アスクレディアサーガ 第1章 第1話④
グレンツェント学院、最上階の一室。ここはグレンツェント学院の責任者である、学院長の執務室である。中には、様々な書物が収められた本棚が多数あり、執務室中央には来客用のソファー。その奥には執務用の机がある。この部屋の主…学院長であるオルター・ジールはシュベーレン王国内のみならず、西部諸国でも有数の実力を持つ「大魔導師」である。
コン・コン・コン。誰かがノックする音が聞こえる。
「何用じゃ?」
オルター学院長が手短に返す。
「学院長に来客者が来ております。」
ドアの外から返答がきた。
「誰じゃ?今日は特に面会の予定はないはずじゃが?」
「シュテイレ村近郊の遺跡調査の関係で…、」
「…何かあったのか?」
「冒険者の方が現場の調査隊からの報告書をお持ち下さいまして、どうしても学院長にお話がしたいと…、」
「冒険者?確かに遺跡の探索依頼をしていたな。しかし何故儂と直接…?」
「それが…、その冒険者の一人が学院長の弟子のマリィさんでして…、」
「何!?」
「如何致しましょうか?」
「すぐにここへ通せ。他の者も一緒にな。」
「畏まりました!!」
ヤマト達一団は学院職員に案内されて、学院長執務室に通された。
「師匠、ご無沙汰しております。」
入室して一番に、オルター学院長に深々と頭を下げるマリィ。
「おう、元気にやっとるようじゃのう。」
先程まで書類相手に難しい顔をしていたとは思えない程の笑顔で返すオルター学院長。
「オルター学院長、ご無沙汰しております。」
「お久しぶりですだワン!!」
「おじいちゃん、お久しぶり~!!」
同じく頭を下げるヤマトとココアと笑顔のラピス。
「おお、何時ぞやの「侍大将」。久しいのう。それにココアとラピスも一緒だったか。」
「失礼致します。聖騎士のグレイ・ラエサールと申します。」
「同じく、妻のフレア・ラエサールと申します。」
グレイとフレアも同じく礼をする。改めて面通しした三人は、「あっ」と言いながら…
「ラエサール…。何時ぞやのヴェイスの「ナイトマスター」か?」
と言うオルター学院長。
「申し訳ありません。その話は…、」
「いや、すまなかったな。お主等もマリィ達に同行しておったとはな。改めて礼を言う。」
そう言うと、オルター学院長は二人に頭を下げた。
「そっちの二人は初対面じゃな?」
オルター学院長に話を振られて、自己紹介をするエマとファルコン。
「は、初めまして。グレンツェント大寺院所属のエマ・コンスタンスと申します。」
「この町の盗賊ギルド所属のファルコンだ。宜しく。」
あまりマナーのなっていないファルコンを見て
「アンタ、もっとちゃんとしなさい!!この国でも一・二を争う…」
「よいよい、マリィ。盗賊ギルドの連中の事は大体分かるからのぅ。」
叱ろうとするマリィに対して、寛大なオルター学院長。
「立ち話も何だ、座ってゆっくり話を聞かせてもらおうかの?」
ソファーに座りきれないため、オルター学院長は執務用の椅子をソファーセットの前に移動させて座る。ソファーにはまず女性陣三人が座り、対面の単体用にファルコンが座る。もう一つの単体用のソファーには荷物が置き、ヤマトとグレイは立ったまま話を進める。そして、マリィは調査隊に用意してもらった報告書をオルター学院長に提出する…。
「ふむ…、」
一心不乱に、報告書に目を通すオルター学院長。
「師匠、宜しいでしょうか?」
口火を切るマリィ。今回の依頼主名義について、担当した冒険者が自分達である事に対する問いをする。
「確かに、依頼主はあくまで「学院」名義じゃな。つまり、正式な「学院」からの「依頼」という事じゃ。それに、それを請け負ったのがお前達である事は流石に聞いておらん。今知ってビックリしたくらいじゃからな。」
