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7.出会い

 拠点に戻り、すぐ側に少女を寝かせた。彼女は遠夜のジャケットを肩にかけて未だ無防備に眠り続けている。あのまま放置していたら、確実に獣の餌になっていただろう。助けられてよかった。

 彼女が目覚める前にやることを済ませてしまおう。


 遠夜は川に沈めていた鹿を引き上げ、解体を始めた。

 モモの肉は火のそばで直に焼いていく。その間に他の部位の肉をナイフで薄切りにし、丈夫な枝と紐で作った竿にぶら下げて焚き火の近くで煙に当てておく。燻製にして保存性を高めるためだ。

 これで暫くの間は食料に困らずにすむ。

 この森の気温は日がある内は十度前後、夜になればだいたい五度くらいにまで落ちる。森が天然の冷蔵庫のようになっていて、やろうと思えば干し肉だって作れなくはない。

 ただ本当は塩などがあればよりいいのだが、森の中で塩を見つけるのは難しいので諦めていた。


 肉の処理を進めながら考える。

 この世界に生息する知的生命体は人間だった。それも地球の人間と全く同じ姿かたちをした人間。これだけでも驚くべきことだが、隣で眠る少女のように獣の耳や尻尾を生やした人間まで現れた。研究者たちが知ったらきっと大喜びするに違いない。

 ただ残念なのは恐らく彼らの文明に高度な技術力は無く、帰還の手掛かりが期待薄な点だ。直接話を聞いてみないことには分からないが、あまり期待しすぎない方が良さそうだと遠夜思っている。

 とは言え気がかりな点もあった。それはあの場で火災が発生していた点だ。彼らの持ち物や装備に火を起こす兵器はなかったし、狼たちも毒はあるが火を吹いたりはしない。火元は一体どこから来たのだろうか。

 その辺も含めて、少女に聞けたらいいのだが。


 隣にいる少女に視線をやる。

 頭に生えた三角耳と腰から生えた大きな尻尾の特徴から、多分犬系の種族だと思う。一人だけ狼に襲われなかったのは何か関係があるのだろうか。

 それより少女の顔や服、髪の毛にまでべっとり着いた血が気になった。このまま放っておけば血の匂いに釣られた獣が襲ってくる可能性もある。

 遠夜は死亡した人間の男から拝借した布服を川の水で濡らし、その布で少女の顔を丁寧に拭っていく。

 汚れが落ちて綺麗になった少女の顔は、瞳を閉じている今の状態でも整った顔立ちだと良くわかる。血で汚れているが髪は艶やかなブロンドのロングヘア。耳と尻尾のモフモフとした毛も同様の色合いだ。

 汚れた髪も綺麗にしてやろう、そう思って次はその髪を濡れ布でそっと拭いていく。髪を拭いていると頭の耳がピクリと動いた。それが遠夜には何だかとても新鮮で、この耳ってほんとに本物なんだぁ、と感心しつつ、つい悪戯心で耳を触ってみた。

 モフモフで、犬の耳を触っているみたいな感触。

 調子に乗った遠夜は、頭部と耳の繋ぎ目はどうなっているんだろう、と顔を思いっきり近づけた。

 そんなとき、


「ん……」


 少女が少し呻いた。

 その次の瞬間には目が合っていた。それはもうバッチリと、彼女の宝石みたいなブルーの瞳がこちらを捉えていて、その瞳の中に「あ、やべ」って顔した自分の間抜け面が映っていて、苦し紛れに出た第一声が「ハ、ハロー……」だった。


