表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/24

9 幸せになって貰わなければならない

 王都の秋も終わりに近づき、冬が始まると寒さはさらに厳しさを増してくる。石造りの屋敷は全体を魔道具で温めているが、窓の外をみると冷たい風に巻き上げられた落ち葉が舞い上がり、どんよりとした雲も相まって冷たい印象を受ける。今日は夫であるライネルが休みではあるが、エリーはこの天気では外に出るよりも家でゆっくりするほうが良いかしら? と眼の前の席に座って朝食を取るライネルに話しかけた。


「そうですね。また年の終わりが近づくと忙しくなりますし、のんびり過ごすのも良いでしょう」


 そう言ってにっこりと賛同してくれた夫に微笑み、二人揃ってお茶をおかわりすることにして、後ろの侍女に合図しようとした時、トントン、とダイニングのドアが叩かれ、「入っていいよ」のライネルの声で入室してきたのはまだ若いライネルの従僕の一人だった。


「郵便が届きましたのでお届けします」

「郵便?魔法電報ではなく?」

「はい、私も不思議に思ったのですが、街の方からだと配達人が」

「そうか、ありがとう。あぁそうだ一緒にペーパーナイフを……って準備が良いね」


 手紙とともに、ペーパーナイフを受け取ったライネルは従僕に礼を言って下がらせる。改めてエリーがお茶のおかわりを頼むと、ライネルが持つ封筒に視線を向けた。


「郵便だなんて、この家では珍しいですわね」


 最も郵便が珍しいのは、ライネルが魔法電報を惜しげもなく使える高い魔力の持ち主で、彼がやり取りをする相手も魔力を持つものが多いからだが、魔力をそこまで持っていなかったり、それなりに高価な魔法電報の送受信機が買えない街の人々の間では、配達人が配達する郵便のほうが一般的である。実際この封筒もそんな街暮らしの人物からだった。


「そうだね……。なるほど、これは良い知らせだよ」


 そう言って、開けた便箋をエリーに渡すライネル。そこに書かれた几帳面そうな文字を見てエリーはパッと顔を輝かせた


「お母様だわ!」


「そう。エリー様のご両親には一度ご挨拶しないと、と思っていたのだけど、なかなかお二人のお休みが揃わないそうで」

「それで久しぶりにお父様とお母様の二人共が家にいるから一緒にいらっしゃい、って書いてあるのね。日取りは……5日後ですね」

「急な訪問にはなってしまいますけど、せっかくなので伺うことにしようと思うのですが、エリー様の予定はいかがですか?」

「もちろん、問題ありませんわ。ライネル様は?」

「その日でしたら休暇を調整出来ます。では決まりですね」

「えぇ、そうと決まれば準備をしなければなりませんね」


 エリーの父親はある伯爵の家で執事を、母親はある男爵夫人の侍女をしている。通いではあるものの泊まり勤務もある両親が揃って家にいることはエリーが街で暮らしている時から少なかった。


 とは言え、エリーは二人の愛情をたっぷり受けて育ったと思っているし、プロの使用人である二人は同じ道を志していたエリーにとって尊敬する目標でもあった。


 一応結婚を決めた後、ライエルと二人でそれぞれに挨拶をしているのだが、4人が揃って話す機会は持てないままだった。それにそもそも特殊な魔法が使えることが分かってからはなかなか簡単に実家に帰ることもできなくなってしまっている。


 そんな中で、ライネルがエリーの両親と連絡を取って調整してくれたらしい突然の里帰りにエリーは心を弾ませるのだった。






 そして迎えた当日。下町を歩く、ということで少し控えめな外出着に身を包んだエリーは町の入口で馬車を降り、ライネルの腕を取って歩いていた。そんなライネルは、というと、城に登城するときのようなかっちりとしたコートに身を包んでいる。妻の実家にいくのだから、とこの選択なのだろう。


 マーシェル子爵邸、とはいえ周りの家と同じレンガ造りの小さな家に、小さな庭がついた貴族の家とは思えない家、に着いた二人が呼び鈴を鳴らすと、すぐにドアがあき、穏やかそうな中年の男女が出てきた。


「まぁ、お寒い中わざわざお越し下さりありがとうございます、イーストル卿。エリーもおかえりなさい。さ、とにかく中にお入り下さい」


 さっと上位貴族にたいする礼をとった二人はすぐに娘夫婦を中に迎え入れる。そのままダイニングに通された二人はテーブルを挟んで向かい合うのだった。


「改めまして、ライネル・イーストルと申します。微力ながら城で仕事を頂いております。ご挨拶が遅れまして申し訳ございません」


 そして腰を折り礼を取るライネルに向かいの二人は微笑み、男性の方が返事を返す。


「いやいや、こちらこそ何度も連絡を頂いていたのに結局冬になってしまい申し訳ない。一度ご挨拶はさせていただきましたが改めて、トンプソン・マーシェルだ。そして彼女が妻のアリス。どうぞよろしく」