マリィの問いに答えるオルター学院長。どうやら、本当に知らなかったようだ。
「その事にもビックリじゃが…、まさか「喪失呪文」の「魔導書」が発見されるとはな。」
オルター学院長の表情は、驚き…というものではない。書類を読んでいた時と同じ険しい表情だ。
「まず、「喪失呪文」の「魔導書」の運搬の件。これはいい判断であった。よくやってくれた、礼を言う。」
そう言ってオルター学院長は頭を下げる。
「いや…師匠、頭下げないで下さい!!」
慌てるマリィ。無理はない。マリィは師匠であるオルター学院長が頭を下げる姿を見たことがないからだ。
「いや、「喪失呪文」の「魔導書」が発見されたなら「学院」で管理・解読せねばならん。これは今回の「依頼主」として当然の事。感謝しかない。」
「オルター様、あまり頭下げないで下さいだワン。」
とココアが言うが
「いやいや、ココアよ。それだけ高い評価の事をしたのだから当然じゃぞ。」
と返すオルター学院長。そして、
「さて、もう一つ問題があるが…。その前に…今回探索をした遺跡について、諸君の意見を聞きたい。」
「意見?」
ヤマトが聞き返す。
「左様。一応報告書には情報等が記載されているが、実際にその遺跡を目にした諸君等の見解を聞きたいと思ってな。」
ヤマト達は探索調査した遺跡について、それぞれの意見や報告を示しながら事細かにオルター学院長に伝えた。そして…
「私が思うのは…あの遺跡は、古代魔法王国期の図書館的な施設ではないかと思います。」
ヤマト達一団の一致した見解を、マリィが代表して答えた。
「成程な。その考えは間違いないだろう。」
オルター学院長も同一の見解を示した。
「後は…、この「喪失呪文」の「魔導書」。解読せねばならん。」
「ちょい質問。「喪失呪文」の「魔導書」って解読しないとならない代物なのか?俺にはさっぱり分からねぇが?」
「それは…、」
ファルコンの質問にマリィが答えようとしだが、それを遮りオルター学院長が答える。
「「喪失呪文」の「魔導書」とは、文字通り「喪失呪文」を封じた「魔導書」。強力な封印と「古代語」で書かれている以上は、解読しなければとてもではないが使用出来ん。」
「へ~、そうなんだ。呪文使えんから、よく分からんが。まぁ少なくとも、俺には用がないのは事実だが。」
ファルコンへの問いに続いて、
「その「喪失呪文」の「魔導書」、内容が如何程のものか調べる必要がある。マリィよ、すまんがこの「魔導書」は学院にて保管・解読をする。良いな?」
「勿論です!!」
オルター学院長の問いに即答するマリィ。
「ちょっと待て!! 「喪失呪文」の「魔導書」とやらの代わりの報酬か何か貰わんと、こっちは割に合わんぞ!!」
と叫ぶファルコン。何処までも即物的である…。
「ちょっと、アンタねぇ…」
「まぁ、そう言うと思っておったわ。心配するな、報酬の割増しは考えておる。」
「ホントか!?よっしゃあぁぁぁ!!」
「…浅ましいんだワン。」
「ファルコン、みっともな~い」
「まぁまぁ」
ココアとラピスの言葉に、苦笑いするしかないエマ。
「確か、依頼は「湖畔の白鳥亭」で受けたのだな。確認・精査した上で、改めて報酬を届けるようにする。それでも良いか?」
「ちゃんと払ってくれるなら、少しの間は待つぜ!!」
「アンタねぇ…!!」
「落ち着け、マリィ。」
気楽な対応をするファルコンに対して、怒りを隠しきれないマリィ。それを止めるヤマト。
その後、改めて依頼報酬料の受渡確認や入手したアイテム類の処分の確認をして、学院長執務室を後にすることになる。
「マリィ、少しいいか?」
オルター学院長がマリィを呼び止める。
「はい、何でしょう?」
「喪失呪文」の「魔導書」の解読には時間がかかる。少しばかり時間を貰えんか?」