「キャァアアアアアアアア――――――ッ!!」


 天高く活力満ち溢れた悲鳴が響き渡り、同時に少女の振り抜きビンタを盛大に顔面で受け止めた遠夜は大地に転がった。

 すぐに飛び起きて左頬を押さえながら誤解を解こうと彼女を見ると、


「*******ッ!! *****――!!」


 全く聞き覚えのない言語を早口で叫びながら、近くに落ちていた石ころや木の枝を容赦なくぶん投げてきた。


「うおっ、ご、ご、ごめんっ! 決していかがわしいことをしようとしてた訳じゃないんだ! え、えと……」

「*****! ******ッ!」


 彼女は変わらず不明な言語で石を投げつけてくるばかり。


「な、なんて言ってんのか全然意味分かんねぇ! サラ、解析できるか……!?」

『既に行っています。もっと言語を聞き出してください』

「て言われても……うおっ」


 少女は物凄い剣幕でこちらを睨みつけ、片手に尖った枝を、もう片手に石を握って叫んでいる。

 どうしたものかと考え悩み、咄嗟に先程血を拭った濡れ布をとっ掴んで、


「こ、これ! 君のっ、血を、拭う、OK?」


 少女の身体と布を交互に指さし、身体を拭うジェスチャーをして見せた。

 すると少女の動きが止まり、自分の汚れた身体を見たあと遠夜を見て、怪訝な顔をして、


「*****……」


 何かを呟いた。

 ようやく分かってくれたのか。しかしそう思った瞬間、彼女は手に握っていた石を再びぶん投げた。

 危うく避けられたが、彼女の視線は敵意に溢れている。


『制圧しましょう』

「バカ言うな、相手は女の子だぞ」

『人間じゃありません』

「人間だよ。耳と尻尾が生えた人間だ。少なくとも俺はそういう認識だ」


 サラの物言いに少し口調が強まる。

 彼女は人間だ。知能があって言葉が喋れて、見た目だってほとんど変わらない。遠夜の目にはか弱い女の子にしか見えない。

 言葉が通じないからと言って、この子を痛め付けるなんて絶対にダメだ。何とか穏便に済ませる方法を考えなければ。


 横目に鹿の肉が目に入った。

 火元に置いておいたモモ肉が良い具合に焼けている。

 遠夜は焼けた肉を取って、最大限の笑顔で少女の前に突き出した。


「ほ、ほら肉だ、鹿の肉……えっと、た、食べる?」


 彼女は少し驚いた顔をする。しかし警戒心はしっかり持ったまま。

 遠夜はその場に座り込んで、「君も座れば?」とジェスチャー。


「ほ、ほら美味いぞ……多分。毒なんて入ってないし……多分」


 彼女の目は一応は肉を向いている。が、やはり受け取ろうとはしない。

 彼女の獣耳を思い出し、もしかして生の方が良いのかなとか思いつつ、


「よし、俺が先に食べるよ。そしたら毒が入ってないって分かるだろ? ほら、あー」


 肉にかぶりついた。

 肉の脂と独特の匂いが口の中に広がる。


「う……うめぇええっ!!」


 思わず叫んだ。


『解析完了。人体への害はありません』

「美味すぎる!ちょっと独特の臭みがあるけどめちゃくちゃ美味い!生の肉……!久々に食ったぞ!」


 遠夜のはしゃぎ具合を見て少女が変な顔をしている。


「ほ、ほら、君も食べなよ。これ君のぶん」


 もうひとつの肉を火元から上げて少女に差し出す。

 すると少女の視線は肉に吸い寄せられ、喉元がごくんと動いた。同時に彼女のお腹で腹の虫が鳴る。


「ははっ、お腹すいてるんだろ?」


 遠夜が笑うと少女が顔を赤くした。

 それを見てもしかしたら、とそう思ったのだが、やはり簡単ではなかった。

 少女は小さく何か叫んだ後、遠夜の手から肉を思いっ切り払い除けた。


「どわあっ」


 突然のことに驚きながらもすかさずダイブして、ギリギリ肉をキャッチする。


「っぶね〜、貴重な肉が……」


 しかし振り返るとそこに少女の姿はなかった。


 *


 少女は裸足で森の中を全速で駆け抜けた。

 柔らかい少女の足裏に、荒い地面の感触が痛いほど伝わっている。

 周囲は少し薄暗くなっていて、日が落ち始めているのが分かる。早くしなければ夜が来てしまう。夜の森が危険だということは彼女も十分理解していた。


 しかし運が良い。この辺りは彼女の住んでいた里からそれ程離れていない。通りの道に出られれば里に帰れるはずだ。


「お爺様……」


 きっと里のみんなは心配しているはずだ。

 こんなことになったのも全部卑劣な人間達のせいだ。

 昨夜、彼女の暮らしていた里は人間による襲撃を受けた。奴らは里の人間が寝静まった夜中を狙い、若い女子供を攫ったのだ。里の男達も抵抗したが、奇襲だった上に相手の人数も多かったため何人もの犠牲者を出した。

