アスクレディアサーガ 第1章 第1話⑤
朝5時頃。夜が明ける前…。
ヤマトは一人、宿を抜けて城塞の外にある「訓練場」に向かっていた。元々「訓練場」は王国軍の兵士のための施設であったが、一時期冒険者が増加した際に冒険者ギルドがシュベーレン王国に借用を申し出た際に使用許されて以来、現在は軍と冒険者の初期訓練用の施設としてそのまま使用出来るようになったのである。中には腕の立つ冒険者が自己修練のために使用する事もあるのだ。ヤマトは王都グレンツェントに滞在している時は、毎朝自己修練のために朝早く「訓練場」に出向くのだ。
南大門に差し掛かった際に、
「おうヤマト、お早うさん。」
昨日も詰め所に待機していた番兵の隊長に出くわした。
「お早う。まだここに詰めてるのか?」
ヤマトが挨拶がてら返す。
「おう。昨日は昼から24時間の勤務だ。明けは正午だよ。」
「相変わらず激務だな。」
「いやいや、この時間でも南大門が開いてる位の平時だぜ。戦でもあったら、昼間でも出入り出来ないぜ。」
「確かにな。」
「今朝も「修行」ってやつか?」
「まぁ、そんなところだ。」
「相変わらずストイックだねぇ~。」
「ちゃんと「磨いて」やらないと、錆び付いちまうからな。」
そんな会話をしながら、ヤマトは南大門を出て「訓練場」に向かおうとしたが、
「そういや、昨日お前等の事を聞きに来た連中がいたぞ。」
と兵隊長が再度ヤマトに声を掛ける。
「どういうことだ?」
「ほら、お前等が「転移」の呪文で戻ってきたのを見たらしくて、聞いてきたんだがな。」
「何者だ?」
「さあ?でもあいつ等も鎧を身に纏っていたから冒険者だと思うが?」
「…誰だ?身に覚えがないな。」
「若い女を二人連れてたなぁ。その娘達も鎧を身に纏っていたから…。」
「そうか、わざわざ有難う。教えてくれて。」
「いやいや、大した情報じゃなくて申し訳ない。」
そう言ってヤマトは兵隊長と別れ、南大門の外に出て行った…。
夜明け前の「訓練場」…。「訓練場」は、城壁沿いに幾つか事務所棟や兵舎等の建物が建てられている。グレンツェント王国軍は定期的にここで定期訓練を行っている。その時期は朝早くから兵士達が装備を鳴らしながら訓練をしているが、今はその時期ではないため閑散としている。ヤマトは敷地の片隅にある楠の袂に移動し、腰に差した大小一対の愛刀をそっと木に立て掛けて、持ってきた木刀を構えて、目を閉じて気を集中していく…。
(…、昨日の「光の加護」の影響はない…か。)
心の中で呟きながら、「練気」を続ける。
ヤマトの中の「気」が少しずつ消えていく…。いや、正確には「練気」を続けることでヤマトの「気」が周囲からヤマトの体の中に集束していく。多少なりとも「気」を操る術を持つ者なら分かるのだが、ヤマトの「気配」を感じ取る事が出来なくなっているのだ。
(…。)
暫く集中した後、カッと目を開く!!同時に構えていた木刀を逆袈裟に薙ぐ!!
ブンッッッ!!
木刀から迸った不可視の刃が楠の枝を音もなく斬り裂き、ヤマトから5m程離れた地面に音もなく落ちる。
「…ッ!!」
ヤマトが誰かの気配を感じ、すぐさま振り返ると同時に木刀を正眼に構える。
「ふっふっふっ、儂じゃよ。若き侍大将。」
腰に大小の刀を差した、老人の男が現れた。
「…貴方でしたか、「監督官」。」
この老人の男は、「訓練場」の一角にある「転職の館」と呼ばれる建物に努める「監督官」である。れっきとしたシュベーレン王国の軍人にして、西部諸国では僅か数人しかいない「侍総大将」である。冒険者でも滅多に利用する事のない「転職の館」で、「侍」への転職や「侍大将」「侍総大将」への「昇格」の認定を行う事の出来る人物である。
「木刀の一振りで、楠の細くて若い枝を切断するとは…。相変わらず鋭い「居合」の技じゃな。」
そう言いながら、「監督官」はヤマトが「居合」で切断した楠の若い枝を拾い、その切断面を見る。
「今時の若い「侍」で、これだけの「剣技」を扱える奴はそうそうおらん。」
「そうですか?」
「そうとも。たまに転職にくる輩は、皆「力」だけを求めておるからのう。「居合」を習得しても、お主程の「鋭さ」はない。お主のような逸材は、何処でも重宝されるよ。特に「剣術指南役」としてな。」
「…。」
「どうした?何かあったのか?」
「…、昔の事をちょっと思い出しまして。」
「すまんの、嫌な事を思い出させたか?」
「…いや、もう済んだ事ですから…。」
少し表情が曇るヤマト。それを見て話題を変える「監督官」。
「お主がこのグレンツェントに来てからもう2年になるかの?」
「はい。」
「少しは慣れたかの?」
「如何でしょう?」
「ふふっ、相変わらずじゃのう。」
「相変わらず?」
「そうじゃ、人を煙に巻くのがじゃ。」
「別にそういうつもりでは…、」
「ふふっ、まぁ良いわ。」
そう言うと、「監督官」は踵を返す。
「「道」はまだ半ばと言うか。流石その歳で「トウホウ」で「侍大将」と認められるだけの男。逆に儂がお主に教えを請いたい位だわ。」
「そんな…、」