「はい、それは勿論!!」
「「喪失呪文」の「魔導書」の解読が終わり、有用性の確認が出来た上で、お前が呪文を会得するだけの力があれば…、この呪文の「第一習得者」としてお前に託すつもりだ。」
「えっ?」
「喪失呪文」の「魔導書」が解読された後は…、まず呪文の「有用性」等の検証を行う。その上で呪文行使に問題ない場合は、「喪失呪文」の「第一習得者」は「喪失呪文」の「魔導書」の第一発見者の魔術師系の者になるのが、西部諸国にある「学院」での不文律である。勿論「実力不足」であった場合は除くのだが。
「私に、ですか?」
「そうだ。ただ、今のお前ではまだ実力不足。もう少し修行を積み、「高位魔術師」に「昇格」すれば話は別じゃ。」
「…、分かりました。私もっと頑張って「高位魔術師」になれるよう頑張ります!!」
「うむ。」
マリィの答えに、笑顔になるオルター学院長。
「儂も、頑張って「喪失呪文」の解読をしなくてはな!!」
一刻後…。ヤマト達一団は定宿としている「湖畔の白鳥亭」に帰還した。王都グレンツェントには、冒険者達が定宿に出来るように整備された「冒険者の宿」が複数存在する。「冒険者の宿」では、冒険者用に用意された様々な客室や大風呂、更には酒場が併設されている。また、金のない冒険者が寝泊まり出来るように「馬小屋」も使用出来るようになっている。流石に「馬小屋」は馬が在中している上に多少大きくても冒険者一団が複数入ってくれば手狭になる。加えて雑魚寝必至であるため体力の回復は望めず、魔力の回復しか出来ないのだ。ただ、それでも中級以上の冒険者の中には魔力の回復「だけ」出来れば後は「神聖呪文」で怪我や体力を回復してしまえばいいと割り切っている者も一定数いる事もあり、「馬小屋」を愛用する冒険者が意外と人数がいるのも事実である。
ヤマト達一団は、宿に入ってすぐに大部屋を二部屋用意してもらい入室。男性陣と女性陣と分けて部屋を借りているのだ。ヤマト達一団は、集合時間を決めてから各部屋に入室。各自すぐに装備を脱ぎ、風呂等で汚れを落として着替えをし、後に酒場で戦利品や報酬の配分等を行う事としたのだ。
「さて、入手した戦利品と報酬類の確認をしようか。」
ヤマトは一言言って、フレアに目配せした。
「改めて、今回入手した戦利品を確認します。」
フレアはそう言うと、ズタ袋をテーブルに乗せた。
「まずは「回復」の水薬が5本、「治癒」の水薬が5本、「帰還」の巻物が2本、「守りの腕輪」2点ですね。」
確認しながら戦利品をテーブルに並べる。
「私、初めて「守りの腕輪」を見ます!!」
初めて見た「守りの腕輪」に目を輝かせるエマ。
「でも、古代魔法王国期のアイテムとしては、比較的名前の知られているアイテム何だよな~。」
と言うファルコン。「守りの腕輪」は職業関係なく誰でも装備出来る腕輪で、装備するだけで「盾」を装備した状態に匹敵する防御力と回避力が得られる魔力の掛かった腕輪である。但し、妖精族は体が30cm程度と小さいため、ほぼ全ての装備に制限がつく。
「古代魔法王国期の多くの魔導師達が、護身用として愛用されていたものですからね。」
フレアが補足する。
「後は報酬料だが…。オルター学院長が割増しを約束してくれたから、恐らく当初の依頼料額の5,000ゴールドより上がると思うが。」
ヤマトが依頼報酬金額の確認をする。すると…、
「おう、お疲れさん!!」
大柄な男が飲み物を持って現れた。
「マスター。」
ヤマトが大柄な男に話しかける。この男は「湖畔の白鳥亭」の店主のボギー・クルーザー。嘗ては腕の立つ冒険者として名を馳せていたが、現在は「湖畔の白鳥亭」を切り盛りしている。またその立場上、「冒険者ギルド」との強力なパイプを持つとも言われている。他の冒険者からも信頼されている男だ。