 そしてこの少女アルランテもまた、人間たちに捕らえられてしまった少女のひとりであった。


「アイツらのせいで……みんな……っ」


 涙を浮かべながら走り続ける。

 奴らに捕まったあと、目が覚めたら鎖で繋がれた挙句に馬車の荷台へと押し込まれていた。この後どうなるのかなんて簡単に想像がついた。

 人間たちの間で、獣人族は奴隷として売られることがある。大昔にあった奴隷の風習が、奴隷売買禁止が一般的となった今の時代でも見えないところで続いているのだ。

 こうして獣人は度々人間たちの手によって捕らえられ、売りさばかれ、世界のどこかで人とも思われぬ仕打ちを受けている。一度奴隷として売られた少女達の未来は悲惨だ。

 しかしこの度人間の手に落ちた彼女たちは、更に運が悪かったらしい。輸送中の馬車が魔獣の群れに襲われたのだ。奴隷商人の人間は護衛に数人の男達を付けていたみたいが、きっと値段をケチったのだろう。こんな少数人数でこの大樹の森の魔物を相手どれるわけもなく全滅。そして馬車の中で鎖に繋がれた少女達は、為す術もなく魔物に襲われ命を落とした。

 里の仲間が皆魔獣に喰われる姿をただ見ることしか出来なかったアルランテは、その悲惨な光景を前に気を失ってしまった。

 目を覚ますと変な格好をした変な言葉を使う変な男がそこにいて、笑顔で肉を持って近づいてきたので怖くなって逃げ出し、そして今の状況に至るわけだ。


「はぁ……はぁ……何だったのよアイツ……気持ち悪い笑み浮かべて……喋ってる言葉も意味わかんないし……っ」


 見たところ人間族の男だった。

 賊の仲間ではないとは思うが、怪しいことに変わりはない。それに人間は絶対的に信用ならない。逃げるが吉に決まっていた。


「はぁ……はぁ……よし、多分この先に……!」


 あと少しで通りの道に出られるはず、そう思ったその時だ。


「きゃっ!?」


 突然全身の筋肉が凍り付いたようにピシリと動きを止め、勢いそのまま前のめりに倒れて込んでしまった。

 倒れた先の地面に小さな水溜まりがあったせいで、泥水が顔に跳ねる。どこかの川から少しずつ水が流れてきているようだ。

 しかしそんなことよりも、身体が動かない。初め地面がぬかるんでいるせいで転んだのかと思ったが、どうやらそうじゃない。全身が全く動かせないのだ。それだけじゃなく、首元に熱く締め付けられるような痛みがある。


「くっ……な、に……」


 何事かと顔を顰めながら視線を水溜まりにやると、水面に映った自分の首元に黒線の紋様が浮かび上がっているのが確認できた。


「こ、これって……ウソ、そんな……っ」


 これが何だか知っている。

 これは奴隷の――。

 そのとき、巨大な何かが引き摺られるような、地鳴りにも似た音がどこからか聞こえてきた。

 動かない身体を強ばらせ、視線だけで周囲に気を配る。

 地鳴りのような音は段々とこちらへ近づいてくる。そしてついにその正体が、今目の前の大木の隙間からハッキリと見えた。


「あぁ、そんな……」


 薄暗い森の中でピカピカと怪しく光る白い鱗、そして圧倒的に巨大な体躯。間違いなくこの森に生息している魔物、ジャイアントスネイクだ。

 あまりにデカい。五十メートルはきっとある。そんな巨大蛇が舌を見え隠れさせながら、その口をゆっくりと近付けてくる。

 巨大な蛇の頭と少女の距離がおよそ三メートルの距離にまで迫ると、その鼻息だけで少女の綺麗な金髪が吹き飛びそうなほど乱される。


「っ、ぅ……」


 恐怖のあまり全身が小刻みに震える。

 まだ身体の自由は利かない。

 逃げられない。

 少女が震えながら涙を流した。

 まさにその瞬間の出来事だ。

 一瞬周囲が青白く光り、奇妙な音が聞こえた。そしてそれと全くの同時、目の前の巨大な蛇頭が破裂するように弾け飛んだ。

 大蛇の血肉が辺りに飛び散る。続けて二撃、三撃目と大蛇の首元が盛大に弾けた。

 蛇の血が少女の頬に掛かる。

 一体何が起こったと言うのか。

 すると少女は自身の身体に自由が戻っていることに気がついて、すぐさま振り返った。

 その先にいたのは、先程の変な男だった。変な格好に変な形の黒い杖を片手に握って、そこに立っている。


「なに……何なの……」


 動揺を隠せないまま男の顔を見つめる。

 この少年が今のをやったのだろうか。状況的にそうとしか思えない。


「あ、あんた一体……」


 しかし少年は、


「*****……」


 相変わらず変な言葉で話し、微笑みながら手を差し伸べてきた。


「いみ、わかんない……」


 この状況も、彼の話す言葉も、少女には到底理解出来なかった。




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