「その木刀でそれだけの「居合」を放てるのだ。どれだけの修練をすれば会得出来るものかのう…。」
「…。」
「邪魔してすまんかったな。毎朝の日課の邪魔をして。」
「いえ。それより、「監督官」こそ毎朝早いですね。」
「もう歳だからな。目か覚めるのが早くてのう…。」
「もう歳だなどと。まだ…、」
「儂も自分の事は分かっておるつもりじゃ。本来はもう隠居してもおかしくない歳じゃ。じゃが、中々後任が現れなくてのう…。」
「…確かに、この西部諸国で「侍系」の者自体少ないですからね。」
「そういう事じゃ。」
「監督官」は既に齢60を大きく越している。本来ならば引退してもおかしくない歳。しかし「監督官」の言う通り、後任となる「侍総大将」たる「監督官」がいない以上は、退任出来ないのだ。「侍・忍者発祥の地」と言われる「トウホウ」のように「侍系」職業に就いている者が少ない事も原因の一つである。
「一番早いのは、「トウホウ」より誰かを招聘する事かのう?風の噂で、かの地の「戦国の世」も収まったと聞いたが。」
「確かに、戦乱の世は収まりました。正式な依頼を「トウホウ」の「公儀」に出せば、話も変わるかと。」
「「公儀」?」
「はい。現在の「トウホウ」を治める政治組織です。」
「そうか…。それが本当ならば、我が王に進言するのも悪くないかもな。」
「はい…。」
「お主は如何じゃ?」
「私ですか?私は…無理ですよ。そもそもまだ「侍大将」ですから。それに…、」
「それに?」
「私の使う「剣技」は、才能がない者にはお教え出来ません。」
「そうか…、残念じゃな。」
「監督官」はそう言うと、「転職の館」の方へ戻っていく。
「あの、「監督官」?」
「何じゃ?」
ヤマトの掛け声に反応して、「監督官」は歩みを止める。
「今のは…、スカウト…ですか?」
「唯の戯言じゃ。忘れてくれ。」
そう言うと、「監督官」再び歩き出した…。
「…。」
一人残されたヤマトは少し考え事をした後、再び日課の素振りを始めた…。
約一時間半程の日課の素振りを終えたヤマトは、愛刀を腰に差し戻して、「湖畔の白鳥亭」に戻った。食堂に入ると、既にグレイ・フレア・エマ・マリィ・ココア・ラピスが朝食を取っていた。
「お、帰ってきたか。お早うさん。」
と軽く挨拶するグレイ。
「ああ、お早う。皆朝食にしてたのか。」
「はい!!」
朝から元気に挨拶するエマ。
「今朝もいつもの日課してたの?」
「今朝も」と言う辺り分かってはいるが、一応聞くマリィ。
「ああ、これをやらないと却って調子悪くするからな。」
と答えるヤマト。
「朝食になさいますか?」
尋ねるフレア。
「一度軽く水浴びしてからにするよ。木刀も置いてきたいし。」
と答えて、自室に戻るヤマト。
「ヤマト、二日酔いで唸ってるアイツも一緒に連れてきてくれ。」
とグレイ。
「分かった。」
振り返らずに、一言返すヤマト。そのまま自室に戻っていく。
「う~~~っ、ぎも゛ぢわ゛る~~~っ。」
完全に二日酔いのファルコン。唸りながらベッドの布団に包っている。
「ったく、調子乗って飲み過ぎただけだろうが。後でグレイに「解毒」掛けて貰え。」
尤もな返答をしつつも、気を遣うヤマト。返答しながら胴着を脱いで、部屋なあるシャワー室に入っていく。「湖畔の白鳥亭」は、「冒険者の宿」としては施設が充実しており、ヤマト達が使用している大部屋にも簡易シャワーが設置されているだけでなく、別棟には「大風呂」も用意されているのだ。ここまで設備の整った「冒険者の宿」はかなりの少数派である。
軽く汗を流したヤマトは、バスタオルで体を拭きながらシャワー室から出てくる。
「お前もシャワー浴びたらどうだ?少しはアルコール臭が抜けるぞ。」
「そうするわ…。」
そう言って、ヤマトと入れ替えでシャワー室に入っていくファルコン。
「あ、そうだ。今日10時に「学院」に呼ばれているからな。装備しなくてもいいから、それなりの服着て来いよ。」
「何だそりゃ?」
「依頼の件で話があるそうだ。いいな?」
「分かった。」
「先に下で朝メシ食ってるからな。」
そう言って、改めて私服に着替えたヤマトは部屋を出る。ここでも大小の愛刀の装備は欠かさない。
「師匠からの召喚でしょ、グレイから聞いたよ!!」
大好物の牛乳を飲みながら笑顔で返すマリィ。
「あらしもひっていいんれしょ?」
「口いっぱいに頬張りながらしゃべっちゃダメだワン。」
口の中に食べ物いっぱいにしてしゃべるラピスに、それを注意するココア。
「依頼の件、でいいんですよね?」
エマが確認の質問をする。
「ああ、そうだ。昨日遅くまで飲んでた俺達にわざわざ連絡してきた位だからな。何かしらの報告もあるかと思うが。」
推測含めた答えをするグレイ。
「報告の内容的には、私達よりもマリィの方が朗報かもしれないわね。」
といつもの笑顔で答えるフレア。
「師匠からの報告か…。何だろうな?やっぱり「魔導書」の事かな?」
とマリィも推測。
「「魔導書」の報告より、俺は報酬の上乗せの方がいいんだけどな。」
と言いつつ、部屋から出てきて合流するファルコン。
