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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

泣いた赤鬼、その後

作者: 甲斐いつき

 むかしむかし。あるところに、心やさしい赤鬼がいました。


 赤鬼は、村人と仲よくしたいと思っていましたが、村人たちは鬼を怖がります。

 そこで友だちの青鬼がひと芝居打ち、彼が悪い鬼になり、赤鬼が青鬼をやっつけることで、赤鬼は村人たちに受け入れられたのでした。


 しかし、悪者と思われている自分が側にいては赤鬼のためにならないと、青鬼は去っていきました。


 赤鬼は泣きました。

 声をあげて泣きました。


 涙が枯れるまで……。


 さて、その後。

 赤鬼が村人たちと仲よく暮らしていたころ、青鬼はどうしていたのでしょうか。


 ━━━━━


「青鬼はいたか!?」

「いんや、見当たらねぇ。どこさ逃げただか」


 悪事千里あくじせんりを走る(悪い評判は、すぐに知れわたることのたとえ)とはよく言ったもので、青鬼は行く先々で人々から追われていました。

 それはそうでしょう、青鬼は悪者と思われているのですから。何も知らない人たちからすれば、いつ自分が襲われ、食われてしまうか分からないのです。


 やらなきゃ、やられる。

 だったら、やられる前にやれ。


 というわけで、どこへ逃げようと、何をしようと、その土地の人たちは竹槍や鎌を振りかざしたり、石を投げたりして青鬼を追い立てるのでした。


「ああ、痛いよう。それにお腹がすいたなあ」

 山の中に逃げた青鬼は、ほら穴の中ですきっ腹を抱え、傷口をさすりながら泣きました。


 そして、赤鬼を助けて悪者のふりをしたことを、今では後悔するようになっていたのです。ああ、あんなことさえしなければ、村人に追われることもなかったのに、と。青鬼の頬を、涙がつたい落ちました。


 でも、嘆いているだけではどうにもなりません。そんな時、ふとすばらしい考えが浮かんだのです!


「そうだ! 赤鬼くんに会いに行こう! そしてあれはお芝居だったと、おらは悪い鬼じゃないんだと、みんなに言ってもらおう!」


 思い立ったが吉日きちじつ(よいことは、すぐにやるのがいいというたとえ)です。青鬼は日が暮れるとすぐ、真っ暗な道を赤鬼の村めざして走り出しました……


 ━━━━━


 一方、青鬼の苦労など知るよしもない赤鬼は、すっかり村の人気者になっていました。


 なにしろ鬼ですから、すごい力持ちです。木を切り倒すにも、重たいものを運ぶにも、村人五人分、十人分の働きができました。それに、鬼に喧嘩を売る命知らずなどいませんから、村は山賊からも襲われず、平和に暮らすことができたのです。赤鬼が皆に慕われるのも、当然のことでした。


 そんな村に、いきなり青鬼が戻ってきたのですから、村人たちは怒り心頭です。


「青鬼め! また悪さをしに来たな!」

「おまえにやる米なんぞ、一粒もないわい!」

 どなり声を上げる村人たちに、青鬼は必死で訴えかけました。


「違うんだ! おらは本当は悪い鬼なんかじゃないんだ。赤鬼くんがみんなと仲よくできるように、悪者に見せてお芝居をしたんだ。おらは赤鬼くんの友だちなんだ。な、そうだろう、赤鬼くん。きみからも言っておくれよ」


 その言葉を聞いて、村人たちは騒ぎだしました。


「赤鬼どん、おらたちを騙したのか!」

「そうか、わかったぞ。鬼がいれば山賊は襲ってこないから、物をとられることもない。そうやって、村に米やぜにがたまったところで……」

「青鬼とグルになって、おらたちを襲うつもりだったのか!」

「ちくしょうめ、やっぱり鬼は鬼だったか」


 赤鬼は、どう答えたらいいか迷いました。青鬼の言っていることを認めてしまえば、やっと手に入れた村人の信用を失い、追いだされてしまうかもしれません。


 逆に、もし青鬼が受け入れられたら、村には同じくらいの力持ちが、もうひとり増えることになります。自分は、誰にも代わりがつとまらない、たったひとりの特別な存在ではなくなってしまうのです……


 赤鬼の心に、暗い火がともりました。


 村人が言ったように、しょせん鬼は鬼ということでしょうか?

 人間でも、同じことをしたでしょうか?


 それとも……


 長いこと、人間といっしょに暮らしたためでしょうか?


 赤鬼は、声をかぎりに叫びました。


「だまれだまれ、悪い青鬼め! うそをつくな!!」


 ━━━━━


 赤鬼のその言葉に、青鬼は金棒で頭をぶん殴られたような気がしました。


「ひどいじゃないか赤鬼くん! きみが村人と仲よくなれたのは誰のおかげだ!」

 どちらの言い分が正しいのでしょう? 村人のひとりが赤鬼に言いました。


「赤鬼どん、あの青鬼をやっつけてくれ! そしたら信じてやろう!」

 その言葉に、みんな次々に続きます。


「そうだ! あんな悪さをしたやつを、今さら信じられるか!」

「赤鬼どんが本当にいい鬼なら、青鬼をやっつけられるはずだ!」


 もう後もどりはできません。赤鬼と青鬼の歩む道は、とっくに別れていたのです。二度と交わることはないのです。


「ようし、おらが今度こそ、あいつをやっつけてやる!」

「この恩知らずめ! よくもそんなことが言えたな!」


 二人の鬼の戦いが始まりました。金棒がびゅうびゅうとうなり、ぶつかるたびに火花が散りました。

 でも、青鬼は人々に追いたてられて傷つき、また長旅の疲れで弱ってもいました。しだいに、赤鬼が青鬼を押しはじめます……


 そしてついに、えいやと振るった一撃が、青鬼の腰を砕きました。青鬼は、ぎゃあと悲鳴をあげて倒れました。


「これでもくらえ!」

 とどめをさそうと金棒を振りあげる赤鬼を、青鬼はうらめしそうに見て言いました。


「お前なんか……助けるんじゃなかった」


 それが、青鬼の最後の言葉になりました。


 ━━━━━


「やっぱり赤鬼どんはすごいなあ!」

「これでわしらも、枕を高くして寝れるわい」

「うたぐって悪かったなあ、赤鬼どん」

 村人たちの声を、赤鬼はぼうっと聞いていました。


(おらには今の暮らしがある。今さら来た青鬼くんが悪いんだ。そうだ、おらは悪くないんだ)


 もう、赤鬼の目から、涙は流れませんでした。

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