6.発見
草木の影から顔を覗かせる。その先百メートル、木々に火が燃え移っている。炎はそれ程激しくは無いが、放置すれば森全体に燃え移る可能性もある。
しかしそんなものより余程重要なモノがそこにはあった。
まず、間違いなく地面の車輪跡をつけた張本人であろう乗り物が、そこに停車している。馬車、と呼んでいいのか分からないが、馬に良く似た生物二頭が車輪の付いた大きな荷台に繋がれている。しかし残念ながら馬二頭は既に血を流し倒れていた。
そして何より目を引いたのが、
「あれは……人、だよな……」
『信じ難いですが、その特徴は完全にヒトと一致しています』
そこには人がいた。正確には倒れていた。数は全部で五人。その様形はどこをどう見ても人間そのもので、うち二人は布っぽい外套を、うち三人は金属製の剣と鎧で武装した姿で倒れている。共通して全員が血塗れで、腹や首元を抉られている。
この惨たらしい惨状を作り出したのは恐らく、
『狼型の生物、計七体です』
体長三メートルを超える灰色の狼の群れは、馬車の周囲を未だ彷徨いている。そのうちの数匹は今も倒れている人間の腸を喰らい続けていた。
「あいつらに殺られたのか……」
『おそらく』
「くそっ、せっかく見つけられたのに……!」
帰還への糸口をようやく見つけ出したと思ったのに、とんでもない邪魔が入った。彼らと意思疎通が出来れば帰還の方法が掴めたかもしれない。
「サラ、補助を頼む」
『了解』
銃を構え狙いを定めた。
ここから目標までの距離はおよそ百メートルちょっと。スコープの無い小銃では少し狙いが安定しない距離であるが、サラの補助があれば何てことはない。
遠夜の感覚はサラと共有されている。遠夜の視覚が捉えた映像と肌で感じる風の向き強さから、彼女が適切な弾道とタイミングを割り出し調整してくれる。そしてサラが導き出した答えはノンタイムで遠夜に伝わる。
迷いなく引き金を引くと、青白い光と特殊音が鳴り、百メートル先の狼の身体が音もなく弾け飛んだ。続けて二匹三匹と、次々に標的を殺害していく。
遠距離から一撃で仕留められるという経験が無いのか、狼達は慌てふためいている。その間もやはり、四匹五匹と追加で狼の体が撃ち抜かれた。
しかし狙撃の方向と匂いからこちらの位置を特定したようで、残った二匹の狼は素早い動きでジグザグに走り回り、あっという間に距離を詰めてきた。
こうも動き回られては流石に狙いが定まらない。二発の弾丸を外したところで銃をおろし、片腕を前に突き出す。
その腕に喰らいつくかのように、一匹の狼が牙を剥き出しに飛び込んできた。
「ストライク」
待っていたと言わんばかりのタイミングで、フォーススキル〈ストライク〉を使用した。〈ストライク〉はASスキルの中でも最も単純な技の一つ。それは衝撃波による打撃である。
空中で広げた巨大な口元から、爆発するように狼の身体が爆ぜた。
前述した通り〈ストライク〉は基本的に打撃のスキルである。しかし使用者の熟練度や放つフォースの量次第ではこの様に、爆発にも近い威力となる。
目の前で仲間を虐殺され動きを止めた残りの一匹は、喉を鳴らしながら数秒間こちらを睨みつけたあと、甲高い声を上げて森の中へと消えて行った。
「はあ……」
戦闘を終え一息つくと、遠夜は馬車の方へと歩み寄った。
『人型生物五体、完全に生命活動を停止しています』
「見りゃわかるよ」
五人全員が死亡している。彼らの顔は悲痛に歪んでいるか、安らかに眠るように目を閉じて死んでいる。
「顔は、男だな」
男性的な骨格に濃い顔つきや口周りの髭、見た目は白人系の成人男性だ。年齢は三十代から五十代といったところ。
「この人達には悪いが、確認させて貰おう」
そう言って遠夜は遺体のうちのひとり、外套を着た小太りの服をぬがせた。
全身の服を脱がせると露になったのは、男性ホルモン濃いめの毛深い肌と中年男性にありがちなぽっこりお腹、そして地球人と全く同じ形をした男性器だった。
「いよいよ俺達と変わらない、人間だ」
『まだ内臓の作りが分かりません。解剖すれば判断できます』
「さ、流石に冗談だよな……?」