「あ、来た。酒癖悪い酔っ払いが。」
毒づくマリィ。
「ふんっ。それよりもグレイ…。」
「あー、分かった分かった。ちょっとこっち来い。」
と言いながら、ファルコンとグレイは店の外に出ていく。それを見たボギーは、
「分かっているとは思うが、官憲の目に付くなよ!!」
と釘を指す。
「マスター、俺にもいつもの朝食セットを一つ。」
「分かった。少し待っててくれ。」
ヤマトはボギーに朝食の注文をしがてら席に着く。
「さて、今回はどうなる事かな?」
とヤマトが一言。
数分後、外に出ていたグレイとファルコンが戻ってきた…。
「…、痛ぇ。」
「軽くゲンコツくれただけだろうが!?」
「お前のゲンコツ、「軽く」ても痛ぇんだよ!!」
「なら、全力でぶん殴ろうか?」
「やめて!!マジで死んでまう!!」
「なら、素直に受け入れろ!!」
二日酔いしたファルコンに、こっそりと「解毒」を掛けたグレイ。当然ただで済ませるわけにはいかないため、「おしおき」としてグレイがゲンコツ一発くれたのだ。まぁ前衛職の「聖騎士」であるグレイのゲンコツなので、「軽く」てもかなりのダメージになるのだが。
「バーカ!!毎回グレイにゲンコツもらってやんの。学習能力ないの?」
ファルコンに冷たい視線を送りつつ嘲笑するマリィ。
「お前なぁ…、」
反論しようとするファルコンだが…、
「…!!」
普段大人しいエマが、ジト目で無言の怒りの表情。
「…。」
笑顔のまま怒りオーラを発するフレア。
「ファルコン、ひょっとしてバ…、」
「ラピス、言わなくていいんだワン。」
一言言おうとする無邪気なラピスと、察してそれを止めるココア。
「…。」
知らん顔するヤマト。
「…誠に、申し訳ありませんでした!!」
どうもいたたまれなくなったのか、自ら土下座するファルコン。
「お前等、その辺にしてやってくれないか?配膳の邪魔になるぞ。」
「もう終われ」と言わんばかりのボギーの一言。どうも毎回やらかしているらしい…。
ヤマト達一団は、改めて身支度を整えて「グレンツェント学院」に向かう。ヤマトとグレイは私服ではあるが、腰に愛用の武器を装備している。「戦士」や「騎士系」「侍系」の職業の者は、私服でも武器の所持を認められているのだ。冒険者であっても、武器を扱う職業の者の帯剣が許されているのは、犯罪者に対する一種の「抑止力」であるからだ。ヤマトの武器…「刀」は王都グレンツェントのみならず西部諸国でも所有者はかなり数が少ない。特にヤマトが帯刀している「刀」は、かなりの逸品であるようだ。グレイの長剣もまた強力な「魔法武具」である。見た目は地味に見えるが、良く観察するとかなり立派な装飾が施されたかなりの逸品であることが分かる。
「マリィ、何で冒険に行くときの装備してるんだよ?」
ファルコンが突っ込む。マリィは冒険時と同じ装備をしていたからだ。
「一応これが「学院」の正装なの!!ちゃんと「学院のケープ」も羽織っているんだし。」
と反論するマリィ。マリィが装備している「学院のケープ」は「学院」出身者の証であるため、一般的には「魔術師達の正装」と認識されている。
「そんなモンかねぇ…?」
とこぼすファルコン。流石に今日は「仕事用」のポーチや愛用の短剣は装備していない。
「私達は、このタリズマンがあればいいですから…。」
「そうですね。」
と話すフレアとエマ。「アスクレディア教団」所属の彼女達は、どんな時も「教団のタリズマン」を身に着けていれば、私服であっても簡易式の正装と扱われるのだ。
「ココア、首輪はどう?」
「まだちょっと着け慣れないんだワン。」
ココアは、前日正式に入手した「守りの腕輪」を首輪にして装備していた。ラピスは気になったのか、ココアに着け心地を聞いたのだ。
「ココア~。身に着けていたらじきに慣れるからね~。」
マリィはココアに頬ずりしながら答える。ココアは…、
「ご主人様、ちょっと苦しいんだワン…。」
少し嫌そうに答える…。
「学院」の正門に到着し、受付を済ませる。暫くすると、オルター学院長の助手が迎えにやって来た。
「わざわざお越しくださいまして有難うございます。学院長がお待ちしております。こちらへどうぞ。」
そう言うと、助手は前日同様に学院長室に案内をした。
「すまんの、呼び出してしまって。何分ここから身動き出来ないのでな。」
オルター学院長は、笑顔でヤマト達一団を迎え入れた。
「昨日の今日で早速の召喚、何か進展がありましたでしょうか?」
代表してヤマトが伺う。
「早速分かった事があってね!!お主等に一刻も早く報告をしたくてな!!立ち話もなんだ、ソファーに掛けてくれ。」
誰がどう見ても明らかな笑顔のオルター学院長である。
「では、失礼致します。」
マリィは一礼してソファーに腰掛ける。続いて、他の面々も腰掛けた。
「さて、何から話したらいいものか…?」
笑顔でいながらも、困り顔のオルター学院長。本当に話したい事が沢山あるようだ。見かねたマリィは…、
「じゃあ、まずは「魔導書」の事からよろしいですか?師匠。」
と口火を切る。
「ふむ、マリィがそう言うなら、まずは「魔導書」の事から話そうかの。」
