1.次元転移人体実験
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ドアをノックすると、野太い男の声が返ってきた。
「入れ」
「失礼します」
そう言って遠夜は上官の執務室へと踏み入った。
扉から正面奥の机に両肘を立てて偉そげに座っている小太りの男を見た。彼はこの基地局の局長、東山忠成大佐である。
本日1200、大佐の執務室に向かうように遠夜は指令を受けていた。
遠夜は部屋の中央へ進み、大佐を前に敬礼をとった。
「大佐、お疲れ様です。明橋遠夜曹長、只今――」
「ああ〜そう言う堅苦しいのはよせ。無駄に話を長引かせるのは嫌いなのだ」
「は、失礼致しました」
大佐は机の上にあったコーヒーを一口啜ったあと、弛んだ視線をこちらへと向ける。
「明橋くん、私は近頃の君の働きぶりには感心している。君の率いる隊も十分な功績を残し、いよいよ君らアルターフォースの名前も知れ渡ってきた」
「はっ、ありがたきお言葉です」
「そこでだ、君には引き続き手柄を上げてもらいたい。そのために私が新しい任務を用意して来た」
「任務ですか?」
「ああそうだ。特務と言うやつだ」
「特務……」
「この任務の重要性は凄まじいものだ。成功すれば食料、資源、汚染、現在直面している、あるいは近い未来やってくるあらゆる問題を解決し、果ては世界情勢に変革をもたらすことになる。この任務はその新時代に我々日本が先進する為の足掛かりとなる、そういったものだ。絶対に失敗は許されんのだよ」
「はあ、良くは分かりかねますが、とにかく私と私の部隊にその重要な任務を任せると」
「いいや、今回この特務に当たってもらうのはアルタではなく明橋君、君一人だけだ」
「は……私ひとりですか?」
「なにか不服かね?」
「いえ、滅相もありません」
「なに、君にとっても悪い話じゃあない。この任務が成功すれば間違いなく君は特進、私もきっと将軍となる。そうなれば君の悲願である妹さんを助けることにも繋がるはずだ」
「………………承知しました。そのお話、詳しくお伺いします」
「ははっ、話が早くて助かる。以降の話は機密事項だ。君には期待しているよ、明橋君」
――
西暦2128年、アメリカ軍及び日本軍事技術開発局が合同開発したスーパー量子コンピューター『アース』によって、4次元世界を越えた先に存在する異世界が確認された。
アースが弾き出した予測演算によると、その世界は地球と似通った性質を持っている可能性が高かった。
次元位置の特定に成功した人類は当然その先を求め、研究と実験を行った。
次元移動自体は理論的にも技術的にも問題はなく、初回に行われた動物実験は呆気なく成功し、続く第二回目の動物実験でも成功を果たし、機内にいたマウス十二匹は無傷の生還を果たしたのだった。
その後も実験を重ね、計十一回の実験が終了。その結果『アース』の予測した情報はほぼ確定的であるという結論に至った。
まず、向こうの世界には地球と同じ酸素が存在し、水と植物、動物までもが存在している。さらに言えば、転移先の気候は昼夜共に穏やかで、太陽や月に代わる天体も確認出来た。これは転移させた機体に取り付けられた気候測定器やカメラの映像から確認できた確かな情報である。
酸素があり、気候も安定的、水もあるとなれば、いよいよ人類は人体を用いた転移実験を計画したのだった。
2129年10月11日――作戦会議室にて、遠夜は作戦概要を聞いていた。
会議室の中心にはホログラムによって映し出されたよく分からない映像がクルクル回っていて、白い髭に白衣姿の男が嬉々とした表情で科学的な内容を説明していた。
彼の話す内容が常人には意味不明すぎた為に、見かねた士官がついに口を挟んだ。
「あードクター、もう少し分かりやすくお願いします」
