第一章13 試験編『試験の余韻と魔王の動き』
気がつくと、白い天井と柔らかな光の下にいた。喉が乾いて声が出にくい。身体の重さは抜けきっておらず、筋肉が強張っていた。
隣からかすかな寝息が聞こえる。リーガだ。顔を向けると、額に冷えた布が当てられていて、呼吸は浅かったが生きている。
「……目を覚ましたのね」
その声の主はフェイズだった。白衣の袖に、わずかに血の匂いが混じっているように感じたが、彼女は表情を崩さず、淡々と包帯を巻いていた。
「ここは医務室よ。今は安静にしていて。詠唱で内傷を整えたから、あと、数時間もすれば楽になるはずよ」
フェイズの声には疲れが混じっているが、それでも安心感があった。リアナがベッドの脇でジンの手を握っている。
リアナの顔は少し青ざめていたが、笑おうとする力だけは残っているようだった。
「大丈夫、ジン。起きてくれてよかった」
リアナが小声で囁いた。だいぶ、安心したのか敬語が外れている。俺は喉を鳴らして弱々しく笑った。
どうやら、試験が終わってから丸一日眠っていたらしい。窓の光が、その時間の長さを教えてくれる。
「私は、少し授業の合間の休憩時間に来たからそろそろ行きますね」
リアナはそう言って、慌ただしくクラスへ戻っていった。ジンは彼女の後ろ姿を見送った。
◇◇◇◇◇
夜が更けるころ、リーガも目を覚まし、体調はだいぶ戻っていた。俺たちはフェイズに礼を言い、寮の自室へ戻ろうと立ち上がる。
去り際、フェイズが小さな声で囁いた。声は冷たくもあり、どこか温かい。
「今日はゆっくり休んでね。たとえ失敗したとしても、足掻き続けなさい。光を掴むのよ」
寮のベッドで俺は目を閉じ、天井の光の揺らぎを見つめた。
フェイズの言葉が、頭の中でちらつく光、足掻き。何か大きな期待と危険が自分を取り囲んでいる気がした。
眠りの縁で、リーガの小さな声が聞こえた。
「ジン……ごめん」
謝る理由はわからなかった。でも、その言葉は胸の奥に針を残した。手のひらでその針を押さえ込むようにして、深い眠りに落ちていった。
翌日も学校生活は続く。
だが今はただ、夜の静けさに身を委ねるしかなかった。
◇◇◇◇◇
一方その頃、魔王城では別の会話が交わされていた。
「魔王様、新たな情報が手に入りました。どうやら、あの第三勇者には子がいたらしく、その子は生きているようです」
側近は淡々と報告する。
「現在は『ガルデリア学院』に通っていると。ガルデリア学院――魔王様、この危険分子をどういたしましょうか」
「そうだな……さっさと殺そうではないか。私の計画に今後、邪魔になるかもしれない」
魔王は不敵な笑みを浮かべていた。その裏にはとてつもない悪意が含まれている。
「さすが魔王様。即断即決。その判断力に感服いたします」
側近は目を輝かせる。
「向かわせるのは誰にしようか」
「ならば、この私、ガレリア・オーウェンにお任せください」
側近もとい、ガレリアは自身満々に答えた。
「そんなので大丈夫なのかい? 魔王様」
突如として、ガレリアの背後に魔人が現れた。その魔人は一切の気配を発していない。
「おお……! 久しいではないか。ギルデズナ」
「ええ。お久しぶり、魔王様」
その風貌は人間に角が生えた姿をしていて、後ろには鋭利な尻尾を携えていた。顔は美しく美少女と言っていいほどに整っている。
その実力は底が知れないほどに強い。魔王に敬語を使わないことを許されている五人のうちの一人である。
「私が迎えば、すぐに全てを破壊できるよ」
自身の実力を理解してるが故にその発言が出てきた。
「あなた様は力加減ができません。ここはやはり私が行くべきなのです! 魔王様!」
ガレリアはギルデズナに言い返した。
「あなた……五光魔帝の一人である私に対する口の利き方がなっていないようだね」
ギルデズナは魔力をほのかに放出する。その気配だけで場が締まる。
「ガレリア、ギルデズナ……二人で向かえばいいではないか」
魔王はそう提案する。
「ただ一つ注意がある。『ヨルアス』という男には気をつけることだ」
「ヨルアスですか?」
ガレリアは問いかける。
「ヨルアス。あの国にいる魔術師で最も強い人間……会いたくない」
ギルデズナの声は微かに震えていた。
「まあいい。では準備することだ。この世界を支配する一段階としてな……」
ガルデリア学院が、その標的に選ばれたことを――誰も予想しえなかった。