そう言って、オルター学院長は席に置いてあった「魔導書」を手に取って、ヤマト達一団の元に持ってきた。
「まず、この「魔導書」の事から話そうか。簡単な鑑定と解読しかしておらんが、この「魔導書」に封じられておる呪文の事が判明した。」
先程までの笑顔とは打って変わり、真剣な表情でヤマト達一団に説明するオルター学院長。
「何の呪文が封印されていたのですか、師匠?」
当然ではあるが、マリィは食いついてきてオルター学院長に尋ねる。
「この「魔導書」に封じられた「喪失呪文」は…、「邪竜」じゃ…!!」
「か、「邪竜」?本当ですか!?」
「邪竜」…。「喪失呪文」の一つで、簡易魔法陣を用いて召喚した「邪竜」を短時間使役する事で「火・闇・邪」の3属性の「息攻撃」攻撃をする、最上位の「古代語呪文」の一つである。しかも、「火・闇・邪」の3属性であるため、この呪文を極めるには「火・闇・邪」の3属性のどれかを有している方が、親和性が強化されて、呪文の効果自体も強化されるのだ。「古代語呪文」の「喪失呪文」中では早い時期から存在自体は知られていたのだが、その「魔導書」の存在が長らく不明であったものだ。
「こ、これはまた凄いものを発見してしまいましたね…。」
「全くです…。」
驚きを隠せないフレアとエマ。
「???なぁ、そんなに凄いのかグレイ?」
全く理解していないファルコンはグレイに聞く。
「ああ、凄いぞ。分かりやすく言えば…、伝説の武器や防具を見つけたようなモンだ。」
グレイの例えを聞いたファルコンは
「え~~~~!?」
と大いに驚く。
「ファルコン、うるさい!!」
「ファルコン、静かにするんだワン!!」
とファルコンに怒るラピスとココア。
「ラピス、分かるのか?」
ヤマトはラピスに静かに聞いた。
「ん?あの「魔導書」の事?」
「そうだ。」
「すごーい魔力はすぐに分かったんだけど、まさか「火・闇・邪」の3属性の持つ「邪竜」だとは思わなかったよ…。」
と感想を述べるラピスに、
「ラピス、仕方ないんだワン。幾らラピスが優秀な「精霊使い」でも、識別までは出来ないものもあるんだワン。」
と的確なフォローを入れるココア。ココアは「主」であるマリィと知識を共有しているからだ。
「で、その「邪竜」の「魔導書」の解読だが、当然ではあるが暫く時間が掛かる。」
「まぁ…そうなりますよね。」
オルター学院長の説明に納得するマリィ。実際に「喪失呪文」の解読は、どんなに早くても数年は掛かる作業である。
「解読が終わったら改めてお前に連絡するからな、マリィ。」
「え?どうしてですか?」
「昨日も言ったであろう?この「邪竜」の「第一習得者」として、お前に託すつもりだと。」
「あ…。というか、あの話は本気だったのですか!?」
「流石の儂も、この場でギャグを言うつもりはない!!」
「…いつもギャグかましてたのか?」
オルター学院長とマリィのやり取りを聞いていたファルコンが静かに突っ込む。
「…それはともかく、これは「学院」としての決定事項であり、同時にお前の「師匠」としての命令じゃ!!」
「師匠。大抵の指示はお受けしますが、「邪竜」の「第一習得者」だけは…。」
「兄弟子達への配慮か?そんなモン不要じゃ。」
「ですが…、」
オルター学院長とマリィとのやり取りに業を煮やしたヤマトが、
「お二人とも失礼します。少し冷静になられた方がよろしいかと。」
一言口に出す。
「む…、そうだな。」
「ごめん、ヤマト。」
ヤマトの一言で、冷静さを取り戻したオルター学院長とマリィ。
「学院長、マリィの「邪竜」の「第一習得者」は決定でいいのですね?」
「うむ。昨夜学院の主だった面々を招集して行った緊急会議で、正式に決定した。それに、「邪竜」のが「火・闇・邪」の三つ。お前の所有属性が「火」ならば、「邪竜」との親和性も高いはすじゃ!!」
冷静に返答するオルター学院長。
「でも、まだ私は「高位魔術師」になれていません。なのに何故…?」
「「邪竜」の「第一習得者」になる条件が、その「高位魔術師」への「昇格」が条件じゃ。」
「つまり…、」
「そう、まだ「力量」不足という事じゃ。尤も、こちらも解読に暫く時間が掛かるから、その間に腕を磨いて「昇格」をしてほしい。」
「…。」
オルター学院長とのやり取りで黙ってしまうマリィ。それに対して、
「なら、学院長のお言葉通り「昇格」目指して頑張るしかないな。少なくとも「昇格」を果たせば、兄弟子とやらの文句もなくなるだろう?」
と後押しするヤマト。
「ヤマト、分かって言ってるの? 「昇格」って…、」
反論しようとするマリィだが、
「参考にはならんだろうが…、俺はかつて否応なしに「昇格」させられた。でも今までこうして生き残ってきた。俺は、お前なら「絶対に出来る」と思っているぞ。」
ヤマトが答える。
「チャンスが与えられたなら、それに応える方がいいと思います。」
「こんなチャンス、滅多にないぞ!!」
フレアとグレイが更に後押しする。
「…。」
考え込むマリィ。
「ったく、いつものお前らしくないなぁ。それとも、そのチャンスをふいにするのか?自信ないのか?」
