以外に何かあるんじゃないのか?」
――俺は以前、リーガと話したことを思い返していた。彼に魔術を向けた時、手のひらに触れられ、魔力が逆流するような感覚を覚えた。その違和感がずっと気になっていたのだ。
「気づいたんだね。そうだよ。僕の魔眼には、というより多分僕だけかな。僕は魔力に直接触れることで干渉することができるんだ。例えば魔力の流れを逆流させたり、魔力を吸いとることができるんだ」
リーガは嬉しそうにそう語った。魔眼について話せる相手ができたことが嬉しかったのだろう。
「凄いな」
「そうでもないよ。宝の持ち腐れでね。あまり使いこなせていないんだ。やるにしても一日に二度くらいしかできない。でも、いざというとき搦手に使いやすいけどね」
◇◇◇◇◇
今はリーガの身体だ。そして、魔眼の力を応用することで結界を破壊できるんじゃないか――試す価値は十分にある。
(流れを掴め、その流れと逆向きに魔力を流せ……)
結界に指先を押し当て、魔力の流れを探る。パリッ――と小さな裂ける音がして、結界にヒビが入る。
(よし!)
逆向きに魔力を送り込みつつ、もう片方の手から火の魔術を放った。その瞬間、結界は砕け散った。粉々になり、氷のような冷気が風に消えていく。
「成功した……」
かなり集中したからか疲労がどっとのしかかってくる。それと同時に俺の意識は遠のいていった。
◇◇◇◇◇
気づけば朝だった。カーテンを閉め忘れていたのか、朝日が顔に差し込んでいる。なぜリーガの身体に入ったのかは分からない。
ただ、何か役目を与えられたような気がした。だが、結界を壊しても、リーガがどこにいたかが分からなければ意味がない。
俺は学院へ向かい、アリアに報告した。俺が見た未来まで、あと十二日。行方不明の人々はまだ一人も見つかっていない。黒ローブを着た者の目撃情報も増えてはいない。
いつ手がかりが得られるか見通しは立たない。それでも、俺たちは抗い続けるだろう。リーガを、王国を救うために――




