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第一章1 入学編『王都の灰燼』


 七戦王の前日譚―勇者の子―連載開始です。是非この作品をよろしくお願いします!


 魔戦暦587年11月――ガルデリア侵攻


 炎が喉を焼いた。


「助けて。お父さん……お母さん……」


 熱と痛みで視界が滲む。瓦礫の下で足が動かない――少年は指先で土を掻き、声を振り絞った。

 空は灰に覆われ、遠くで魔物の咆哮が繰り返し響く。勇者が消えたその十日後、王国は燃えていた。


「運べ! 重症を負っているものから早く」

「なんなんだよ……なんでこんなことに! 勇者様はどこへ行ったんだ!」

「お母さんを助けてぇぇ!」


 必死に助けを呼ぶ声は魔物の咆哮にかき消された。

 魔物に妊婦は腹にいる赤子ごと上半身を食いちぎられ、男や女は四肢を引き裂かれ、子供は踏み潰されていった。

 家屋が次々と倒れ、炎が屋根を丸ごと呑み込む。人々の悲鳴と瓦礫の軋む音が空気を震わせ、街は混沌の淵にあった。

 王都の中心に掲げられていたガルデリア王国を象徴する『深紅の剣』と『濃紺の杖』が刺繍された旗は焼き焦げ、灰となって朽ちていた。

 オークやゴブリン、名も知れぬ魔物の影が肉を裂き、熱風が肌を焼く。少年の皮膚もただれていた。幼い体は今にも消えそうで、それでも必死に爪を立てて前へ進もうとしている。

 

「痛い……痛いよ……」


「お母さん、お父さんどこに行ったの……?」


 少年は這いつくばりながら自分の両親を探し、絶望に押し潰されながら小さく呟く。

 周りには見知った親子や子供の死体、数時間前まで人間として形を成していた肉の塊が転がっている。街を照らすのは、松明や灯りではなく絶えず燃え盛る炎だけ。

 少年がどれだけ進もうと生きている人間はいない。地獄だ。


「誰か居ないの……?」


「誰か……助けて……」


 建物の瓦礫が少年に向かって落ち、少年は足を押し潰され、脚の感覚を失った。


「ああ……」


(もうだめ……だ……)


 少年の意識は途切れ、暗闇へと深く落ちていく。



◇◇◇◇◇



 夜が明け、侵攻は一時的に鎮まった。焼け焦げた大地に救援の足音がようやく届く。

 足音の正体はガルデリア王国の誇る第三騎士団の団員たちだ。

 その制服は象牙の白を基調に銀糸の刺繍を施した立襟、肩章には階級の房飾りが垂れる。胸当ては白塗りの軽装プレートで団章が刻まれ、羽織られていたマントは裏地が藍色に染まっている。

 ――それはまさしく規律と実用が同居した服だ。


 騎士団の隊列が瓦礫の間を進むと、生存者を発見し次々と搬送を始めた。


「酷い状況だな……」


 団員たちは言葉を失い、焦げた街並みを見つめる。空気は灰と血の匂いが混じり、重苦しい沈黙が流れた。


「全団員に告ぐ! 重症な者から運べ!」


 指揮が飛び、隊は手際よく動く。瓦礫をかき分け、負傷者を担架へと載せていった。

 騎士団の一隊が瓦礫の中を進み、そこに横たわる一人の少年を見つけた。

 その少年の足は潰れ、少年自体もひどく衰弱していた。


「君、大丈夫か! ……医療班この子を頼む」


 少年の体は冷え、今にも死にそうだ。


「団長!辺りを確認して参りました」


「他に生存者はいたか」


「それが……生存者は、この子以外には見当たりませんでした」


「ご苦労」


(まさか第三勇者が魔王討伐に向かい、失敗してから、十日で魔王軍が攻めてくるとは……)


「君たち、私は本部に被害状況を報告しに行く。ここを任せるよ」


 団長は短く頷き、数人を残して指揮所へと戻っていった。



◇◇◇◇◇



 数刻後――王都の一角にある指揮所。木製の机には報告書が無造作に積まれている。

 外の喧騒が遠ざかる中、扉がノックされ、重い空気の中で報告が差し出された。


コンコンコン……

「失礼致します。被害状況の報告に参りました」


「入りたまえ」


「は!」


「これが現在のガルデリア王国の被害状況をまとめた報告書になります」


「うむ……」


ペラペラ……

「主要都市の約三分の二が壊滅状態にあるのか……」


 報告を読む音は冷たく、短かった。読み上げると同時に、部屋の中の空気が重くなる。


「勇者様が魔王討伐に向かい、行方不明になってから十日……」


「ライオス団長。早すぎると思わないかね?」


「どういうことでしょうか?」


「君たち第三騎士団は、アルカ帝国首都リガンドまで物資の交換をしに遠征へ向かわせた。その移動時間は日にして、二十日かかる」


「それが一体何に関係しているのでしょう?」


「地図上で見ると、魔王城はこの国から帝国よりも遠い。だから十日というのは早すぎる」


「君たちは飛行魔術による移動でこれほどの時間を要する。だが、少なくとも魔王城からであれば、最短でも一ヶ月はかかるはずだ」


「であれば、どのような移動手段を使ったのでしょうか……」


「いや、どの移動手段でも十日より短くはならない」


「例外はあるがな」


「転移魔法陣……」


 ライオスが呟いた。


 その一言で室内の空気が凍った。転移魔法陣――本来は神話じみた禁術であり、会議の場で軽々しく口にされる性質のものではない。だが、ここでは現実として議題にのぼっている。


「ああ……第三勇者に持たせた各迷宮の転移魔法陣の場所を記した地図、あれがあれば十日以下で移動できる」


「ですが、転移魔法陣は禁断の技術であり、この国家を揺るがすほど大きなもの…知り得るものも私を含め、数名程度です」


「たとえ勇者様から奪ったとしてもあれには魔術がかかっていたはずです」


「その通り」


「あの地図にはマークされている人物が亡くなった場合や所有権がそれ以外の者に渡れば、自動的に消滅する強力な魔術をかけている」


「おそらくだが、なんらかの手段でそれを解除したか、あるいは復元したのだろう」


「そもそも、この国の周囲にある転移魔法陣は特殊だ」


「この国の魔術協会や騎士団の幹部以上に伝わる固有魔術を起動しなければ開かない」


「君が言ったその数名の中に、魔王軍へと通じるものがいると考えるべきだな」


「それでは、こちらで国の復興とともに私の部隊で調査しておきます」


「ああ、頼む。私も個人で調査するとしよう」


 短く、しかし重い決意が交わされた。その言葉の裏側で、王都の下に横たわる焦げた街並みと、まだ眠るかのように倒れた者たちの姿が、誰の目にも浮かんでいた。


「あと一つお前に頼みたいことがある」


「どのようなことでしょうか」


「魔王との戦いが起点となった魔戦暦が使われて以来、歴史上でこれほど大きな被害を我が国は受けたことがなかった。今後、このようなことが起こらないように騎士団の戦力増強をライオスに頼みたいんだが……」


「もちろん宜しいですよ」


「そうか……では頼んだ」


 ライオスは即決し、指揮所を後にした。


 指揮所の扉が閉まり、冷たい空気が一瞬だけ残る。外では救援の足音が再び忙しく動き出していた。




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