第9話 傲慢なる貴族と亡霊の裁き
村に戻ったアイリスとルーカスは、カーネルを例の空き家で休ませることにした。彼は長い旅路の末に疲れ果てており、すっかり体力を消耗しているようだった。アイリスは、彼が持ち帰った思い出の服を大切そうに抱えている姿を見つめながら、彼の忠誠心に胸を打たれていた。
だが、その静けさは長くは続かなかった。
「おい、出てこい!この村は我々が支配する領地だ!」
突如、村の広場に響き渡る大声が、二人を緊張させた。ルーカスはすぐに窓越しに外の様子を伺い、冷静に状況を確認した。
「どうやら来たようだな……貴族の親戚どもか」
アイリスとルーカスはすぐに外へ出た。村の中央に、豪華な装いを身にまとった男が馬に乗り、何人かの兵士を連れて威圧的に立っていた。彼の顔には傲慢な笑みが浮かび、村人たちを見下している様子が明白だった。
「私はリュドヴィック・ヴァロワ。この辺境を統治する新たな領主だ!」と名乗りを上げた。
村人たちは怯えながらも、リュドヴィックの威圧感に圧倒されて声を上げることもできず、ただ彼の命令に従うしかなかった。
「このみすぼらしい村など、我が領土には不要だ。さっさと立ち退くか、金を払え。お前たちへの特別税だ。でなければ、お前たちを追い出してやる!」
リュドヴィックの冷酷な言葉が、村中に響き渡る。村人たちはその言葉に震え上がり、いくつかの家族は怯えた表情を浮かべていた。
「ふざけるな……」アイリスはその様子を見て、静かに怒りを燃やした。聖女として、この村を守ることを決意した彼女にとって、この横暴な貴族の行為は到底許せるものではなかった。
「これは私の領地だ!お前たちは我が命令に従うか、地面を這いつくばることになるぞ!」リュドヴィックはさらに傲慢に笑い、村人たちを侮辱した。
その時、アイリスは一歩前に出た。「この村は、あなたのような者に支配される場所ではありません。私はこの地に住む人々を守ります、聖女として。」
彼女の声は強く、堂々としていた。リュドヴィックは一瞬その言葉に驚いたが、すぐに鼻で笑った。
「聖女だと?こんな汚れた村で何を偉そうに言っているんだ。聖女の称号を持つからといって、俺の前で立ち向かうつもりか?」
「そうだ」とアイリスは毅然と答えた。「あなたがどれほどの権力を持っていようと、この村の人々を苦しめる権利はありません。」
リュドヴィックが冷笑を浮かべると、ルーカスが前に進み出た。「聖女の力を甘く見るな。お前たちが今すぐ立ち去らないなら、この地でお前たちの主君に会うことになるだろう」
リュドヴィックは眉をひそめた。「主君だと?ばかな、先代の領主は死んだはずだ!」
ルーカスは冷静に微笑み、手をかざすと、空気が重くなり、風が不気味に吹き始めた。彼の力で、辺りに霧が立ち込め、薄暗い中に影が現れた。その影は、亡き貴族夫妻の亡霊だった。
「……な、なんだこれは!」リュドヴィックが驚いて声を上げた。
亡霊は静かに彼の前に立ち、冷ややかな目で見下ろしていた。
「私たちの領地に、汚れた者は不要だ」と、亡霊が囁くように言った。リュドヴィックの顔が青ざめ、兵士たちも怯えて後退し始めた。
「くっ……こんなもの、ただの幻だ!」リュドヴィックは強がったが、声には動揺が明らかだった。
「そう思うなら、こちらへどうぞ」とアイリスが冷静に言った。「この亡霊が貴方の行いを見届けるでしょう。立ち退かないのなら、魂を引き裂かれる覚悟を」
リュドヴィックは震えながら、ついに兵士たちを引き連れて退却した。「くっ……覚えていろ!必ず戻ってくる!」
彼は捨て台詞を残して去っていった。
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「……一時は退かせられたけど、これで終わりではないわね」アイリスは疲れた声で言った。ルーカスも、彼女の言葉に無言で同意した。
その時、アイリスはふと、リュドヴィックの取り巻きの一人の顔に見覚えがあることに気づいた。「……あの男……アレクサンドラの側近だった……」
「やはりそうか」とルーカスが静かに答えた。「アレクサンドラの影響力がここまで及んでいるのか。だからリュドヴィックもあんなに強気だったんだろうな。アレクサンドラの後ろ盾があれば、どんな無茶でも通ると考えている」
アイリスは歯を食いしばった。「アレクサンドラの力が増している……このままでは、私たちが復讐を果たす前に、彼女が手に負えない存在になるかもしれない」
「それだけではない」とルーカスはアイリスを見つめた。「今はカーネルに改めて話を聞くべきだ。なぜ、こんなにも都合よく貴族夫妻の亡霊が協力してくれたのか……」
その言葉に、アイリスは驚いた顔でルーカスを見た。「まさか……」
「そうだ。カーネルに、ずっと貴族夫妻の亡霊が取り付いていたんだ。彼らは、彼の傍でずっと見守っていた。だからこそ、俺が彼らを呼び出すことができたんだ」
その時、カーネルがゆっくりと姿を現した。彼の顔は青ざめ、震えている。
「な、亡霊……!私の……主人が……私に……!」
彼は恐怖に満ちた目で震えていた。主人の亡霊が取り付いていたなどと言われれば、多少は驚きや儒教府もあるだろうが、彼の様子は多少どころではなかった。とにかく、尋常ではない。
「カーネル、落ち着いて。彼らは貴方に危害を加えるつもりはないわ」アイリスが優しく声をかけた。
「いえ、そんなはずはありません……彼らが私を許すわけがない……私は……私はあの時、何もできなかった……!」
カーネルの告白に、アイリスとルーカスはただ静かに耳を傾けた。この男が抱える深い秘密が、今まさに表に出ようとしていた。