「おや? ちょっと難しかったかな。まあ物凄く簡単に言えば、我々の住む4次元時空には、あらゆる場所に5次元という名の壁が存在している。その壁を突っ切った先にあるのが、こことは全く別の4次元時空……つまり異世界だ」
白衣姿の男は人差し指を立ててそう言った。彼の名はDr.ザートラル。今作戦の指揮幹部のひとりであり、アメリカ軍事研究開発チームの最重要人物でもある。
「つまりその5次元の壁に粒子加速器で穴を開け、君たちをその先の世界へと送り届けるってわけだ。そこから先は君達の出番さ。得意だろサバイバル?」
変態的な目付きでザートラルが笑う。
隣にいた士官が咳払いをして、脱線していた話を戻した。
「あー事前に渡しておいた資料にもあった通り……第二段階実験、次元転移人体実験における主な目的は、人間がその世界で活動するにあたり、人体にどのような影響があるのかを調査することである。従って、被験者である君たちには数日の間、その世界で生活をしてもらうことになる。実験時間は七十二時間、次元移動後から約三日間だ。それ以外にポイント周辺の探索、空気の調査や土石や植物の回収を行い、七十二時間後に再び次元航行艦にてこちらの世界に帰還する。以上が今作戦の流れだ」
士官は続けて話す。
「これまでの実験結果から考えても、向こうの世界へ行って戻ってくるだけならば何の問題もない。簡単な任務だと言える。がしかし、この任務を遂行する上で最も重要となってくるのが、被験者の戦闘能力及び環境適応能力だ。異世界には未知の生物が生息しており、通常兵器が効果的かどうかも把握出来ていない。故に送り込まれる被験者の能力が重要となる。そこで、精鋭と呼ばれる諸君らに集まってもらった」
会議室に集められた兵士は全部で五人。アメリカ陸軍精鋭班の四人、そして日本軍特殊作戦部隊長の遠夜だった。
「何も問題がなければ、明日君達に作戦を決行してもらう」
士官がそう言うと、机を乱暴に叩く音が響いた。
「何も問題がなければ……? 問題大ありでしょう。今回の任務は俺たちと日本軍とで合同班を組むって話だったじゃないですか。それが、何で日本軍からの助っ人がたったの一人、それもこんなガキンチョ一人なんです?」
そう言ったのはアメリカ軍精鋭班四人の内の一人、黒人の男ダスだった。上官の前だから抑えているのだろうが、ダスは随分不満げな顔をしている。此度の人選に納得がいっていない様子だ。
ダスの鋭い視線と目が合って、遠夜は慌てて視線を逸らした。
「口を慎めダス」
「まあ待ちたまえ、当然、そちらから説明があるのでしょう松井殿?」
会議進行を勤めていたアメリカ軍の士官が、遠夜のすぐ隣に座る男性、松井中佐に視線を向けた。
「はい、今回我々がお貸しする戦力は明橋曹長一人です。そちらの要望ではなるべく少数でとのことでしたので、彼を」
「少数と言っても、流石に兵士一人だけとは」
「ご心配には及びません。彼の戦闘能力は一人で我が軍の一個大隊に相当すると考えております」
「い、一個大隊……!? 冗談を言っている訳ではないのでしょう?」
遠夜は隣で冷や汗を流しながら話を聞いている。
「勿論真剣です。彼は我が国最強の部隊、アルターフォースの隊長ですので」
「アルターフォース……まさか……」
「ご存知ですか? 先月の連合テロ組織の一端を壊滅させたのは彼の部隊です」
「そっ、そんな馬鹿な話が……! こんなガキが……」
ダスが驚愕の様子で立ち上がり、遠夜を睨みつけた。
「その話は私も聞きましたが、しかし彼が本当に?」
「ええ、私が保証します」
松井中佐がそう言うと少しの間沈黙が続いて、
「それが本当なら、背中を預けるには十分だ。いいですよ僕らは」
話を切り出したのはアメリカ精鋭班のリーダー、金髪白人の男ケイネス・ドットだった。
「正気かよケイネス……!」
「ああ至ってまともだ。お前こそ熱くなるな」
「けどよっ……」
「俺達は精鋭だろ?」
「……、そうだ」
「元々俺達だけでも難無くクリア出来る任務だ。そこに、日本人が一人加わるだけ。違うか?」