「マスター。今回の依頼主の詳細、知っていたのか?」
「いや、向こうからの「依頼条件」が「腕の立つ冒険者」って話だったからな。だからお前達を紹介しただけだ。詳細も依頼書の通りだったからな。」
「本当かよ~?」
ファルコンが悪態をつく。
「そんな事言っていいのか?俺が「盗賊ギルド」にお前の素行を報告しても…」
「それだけは勘弁!!」
「マスター、本当に報告しちゃってよ!!今回の探索で、コイツのせいで私酷い目に合ったんだから!!」
「本当か?」
マリィの話に確認をするボギー。
「本当の話ですわ、マスター。」
「はい。マリィさん、可哀想でした。」
マリィの報告に同調するフレアとエマ。
「マリィ、本当に勘弁してくれよ?」
泣きを入れるファルコン。
「まずは…、ここの支払は全額ファルコン持ちね!!」
「そんな~!?」
「あれ?遺跡内で決めた話は嘘だったの?」
「分かった!!分かりました!!」
「じゃあ、決まりだな。今日の全ての飲食代はファルコンに付けておくからな。」
「とほほ…。」
ボギーの一言で止めを刺され、愕然とするファルコン。
「…まぁ、自業自得だな。」
「そうだな。」
軽く返すグレイとヤマト。
「そうそう、ファーストオーダーの飲み物はここに置いておくからな。各自持って行ってくれ。メシは、追いかけ出すからな。」
そう言いながら、テーブルの空いているスペースにまとめて飲み物を置くボギー。
「じゃあ、まずは乾杯するか!!」
グレイが声を上げる。それぞれが注文した飲み物を手に取る。
「何だよマリィ、また牛乳かよ?」
「仕方ないでしょ!!私お酒飲めないんだから!!」
一団面々はエール酒を注文していたのだが、元々アルコールに弱いマリィは牛乳を注文していた。
「ほら。ラピスのジュースとココアのお水だ。」
追いかけで、ラピスとココアの飲み物を持ってくるボギー。ボギーは、ラピスとココアの飲み物は、専用の容器で持ってきたのだ。
「ありがと~!!」
「有難うだワン!!」
素直に喜ぶ一人と一匹(?)。各々に飲み物が行き渡り、
「乾杯は…、そうだな。今回の最大功労者のマリィに頼むか!!」
グレイがマリィを指名する。
「最大功労者…!!いや~、やっぱり分かっちゃうよね~!!」
と照れるマリィ。
「皆、異論はないな。但し、ファルコンの意見は却下だがな。」
グレイが確認する。ファルコンは、それまでの失言が祟り発言させてもらえない。
「勿論。なぁ皆。」
ヤマトが確認する。ファルコン以外の全員が首を縦に振る。
「では…、ご指名により乾杯の音頭を取らせていただきます。前置きはなし!!皆、お疲れ様~!!かんぱ~い!!」
ファルコン以外の全員が「乾杯」をして器を合わせる。
「んっんっんっ!!ぷは~~~っ!!美味し~い!!」
乾杯後、牛乳を一気に喉に流し込む。満面の笑顔のマリィ。
「一仕事した後の酒は、やっぱり美味いな!!」
「ああ。」
互いに酒を酌み交わすグレイとヤマト。
「お風呂上がりのお酒は、やっぱり美味しいですよね!!」
「そうね!!」
言葉を交わすエマとフレア。
「ココア、お疲れ様~!!」
「ラピスこそ、お疲れ様だワン!!」
ラピスとココアも互いに楽しんで飲み物を飲む。
「…。」
一人だけ不貞腐れているファルコンだが、
「乾杯もいいけど、戦利品はどうすんだ?」
と口を開く。
「まずは水薬の類だが…。俺には不要だが、他は?」
とヤマトが言葉を発する。
「俺も必要ない。」
と、グレイ。
「…。」
未だに不貞腐れているファルコンに、
「ファルコンは、水薬はいらないのですか?」
と声を掛けるエマ。
「売っても大した額にならないのは知ってんだろ?エマが万が一のために持っていればいいじゃねぇか?どうせ発言権ないんだからな、俺は。」
