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4 これだけでは完全ではないわ

 ライネルが結婚して数日後の昼下がり。宰相筆頭補佐官に与えられた執務室で今日も積み上げられた書類に目を通していたライネルは突然机に置かれた小さな小箱が光りだしたのを見て目を細めた。


「おや? なにか急用だろうか?」


 そう言いつつライネルはパチリと指を鳴らした。すると箱に閉じ込められていた光がさらに強くなり机の上を覆うように広がりだした。そしてその光が収まると精巧な彫刻がなされた蓋が開き、その中には一通の手紙が現れる。

 これは通信用の魔道具でこれを使った通信を魔法電報、と言う。この小箱を持っている者同士であれば瞬時に手紙のやり取りが出来るのだ。ただ使うには強い魔力が必要な為、これを使用するのは急ぎの用事であることがほとんどだった。


 詰めていたライネルの下で働く文官たちはそれを知っているため一様に「何事だ? 」とソワソワし始めた。


 やがて眩しいほどに強くなった光が収まると、箱からライネルが手紙を取り出す。それを裏返し、手紙を止めていた蝋の紋章をみたライネルは苦い顔をした。


「王女殿下か」


 その声に文官たちも「えっ」とでも言いたげな顔をする。そんな彼らを横目に早速手紙を開封したライネルはその中身にため息をついた


「なにかややこしい案件でしょうか?」

「いや、お茶の誘いらしい。妻がちょうど登城しているらしく夫婦で結婚の挨拶に来ないか、と」

「そういうことですか、ではいかがなされますか?」


 ライネルにとってはため息ものだが、他の者にとっては仕事が増える訳ではないからほっと一息、というところだろう。安堵を隠さない部下に苦笑いしつつライネルは答える。


「王女殿下のお誘いを断るわけにもいかないだろう? 今日は急ぎの用もないからこれから向かうことにするよ。皆もちょうどお茶の時間だから休憩に入ると良い」


 そう言うと、立ち上がったライネルは服についたシワを軽く整えてから執務室を出ていった。






 ライネルが王女の私室に入ると、すでに王女とエリーは一足早くお茶を初めていたらしく、テーブルの上にはティーセットや菓子の類が置かれている。一旦カップをおいた二人の視線を受けつつ、ライネルは部屋の入り口で礼をとった。


「宰相筆頭補佐官ライネル・イーストル参上致しました。この度は王女殿下のお誘い誠に光栄で感謝致します。また王女殿下をお待たせしましたことをお詫び致します」


 深く腰を折ったあと、ピシリと背を伸ばして述べるライネルに王女は


「ようこそライネル筆頭補佐官。突然呼んだのは私なのだから気にしないで。さ、こちらへ来て頂戴」


 そう言って、エリーが座っているソファの隣を示す。言われるがままがライネルが腰を下ろすと、側にいた侍女に目配せする。すると、元々そういう手はずだったのか、部屋に数人控えていた侍女たちが音もなく退出する。さらに王女がパチリと指を鳴らすと、一瞬光が部屋を包み、先程まで少しだけ聞こえていた廊下の音が全く聞こえなくなった。王女の防音魔法が作動したのである。


「さ、これで気兼ねなく話せるわ。一応儀式の時にお祝いは言ったけど改めてーー結婚おめでとうライネル、エリー」

「「ありがとうございます、殿下」」


 声を揃えるライネルとエリーだが、その二人を交互に見た王女はニヤリと笑みを深めた。


「なのだけど、ここからが本題。あなた達本当にあれをしたのね」

「あれとは?」

「なんでしょうか?」

「契約結婚よ。エリーから聞いたわ」

「ごめんなさい。王女殿下にはお伝えしたほうが良いかとおもいまして」


 本来は秘密なのに喋ってしまった、と眉を下げるエリーにライネルが微笑む。


「気になさらなくて大丈夫ですよ。そもそもこの話の発案者は殿下でしょう? 一体どういったおつもりだったのですか?」


 エリーにどんな話をしたのか? と顔を凄ませるライネルに王女は「まあまあ」と笑みを浮かべる。


「こういった方法もあるわよ、と話しただけよ。まさか本当になるとは思っていなかったけど。でも良いんじゃないかしら。エリーの言う通り、一年も経てば二人への関心も和らぐででしょうし、その間に貴族婦人としての振る舞いも身につけることが出来る。何なら領地管理も教える手筈らしいじゃない」


