泣いた赤鬼、その後
むかしむかし。あるところに、心やさしい赤鬼がいました。
赤鬼は、村人と仲よくしたいと思っていましたが、村人たちは鬼を怖がります。
そこで友だちの青鬼がひと芝居打ち、彼が悪い鬼になり、赤鬼が青鬼をやっつけることで、赤鬼は村人たちに受け入れられたのでした。
しかし、悪者と思われている自分が側にいては赤鬼のためにならないと、青鬼は去っていきました。
赤鬼は泣きました。
声をあげて泣きました。
涙が枯れるまで……。
さて、その後。
赤鬼が村人たちと仲よく暮らしていたころ、青鬼はどうしていたのでしょうか。
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「青鬼はいたか!?」
「いんや、見当たらねぇ。どこさ逃げただか」
悪事千里を走る(悪い評判は、すぐに知れわたることのたとえ)とはよく言ったもので、青鬼は行く先々で人々から追われていました。
それはそうでしょう、青鬼は悪者と思われているのですから。何も知らない人たちからすれば、いつ自分が襲われ、食われてしまうか分からないのです。
やらなきゃ、やられる。
だったら、やられる前にやれ。
というわけで、どこへ逃げようと、何をしようと、その土地の人たちは竹槍や鎌を振りかざしたり、石を投げたりして青鬼を追い立てるのでした。
「ああ、痛いよう。それにお腹がすいたなあ」
山の中に逃げた青鬼は、ほら穴の中ですきっ腹を抱え、傷口をさすりながら泣きました。
そして、赤鬼を助けて悪者のふりをしたことを、今では後悔するようになっていたのです。ああ、あんなことさえしなければ、村人に追われることもなかったのに、と。青鬼の頬を、涙がつたい落ちました。
でも、嘆いているだけではどうにもなりません。そんな時、ふとすばらしい考えが浮かんだのです!
「そうだ! 赤鬼くんに会いに行こう! そしてあれはお芝居だったと、おらは悪い鬼じゃないんだと、みんなに言ってもらおう!」
思い立ったが吉日(よいことは、すぐにやるのがいいというたとえ)です。青鬼は日が暮れるとすぐ、真っ暗な道を赤鬼の村めざして走り出しました……
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一方、青鬼の苦労など知るよしもない赤鬼は、すっかり村の人気者になっていました。
なにしろ鬼ですから、すごい力持ちです。木を切り倒すにも、重たいものを運ぶにも、村人五人分、十人分の働きができました。それに、鬼に喧嘩を売る命知らずなどいませんから、村は山賊からも襲われず、平和に暮らすことができたのです。赤鬼が皆に慕われるのも、当然のことでした。
そんな村に、いきなり青鬼が戻ってきたのですから、村人たちは怒り心頭です。
「青鬼め! また悪さをしに来たな!」
「おまえにやる米なんぞ、一粒もないわい!」
どなり声を上げる村人たちに、青鬼は必死で訴えかけました。
「違うんだ! おらは本当は悪い鬼なんかじゃないんだ。赤鬼くんがみんなと仲よくできるように、悪者に見せてお芝居をしたんだ。おらは赤鬼くんの友だちなんだ。な、そうだろう、赤鬼くん。きみからも言っておくれよ」
その言葉を聞いて、村人たちは騒ぎだしました。
「赤鬼どん、おらたちを騙したのか!」
「そうか、わかったぞ。鬼がいれば山賊は襲ってこないから、物をとられることもない。そうやって、村に米や銭がたまったところで……」
「青鬼とグルになって、おらたちを襲うつもりだったのか!」
「ちくしょうめ、やっぱり鬼は鬼だったか」
赤鬼は、どう答えたらいいか迷いました。青鬼の言っていることを認めてしまえば、やっと手に入れた村人の信用を失い、追いだされてしまうかもしれません。
逆に、もし青鬼が受け入れられたら、村には同じくらいの力持ちが、もうひとり増えることになります。自分は、誰にも代わりがつとまらない、たったひとりの特別な存在ではなくなってしまうのです……
赤鬼の心に、暗い火が灯りました。
村人が言ったように、しょせん鬼は鬼ということでしょうか?
人間でも、同じことをしたでしょうか?
それとも……
長いこと、人間といっしょに暮らしたためでしょうか?
赤鬼は、声をかぎりに叫びました。
「だまれだまれ、悪い青鬼め! うそをつくな!!」
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赤鬼のその言葉に、青鬼は金棒で頭をぶん殴られたような気がしました。
「ひどいじゃないか赤鬼くん! きみが村人と仲よくなれたのは誰のおかげだ!」
どちらの言い分が正しいのでしょう? 村人のひとりが赤鬼に言いました。
「赤鬼どん、あの青鬼をやっつけてくれ! そしたら信じてやろう!」
その言葉に、みんな次々に続きます。
「そうだ! あんな悪さをしたやつを、今さら信じられるか!」
「赤鬼どんが本当にいい鬼なら、青鬼をやっつけられるはずだ!」
もう後もどりはできません。赤鬼と青鬼の歩む道は、とっくに別れていたのです。二度と交わることはないのです。
「ようし、おらが今度こそ、あいつをやっつけてやる!」
「この恩知らずめ! よくもそんなことが言えたな!」
二人の鬼の戦いが始まりました。金棒がびゅうびゅうとうなり、ぶつかるたびに火花が散りました。
でも、青鬼は人々に追いたてられて傷つき、また長旅の疲れで弱ってもいました。しだいに、赤鬼が青鬼を押しはじめます……
そしてついに、えいやと振るった一撃が、青鬼の腰を砕きました。青鬼は、ぎゃあと悲鳴をあげて倒れました。
「これでもくらえ!」
とどめをさそうと金棒を振りあげる赤鬼を、青鬼はうらめしそうに見て言いました。
「お前なんか……助けるんじゃなかった」
それが、青鬼の最後の言葉になりました。
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「やっぱり赤鬼どんはすごいなあ!」
「これでわしらも、枕を高くして寝れるわい」
「うたぐって悪かったなあ、赤鬼どん」
村人たちの声を、赤鬼はぼうっと聞いていました。
(おらには今の暮らしがある。今さら来た青鬼くんが悪いんだ。そうだ、おらは悪くないんだ)
もう、赤鬼の目から、涙は流れませんでした。