「まだ不貞腐れてる。いい加減にしたら?」
と忠告するマリィ。
「へいへい。」
と適当な返事をするファルコン。
「でもファルコンの仰る通り、エマが持っている方がいいかもしれませんね。」
と意見を述べるフレア。
「他に異論は?」
確認するヤマト。どうやら異論はないようだ。
「水薬はエマが持っていてくれ。」
「分かりました。」
水薬の処遇は決定した。次に「帰還」の巻物の処遇だ。
「さて、「帰還」の巻物だが…。」
「取り込んでいる所悪いが、注文したメシだ!!」
ボギーが店員の女性二人と共に、注文した料理を持ってきた。
「「お任せディナープレート」四つと、旬の野菜サラダ二つ、焼き立てパンの盛り合わせだ!!」
注文を確認しながらテーブルに料理を乗せるボギーと店員達。
「おおっ、美味そうだ!!今日の「お任せディナープレート」の肉は何だ?」
ファルコンがボギーに聞く。
「今日は…、鹿肉のグリルだ!!いい鹿肉が手に入ったからな。」
「やったぜ!!」
嬉しそうにプレートに手を伸ばし、鹿肉を食べるファルコン。
「そういや、「お任せディナープレート」四つ頼んだんだよな?数、足りなくね?」
ファルコンの問いに
「私達三人で一枚の「お任せディナープレート」を食べるの。」
「あまり量は食べられませんから…。」
「それに、お野菜のサラダも戴きますから。」
とマリィ・フレア・エマが答える。
「ふ~ん、そうなんだ…。」
とファルコン。
「何?」
と聞き返すマリィ。
「いや、何も。女性陣はそれで足りるんだなって思っただけ。あれだけ魔力や体力使ったのにさ。」
毎度のことではあるが、ファルコンは少し気になったようだ。
「まぁ、魔力はぐっすり睡眠が取れれば回復するからね。」
とマリィ。
「確かに体力もそれなりに使いますが…」
とエマ。
「体力については、武器を使って戦う夫やヤマトの方が消耗度合いは圧倒的に高いですから。」
とフレア。
「そうだな。確かに体力については、俺やヤマトの方が消耗してはいる。」
「が、ちゃんと配分しているからな。」
グレイとヤマトが補足する。更にグレイが
「お前だって、罠の識別や解除にかなり意識を集中させているだろうが。」
「まぁ…、そりゃそうだが…。」
とファルコン。
「それぞれの能力に応じた役割。それを果たすための「一団」だろうが。」
と冷静に意見するボギー。
「流石、マスター!!いい事言う!!」
とマリィが反応する。
「と、俺が話に加わっちゃあマズいかな。」
「いや、マスターが話をまとめてくれて助かります。」
とボギーに礼を言うヤマト。
「そうか?それならいいが。おっと、カウンターに戻らないとな。追加注文あったら、また言ってくれ!!」
と言って、席を外すボギー。
「ねぇココア、皆凄い難しい話してたんだけど…。」
「僕にもよく分からないんだワン。それより、ご飯食べようだワン。」
と言って、ラピスとココアはマリィから取り分けて貰ったご飯を食べる…。
「話を戻そう。食べながらでいい。「帰還」の巻物の処遇だが…。」
気を取り直して、改めて戦利品のアイテムの処遇の相談に入るヤマト。
「「帰還」の巻物だが、コイツなら相応の値段で「学院」なり「寺院」なり「武具屋」なりで引き取ってもらえるが…。」
とグレイが発言する。巻物は、「学院」所属の錬金術師が現在も製造はしているが、あくまで低クラスの呪文のものばかりだ。「帰還」の巻物ともなると、現在は錬金術師でも製造出来ないため、遺跡等の戦利品としてでしか入手出来ないのだ。
「う~ん。ファルコン、「帰還」の巻物欲しくない?」
マリィがファルコンに聞く。
「俺?何で?」
「「帰還」の巻物ならそこそこの金額になるし。」
「「帰還」の巻物が欲しそうな一団に売った方が金になるかもな。」