ファルコンが更に煽る。
「…!!アンタねぇ~~~!!」
ファルコンの煽りで怒るマリィ。
「分かったわよ!!やればいいんでしょ!!ここまで言われたら、やらなきゃならないでしょうが!!」
キレ気味に返すマリィ。
「…ったく、もう。…でも、皆…有難う。」
小さい声で礼を述べるマリィ。
「何言ったか聞こえねぇぞ!!」
「うるさい!!」
再度煽るファルコンに、キレ気味に返すマリィ。いつもの二人に戻ったようだ。
「流石は「侍大将」。見事に纏めたな。」
「いえ、ある意味学院長に乗せられましたが。」
「いやいや、そんな事はないぞ。それに、儂はマリィに期待しているからの。」
「そうですか。彼女が言っていた兄弟子達への対応は…、」
「既に儂が話をしておる。問題ない。」
「流石です、学院長。」
他の面々が盛り上がっている中で、落ち着いて話をまとめるヤマトとオルター学院長。しかし…、
「おい、まだ話は終わってないぞ。」
と、仕切り直すファルコン。
「報酬料の話をしていないだろうが!!」
と、真っ先に報酬の話をするファルコン。
「あの…、それ以外のお話もあるのでは…。」
とおずおずと話しかけるエマ。
「…ったく、順番通りに話を片付けよう。いいですか、学院長?」
やれやれといった顔をしながら、話を進めるヤマト。
「…仕方ないのう。先に報酬の話をする事にしよう。」
と返すオルター学院長。
「ぃやったぁ~い!!」
子供の様にはしゃぐファルコン。
「…みっともないだワン。」
「恥ずかしい~。」
と冷たく返すココアとラピス。
「報酬だが、本来は一人5,000ゴールドにプラス入手したアイテム類だったな。ただ…今回は目的とする遺跡だけでなく、ストーンゴーレムの鹵獲に「邪竜」の「魔導書」の発見と功績が大きい。先に言った緊急会議でこれらの功績を鑑みて…、」
「鑑みて!?」
「報酬額を大幅にプラスして、一人15,000ゴールドにするものとした。」
「15,000ゴールド!!やった!!」
オルター学院長の報告を受けて、大喜びをするファルコン。一方…
「私は…「邪竜」の「第一習得者」のお墨付きと「守りの腕輪」貰ったから、元の5,000ゴールドでいいかな。」
とマリィ。
「俺は、自分とラピスの食い扶持があればいいし。」
とヤマト。
「元々5,000ゴールドで考えていたし。」
「二人で10,000ゴールドあれば十分ですし。」
とグレイ・フレア夫妻。
「修行中の身でありますから…。」
とエマ。
「待て待て待て!!お前等、金要らんのか!?」
と一団の面々に質問するファルコン。
「一人15,000ゴールドあれば、ちょっとした魔法のアイテム買えるんだぞ!!」
と力説するファルコン、だが…、
「水差すようで悪いんだけど。私達一団でお金に執着あるのは、アンタだけなんだよね。」
冷静に返答するマリィ。マリィの言う通り、この一団内で金銭に執着しているのはファルコンだけである。他の面々は、意外とストイック…と言うよりあまりお金を必要としていない。行商しているグレイ・フレア夫妻もそれなりに貯蓄しているし、マリィも趣味の一つが「貯金」と豪語している。エマは「修行中」を理由に必要とする分以外はアスクレディア教団に寄進している。ヤマトは…意外と財産になる物を所有している。「冒険者」の殆どの目的が「高額報酬」と「魔法のアイテム入手」であるため、その考えがあまりないヤマト達一団はかなりの「異端」である。寧ろ、ファルコンの言い分や考え方の方が「冒険者」としての考え方は「正しい」のである。
「そんなにいきり立つな、ファルコン。学院長、大変申し訳ありませんが、報酬の増額分は全てファルコンに回して下さい。」
「それは構わんが…、」
「ヤマト、いいのか!?」
「皆、それでいいな?」
ヤマトの問いに、ファルコン以外全員即承諾。
「これでいいだろ?」
「…いい!!全然いい!!」
このヤマトの一言で、報酬料は…ファルコン以外のメンバーは本来の金額5,000ゴールドずつ、ファルコンは5,000ゴールド+増額分一人10,000×6人分の合計65,000ゴールドを手にする事となった。
「全く、浅ましいんだワン。」
「ファルコンって、守銭奴なの?」
ファルコンの聞こえないところでぼやくココアとラピスである…。
「これで、俺の方の話は終わりだ。後は任せた!!」
そう言って席を外そうとするファルコン。
「これ若いの、何処へ行こうとする?」
オルター学院長がファルコンを引き留める。
「言ったろ?俺の方の話は終わりだと。もう用はねぇ。」
「バカモンが!!まだ話は終わってはおらん!!」
ファルコンの返答に対して、大いに怒るオルター学院長。
「報酬の話は終わったが、全ての話は終わったとは言っておらん!!まだお主達に聞き込みせねばならん事がまだまだあるんじゃ!!」
「俺の知った事かよ。話なら他の奴等から…」
と言った途端にすぐさま呪文を詠唱するオルター学院長。
「「拘束」!!」
「拘束」の呪文を行使したオルター学院長。効果はすぐに表れ、ファルコンは身動き取れなくなる。
