5.痕跡
遠夜がこの世界に来て二週間が経過した。
初めは川の近くに拠点を置き、その拠点を中心に数キロ圏内の探索を行った。その後更に探索範囲を広げるため川沿いに下った所へ拠点を移し、再び探索を開始。それを繰り返すこと五回、新たな拠点を中心とした探索で西側の探索は不発に終わった。
続いては東側の探索を開始するところだ。
大樹の森は非常に入り組んでいて迷いやすい上に、巨大な根っこが地中から幾つも飛び出していて歩きづらい。おまけに今森の中はかなり霧が濃くなって来ている。
「昨日の夜は雨が降ったからな……今日は降らなきゃいいけど」
雨が降れば体温も体力も奪われる上に、地面が泥濘んで探索しずらい。更に川は増水して近づけないどころか、魚も取れないし火も炊けなくなってしまう。森の中でのサバイバルは天候が肝なのだ。
「にしても、これだけ歩き回って何も成果がないと流石に嫌になるぜ」
これまでの二週間、遠夜は帰還への糸口を見つけられないでいた。散々広範囲を調べ尽くしてきたが、未だ知的生物が生息している痕跡はない。
そいつらの知能がある程度発達しているとすると、森を抜けた先に里の様な場所があってもおかしくない。そう遠夜は考えていた。
ただその森を抜けると言うのがまた難しい。川を下っていけば森を抜けられるかもと思っていたのだが、途中で川は分岐したりしていて、その内の幾つかの川は細くなって途切れたり、或いは沼に繋がっていたりした。おかげで何度か川の分岐点まで戻る羽目にもなった。
「一体どこにいるのかねー知的生物っ」
大きな木の根っこを飛び越えながらサラに話しかける。
「知的生物って言うと、グレイみたいな頭でっかちで目ん玉ギョロンとしたやつを想像してんだけど」
『知能が高い生物ならばある程度の脳の大きさが必要であり、技術力を発展させるには細やかな作業をこなせる人間の手のような器官があるかも知れません。マスターの想像に近い生物である可能性は十分あります』
「気持ち悪い見た目の奴は嫌だな」
サラとくだらない会話をしながら森を進む。そんな最中、近くに気配を感じとった。
「何だっ、また狼か!?」
直ぐに銃を抜いて周囲を見渡す。
これまでの探索で遠夜は様々な生物と対峙してきたが、中でも一番遭遇回数の多かったのが体長三メートル程の狼型の獣だった。そいつらの厄介なところは、デカいのにすばしっこくて爪と牙に毒があって、更には群れで行動するところだ。そしてオマケだが、血肉にも毒性があって食えない。
「くそっ、何処だ……!」
硬い足音が跳ねるように響いている。その足音は近くをグルグルと回っている。気配の特徴からして狼では無さそうだ。
足音が近くで止まった。
息を殺して目を凝らすと、
「あれは……」
少し離れたところに、茶色い毛並みに細い四足の動物がいる。最も特徴的なのは頭部から生えた大きな角だ。角を入れればその体長はおよそ四メートルを優に超えている。
「鹿だよな……」
『見た目は類似しています』
その姿は地球に生息している鹿によく似ている。違う点があるとすればサイズくらいだ。
奴に気づかれないように小声で話す。
「あれ、食えるかな?」
『確認しなければ分かりません』
「けど鹿だぜ? きっと食えるよ……!」
興奮してきた。
久々に魚と野草以外の食糧にありつけるかもしれない。それも、
「肉だぜ肉……! 人工肉じゃなくて本物の!」
地球で動物肉は非常に価値が高い。環境汚染や地表土地の軍基地化によって畜産の数は減少、今では動物肉を培養した人工肉の流通が主流となっている。本物の動物の肉は、一部の裕福層の人間が口にする様な高級食材なのだ。
『落ち着いてくださいマスター。まだ食べられると決まったわけでは』
「絶対食えるって! 狼と違って毒なんて持って無さそうだし!」
狼の肉を食った時は腹を下してしまったが、今回こそはきっと大丈夫に違いない。何だかそんな気がする。
しかし遠夜の興奮を察知したのか、さっきまでそこにいた鹿が物凄い勢いで走り始めた。
「な、まずい! 逃げられるぞ!」
『マスターが騒ぐからです』
「いいから追うぞ!」
入り組んだ道を颯爽と駆け抜けるが、徐々に距離が開いていく。
後を追いながら銃口を向け、トリガーを引いた。トリガーを引くと、青白い光と共にエネルギー音とも呼ぶべき特殊な高音が鳴る。それとほぼ同時に獲物の肉が爆散しないよう調整された低威力のエナジーバレットが真っ直ぐに飛んでいき、前方の木々の幹を次々と抉っていく。
「くそっ、すばしっこい奴め!」
『距離が開いています』
「分かってるっての!」
そう叫んだ直後、全身の細胞が熱を帯びる。