「……ああ、違わない。その通りだ」
「よし、その調子だ」
ケイネスがダスの背中を軽く叩いた。
どうやら話は着いたようだ。それを見た士官が、
「わかった。元々我々の予想ではそれ程難易度の高いミッションじゃない。少数精鋭の方がこちらとしてもやり易いし、彼らが良いと言うならこちらも文句はありません。では、今回の任務はこちらの精鋭班四名、そして日本軍からアケバシ曹長一人を加えた計五名の合同班で行います。決行日は明日の午前十時に」
アメリカ人士官が言葉を終え、同時にその日の作戦会議は終了した。
――
翌日早朝、遠夜達はアメリカ軍基地の地下実験施設に招集された。様々な検査を受けた後、再度作戦会議を行い、次元転移装置が搭載された機体の手動制御マニュアルを教わり、ようやく作戦開始直前の今に至る。
たった今、遠夜の眼前には次元航行艦が映っている。縦に十五メートル横幅五メートル、高さが五メートルの楕円体の鉄の塊。思っていたよりも小型の艦だ。
次元転移に必要なエネルギーは転移させる物体の総質量に比例する。機体が巨大過ぎればそれだけ転移にエネルギーを要してしまう。今回の任務において言えば、この機体のサイズで丁度いい。
機体の中に入ると、五人の兵士が幅を取るには少し窮屈な作りだった。壁や天井の殆どが金属製。機体には防衛システムや様々な兵器が搭載されているらしいが、その辺の操作は基本的にはAIの仕事。遠夜達の仕事はただそこで三日間何事もなく過ごし、この地へと帰還する、ただそれだけだ。
機内にあるソフィアーに腰掛け、視線を泳がせた。機内では幾ばくかの緊張感が漂っている。遠夜を除く四人の兵士たちは、気を紛らわすためか身内同士で何やら話をしていた。しかし皆一様に表情が硬い。
無理もない。これから未開の地へと向かうのだから。どんな化け物が出て来るかもわからないどころか、そもそも無事にたどり着けるのかもわからない。そんな状態で呑気になんて出来るはずもない。
遠夜自身も平静を装ってはいるが、心のどこかにえも言えぬ不安のようなものを感じていた。
これまで数々の任務をこなしてきた遠夜も、流石に今回みたいな任務は初めてだ。こことは別の異世界へ向かうだなんて、今でも実感が湧いていない。
深呼吸。続いてアシストブレインを起動。
ホログラムの様な半透明の画面が眼前に浮き出た。
遠夜は頭の中で画面を操作し、先程貰った資料に再び目を通しながら作戦内容の再確認を始めた。
緊張しているんだと思う。
遠夜は基本的に一度見たものを忘れることは無い。ゆえにこんな確認なんて本来必要ないのだが、今はどうにもじっとしてられなかった。
不安を紛らわすように、遠夜は資料を読み返す。
任務は異世界の調査。与えられた時間は七十二時間、三日間その場所で過ごし、その環境で生活すると人体にどの様な影響が及ぶのかを検証する。その他指定エリアの探索、空気の調査、並びに植物や土石を回収し、七十二時間が経過した時点で次元航行艦にて帰還する。これまでの実験結果から考えても、基本的には難易度の低いミッションと言える。
何か問題があるとすれば、艦の故障か、あるいは未知の生物との接触による死傷だろう。
遠夜が考え込んでいると、隣から低い男の声が聞こえた。
「にしてもよー、こんな重大な任務にガキが混ざるってのはどーなんだ?」
嫌味を込めてそう言ったのは、黒人の男ダスだった。ガタイは日本人の遠夜と比べてすこぶる良い。
すると今度は白人の女性が横から男を宥めた。
「やめなさいよダス。ごめんなさい、ウチの仲間が変なこと言って」
「いや、大丈夫だ。えっと君は確か」
「サーファよ、こっちがダス」
「明橋遠夜だ」
「よろしくトーヤ。私達はアメリカ陸軍のチームなの。あなたは確かアルターフォースだっけ? 隊長ってことは階級は」
「曹長だ」
「そう……でも随分若く見えるわね」
「ああ、まだ十七歳だ」
「えっ十七……?」