「なら、ファルコンが持っていきなよ。」
「俺が?いいのか?」
「と言うか、相談になるんだけど…。」
と言うマリィ。
「どうした?」
と一言聞き返すヤマト。
「可能なら、私とココアで「守りの腕輪」二点を引き取りたい。」
と話すマリィ。
「急な話だな。理由位は聞かせてくれるよな?」
とファルコン。
「それは…」
と言いかけるマリィ。
「つまり、こう言いたいんだろ?」
と間に入るヤマト。
「「守りの腕輪」は誰でも装備可能。俺達の一団で防御力が一番低いのはマリィとココア。マリィとココアの防御力と回避力を強化した方が、一団全体の強化に繋がる、と。」
「そう。ダメかな?」
一団全員に確認するマリィ。
「まぁ、一番理に適っているよな。」
「夫がそう言うなら、問題ありません。」
とグレイとフレア。
「私は、いいと思います!!」
とエマ。
「答え出てるなら、いいんじゃねぇか?」
とファルコン。
「いいの、ファルコン?」
「いいも何も、最善な答えが出てるからな。」
「なら、いいな。決定だ。」
こうして、「守りの腕輪」はマリィとココアのものとなった。早速ココアの首輪代わりに「守りの腕輪」を装備させるマリィ。事前にボギーの店で用意してあったのか、「守りの腕輪」を真新しい革製の首輪に組み合わせて…
「出来た~!!さて、ココアに装備させてあげるからね~!!」
「ココア~、良かったね~!!」
「有難うだワン!!」
と言って、マリィは「守りの腕輪」をココアに装備させる。無邪気に喜ぶラピス。お礼を言うココア。
その一方で、ファルコンがヤマトに突っかかっている。
「…おいヤマト。」
「何だ?」
「お前、「守りの腕輪」をあんな風に使う事知ってて、あんな事言ったのか?」
「さあな?」
「とぼけんなよ!!」
「知っていたら如何する?」
「…。」
「幾ら名の知られている「守りの腕輪」であっても、店で見掛ける事は滅多にない。もし見つけても、すぐに5万ゴールドという大金を用意出来るか?」
「…。」
「下手すれば、5万ゴールドじゃ利かんぞ。オークションにでも出せば、あっという間に価格は倍以上に…。」
「もういい、分かった。俺が悪かった。」
「さっきも言ったはずだぞ。マリィとココアの防御力と回避力を強化した方が、一団全体の強化に繋がると。俺は一団全体の「生存率」を上げるために、最善の判断を言っただけだ。」
「そう…だよな。悪かった。」
「それに、仮に誰か一人でも死んでいたら、寺院での蘇生費用がかなり掛かるぞ。今の俺達の一団だと最低9,000ゴールド…。」
「もういいって、俺が悪かったって言ってるだろうが。」
「俺だって、分かってて敢えて言っているんだ。もう、目の前で誰かが死ぬのを見たくないからな…。」
「ヤマト…、すまん。」
ファルコンとヤマトのやり取りを聞いていた他の面々は…、
「ヤマト、過去に何かあったのでしょうか?」
「人には、「触れてはいけない」ものもあるからな。」
フレアの一言に答えるグレイ。
「…。」
何も言えなくなるエマ。
そんなやり取りを全く聞いていなかったマリィとココアとラピスが割って入る。
「ココア~、お似合いだよ~!!…って、皆何しんみりしちゃってるの?」
「いや、何でもない。俺の不用意な一言で皆を黙らせてしまった。すまん。」
マリィだけでなく、一団全員に詫びを入れるヤマト。
「いや、悪いのは俺だ。つまらん事でヤマトに突っかかったから…、」
ファルコンが更に割ってくるが…、
「その話は終わりだ!!いいな!!」
と強い口調で話を終わらせるグレイ。
「フレアさん、何があったの?」
「後でこっそり教えますね。このままだと喧嘩になりそうですから。」
とこそこそ話をするマリィとフレア。
その後、一団全員は依頼成功の「お祝い」と言わんばかりの勢いで、酒と食事を進めていく。