フォーススキルの一つ、〈ブースト〉を使用した。
ASホルダーは自身のフォースを消費して特殊な超常能力を操ることが出来る。たった今使用したスキル〈ブースト〉は、自身の身体能力を一時的に向上させる技であり、遠夜の得意スキルでもある。
「アクセル……」
続けて使用した〈アクセル〉は、自身の手や背中、足裏にフォースを集中させ、解放することにより驚異的な速力や跳躍を可能にする。
人間の二足で出せる速度を遥に超えて駆け抜け飛び上がり、木々を蹴りつけ一瞬で標的の頭上に躍り出た。
「捉えた!」
速射された弾丸が巨鹿の首元に一撃、腹部にもう一撃貫いたと同時、力を失った獲物の体は勢い余って地面を数メートル転がった。
鹿の首元を中心に血溜まりが広がり始める。
「やったぞサラ!」
『お疲れ様です』
「……しかし、こんなに食えるかな?」
『マスター、そもそも食べられるのか未だ不明です』
もしも食えなかったら、無駄に殺したことになる。首から血を流す鹿の姿を見ていると、何だか少し可哀想に思えてきた。
「と、とにかく早いとこ血抜きして持って帰ろう」
単分子ナイフで首の動脈を切り、鹿の体を傾けて血を抜いていく。心臓がまだ動いているのか、思った以上に簡単に血が抜けていく。
「うぉお……重っ」
血抜きと内臓の処理を終え、四メートルを超える鹿の体を担ぎ上げ、歩き始める。
「にしてもこの世界の生物は何だってこんなにデカいんだ……」
この世界の生物は基本的に、デカい。植物や動物だけではなく、その辺を飛び回っている虫類だって地球に生息しているものの数倍は大きさがある。事前の情報では十メートルを超える大型の陸上動物も生息していると聞いた。この鹿なんてまだ可愛らしい方だ。
太古の地球では大型の陸上生物が徘徊していたと言うが、この世界でも同じなのだろうか。食料が豊富にあるからか、酸素濃度が原因か、あるいは成長に際限がない種なのかもしれない。巨大化の原因なんて考えればいくらでもある。
しかしこうなってくると、もしかしたら知的生物はとんでもないデカ尻野郎の可能性が出てきた。デカい上に知能が高いなんて、もし本当にいたら人類にとってはかなりの驚異になるかもしれない。
そもそもそいつらが帰還の方法を知っていたとして、都合よく遠夜に提供してくれるとは思えない。出来れば避けたい選択ではあるが、最悪強行突破ということになるかも知れない。
そんなことを考えながら歩いていると、拠点のキャンプに戻ってこられた。
肉が臭くなる前に急いで冷やす必要がある。
担いでいた巨鹿を地面に置き、その足に二本の紐を巻き付ける。
この紐は食べられそうな野草を探していた際に見つけた丈夫なつる性の植物で、複数本捻じり合わせることで強度を高めてある。超科学の時代に生まれた自分が、まるで原始人になった気分だった。
足に繋いだ紐を近くの岩に括りつける。そして鹿の体を川の中へと沈めた。
こうして鹿の肉を冷やすことで臭みを抑え、腐敗を遅らせることが出来る。
「ふぅ〜これで取り敢えずは大丈夫かな」
肉が程よく冷えたら解体していよいよ実食だ。今度は腹を壊さないよう祈るばかりである。
「よし、食料も調達できた事だし、また少し探索に出るか。鹿の肉に夢中で全然進めてないしな」
そうして遠夜が再び森へ入ろうとした、その時だ。
視界に黒いそれが映りこんだ。一瞬見間違えかと思ったが、確かにそこにある。
この木々の開けた場所だからこそ見える、少し離れた場所で上空に向かって伸びる黒い煙。
「け、煙……まさか」
『近くで雷が落ちた可能性は低いです』
ということは間違いなくあの場所で何者かが火を起こしている。
走った。
心臓を高鳴らせて、森の中を全速力で突っ切っていく。
まだ身体から火を吹く生物の可能性がある。けれど確かめずにはいられない。二週間かけてようやく掴んだ変化、逃すわけにはいかなかった。
そうして煙の立っていた方角へしばらく進むと、また木々の開けた場所に出てきた。足に急ブレーキを掛けて立ち止まる。
「おいサラ……これって一体……」
そこは川辺でもないのに木々が開けていて、まるで人為的に作った道のように見える。それだけでは無い。今目の前の地面にあるものに、遠夜の目は釘付けだった。
『どうやら、車輪跡のようです。他に動物の蹄に似た足跡が複数。特徴から考えれば、馬車の様な乗り物がこの道を通った可能性が高いです』
「車輪……馬車……」
明らかに通常の動物ではありえない文明の利器を感じる。
車輪跡はずっと続いていて、この先にある黒煙の方角へと向かっていた。
「ようやく……」
遠夜は銃を片手に覚悟を決め、気配を殺して車輪跡を追った。