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第7話 新しい服、そして謎の人物

翌朝、冷たい朝霧が村を包む中、ルーカスはいつもより真剣な表情でアイリスの前に現れた。


「アイリス、新しい服を手に入れるぞ」と言い放つ。


アイリスは一瞬、言葉の意味を理解できず、彼の顔を見つめるだけだった。


「……それ、冗談じゃなかったの?」やっとの思いで、アイリスは問いかけた。前夜にちらりとそんな話をしていたが、てっきり気を紛らわせるための冗談だと思っていたのだ。


だが、ルーカスの目は冗談ではなかった。


「少し前、この村に妙な人間が来たらしい。大きな荷物を抱えてな。その大半が、どうやらきれいな服だったと聞いている」


アイリスは眉をひそめた。こんな荒れ果てた村に、きれいな服を持ち込むなど常識では考えられない。


「服……?」彼女は不安げに問い返す。「それが何か?」


ルーカスはうなずく。「そいつは盗賊に悩まされているこの村の状況を知ると、安全な場所を探して旅立ったらしい。どう考えても、ただの旅人じゃない。貴族か、何か訳ありの人間だろう」


その言葉に、アイリスの心に警戒感が走った。この辺境にやって来る人間は、たいてい何かしらの問題を抱えている。逃亡者、追われる身、あるいは罪を犯して追放された者。そうした人間が、この地に身を潜めることは少なくなかった。だからこそ、服を持っているだけで油断は禁物だ。


「そうね……でも、その人が危険な人物だったら?」アイリスは慎重に尋ねた。「私たちには関わらない方がいいんじゃないかしら?」


「それは俺も考えた。でも、もしその人間が、理不尽な事情で逃げ延びてきた者なら?」ルーカスはじっとアイリスを見つめた。「そういう人間を『聖女』が救えば、裏切らない味方になってくれる可能性が高い。しかも、貴族社会ときらびやかな服が深い関係にある以上、その人間が高い地位にある人物なら、俺たちにとっても利益になる」


アイリスは一瞬、言葉を失った。ルーカスの言葉には一理ある。彼は理性的に物事を考えていた――だが、彼の中には常に少しばかりの野心が潜んでいることも、アイリスは知っていた。それは決して悪いことではない。彼のそうした思考が、これまで幾度も彼らを救ってきた。しかし、今回ばかりは――


「でも……」アイリスは思わず口を開いた。「その人が、私たちに災いをもたらすこともあるわ。村の人々だって、盗賊に怯えているのに、そんな人物を巻き込んでしまっては――」


言いかけたアイリスの言葉を、ルーカスは静かに遮った。


「それでも、誰かを救うのが『聖女』の役割だろう?」彼の声には、いつになく真剣な響きがあった。「君の力を必要としている人間がいるかもしれない。そしてその人間は、ただの逃亡者じゃないかもしれない」


アイリスは、胸の奥に小さな痛みを感じた。確かに、彼の言う通りかもしれない。聖女として生きると決めた以上、誰かを救うことが自分の使命だ。だが、それがどんな結末をもたらすのか、今の彼女には確信が持てなかった。


「……私が救った人が、また裏切るかもしれない」不安げな声で、アイリスはつぶやく。


「それでも、その恩義を忘れない人間もいる」ルーカスは彼女を見つめ、微笑んだ。「今はただ、君を信じてくれる仲間が必要なんだ。君が自分の力で救った相手なら、きっと裏切らないさ」


アイリスは彼の言葉に耳を傾けながら、何かを決意しようとしている自分に気づいた。ルーカスの言う通りかもしれない――この謎めいた人物が味方になれば、大きな力になる。だが、もしそれが間違いだった場合――


「……わかったわ」アイリスは小さくうなずいた。「その人を探しましょう。でも、慎重にね。もし本当に危険な人なら、私たちが巻き込まれる可能性もあるわ」


ルーカスは満足げにうなずく。「もちろんだ。だが、その服に何か秘密があるとすれば、俺たちが知っておくべきことかもしれない」


――――――――――


二人は、すぐに村を出発することにした。村の家々は、盗賊に怯えるように固く閉ざされている。道を歩く者もまばらで、誰もが身を潜めるように暮らしていた。


「この村も、そろそろ限界なのかもしれないわね……」アイリスはふとつぶやいた。どの家も傷つき、窓には板が打ち付けられている。人々の表情には、希望の光が感じられない。


「だからこそ、変えるんだ」ルーカスはまっすぐ前を見つめた。「君の力で、この村を救えるかもしれない」


「……私は、本当に救えるのかしら」


アイリスは足を止めた。彼女の胸の中には、未だ消えない疑念があった。自分が聖女として、この地に何ができるのか。その答えを見つけられる日は来るのだろうか。


「大丈夫だ、アイリス」ルーカスは優しく声をかけた。「君ならできる。俺はそう信じている」


その言葉に、アイリスはほんの少しだけ微笑みを返した。彼の信頼に応えたい――そう思った瞬間だった。

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