「あたし、もう眠い~。」
「僕も眠くなってきたワン。」
「じゃあ私達、先に部屋で休むね。」
「では、私もご一緒します。」
と言って席を立つマリィ・ラピス・ココア・フレア。
「わ、私も…、」
「エマ~、お前まだ飲み足りないだろ~!!」
と席を立とうとするエマを捕まえるファルコン。
「え、だってもう夜も遅いですし…。」
「全然酔ってないだろうが~。」
完全に酔っぱらってエマに絡むファルコン。そんなファルコンに…
「おい酔っ払い、いい加減にしろ!!」
とファルコンを抑えるグレイ。
「今の内に。」
とエマに軽く合図するヤマト。
会釈して、マリィ達の後をついていくエマ。
「さて、少しばかりお仕置きが必要かな?」
「どうしてくれようか?なぁ。」
と言って、エール酒の入ったジョッキを持ちながらファルコンに迫るヤマトとグレイ…。
「マスター、ヤマトさん達大丈夫ですか?」
「ああ、いつもの事だ。放っておけ。」
と女性店員とボギー…。
半刻後…。酒場の中はめっきり人がいなくなり、未だに飲んでいるのはヤマトとグレイのみ。二人のおかげか、ファルコンはしっかり潰されて床に眠っている。
「やっと静かになったか、ファルコン。ヤマト、コイツを部屋に放り込んでくるわ。」
「すまんな。」
と言って、グデグデに酔っぱらったファルコンを抱え上げて、部屋に戻るグレイ。一言礼を言うヤマト。
「まだ飲み足りんだろ?酒とつまみだ。」
と言って、酒瓶とつまみを持ってくるボギー。
「マスター、店の方は?」
「ああ、粗方の事は店員に指示してある。後はお前達だけだから、俺が片づければいいさ。」
そう言って、席に座って自分が飲む分の酒を手酌するボギーだが、
「人生の先輩が手酌するのは、見過ごせませんね。」
と言って改めて酌をするヤマト。
「すまんな。」
「待たせた。酔っ払い、放り込んできた。あれ、マスター?飲んでていいのか?」
「今日はもういいだろ。折角お前達がいるんだから、一緒に飲みたくもなるさ。」
そう言って、ヤマト・グレイ・ボギーの三人は改めて乾杯をする。
一方…
部屋に戻るなり、早速眠ってしまったラピスとココア。
「ふふっ、子供みたい。」
寝顔を見るマリィ。
「やっぱりこの二人は可愛いですね!!」
と同意するエマ。
「私達も、休む準備をしましょうね。」
と寝る準備をするフレア。
「それはそうと、ファルコンの奴!!」
「相変わらずの酒癖の悪さでしたね。」
とファルコンの酒癖の悪さに悪態をつくマリィとフレア。
「もう少し強くお酒を断らないとだめだよ、エマ!!」
「は、はい…。」
マリィのアドバイスに、少し尻込みするエマ。
「しかし…いつも思うのですが、エマは如何してそんなにお酒が強いのですか?」
フレアがエマに質問する。エマは一団最年少の18歳。ただ、アスクレディアでは18歳でも飲酒は許される。特に冒険者の場合は、如何してもある程度の「酒の付き合い」が必要になるのだ。
「如何して…と言われても…。多分体質…ではないかと思いますが。」
と返答するエマ。種族的には人間は酒の「強い弱い」が極端に分かれる。どうやら、エマは元々酒に強い体質なようである。
「ある意味羨ましいな~。私はお酒弱いから、「お酒の席」でお酒以外のものを頼むから、如何しても揶揄われるんだよね~。」
「マリィは、前にコップ半分のお酒で酔い潰れましたからね。」
マリィは自分の酒耐性の低さに嘆き、フレアが過去の出来事を振り返る。
「そう!!あの時だって、ファルコンが「一番アルコール度数の低いお酒」だって言われて飲んだら…。」
とマリィが振り返り発言すると
「え?あの時マリィさんが飲んだお酒、お店でも一二を争うほどの度数の高いお酒でしたよ。」
と、しれっと答えるエマ。