 そう言う王女に


「はい! さすが王女殿下の考えですわ」

「まあ、実際求婚がなくなったことはありがたいのですが」


 とそれぞれが答える。そんな二人に「でも」と王女がさらに話を続けた。


「これだけでは完全じゃないわ」

「完全ではない、ですか?」


 ライネルはまた何を言い出すんだ、と訝しむがそんな視線も王女はなんのそのだ。


「そうよ。さっきエリーにも話していたのだけどね。二人は『完璧な仮面夫婦』を目指さないといけない、と思うの」

「完璧、ですか。しかし書類はしっかりと全て揃えましたし、陛下の承認も王女殿下もご存知の通りしっかり取っております。もちろん紋章局への届け出も抜かりありません。家の準備が間に合わなかったのは不覚ですが、使用人もだいぶ揃いましたし、屋敷の中や内装もエリー様の好むように変えていくつもりです」


 どこに瑕疵があるのでしょう? と言いたげなライネルに王女は「そういうことじゃないわ」とライネルに視線を返す。


「手続きや環境を整えることは何も心配してないわ。それでなくてもエリーのことになるとことさらに過保護なライネルだもの。万事手配済みでしょうとも。問題は二人のふるまいよ」


 そう言って今度はエリーにニコリと微笑むと彼女は気まずそうな顔をした。


「エリー様? 王女殿下になにか言われたのですか? 相手が王女だからって嫌なことは断って良いのですからね」

「何よ、私は何も変なことは言ってないわ」

「はい、王女殿下におかしなことを言われたとかではありません。ただ、もう少しライネル様との距離が近いほうが良いのではないかと指摘されまして」


 そう言いつつ、余裕で二人が座れる大きなソファに礼儀正しい距離を開けて座る夫の方を少し顔を赤くしつつ見る。その様子に王女はじれったそうな声をあげた。


「一応筋書きでは魔力暴走の対処で一緒に働くうちに恋が芽生えたことになっているのでしょう。実際すでにそこそこの時間一緒に過ごしているわ。だったら、確かにその初な反応は可愛いと思うけど、もう少し距離を詰めても良いと思うの。いわば周りへのアピールね、そうしないと『実は彼らは仮面夫婦らしい』なんて噂されてしまうわよ」

「確かにそれは困りますが、そこは夜会への出席などである程度払拭できるのでは?」

「もちろんそうね。でもそれだけでは駄目だわ。あなた達は新婚なんだから普段の仕草から甘さを感じさせないと。そう、それこそ一緒に街にお出かけしたり、エリーが差し入れをしたり。そういったことも必要だと思うわ」

「そういうものでしょうか?」

「えぇ、そうよ。あとは甘さを見せるような仕草ね。そう、例えば今だったらお菓子を手ずから食べさせてあげるとか……」


 そう言って、王女はテーブルに盛られた焼き菓子の類をみた。


「いわゆる『あーん』というものですね。わかりましたエリー様」


 そう言うと、一口大に焼かれたケーキを手に取りエリーの口元へ持っていく。視線が促すままに口を開けそれを口に入れたエリーはやや顔を赤らめつつも


「美味しいですわ。ライネル様」


 と微笑んだ。


「あら、意外と恥ずかしがらずにするのね」

「エリー様はよく過労で倒れていましたし。それでなくても食事を忘れがちでしたからね。執務室に小さなお菓子を置いておいて、よく食べさせてました」

「子供みたいな話ですが」


 ライネルの言葉にそう言ってエリーは肩をすぼめる。


「あら、そ、そう。じゃあ手を繋いで歩くというのはどう? それこそお茶が終わったあとエリーの手をひいて送っていったら良いアピールになるんじゃない?」

「それでしたらいつもしていることです。昨日もエリー様と屋敷中を回りましたし。彼女は結構方向音痴ですからね」

「だって、大きな屋敷には慣れないんですもの」


 そんな二人のやり取りに王女はさらに苦笑いしつつ思案する。


「じゃあ、ちょっとハードルが高いかもだけど膝枕とかは?」

「膝枕とは少し違いますが、この前早速旦那様の肩を借りて眠ってしまいました。食事の後に少しお酒を頂いたのですが、疲れていたのかぐっすり眠ってしまい。しかもあの時部屋まで運んでくださったのですよね」

「当然のことをしたまでです」

「もう! どうして二人はそう自然と距離が近いのにそうなのよ」

「そうとは?」

「どんなことでしょうか?」

「なんというか、本来甘い仕草なはずなのに全く甘い空気を想像出来ない、というか」


 王女はそう言って歯がゆそうにするが、二人からするとこれらの振る舞いはごく自然なものだからどこをどうすれば良いのかわからない。


 そう言いたげに顔を見合わせる二人に王女は軽く息を吐いた。


「分かったわ。二人は自覚の問題ね。きっと時間が解決してくれる気もしてきたわ」


 そう言って自分を無理やり納得させた様子の王女に「どうしたのだろう?」とライネルとエリーは不思議そうな顔をするのだった。

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