4.異世界サバイバル
夜が明け、東から太陽が昇った。それと同時に森のあちらこちらから奇妙な野鳥の様な鳴き声が聞こえ始める。
足元に視線をやると四足に六つの羽を生やした見たことも無い二十センチサイズの甲虫が地面を這っていた。羽が六つも付いているのに、一向に空を飛ぼうとはせずせっせと歩いている。
「環境が地球と似ているとは言え、流石に生息してる生き物には違いがあるな。異世界ってゆーより別の惑星に来た気分だ」
『毒性がある可能性があるので触れないことを推奨します』
「触りたくないよ。それより、いよいよ何も現れなかったな」
昨夜は睡眠をとっていない。昨日は散々血の匂いを森中にばらまいたのだから、何かしら獣の類が襲ってくるかもと考え眠らなかった。だが結局一晩明けてもそいつらは姿を見せなかった。
「次元航行艦の墜落で周囲の動物は驚いて離れた可能性があります。或いは炎上による煙を嫌がったか、その匂いで血の匂いが掻き消されたか、そもそも嗅覚に優れた生物がいない可能性もあります」
「ま、危険がないなら何でもいいけど。それより問題は……」
腰にぶら下げたボトルの中身を確認する。
水が一リットル入っていたボトルの中身は、今ではすっかりカラッポだ。
これでも節約して飲んだつもりだ。腹部裂傷の再生のため、遠夜には水分が優先して必要だった。おかげで腹の傷は少し跡が残る程度にまで回復し、体調もある程度は良くなった。だが今後の飲水が圧倒的に足りていない。ついでに言うなら食糧も。
「帰還の方法を探すにしても、まずは飲水と食糧を何とかしないと。いくら身体が丈夫とは言え、水も食糧もないんじゃ流石に生きていけない」
『ならばまずは水辺を探しましょう。幸いここは森の中、近くに水源がある可能性は高いです』
「そうだな。水辺があればついでに食糧も見つかるかも。取り敢えずこの場所を出発地点として探索を開始しよう」
いよいよ探索開始と歩き始めたところで遠夜立ち止まり振り返った。
「そーだ忘れるところだった」
そう言って遠夜は右手を突き出した。
「ストライク」
その瞬間、目の前のガラクタと化した次元航行艦が凄まじい音を上げて強烈に弾け飛んだ。
予想より大きな衝撃に少し驚く。
『現在AS解放レベルが5パーセントから15パーセントに上昇しています。フォースの調整に気を付けてください』
「そーゆうのは先に言ってくれ……」
遠夜は粉々になった次元航行艦に背を向けて森の中を歩き始めた。
ゆけどもゆけども周囲には代わり映えのない大木が並んでいるばかり。
常に周囲の気配を敏感に感じ取りながら進んでいるが、今のところこれと言った変化は無かった。
「周囲に小動物の気配はあるんだが、近寄ろうとはしてこないな……」
『警戒心が強いようです』
小動物の一匹でも捕まえられれば、今晩の食事になるかも知れない。
進みながら右手に握った単分子ナイフで木の幹にマークをつけて行く。同じところをグルグル回る羽目にならないようにする為だ。他にも、万が一道に迷った際に先程の出発地点に帰ってこられるよう、出発地点の所で火を炊いて煙を上げている。雨が降らなかったとしても、薪の量を考えれば二十分から三十分で火は消えてしまうので気休め程度ではある。が、無いよりは幾分かマシだ。
ただ遠夜の場合、アシストブレインのおかげで見たものを記憶する能力には長けている。道を覚えておくくらいわけは無い。
そうして丁度三十分程練り歩いて、出発地点で燃えていた火が消えたであろう頃合だった。
「――っ、水の音だ」
『推定距離120メートル先です』
警戒は怠らず、足早に音のする方へと向かった。近づくにつれ太陽の日差しが木々の合間から眩しく入り込んでくる。
その先を抜け、大樹の群れが開けた場所に出た。
「…………、」
穏やかな日差しがてりつけるそこには、幅およそ六メートル程の川が流れていた。
地面の砂利を踏みつけて歩みよる。川辺へゆくほど地面に転がる石が大きくなって行く。
ついに川岸に辿り着き、緩やかに流れる水面を覗き込んだ。
土と煤に黒く汚れた自分の顔が水面に映っている。
「魚だ……」
透き通った水の中で、鱗が銀に光る魚の群れが泳いでいる。
「…………凄いな」
遠夜は思わず感動してしまった。ここまで綺麗で状態の良い川は地球では滅多に見られない。大樹もそうだが、この世界の自然にはまったく驚かされる。
「サラ、この水飲めそうか?」