 軽い自己紹介が終わった後、二人に促されライネルはテーブルにつく。トンプソンもまた席に着いてから、アリスはお茶を淹れますね、とキッチンへ向かう。


「エリーも少し来てくれる?」

「わかったわ」


 そうしてエリーもまたキッチンへと向かった。


「ここに入るのはもしかすると一年ぶりかしら。懐かしいわ」


 城やイーストル邸の厨房とは比べられないほど小さなキッチンに入りエリーは感慨深げにする。そんな娘の様子にアリスはクスリと笑みをこぼした。


「急においそれと戻ってこれない身の上になってしまったものね。貴族としての振る舞いも勉強しておいてよかったでしょ」

「えぇ、まさかこんなことになるとは思っていなかったけど」


 両親と同じく使用人として身を立てようとしていたエリーだが、貴族の社交界での振る舞いもある程度は学んでいた。それがこんな形で生きるとはエリーもびっくりである。


 お茶の準備を進めつつ近況を話し合う二人。そこでアリスが「そういえば」と切り出した。


「最近はもう倒れることもなくなったのね。魔力暴走は落ち着いたとは言え、貴族の暮らしも大変だから大丈夫か心配だったけど、元気そうで安心したわ」


 魔力暴走の対応をしていた頃はしょっちゅう過労で倒れていた娘を案じる声にエリーは少し申し訳なさげにする。


「心配かけてごめんなさい。今はゆっくりと過ごさせてもらっているから大丈夫よ。貴族の奥様としての暮らしにもだいぶ慣れてきたわ」

「そう? なら良いけど。でも油断はだめよ。シーズンが始まったら上流社会はとたんに忙しくなるのだから。イーストル魔法伯爵家は魔法貴族の中でも特に有名でしょ。きっと社交も増えると思うけど頑張りすぎてはだめよ」

「ありがとう。気を付けるわ」


 一方ダイニングに残された二人は世間話に興じる。お互いさすがに若干の気まずさは感じているが、そこは片や城のエリート官吏。もう一方は貴族の家を取り仕切る執事。それぞれに心の内は悟らせないように笑顔を浮かべるのは得意なのだった。


 とりとめのない話が続いたが、少し話題が途切れたところで「ところで」とトンプソンが切り出した。


「娘はイーストル魔法伯爵の夫人として不足はございませんか? イーストル卿」


 爵位としてはトンプソンの方が下位であるため、下手には出ているものの、ライネルがどう返すか? 探るような瞳にダイニングには一気に緊張感が走った。自分よりもずっと経験豊富な義父の目線に負けないようライネルは気を引き締めて言葉を選ぶ。


「えぇ、妻はとても良くしてくれてますし、頑張ってくれています。正直なところ、私は魔法貴族ですので貴族としての仕事はこれまで放っていたような部分もあるのですが、そこも妻がカバーしてくれて感謝しております」


 その言葉にトンプソンは少しだけ目尻を下げる。


「そうですか。それは良かった。我が家はご覧の通り貴族とは名ばかりでもう何代も庶民として暮らしております。娘は素晴らしい子ですが、大貴族の妻としての力となると至らないことは承知しております」


 そこで少し言葉を切ったトンプソンは少し天井を見てから目の前のライネルにさらに言葉を続けた。


「本当のところを言うと、私の娘は身の丈にあった伴侶を得て、慎ましい幸せを手に入れてほしい。それが願いです。しかし力を授かってしまった以上そうもいかないことは承知ですが、私がそうした穏やかな幸せを娘が手に入れることを願っていることをイーストル卿には知っていただきたかったのです」


 その言葉に今度はライネルが少し考えてから言葉を返す。


「確かに我が家は自分で申し上げるものではないかもしれませんが国内でも屈指の大貴族です。さらに特殊な魔法によって活躍した妻と結婚したことでさらに注目を集めてしまうことも承知はしておりますし、それが妻に負担となることも理解はしております」


 しかし、と彼は続ける。


「私はエリー様の保護を陛下から命ぜられたときから、まだ少女とも言える歳で重い力を得ることになってしまった彼女には、その分幸せになって貰わなければならないし、なんの不足もないよう暮らしていただかなければならない、と自身に言い聞かせて参りました。彼女を妻として得た今もその気持ちは変わりません。ですから、彼女に降りかかる全ての重荷を私が退けて、彼女を幸せにする所存ですので、どうぞ私を信じてはいただけませんでしょうか?」


 そこまで言い切ってライネルはトンプソンをじっと見つめる。少し目を閉じてなにか考える素振りをしたトンプソンはそれから口を開いた。


「まあ、今はそれで良いでしょう。しかし夫婦とは助け合うもの。イーストル卿も気負いすぎてはなりませんよ」

「はい、肝に命じます」


 とりあえず及第点はもらえたらしい。トンプソンの視線に応えたライネルは少しだけ肩を下ろす。


 実はエリーとの関係が契約結婚であることを伝えずに義父と話すことに罪悪感を感じないわけではないが、トンプソンにライネルが話した言葉に嘘はない。エリーを幸せにする。それはライネルが必ず達成しなければならないことだ、と考えていた。


 二人の話が終わったところでエリーとアリスもダイニングにやってくる。父と夫の間に流れるなんとも言えない空気にエリーは顔をしかめた。


「お父様?ライネル様と何のお話をされていたの。ライネル様をいじめてはいらっしゃらないわよね」


 その言葉にトンプソンは大仰に首を振って見せる。


「もちろんだ。エリーがイーストルの家でちゃんとやれているか聞いていたんだよ」


 その言葉にエリーは少し頬を膨らませる。


「もうっ、お父様ったらお母様と同じことを言うのね。大丈夫よきちんとお城で色々教えてもらったし、イーストル邸でも教育を受けているわ。だから心配しないで」


 その言葉にライネルも微笑んで言葉を重ねる。


「エリー様は飲み込みが早いですし。元々上位貴族として行きていく上での基礎の部分は持っていらっしゃいました。後は私がしっかりと助けていきます」


 その言葉にねっ、とでも言いたげに両親に微笑むエリーにトンプソンとアリスは顔を見合わせそれから微笑む。


 突然住む世界が変わった娘を案じていた二人だが、どうやらライネルといる時の娘の姿はこの家にいる時とあまり変わりはない。そのことに二人は安堵したのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