「あ、汚ねぇ!!街中は呪文使用禁止の筈だろ!?」
呪詛の言葉を発するファルコンだが…、
「バーカ、この「学院」内は呪文の研究施設でもあるんだから、「学院」内での呪文使用は許されてるのよ。」
と答えるマリィ。彼女が述べたように、「学院」は「呪文の研究施設」でもあるため、「特例」として「学院」施設内での認められるのである。
「師匠の「拘束」の味はどう?私よりも圧倒的に「力量」は上だから、私じゃあ「解除」使っても解除出来ないからね。」
と誇らしげに説明するマリィ。
「くそ~っ!!離せ~っ!!」
「拘束」から逃れようと藻掻くが、びくともしない。
「素直に大人しくしてろ!!」
グレイが一言チクリ。
「ラピス、ココア。あまり煩い様だったら、「お仕置き」していいからな。」
呆れながらも、無慈悲な一言を告げるヤマト。
「え!?お、「お仕置き」だけはやめて~!!」
泣き言を言うファルコンだが…
「久しぶりの「お仕置き」だね~!!あたし楽しみ~!!」
「あまり汚いモノ舐めたくないけど、「お仕置き」頼まれた以上は全力で行くんだワン!!」
と、妙にやる気満々のラピスとココア。
「…マリィ、いいのか?」
「気にしないで下さい、師匠。いつもの事です!!」
「ふむ、ストーンゴーレムの刻印を潰して稼働停止にしたのか。大したものだ!!」
今度は遺跡内で遭遇したストーンゴーレムの話になった。状況を事細かに聞き、素早くメモを取るオルター学院長。
「して、その一連の方法は?」
「嘗て師匠が教えて下さった方法で。」
「本当か!?あの方法は、かなりの「力量」でなければ成功しないものだぞ!?それをやってのけるとは…!!」
自分で考えた方法を教えたとはいえ、本来は「高力量一団」のための手法であったのを、ヤマト達一団での「力量」で成しえた事に只管感嘆するオルター学院長である。
「でも一番の功労者は…、ストーンゴーレムの刻印を見つけたフレアと、たった一撃でその刻印を稼働停止に追い込んだヤマトです。」
マリィは言う。だが、
「いやはや、驚くばかりじゃ!!恐らく、この一団でなければ成す事は出来なったじゃろう。特に…そこの「侍大将」の「居合」は何でも「斬り裂く」のじゃからな。」
と素直な感想を述べるオルター学院長。
「いや、別に自分でなくても…、」
言葉を濁そうとするヤマトだが、
「儂とて他の「侍」の「居合」を見たことがある。やはりお前の「居合」は別格だ。」
と感想を述べるオルター学院長。ただの知識だけでなく、洞察力の高さも光る発言をする。
「だ、そうだ。ヤマト。学院長の「お墨付き」まで頂いて。」
横から割り込んだグレイが茶化すように後追いで述べる。
「お主もそう思うか?ヴェイスの「ナイトマスター」。」
「あの…、その名で呼ばないで頂きたいのですが…。」
「おお、すまんの。」
グレイはオルター学院長に「ナイトマスター」と呼ばれる事を明らかに嫌がっている。昔「何か」あったようである。そして、オルター学院長はその「何か」を知っているようでもある。
「お前は忘れているかもしれんが、儂もあの時の当事者の一人じゃったがの。」
「…。」
「まだ引きずっておるようじゃの。お前の責任ではないのに。」
「…。」
オルター学院長の言葉に詰まるグレイ。そして、
「オルター学院長、あの事件はまだ解決していないのです。ですから…、」
フレアが間に入る。
「…すまんかった。余計な事を話したか。」
そう言って二人に頭を下げるオルター学院長。
「師匠…、その話は…、」
「そうじゃな、その話はやめようかの。」
マリィのフォローも入って、グレイの抱えている「問題」の件は手打ちになる。
その後、今回の探索行での発見等を報告する一団(ファルコン除く)。必要となればノートに素早く記入し、気づいた点や疑問点をすぐに一団にぶつけるオルター学院長。
「いやいや、かなりの収穫だぞ!!」
一団(ファルコン除く)の話を取りまとめ、非常に収穫があったと喜ぶオルター学院長。
「俺には何だか分からんが…。」
一言漏らすグレイ。
「かなりの専門的な内容だからね。学院のメンバーでも理解出来ない人もいるから、仕方ないよ。」
フォローをするマリィ。
「おお、そうじゃ。そこの男の「拘束」を解除せねばな。」
そう言って、オルター学院長はファルコンに掛けられた「拘束」を「解除」した。自身が掛けた呪文であるため、「解除」を使用するのではなく集中を解くだけでいいのだ。
「はひ~…。」
「拘束」を「解除」されたファルコンは、覇気のない声を出して寝転がる。
「あ~、面白かった!!」
「ご主人様、後で何か美味しいモノ頂戴だワン。」
ニコニコ顔のラピスと渋い顔のココア。
「ココア~、よく頑張ったね~!!後で欲しいモノ買ってあげるからね~!!」
ココアを抱き上げて頬ずりするマリィ。ココアは…少し困惑顔であったが、その表情にマリィは気づいていない…。
「…すまんのう「侍大将」、あんなのが儂の弟子で…。」
「いえ、もう慣れましたので。」