『体内に取り込んでみなければ判断出来ません』
「だよな……」
両手で川の水を掬ってみる。見た目は非常に綺麗で澄んでいて、とても害があるようには見えない。
仮に毒性があったとしても、最悪ASのコントロールでどうになる。今は飲水を確保することが優先だ。
手に掬った水をじっと見つめ、一瞬躊躇ったあと意を決して口に含み、飲み込んだ。
「美味い……」
数秒後、
『解析完了。人体への害はありません』
サラからのお墨付きも頂いた。
すぐさまベルトに手をかけ、今着ている特殊戦闘服をその場に脱ぎ捨て始める。
『泳ぐのですか?』
「ああ、血と汗と泥で気持ち悪いからな」
とは言うが、実際にはこの綺麗な川に飛び込んでみたい衝動に駆られたというのが理由の半分を占める。
『何が潜んでいるか分かりません。気を付けてください』
「誰に言ってんだよ」
そう言って全裸になって水中へと飛び込んだ。
ひんやり冷たい水が全身を包み、耳元で鳴る水中の籠った音が妙に心地がいい。
目を開くと、目の前を先程の魚の群れが横切った。思わず口元から空気が少し漏れる。
十七年生きてきて初めての光景に、何だか胸が踊っている気がする。
現代の地球自然のおよそ半分は死んでいる。人類の度重なる環境破壊行為は戦争をきっかけに加速し、一時は人類の存続すら危ぶまれた時代もあったそうだ。けれど科学技術の発展に伴い、環境が汚染されようと動植物が死に絶えようと、人類だけはしぶとく生き残ってきたわけだ。
もしもこの世界すら人類が手に入れてしまったら、この美しい自然もいつかは消えてなくなってしまうのだろう。
「――ぷはっ」
水面から勢い良く顔を出し、濡れた前髪を掻き上げる。
「はーっ最高だ。サラー、お前にも肉体があったらこの素晴らしさを味わえたのになー」
『私はマスターとの感覚共有で肉体がなくとも理解はできます』
「そうなのか?」
川から上がると今度は血で汚れた戦闘服を洗った後、ボトル一杯に水を入れた。
「暫くはこの辺を拠点にしよう」
これほど簡単に水を確保出来たのはついている。この川辺の近くに拠点を立てれば、今後の探索がスムーズに行える。その上食糧についてもどうにかなりそうだ。
「さっきの魚、食えるかな?」
『体内に取り込んでみなければ判断出来ません』
「食えばわかるか。よし早速捕まえてみよう」
そうして遠夜が再び水辺へと近づいた、その時だった。
「――ッ」
異変に気づき顔を跳ね上げる。
『警告、大型生物の気配を感知。六時方向から急速接近中――来ます』
森の中から物凄い足音を響かせ、勢い良く飛び出してきた。
六メートルはある巨体を覆う黒い毛並み、剥き出しの牙と眼光をこちらに向け敵意を顕にしている。パッと見た目は地球に存在する熊に近い生物に見えるが、明らかに違う点は両の前足が異様に巨大であること。
巨大な熊もどきは低い叫び声を上げながら、遠夜を轢き殺す勢いで突撃を仕掛けてきた。
「速いっ」
巨体に似合わず凄まじい速力で詰め寄ってきた。
咄嗟に近くにあった銃を掴んで転がり避ける。
熊もどきの巨体は川の中へ飛び込み水飛沫を撒き散らした。
遠夜はすぐさま後方へ飛び距離を取り、銃を構えた。照準の先に川辺から這い上がってくる巨体の姿を捉えて。
「デカイな……」
『両腕の筋肉が異常発達した種のようです。間合いに入るのは危険です』
「見たところデカいだけで普通の生物っぽい。銃で倒せるよな」
『おそらく可能です。念のため熱弾の使用を推奨します』
グリップを握る手に力が入る。
現代で「銃」と言えば、主にEF式銃器のことを指す。
EF式銃は従来の銃火器を一掃するにまで至った強力な兵器であり、火薬を使った銃器よりも遥に高威力・高弾速・高射程、果ては弾いらずの超低コストを可能にした。唯一の欠点と言えば、ASホルダー(ASを体内に取り込んでいる者)にしか使用出来ない点である。
仕組みとしては使用者のAS細胞が生み出すエナジーフォース(EF)を銃器内で圧縮し、弾丸として射出する。
今手に握っている銃の名称はAT9。現代では広く一般的なEF式拳銃のひとつ。ずっしりとした黒い銃身から放たれるエナジーバレットは非常に安定しており、連射速度にも優れている。
そして既に装填されている弾薬は熱弾マガジン。文字通り使用者から送られたエナジーフォースを強力な熱エネルギーに変換する。
「頼むから効いてくれよ……!」
