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第8話 上品な仕立て屋と、守るべきもの

アイリスとルーカスが、村を出発してすぐのことだ。大荷物を抱えた男はすぐに見つかった。

村のほど近くにある森の中で、大きな木の陰に置いた荷物の前で立ち尽くし、途方に暮れているようだ。何かと目立つ外見に加え、大荷物を抱えていることもあり、遠くに行けなかったのだろう。


「すぐに見つかって良かったわね」アイリスがつぶやくと、ルーカスは軽く頷いた。


「これだけ目立つなら、逃げる場所も限られているだろうからな。どれ、話を聞いてやろう……『聖女』と付き人としてな」


アイリスとルーカスが出会ったその男は、見た目こそ初老であったが、まるで王宮に出入りする貴族のような、洗練された雰囲気を漂わせていた。背筋はぴんと伸び、落ち着きのある仕草に、長年の経験と礼儀が染み込んでいることが伺える。


「初めまして、お二人とも。私はカーネル・ヴォルフと申します。かつては、ある貴族家に仕えておりました……今では、ただの仕立て屋ですが」


その物静かな口調には、どこか寂しさが感じられた。カーネルはきれいな服を大事そうに抱えながら、淡々と語り始めた。彼が仕えていた貴族家は、昔この地域を治めていたという。しかし、主君である貴族とその奥方は突然の事故で亡くなり、まだ幼い子供が一人残された。


「親戚を名乗る者たちが王都からやってきて、残された財産を勝手に処分し始めました。屋敷の思い出が詰まった服も、彼らにとってはただの品物……。私はせめて、その服だけでも守りたかったのです」


その言葉に、アイリスは胸が締め付けられるような気持ちになった。服には、その貴族家の歴史や思いが詰まっている――カーネルがそれを必死で守ろうとしている姿勢には、単なる仕立て屋を超えた深い忠誠心と愛情が感じられた。


「それで、ここまで逃げてきたのですね……」


「はい。しかし、これ以上どこへ行けばよいのかもわからず……辺境をさまよっております」


カーネルは微かに笑ったが、その笑みには深い疲労と悲しみが滲んでいた。彼は貴族社会での地位も、長年の信頼も、一瞬にして失ってしまったのだろう。それでも、彼は主人たちとの思い出を捨てることだけはできなかった。


アイリスはふと、カーネルが抱える服に目を向けた。美しく手入れされたそれらの服は、今となっては彼が守り抜いた「最後の財産」なのだ。


――――――――――


カーネルの話を聞いている間、ルーカスはじっと黙っていた。しかし、彼の目が一瞬光ったのをアイリスは見逃さなかった。


「……この辺りの治安が急に悪化してきた理由が、これでわかったかもしれないな」


ルーカスは静かに言った。


「おそらく、その貴族家がこの地域を治めていたのだろう。その貴族が亡くなり、後継ぎが幼い今、統治が崩れている。だから盗賊やならず者が勢いを増しているんだ」


カーネルは黙って頷いた。彼も、そう感じていたのだろう。屋敷が荒らされ、服すらも無慈悲に売り払われる中、この地の人々がどれほど困窮しているか、彼もまた心を痛めていたのだ。


ルーカスはちらりとアイリスに目をやった。目配せ一つで、アイリスには彼の意図が伝わってきた。この状況は、単なる同情で終わるものではない。もしこの問題を解決できれば――幼い貴族の子供を救えば、自分たちがその後見人になる可能性がある。


それは、アイリスたちにとって大きなステップアップとなる。


アイリスは、内心でこの考えを巡らせた。もちろん、それがどれほどのリスクを伴うかもわかっていたが……聖女としての役割を果たすために、そしてこの地にいる人々を助けるために、今ここで行動しなければならない。


「……カーネルさん」アイリスは優しく声をかけた。「もしよければ、私たちが力をお貸しします」


カーネルは驚いたように目を見開いた。


「本当に……ですか?」


「ええ、もちろんです。あなたが守ろうとしているもの、私も守りたいと思います。そして、その貴族のお子様のためにも、私たちができる限りのことをしましょう」


カーネルの目に一瞬、涙が浮かんだ。彼は目を伏せ、何度も小さく頷いた。


「ありがとうございます……。本当に、ありがとうございます……」


――――――――――


ルーカスはその様子を見つめながら、冷静に次の手を考えていた。彼は表情には出さなかったが、このチャンスを最大限に活かす方法をすでに頭の中で組み立てていた。カーネルが持つ服だけでなく、その後ろに潜む「まだ幼い貴族の子供」を守ることで、彼らはこの地での影響力を確固たるものにできるかもしれない。


だが、彼は慎重に動かなければならなかった。カーネルが持っている情報は、まだすべてを明かしていないように感じた。何か隠している――もしかしたら、それが彼の身の安全や、さらなる危険をもたらすものかもしれない。


「カーネルさん、もう少し詳しくお聞きしたいことがあります」ルーカスは、柔らかい口調で続けた。「その貴族の子供について、私たちが知っておくべきことがあれば教えていただけませんか?私たちが何をすればいいのか、明確にしておきたいのです」


カーネルは一瞬躊躇したが、ゆっくりと頷いた。「あの子は……まだ幼く、全てを理解していないかもしれません。ただ、あの子が生き延びることが、この家の最後の希望なのです……あの子が無事に成長すれば、この家の血筋は続くことになる」


その言葉を聞き、アイリスは再び胸が締め付けられるような気持ちになった。こんなに重い責任をカーネルはずっと背負ってきたのだ。それを思うと、彼を見捨てることなど到底できない。


「安心してください、私たちが一緒です」アイリスは再び微笑んだ。


カーネルの顔には、かすかに希望が灯ったようだった。


――――――――――


「今度こそ、この地を変えられるかもしれないな」村に戻る道すがら、ルーカスは小さな声でアイリスに言った。


アイリスはその言葉に、静かに頷いた。


「ええ、そうね。でも……その子供の命を守るためには、私たちも覚悟が必要だわ」


「もちろんだ」ルーカスは、自信に満ちた目で前を見据えた。「俺たちの未来のためにもな」


アイリスは彼の言葉に、わずかに不安を覚えたが、それでも彼の決意が頼もしく思えた。この先に待ち受ける困難を乗り越えるために、彼らは今、踏み出すべき一歩を確実に踏み出そうとしていた。

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