第6話 新たな一歩
静かな夜が訪れた。盗賊を撃退し、村は再び平和を取り戻していた。アイリスとルーカスは、ようやく一息つくことができた。
村人たちから感謝され、空き家の一室に通された二人は、簡素ながらも温かい食事を取ることになった。これまで緊迫した状況が続いていたため、少しの休息がもたらす安心感が身体に染み渡る。
「やっとゆっくり食事ができるな」とルーカスが冷静に言うが、口元には軽い笑みが浮かんでいた。
「ほんとね、ずっと慌ただしかったから……」アイリスも笑いながら答えた。二人は戦いの直後の泥だらけの姿のままだったが、村を救ったばかりの聖女としての演出には、それが逆に役立っていた。
「まぁ、泥まみれで人助けをするのと、平時もずっと泥まみれなのは違うわよね」
アイリスが皮肉めいた言葉を投げかけると、ルーカスは淡々と頷いた。
「確かにな。それに、今後も聖女として影響力を高めていくなら、もう少し身なりを整えるべきだ」
「わかってるわよ……」アイリスはため息をつきながら、食事を口に運んだ。
食事を終えた後、アイリスは自らの身なりを整え、村で与えられた簡素な服を着替えた。ルーカスも同様に、いつもの冷たい雰囲気を保ちながらも、少しは清潔感を取り戻していた。
「さて、これからの話をしないとね」とアイリスは椅子に腰掛けながら言った。「この村を拠点にして、『聖女』としての影響力を広げる……それでいいかしら?」
ルーカスは少し考えてから頷いた。「それがベストだ。村人たちはお前を『聖女』として崇めている。ここから徐々に信頼を広げていくのが良いだろう。だが……ゆっくりしている暇はない」
アイリスはルーカスの言葉に思わず頷いた。
「確かに、私たちの最終目的は復讐。そのためには、もっと早く動く必要がある。敵がこちらの動きに気づけば、やりにくくなるかもしれない」
「その通りだ。権力者は、時間をかければかけるほど、手を打ってくるだろう。だからこそ、今のうちに次の一手を考えないといけない」
ルーカスはそう言いながら、椅子の背もたれに身を預けた。
「それに……この村での成功をきっかけにして、もう一度、復讐の目標を明確にしよう。俺たちが本当に倒すべき相手を再確認するんだ」
アイリスは一瞬の沈黙の後、深く頷いた。彼女の中に眠っていた怒りが再び目を覚ました。
「そうね……やらなければならない。私を陥れたのは、アレクサンドラ・ハーツ、そして……エドガー・フィッシャー」
その名を口にするたびに、アイリスの中に強い感情が渦巻いた。アレクサンドラは、権力を守るためにアイリスを「邪悪な魔女」として貶めた貴族。エドガーは、かつてアイリスの婚約者だったが、彼女が失墜すると同時に裏切り、アレクサンドラの側についた男だった。
「アレクサンドラは私を利用し、そして捨てた。私を『魔女』として追放し、全てを奪った。私が手にしていた知識も、信頼も……」
アイリスの目が冷たく光り、拳が強く握りしめられた。彼女の怒りが再び、胸の奥底から湧き上がってくる。
「そしてエドガー……彼は私を裏切った。私たちが婚約していた頃は、優しさを見せていたけれど、彼にとって私はただの道具だったのね。あの男は、アレクサンドラと結託して私を追い落としたのよ」
アイリスの声には怒りがこもっていたが、同時にその目には冷静な決意も宿っていた。彼女はただの感情に支配される復讐者ではない。彼女は復讐を計画的に進めるべく、自らの行動を冷静に見つめていた。
「私がまず倒すべき相手はアレクサンドラよ。彼女が全ての元凶……彼女がいなければ、私の人生はこんなことにはならなかった」
ルーカスはアイリスの言葉を黙って聞いていた。彼はいつも通り冷静で、あくまで計画的だが、アイリスの怒りを理解しているように見えた。
「そのためには、まず彼女の影響力を削ぐ必要がある。王国中に広がる彼女の権力を崩すには、まずお前の『聖女』としての影響力を強化するのが最適だ。村々の信頼を集め、それを基盤にしてアレクサンドラの立場を脅かす。それが次のステップだ」
「ええ……まずは、彼女の権力を少しずつ削り取っていく。それが一番効果的ね」
アイリスは強く頷いた。
「そしてエドガーも、いずれは彼の裏切りの代償を払わせることになるわ。だが、まずはアレクサンドラが先ね」
ルーカスは静かに立ち上がり、窓の外を見やった。
「決まりだな。まずはアレクサンドラを狙う……お前の計画に従おう。だが、俺の敵もいずれは処理する時が来る。とはいえ、今はお前が主演だ」
アイリスは微笑んだ。「ええ、ありがとう」
「……だが、主演ならもっと相応しい衣装が必要だな。明日は新しい服を手に入れることを提案する」
「また軽口を……」
アイリスは苦笑しながらも、ルーカスの冷静な冗談に少し和んだ。
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二人はそれぞれ決意を新たにし、次の動きへと進む準備を整えた。アイリスの復讐は、まだ始まったばかりだ。しかし、彼女の中で燃え上がる怒りは、確実に次の行動へと彼女を駆り立てていた。