怪物が唾液まみれの口を開け叫んだその時、引き金が引かれた。
その瞬間エジェクションポートから空薬莢が排出され、同時に銃口から青白い閃光が秒速1200メートル、実にマッハ3を超える速度で直進した。
直進の最中、青白い閃光は空中で瞬時にその色を緋色に変えて突き進み、通常の生物には確実に視認不可能なレベルで標的に差し迫った。
ASとは――NGCと呼ばれる永久凍土から発見された新種の単細胞生物を人工的に制御、応用したものである。
この技術は世界のあらゆる技術を大きく躍進させた。ASの最も優れた点はその驚異的なエネルギー生成にある。たった一粒の細胞が生み出すエネルギー量は、既存の発電機のエネルギー変換効率を遥かに凌いだ。今では世界中のエネルギーはこれを応用した発電機によって賄われており、人類はエネルギー不足とは程遠い生活を得ることに成功したのだった。
更にASの生み出すエネルギーは特質型エネルギーとよばれ、特定の刺激を与えることで熱量や或いは電気量など、瞬時にその色を変えることが出来る。
例えばこの弾丸のように――。
着弾の瞬間、凄まじい熱量を秘めた爆発が熊もどきの巨体を爆散させ、周囲の地面ごと抉るように焼き尽くした。
衝撃は熱風となり周囲の空間を揺らす。
地面がまだ燃えている。
『対象の絶命を確認』
「な、何だ……随分あっさりだな」
それほど大した出力も出ていないが、取り敢えず目の前の怪物は処理できた。この感じなら弾薬を使わずとも倒せた気がする。
この世界の生物にも人類の兵器は十分通用するみたいだ。
「なんとか、生き延びられそうだな……」
少しホッとしてそう呟いた。
――
川から少し離れた場所で焚き火を焚いた。熱が逃げないように火を石組みで囲んでいる。そして火元には川で取った魚三匹を串枝に刺して焼いている。
香ばしい匂いが昨日から何も口にしていない遠夜の空腹を刺激していた。
「そろそろ良い頃合いかな」
火元からこんがり焼けた魚の一匹を取って、匂いを嗅いでみる。
「本当に食べれるよなこれ……」
一見美味そうに見えるが、毒や寄生虫の害が無いとは言いきれない。火を通してるとは言え腹を下すかも。
焼かれて白くなった魚の目と視線があった。
ゴクッと唾を飲み、かぶりつく。
「ぅん……美味い」
『人体への害はありません』
同時に今後の食料問題が解決した。
「ふぅー」
三匹目を平らげ、伸びをしながらその場に寝転がる。
「これで水と食料もどうにかなりそうだし、あとは塒の確保かー」
『天候の悪化や獣の襲撃を考えて、付近にある木の上を推奨します』
「…………うん」
寝返りを打つ。
「なあサラ」
『何でしょうか』
「今頃向こうの世界ではどうなってんだろ……」
『マスターがこちらの世界に来てから三十時間が経過しましたが、向こうの世界ではまだ一時間半程度しか経過していません。おそらくマスターが帰還不能となっている状況の把握すら出来ていません』
「マジかよ……あいつらまだ俺達が実験続行中と思ってるのか。呑気なヤツら」
寝返りを打って再び仰向けになった。
「なあサラ」
『何でしょうか』
「俺は、帰れると思うか?」
『その質問の答えには様々な要因が複雑に絡み合った多くの可能性が存在します。明確にお答えすることは出来ません』
「はっきり言えよ……本当に帰還の方法何てあると思うか? そもそも救助が来る保証は? 作戦本部が俺達を見捨てるかも……」
『可能性の話で言うなら、昨夜も申し上げた通り限りなく低いです。救助に関しては本部がマスター達を直ぐに見捨てるというのは考えにくいです。ですが、昨夜申し上げた救助が来るまでの日数はあくまで最短での予測です。目標座標から大きく外れ、探知方法の無い現状を考えれば、救助は困難を極めます。最悪の場合、救助不能と判断され捜索を打ち切られることも考えられます』
聞いているだけで気が滅入ってくる話だ。この世界で孤独に何年も待った挙句、結局救助して貰えないかも知れないなんて。
――もしも俺が帰らなかったら、部隊の皆は、雪乃はどうなるんだろう。もしも帰れなかったら、俺は……。
「俺はこのままずっと独りなのかな」
『一人ではありません。私がいます』
「ははっ、AIに慰められるなんてな。分かってるよ、結局他人を当てにしてちゃダメなんだ。……俺は足掻くよ、時間が許す限り帰る方法を探し続ける」
異世界サバイバルはまだ始まったばかりである。