第13話 ルーカスの過去
執務室の静寂の中、ルーカスはしばらく目を閉じ、何かを思い出すように深く息を吸い込んだ。そして、ゆっくりと口を開いた。
「俺がネクロマンサーとしての道を選んだのは……かつて戦士として生きていた時のことだ。戦場での経験も豊富で、傭兵として生きる日々が続いていた。あの頃、俺はただ戦い、そして勝つことだけを考えていた」
アイリスとジュリアンは、彼の言葉に耳を傾けていた。その声には、過去を思い返す苦しさが滲んでいた。
「だが、ある時、大きな戦場で致命的な敗北を喫した。俺の仲間たちの多くがその戦いで命を落としたんだ……。その中でも、最も親しくしていた仲間がいた。彼女の名前はエリナ――戦場でも常に冷静で、俺が信頼できる数少ない人物だった」
ルーカスの表情は沈痛なものだった。彼の目には、かつての友との時間がよみがえる。
「エリナは俺にとって、ただの仲間じゃなかった。お互い命を預け合い、苦楽を共にした戦友だ。そして、俺が初めて……人として尊敬し、もしかすると、恋愛感情に近いものさえあったのかもしれない……。だが、彼女はあの戦場で死んだ。俺の目の前で、最後の息を引き取った」
アイリスとジュリアンはその言葉に胸を締め付けられるような感覚を覚えた。ルーカスが彼女の死にどれほどの痛みを感じていたのか、二人にはその深さが伝わってきた。
「エリナは、最後に何かを言おうとしていた……。だが、彼女の声はかすれ、何を言っていたのか聞き取れなかった。それが俺にとって、どうしても知りたいことだった。彼女の最後の言葉が……。俺は、それを知るために、ネクロマンサーの道を選んだ」
ルーカスの声が震えた。その執念とも言える思いが、アイリスとジュリアンには痛いほど伝わってくる。彼が霊魂とのコミュニケーションを重視する理由が、今ようやく理解できた。エリナの最期を知りたいという強烈な願望が、彼の原動力だったのだ。
「だが、結局……エリナの最後の言葉は聞けなかった。ネクロマンサーとして一人前になるまでに数年がかかった。彼女の魂は……どこを探してもいなかったんだ。すでに昇天したのかもしれない。それなら、それで構わない。俺は……彼女が安らかに眠っているなら、それでよかったと思うようにした」
ルーカスは静かに目を伏せ、深い息を吐いた。その声には、長年の無念と諦めが含まれていたが、それを乗り越えた者特有の冷静さも感じられた。
「それからだ。俺はネクロマンサーとして様々な仕事を引き受け、最終的に王都である男に雇われた。ダリオスという名の男だった。彼は冷酷な傭兵団の団長で、貴族からも覚えが良く、評判が高かった。俺の力を見込んで、彼の傭兵団に組み込もうとしたんだ」
ルーカスの声に、僅かながら憤りが込められた。
「だが、その男と面談した時、俺は驚愕した。ダリオスには……かつて俺の仲間たちが、悪霊として取り憑いていたんだ。エリナを含めてな。俺の仲間たちは、彼の背後に佇み、苦しそうな顔で彼を見つめていた。だが、ダリオス自身はそれに気づいていない様子だった。彼は……何も感じていないかのように平然としていた」
アイリスは息を飲んだ。ジュリアンも無言でその話に耳を傾けている。ルーカスの仲間たちが悪霊となって取り憑いているにもかかわらず、ダリオスが全く気づかないという状況は、戦慄を覚えるものだった。
「俺は、その時直感した。仲間たちが死んだのは、ただの戦場の悲劇ではない……ダリオスが仕組んだものだったんだ。そして、思わず口走ってしまった。『エリナ、シド、ガード……なぜお前たちがここに?』と」
その言葉に、ジュリアンも驚愕した表情を見せた。