「嘘?」
「本当ですか?」
と驚くマリィとフレア。
「…て事は、あの時ファルコンに騙されて飲まされたの!?」
「そういう事になりますね…。でも…、」
「でも?」
「マリィさんが酔い潰れた後、ヤマトさんがファルコンに凄く怒って説教してましたよ。」
「本当?」
「はい。」
「ええ。あの後、夫に頼んで部屋に運んでもらって、私がすぐに「解毒」の呪文を使いました。あの時はマスターが呪文使用を特別に許して下さったので…。」
城塞都市内部では、一部の例外を除いて呪文の使用は全面的に禁止されている。要は、呪文は武器と同じ扱いをされているためである。門番含めた警邏任務の兵士は、都市内部での呪文使用者の取り締まりも任務としているのだ。
「そう言えば、次の日二日酔いなかったのは…?」
「私の「解毒」の効果ですね。」
マリィの問いに答えるフレア。実際「解毒」の効果は強力で、あらゆる害毒を瞬時に解毒する。二日酔いにも効果があるのだ。
「でも…。私、あんなに怒ったヤマトさんを見たのは、初めてでした!!」
「私もですわ。」
「え!?そんなに!?…でも、ヤマト普段は穏やかだし、お人好しだし…。」
「あの時の激怒は、ラピスも泣いてしまった程ですから…。」
その後、三人はその時の様子の話が夜更けまで続いていったのだ…。
その頃のヤマト・グレイ・ボギーは…、
「マスター、そんなに飲んで大丈夫か?明日も仕事なんですよね?」
かなり深酒するボギーに、質問するヤマト。
「この程度なら大丈夫だ!!それよりも…。」
と一息ついて、二人に質問が壊死するボギー。
「どうだ?一団組んで二年位経つが。」
と今までの一団組んでからの状況をヤマトとグレイから聞くボギー。
「まぁ、悪くはないかな。用事で離脱しても、ヤマト達が待っていてくれるからな。」
と返すグレイ。
「用事…って、副業の行商の事か?」
グレイに聞くヤマト。
「ああ、そうだ。お前が俺達夫婦の「条件」飲んでくれなかったら、こんなに長く一団組んでいないぜ。お前には感謝している。」
と言うと、深々と頭を下げるグレイ。グレイ・フレア夫妻は、定期的に副業である行商のため一時的に一団から離脱する事がある。グレイが言った「条件」とはこの事だ。
「いや、お前達が協力してくれるからこそ、今の俺達がある。」
そう言って、逆にグレイに礼を言うヤマト。
「まぁ後は、ファルコンのやんちゃが大人しくなれば…な。」
「同感。」
と言って笑い合うヤマトとグレイ。二人とも、ファルコンのやんちゃな行動は「問題点」と看做しているのだ。
「お前達の「力量」に見合う「盗賊」がいなかったからな。俺も、あの時は伝手を使うとは思わなかったしなぁ。まぁ何とか上手く行ったけど、何時如何なるか分からんからな。注意だけはしてくれよ。」
と言うボギー。
「有難うございます、マスター。」
と感謝を述べるヤマト。
「あぁ、それはそうと。さっき「学院」から連絡があってな。」
と話題を変えるボギー。
「「学院」から?何かありましたか?」
返すヤマト。
「今回の依頼の件だが、明日改めて話をしたいと連絡があった。お前達への報告と依頼報酬の事らしい。」
ボギーがヤマトとグレイに報告する。
「話?何だろう?」
「さぁ…な?出向かない訳にはいかんだろう。」
ヤマトとグレイは顔を合わせて相談する。
「明日の午前10時に来いとの事だからな。玄関の受付に言えば分かるようにしてあるとの事だ。確かに伝えたぞ。」
と伝えながら、
「さて、そろそろ片づけしないとな。お前等がまだ飲むなら飲んでて構わないぞ。」
酒を飲むのを切り上げて席を立つボギー。
「有難う、マスター。」
返すヤマト。
「俺達も、そろそろお開きにしようか。」
と提案するグレイ。
「そうだな。明日の件もあるしな。」