困惑顔のオルター学院長とヤマト。そして、思い出したように顔を変えるオルター学院長。
「そうじゃ、これを言うのを忘れておったわ。」
「あの、何かありましたか?」
素直に質問するエマ。
「大ありじゃ!!実はお前達一団を推薦しようと思ってな。」
「推薦?何の推薦ですか?」
ココアを頬ずりしていたマリィが振り返って、オルター学院長に聞き返す。
「確か、お前達の「一団階層」は「銀等級」だったな?我が学院が冒険者ギルドに、お前達の「一団階層」を「黄金等級」に推薦しよう。」
オルター学院長の突然の発言に…
「「え~!!」」
とびっくりするマリィとエマ。グレイとフレアは互いに向き合って首を傾げる。ヤマトは…、
「流石にそれは…、」
と返す。それもそのはず。ヤマト達一団は個々の「力量」は年齢的に考えるとかなり高いが、編成してまだ2年もしないのに高い実績で「一団階層」を「白銀等級」になったのだ。ヤマトは、この状態で「一団階層」が「黄金等級」になったとなると、他の冒険者からのやっかみや嫌がらせがあるのかと考えているのだ。
「お前の懸念は分かるぞ、「侍大将」。しかし本来「冒険者」は「実力社会」。実力がない者や一団には高い「一団階層」は与えられん。それに、今回の件での功績を考慮すれば、「一団階層」を「黄金等級」にするだけの「実績がある」と学院が判断したのだ。故に学院が「黄金等級」に推薦するのだ。勿論、推薦したから必ず「階層上昇」するとは限らないがの。」
オルター学院長の解説に未だ納得出来ないヤマトであったが…、
「いいじゃねぇか。有難く推薦してもらっちまえよ!!」
こう答えたのは…ファルコンであった。
「「黄金等級」推薦なんて、滅多にないチャンスだぜ!!それこそこの推薦蹴ったら、二度とこんなチャンスはないぞ!!」
ラピスとココアの「お仕置き」食らってヘロヘロの状態で寝転がっている割には、真っ当な意見を述べるファルコン。
「確かにファルコンの言う通りだぞ。」
ファルコンの意見に同調するグレイ。
「ヤマト、お前は俺達一団には「まだ早い」と思うかもしれないが、それは間違いだ。確かに「黄金等級」に「階層上昇」すれば「責任」がついて回るかもしれん。しかし、それだけの「影響力」や「コネ」が得られるもの事実。そして、今がその機会が来たんだ!!ここは素直に学院長の厚意を受けるべきだ!!」
グレイが珍しくヤマトに熱く説得する。
「…。」
ヤマトは目を閉じて静かに考える。
「…珍しい。あんなに悩むヤマトを初めて見た…。」
ボソッと呟くマリィ。執務室が静寂に包まれた時…、
(道は、開かれているよ…)
ヤマトが聞いた小さな囁き。誰にも聞こえていない。しかし、ヤマトは確かに聞いた。その声の主は…?その囁きを聞いたヤマトは…、
(そうだ!!ここで立ち止まる訳にはいかない!!何を尻込んでいるんだ!?恐れるな!!まだ、道半ばなんだ!!)
心構えが決まったヤマトは席を立ってオルター学院長に向き、
「オルター学院長。その推薦、謹んでお受け致します。」
そう言って頭を垂れた。
「やった!!」
いきなり立ち上がりガッツポーズを取るグレイ。
「へへっ、そうこなきゃあな!!」
まだ横たわっていたが、ヤマトにサムズアップするファルコン。
「「やったー!!」」
素直に喜んで抱き合うマリィとエマ。
「ご主人様、痛いんだワン!!」
マリィとエマに挟まれて痛がるココア。
「良かったです…。」
ホッとした表情になるフレア。
「ラピス、有難うな。背中を押してくれて!!」
ヤマトはラピスに感謝の言葉を述べるが、何故かキョトンとしているラピス。
「あたし、何か言った~?」
「お前、自分が言った事覚えてないのか?」
「あたし、何も言ってないよ~?」
「おかしいな?」
ヤマトは何か納得していない様子。だが…、
(あたしは何も言っていない。ただの囁きだから…、ね。)
ヤマトとラピスのやり取りを見ていたオルター学院長。
(「妖精の祝福」の伝承、間違いなく真実であったか。あの妖精…ラピスがいる限り、「侍大将」とその一団は安泰…かの。)
その後、ヤマト達一団はオルター学院長との話し合いを終えて学院を後にする。ヤマト達一団を見送るオルター学院長。
(そう言えば、あの一団は「一団名」がまだなかったな。どれ、「一団階層」の「黄金等級」推薦と共に名称を決めるようにアドバイスしてやるとするか…。)
「あ~、腹減った~!!早く宿に戻って宴会しようぜ!!」
「湖畔の白鳥亭」への帰路の途中で祝杯を上げようと提案するファルコン。
「確かにお腹空きましたね。でもファルコンは、お酒は暫く禁止ですよ。」
笑顔で返答するエマ。
「確かに~。いい話も聞けたし、今日はいい日だな~!!」
こちらもホクホク顔のマリィ。
「まさかの展開だったな。」
「ええ。ですが、丸く収まって良かったです。」
夫婦談笑するグレイとフレア。
「ココア~、帰ったら沢山遊ぼうね~!!」
「遊ぶだワン!!」
仲良く会話するラピスとココア。
帰路の中、ヤマトはずっと一人考え込んでいた。
(あの時の囁きは本当にラピスだったはずだが…?一体何だっだろう…?)