「それを聞いた瞬間、ダリオスの顔色が変わった。彼は俺に問いただした。『なぜ彼らの名を知っている?』と。だが、答える間もなく、ダリオスは俺を殺そうとしてきた。あの場で……俺はかろうじて逃げたが、あいつはただの男ではなかった。貴族のバックアップを受けている強大な存在だったんだ」
ルーカスの言葉に、アイリスもジュリアンも、凍りついたような感覚を覚えた。
「ダリオスを倒すためには、俺の力だけでは到底及ばない。奴は戦士としても超一流でね、命を顧みずに挑んでも勝てないだろう。だから、俺は違う手段を探し始めたんだ。政治的にも環境的にも優位に立ち、有利な戦場を作り出すためには、どうすればいいのか――その答えが、聖女だった」
ルーカスはアイリスに視線を向けた。
「俺は、聖女をプロデュースし、この地で勢力を築くことで、ダリオスに対抗する力を手に入れようとしている。そして、いつかあの男を……仲間たちを苦しめ続けるあの男を倒すために、俺はここまで来たんだ」
アイリスは深く頷き、ルーカスの目を見つめた。「わかったわ、ルーカス。貴方の目的は、私たちの復讐とも一致している。共に……この地を立て直し、敵を打ち倒しましょう」
ジュリアンも静かに同意した。「貴方の目的は理解しました。そして、その力と知恵を借りるべき理由も。共に戦いましょう、ルーカス」
一瞬の沈黙が流れ、空気が張り詰める。しかし、それを和らげるように、アイリスはふっと笑みを浮かべ、軽い調子で言った。
「でも、なんで『聖女』なのよ?」
彼女はあえて、冗談めかして突っ込んだ。それは重苦しい話の後、空気を和らげようという、彼女なりの気遣いだった。
その言葉に、ルーカスも意外そうに笑みを浮かべた。
「そうだな……実は、それには昔の仲間との思い出が関係しているんだ」
アイリスとジュリアンが興味深そうに耳を傾けると、ルーカスは少し遠くを見るような目をして話し始めた。
「ある日、酒場で仲間たちと酒を飲んでいたんだ。笑い合いながら、『こんな生活、いつまで続けられるんだろうな』って話していた。『いつかは足を洗わないとな』ってな。そしたら、誰かが冗談めかしてこう言ったんだ。『平和でも説いて回るか?』って」
ルーカスの目には、当時の仲間たちの笑顔が浮かんでいるかのようだった。
「そしたら、別の奴が『じゃあ、エリナが聖女さまでもやるか』って言い出して、みんなで大笑いしたんだ。『ルーカスが仕切れば、誰もが騙されるぜ』なんて言われてな……。まさか本当に聖女をプロデュースする日が来るとは、その時は夢にも思わなかったが」
アイリスも、ジュリアンもその話を聞いて、しばらく言葉を失っていたが、やがてアイリスが小さく微笑んだ。
「なるほどね……聖女のプロデュースが、そんな昔話から始まったなんて思わなかったわ。でも、今はその冗談が現実になって、私たちはこうして共にいる」
ルーカスも頷いた。「そうだ。あの時はただの笑い話だったが、今では俺たちが本気でこの地を動かそうとしている。お前たちも含めてな」
ジュリアンが口を開いた。「つまり、私たちは……その『聖女の演出』を、現実の力として使う共犯者というわけですね」
「そういうことだ」ルーカスが笑いながら頷いた。
その言葉を聞いて、アイリスも改めて決意を新たにした。彼らとの絆が今、強く結びついたことを感じる。ルーカスが背負ってきた重み、そしてその仲間たちの思い――それを引き継ぎ、共に前へ進む覚悟を決める瞬間だった。
「わたしも、覚悟を決めなおすわ」アイリスは強い眼差しで二人を見つめた。「この地を再建するのは、復讐を果たすための拠点として。そのために、もっと強くならなくちゃね」
ルーカスとジュリアンも頷く。
それは、三人の間に、より一層の結束が生まれた瞬間だった。