サラはAIのクセに冗談を言うことがあるのだが、偶に本気か冗談か分からない時があって怖い。
「しかしまあ、」
倒れた男の服装を見て、隣の鎧男を一瞥して、最後に木造の馬車を見た。
「この感じだと、この世界の人間の技術力に期待は出来そうもないな……」
どう見ても明らかだが、彼らの技術は地球で言うところのせいぜいヨーロッパ中世時代の域だろう。次元移動可能なレベルの技術があるのに、馬車で山道をゆく理由はないし、剣や鎧で怪物と戦うなんてもっと有り得ない。
つまるところ、彼らの文明に次元移動出来る技術力はない、地球へと帰還できる方法はないのだ。
「はあ……ま、そうだよな。知的生物がいるってだけでも可能性は低かった。その上高度な技術を持ってる可能性なんて……」
帰還の方法が無いのだとしたら、今後は救助を待つ以外に取れる選択肢がない。遠夜に出来ることと言えば、救助が来ることを信じて数年間、あるいは数十年この世界で生き抜くことだけだ。
『マスター、気を落とさないでください。彼らと意思疎通してみなければ、確実に帰還の方法が無いかどうかは分かりません。別種の知的生物が生息している可能性もまだあります』
「わかってるよ、わかってるけど……」
地球にいるみんなの事が心配だった。特に妹のことは。必ず守ると約束したのに、そばに居ることすら出来ないなんて。
首を振って邪念を払う。
「落ち込んでても始まらない。取り敢えず人間を見つけられたんだ。今はそれで十分――」
隣で馬車の荷台が揺れた。
中から気配を感じる。
即座に距離を取り銃を構えた。
「何だ、中に誰かいるのか」
意識を集中し五感を高めると、荒い呼吸音が聞こえてくる。人間のものではない。恐らく狼型の獣だ。
荷台の乗り込み口には左右に半分づつ開く木製の扉が付いているが、既に半開きの状態だ。
恐る恐る近づき、意を決して扉を勢いよく開け銃を向けた。
しかし中に狼の姿はなく代わりに、
「うっ、何だこれ」
十人近い数の人間の血塗れとなった死体が転がっていた。既に全員が腸を食い荒らされた後で、酷い匂いが漂っていて、しかし目の前の惨状に気を取られたその刹那に――
「しまッ――!?」
爪を使って天井に張り付いていた狼型の獣が、こちらへ牙を向けて飛び掛ってきた。
鋭利な犬歯が咄嗟に突き出した遠夜の左前腕に突き刺さる。が、同時に狼の脳天をエナジーバレットが撃ち抜いた。
狼は即座に力を失い、遠夜の腕に噛み付いたままぐったりと倒れ込んだ。
遠夜は直ぐに絶命した狼の顎を手でこじ開けて腕を抜き、噛み跡の付いている部分の肉をナイフで削ぎ落とした。
削ぎ落とされた部分から血が止めどなく流れ落ち、左腕が真っ赤に染まっていく。
「サラ、解毒と止血を優先しろっ」
『了解』
体内のASをコントロールし、血中に入り込んだ毒素に対する抗体の生成を促進させる。
この狼の毒は以前狼の肉を食べた時に経験済みで、抗体を作り出すのは容易である。しかし毒量が多すぎれば解毒が追いつかない可能性も出てくる為、肉ごと削ぎ落として血と一緒に毒を体外へと流したのだ。通常ならば有り得ない処置であるが、回復能力の高い彼ならばこそ出来る処置でもある。
「くそ、油断した……」
荷台の中身があまりにショッキングだったせいで一瞬気を取られてしまった。まさかあの重量の狼が天井に張り付けるとは思わなかった。考えられない身体能力、そして狡猾さだ。知能も地球の生物より高いのかもしれない。
「ひとまず応急処置はこれでいい」
持ち歩いていた弦性植物の紐で腕をキツく縛って止血している。完全に止血しきれず未だ血が流れてはいるが、時期に止まるだろう。
それよりも、今は馬車の中身が気になった。
荷台へと乗り込むと、強烈な匂いが襲ってくる。
「酷いな……」
血塗れで倒れていたのは少女たちだ。しかしその全員の手足には金属製の枷が付いていて、鎖で繋がっている。それに彼女達の身に纏っている服は何ともみすぼらしく、殆どボロボロの布切れだ。
「これって多分……」
『人身売買ですね』
恐らく外で倒れていた男達は売人で、この少女達を売る為にどこかへ運んでいる最中だったのだろう。その際にあの狼の群れに襲われたと言ったところか。