難しい顔をしているヤマトを見たラピスは、
「ヤ~マト、何難しい顔してるの~?」
「ラピス…、おま」
「あたしはあたしだよ。」
ラピスの笑顔を見たヤマトは、考える事をやめた。
(そう、だよな。今はただ、真っ直ぐ進めばいいか…。)
数日後…。
ヤマト達一団は「湖畔の白鳥亭」で屯っていた。次の依頼がないためである。「湖畔の白鳥亭」のいつもの一角で、酒を飲んだり読書をしたりと過ごしていた。そんな中…、
「おいヤマト、大変だ!!」
ボギーが血相を変えてヤマトの所に走ってくる。
「どうしたんですか、マスター?」
のんびりと趣味のペパーナイフ作りに興じていたヤマト。
「どうもこうもない!!冒険者ギルドから連絡が入った。お前達の「一団階層」、「黄金等級」への昇格が決定したぞ!!」
「へーって、マジ!?」
グレイとカードゲームに興じていたファルコンが聞き返す。
「…まさか、本当か?」
流石のグレイも驚きを隠せない。
「「ほ、本当なんですか!?」」
経典の読み返しをしていたフレアとエマが、二人同時に驚きの声を上げる。
「ほ、本当に推薦して下さったんだ…、師匠。」
まさかの表情をするマリィ。
「ご主人様、おめでとうだワン!!」
ココアが尻尾を振りながらマリィの周りを走って喜ぶ。
「よかったね、ヤマト!!」
素直に喜ぶラピス。だが…、
「ほ、本当に…!?」
普段冷静なヤマトも動揺している。
「本当なんですね、マスター!?」
「ああ、本当だ!!これがグレンツェントの冒険者ギルドの正式な書面だ!!」
そう言ってボギーはヤマトに一枚の書類を差し出した。グレンツェント冒険者ギルドが発行した正式な「一団階層」の「黄金等級」認定書だ。
「「白銀等級」に認定された時と同じ書式なんですね。」
書類を見たエマが感想を述べる。
「いや、言う事それか?」
エマの反応に突っ込むファルコン。
「いや~、うちの酒場から「黄金等級」の冒険者が輩出されたとなると、また忙しくなるかもな!!」
ボギーも喜びを隠せない。
「ヤマト…。」
「ああ…。」
書類を見て、グレイとヤマトが互いに右腕を交差する。
「マリィさん、オルター学院長にお礼を言わないとなりませんね!!」
「そうだね、有難うフレアさん!!」
言葉を交わすフレアとマリィ。
「あ、そうだった。一つ条件があったんだ。」
思い出したかのように言い出すボギー。
「何だよ、急に。条件って?」
興を削がれたせいか、ボギーに悪態をつくファルコン。
「お前達、まだ「一団名」登録してなかっただろ?ちゃんと登録したら「黄金等級」に認定するそうだ。」
急に説明するボギー。
「あ、そう言えば?」
「「一団名」を皆で考えていて、面倒になって放置してしまいましたね。」
過去の事柄を思い出したマリィとフレア。
「「一団名」登録しないとダメなのか?」
ボギーに問いただすファルコン。
「「白銀等級」位までなら黙認するけど、流石に「黄金等級」となるとそういう訳にもいかないな。」
ときっぱり答えるボギー。
「じゃあ、また皆で考えようよ~!!」
気軽に答えるラピス。
「…そうだな。今回はしっかり決めないとな。」
意を決したヤマト。
「でも、「一団名」どうするの?他と被らないようにしないといけないし。」
マリィが注意するが…、
「一つ思い浮かんだ言葉があるんだ。」
ヤマトが一団に話す。
「ここに集った皆。俺達をその先を導いてくれるのは…ラピスなんじゃないかって思って。」
「何だそりゃ?」
説明するヤマトだが、今一つ理解が追い付かないファルコン。
「とある地方の伝承では、妖精族は「幸せ」と「栄光」に導く存在だと伝わっている。今回の冒険の結果も、ラピスが導いてくれたんじゃないかって…。」
ヤマトの言葉に
「ほう、中々言うじゃないか。」
「妖精族が「幸せ」と「栄光」に導く…、いいお話ですね。」
関心を示すグレイとフレア。
「そこで、こんな名前は如何かな?「瑠璃の加護(ブレス オブ ラピスラズリ)」!!」
宣言するヤマト。
「い、いいんじゃない!!」
食いつきながら同意するマリィ。
「凄く…、いい響きですね!!賛成です!!」
素直に賛成するエマ。
「俺達も賛成、だな。」
「ええ。」
二人で賛成するグレイとフレア。
「流石に…、これは俺も賛成だぜ!!いい響きだな!!何よりも…ラピスが俺達を導いてくれるなら…!!」
珍しく自ら賛成するファルコン。
「珍しいわね。いつもなら悪態ついたりするのに。」
マリィが突っ込む。
「だってよ、さっきの妖精族の伝承を聞いたらさ…。何かその通りなんじゃないかって思えてきて…。」
珍しくベタ褒めするファルコン。余程「妖精族の伝承」が気に入ったのだろう。
「決定、でいいな!!」
改めて同意を得るヤマト。
「賛成!!」
全会一致で可決された。
「「一団名」にラピスの名前が入るなんて、凄いんだワン!!」
ラピスをほめるココア。
「やだ~、恥ずかしいよ~!!」
照れるラピス。
「いや、皆ラピスのおかげでここにいるんだからな。有難う、ラピス。」
ヤマトが改めてラピスに礼を言う。
(有難う、ヤマト…。有難う、皆…。)