サーファとダスは顔を見合わせて驚いてみせた。こんな特別任務に十七歳の少年が混じっていたら驚きもするだろう。
「おいおい、マジでガキじゃねーか」
「ちょ、ちょっと。ごめんね、それよりその歳で曹長なんて凄いわね。それにアルターフォースって言えば、最近色んな場所で活躍してる日本部隊らしいじゃない。私も名前は聞いたことがあるわ」
アルターフォースは約二年前に結成された日本軍特殊作戦部隊である。軍のお偉い方はこの新部隊の名前を売り出したかったらしく、二年の内に数え切れない数の任務を遠夜達に押し付けた。お陰で世界の軍事関係者の間でも噂される程になっている。
「俺も聞いたことがあるぜ?お前らが日本軍のイカれた連中が作ったバケモノだって噂」
ダスが目元を歪めて言う。
出回っている噂とは決して良いものだけでは無い。
「バケモノ……てどういうこと?」
「サーファお前知らねえのか? 噂じゃこいつら、全身の細胞の殆どがASで出来てるって話だ」
「ぜっ、全身って……」
「実際にこいつらの戦いぶりを見た兵士の話じゃ、とても人間とは思えない動きだったって聞くぜ?」
それを聞くなり、サーファは口元を押さえて驚いた。
人工超細胞(artificial supercell)、通称AS。現代兵士の約八割以上がこの細胞を身体に取り込んでおり、それによって超人的な身体能力や回復能力、さらには細胞一つ一つが生成する特殊エネルギーを駆使した超常的な力、エナジーフォースを扱うことが出来る。尤も、通常の人間には負荷が大きすぎるため、取り込める量は全身の細胞量の5%、どんなに適合率が良くとも10%前後と限度がある。しかし遠夜の場合はほぼ全身、実に90%以上の細胞がASによって構築されており、もはや普通の人間と呼べるか怪しいところだった。
「それ本当なの?」
「悪いけどウチのルールでその辺は話せないんだ」
「けっ、どっちにせよマトモじゃねえんだろ。上官たちもこんな奴同行させるなんて何考えてんだか。結局俺たちだけじゃ信用出来ないんだろ。わざわざバケモノを送り込んで保険をかけるなんてよ」
「ちょ、ちょっとダス! ごめんなさい、彼ちょっと口が悪くて。任務中は仲良くしましょう」
「ああ、よろしく頼む」
とは言ったものの、ダスの態度を見ている限りでは、とても仲良く出来るとは遠夜も思っていない。ただ任務にだけは支障をきたさない程度に関係を築きたいと思っているだけだ。
「話はそれくらいにしとけ、そろそろ任務開始の時刻だ」
横からリーダーのケイネスがそう言うと、
『全員、準備はいいか?』
突然正面に取り付けられたモニターに人の顔が映りこんだ。ザートラルだ。この艦に搭載された次元転移装置と呼ばれる、超高度素粒子加速器の開発も彼が行ったと聞く。
『最後に確認だが、向こうへ転移が完了するまでは絶対に艦の外へ出てはならん。そして向こうへ転移すれば、こちらとのあらゆる連絡手段は機能しないと考えておいてくれ。内容は先程説明した通りだ。なに、君たちなら容易にこなせる任務だろう。転移実験自体、十一の実験で問題なく成功している。問題があるとすれば未知の生命体との接触だが――』
ザートラルは先程も聞いた注意事項をまた話している。前置きが長いのが彼の悪い癖だ。
『そろそろ時間だな。それではこれより、第二段階実験を開始しよう。諸君らの幸運を祈る――』
画面越しの彼がそう言うと、モニターがプツリと音を立てて消えた。
その瞬間、機内が何とも機械的な音を立てて振動し始めた。
『目標座標Cー03、次元移動までカウント10、9、8、7……』
無機質なアナウンスが響く。
遠夜は拳を少し握って軽く息を吐いた。他のものも覚悟を決めた表情をしている。準備は万端らしい。
そしてついに――。
『3、2、1……転移システム起動』
遠夜たちは、異世界へと旅だった。
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