遠夜は酷く哀れんだ。鎖で繋がれていたせいでこの子達は逃げも隠れもできず、狼の群れに殺されてしまったに違いない。外の男達め、墓でも作ってやろうと思っていたがやめようか。
「とにかくこのままじゃ可哀想だし、運び出して埋葬してやろう」
『服を脱がせて性別を確認しないのですか?』
「いやいやお前、流石にそれは」
『確認してみなければ性別を判断できません。先程と同様に生殖器の確認を』
「いやだから、そんなことしなくても見りゃわかるだろ」
『そうですか』
「なんだよ」
『いえ、てっきりマスターは生殖器を確認することに関心を抱いているものと思っていましたので』
「おい変な言い方するなこら。お前は自分の主を変態だと思ってるのか」
『いえただ、確認したいという感情を感知しましたので』
「ちげえ!確かに確認はしてみたいけど、それは純粋にこの世界の人間の身体構造への興味であって、決していかがわしい感情があるわけじゃない」
『私はそんなこと言ってませんが』
「言ってんだよ!含みがあんだよ!」
『冗談です、怒らないでください』
「ったく、大体なあ、わざわざ確認なんてしなくてもさっきのオッサンので十分判断できるだろ。この子達は見た目通り普通の女の子……で…………」
指をさしながら少女達の遺体を見て、違和感に気がついた。薄暗い上に血塗れで気付かなかったが、よーく見ると彼女達は普通の人間とは明確に違った特徴を持っていた。
「なあサラ……この子達って人間、なのか?」
『違います。人間の特徴と一致しません』
人間の特徴と不一致な点それは、彼女達の頭に付いた、正確には生えた、動物類の様な大きな耳と、そして尻尾だ。
「この子は猫耳……この子は、犬……?」
彼女達はまるで漫画やアニメなんかに出てくる様な、獣と人の特徴を合わせ持つ『獣人』というものに似ている。
「この耳、ほ、本物なのか……?」
遠夜が驚いていると、近くから生きた人間の息遣いが微かに耳に届いた。
「……っ、まだ生きてる子がいるのか!?」
『視覚映像をサーマルモードに切り替えます』
サラがそう言うと、視界が青緑色に変化する。そしてその中で一際赤く反応を示す一帯があった。
赤外線による熱検知だ。青いほど温度が低く、赤いほど温度が高い。この場合で言うと、赤く熱を放っているということは、そいつがまだ生きているということ。
視界が通常に戻る。
直ぐに赤く熱を放っていた少女に近づいた、全身が血みどろに汚れてはいるが、見たところ外傷はない。気を失っているだけみたいだ。
「やったぞ……生きてる人間だ」
『正確には人間ではありません』
「似たようなもんだろ。きっと外にいた男達と同じでちゃんと人と同程度の知能はあるはずだ。あとは意思の疎通さえ出来ればいいんだけど……」
問題はそこである。彼女からこの世界につて色々と情報を聞き出したいところではあるが、一筋縄では行かないだろう。
「とにかく彼女を解放しなきゃな」
まずは手足に付いている枷を外す必要がある。
銃で破壊するという手段もあるが、威力調整をしくじれば最悪少女の手が吹っ飛びかねない。ここは単分子ナイフで枷を破壊するしか無さそうだ。
単分子ナイフはその名の通り分子レベルで鋭利なナイフであり、人類の生み出した刃物の中で史上最高の斬れ味を誇る。しかし通常の砥石で研ぐことは出来ないため、あまり無茶な使い方はしたくない。が、今回に限っては仕方がない。
ナイフで少女の手枷をギコギコと慎重に切断していく。
数分で両手両足の枷は簡単に切り離すことが出来た。
「よし、」
お次は少女を運び出すために、彼女の身体を抱き抱える。
丁度、右腕で少女の膝の方を、左腕で首元を支える形で、いわゆるお姫様抱っこの状態で抱え上げた。
そんなときだ、左腕の方からバチッとした電気音と共に痛みが走った。
「っ、なんだ?」
見ると少女の首元で黒線の紋様が浮かび上がり、薄らぼんやりと光っていた。黒い紋様は首を一周する輪っかのような形をしていて、見ようによってはチョーカーに見えなくもない。
その後光はすぐに消え、紋様もきえてなくなってしまったが、今のが一体何だったのかよく分からないまま、遠夜は少女を連れ出した。