第一章17 蛇闘編『講師ヘルマン』
魔戦暦592年5月ーー剣術の授業
魔人襲撃から二週間。あの後、魔術協会から派遣された治癒魔術師によってほとんどの教師が学院に復帰したが、まだ傷が癒えきらない者もいる。
学院は表面上の平穏を取り戻しつつあったが、空気には張り詰めた緊張が残っていた。
今日から、剣術の講師が剣術の国ベインヘルドから二ヶ月間の予定で派遣されてくるという。クラス別の対抗実戦大会も行うらしい。
俺とリーガはいつもより少し緊張しながら登校し、教室の扉を開けた。黒板の前に、見知らぬ男が立っている。
茶色の髪、頬には十字の傷。剣を背に携え、たくましい体格は二メートルはあろうかというほどがっしりしていた。立っているだけで威圧感がある。
「リーガ……あれ誰だ?」
俺は困惑した表情を見せる。
「僕も分からない……ただ剣を持っているから、今日このクラスに派遣される講師の人じゃないかな」
「強そうだな」
アリアが入ってきて紹介する。
「皆さん座ってください。こちらの方は今日から二ヶ月間お世話になる方です」
「よろしく頼む。若人たちよ。俺の名前はヘルマン・グラディアだ。剣の道を極めてから早32年になる。お前らに剣の修行をつけられることを俺は光栄に思う」
低くて通る声。ヘルマンは剣を持つ手つきからそれがただの見せかけではないと示していた。
「まず最初は俺の実力を知ってもらいたい。訓練場へ行くぞ」
訓練場へ向かう道すがら、ヘルマンは他の剣術師たちとは明らかに違う佇まいを見せた。年の離れた貫禄、刃を扱う無駄のない動作。着くと、彼はクラスを見渡して告げる。
「このクラスで一番剣の腕が立つ者、前に出ろ」
手を挙げたのはリアナだった。彼女は迷いなく一歩を踏み出す。
「そうか。なら剣を構えろ。三分間、俺に対して切り傷一つ与えることができればお前の勝ちだ。アリア先生、審判と開始の合図を頼む」
合図が鳴ると、リアナが先制した。だがヘルマンの受けは速く、避けは正確だった。ヘルマンが一度捌いてから放った剣撃は、速度と重量を伴い、リアナは体勢を崩す。
三分の鐘が鳴り、動きが止まると、訓練場は静寂ののちにどよめいた。誰もがヘルマンの“人外”じみた動きに息を呑んだ。
「今、動きを見てみろ。人間の体の使い方とは違うだろう。それには理由がある。誰でも練習で身につけられる。俺の授業ではそれを教える」
ヘルマンは剣を軽く振って見せる。その刃は残像を残した。
「では、剣を構えろ」
言われた通りに皆、剣を構えた。ヘルマンの真剣な眼差しにそうするしかなかったのだ。
「魔力を身体に循環させるイメージで剣の持ち手に魔力を集中させろ。魔術を使うとき、全身にかけて魔力が流れるような感覚と同じだと思え」
魔術を使うとき、当たり前のように魔力を一点だが、循環させるのをやっていた。全身に意識させるとなるとうまくいかない。魔術を使うときのイメージで全身に魔力を流れさせる。
その瞬間力が溢れるような変な感覚が芽生えた。困惑していると、ヘルマンは次の指示を出す。
「次に、剣を構えて呼吸を整えろ。その後、剣を振ってみろ」
全員が剣を構えた後、前へと振る。それはまるで自分の身体ではないような違和感を覚えた。
全員が試すと、ぎこちなさはあるものの剣がいつもより軽く感じられた。動きに力が乗り、速度が増したように思える。
「これを『魔体強化』という。簡単に言えば、魔力を全身に循環させることで身体能力が飛躍的に向上する強化方法だ。強化量は魔力総量に比例する。これをまずは、無意識下でできるようになってもらいたい」
「魔体強化は騎士など主に前線に立つ者が使う基本的な訓練だ。これに慣れれば、全身に循環させたまま、一点に魔力を込めることでこのようなことも可能だ」
ヘルマンが模範を見せると、剣先が風を切って光るように速かった。だが彼は淡々としていて誇示するでもなく、ただ基礎を語る。
「まあ、これ自体できるようになるのは一年かかるがな。応用のようなものだ。まずは基礎的な訓練を明日から積んでもらう。では、一日目の授業を終わる」
鐘が鳴り、一限目が終わる。廊下へ出ると、俺の手にはまだあの「全身を巡る」感覚が残っていた。剣術を、本格的に学ぼうという決意が胸の奥で静かに燃え始めていた。




