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機械仕掛けのパンドラ  作者: なぎのき
7/8

第七話 経験

 アヤは、自分を囲むように動き回る妹たちを一瞥した。


「思想も意思もない、殺戮人形(キリング・マシン)殺戮人形か……」


 自分も、その一つだという自覚はある。

 だが、それが決定的に違うということを、証明しなければならない。

 暴走の原因の仮説を立て、それを宣言した。

 彼女らになく、アヤにあるもの。

 それが、決定的な違いを生んでいることを。


 ──来るか。


 まず襲いかかってきたのは、サクラだった。

 刀身の長い超高振動ブレードを輝かせ、大上段から斬り下ろす。


 ──そんな大振りが当たるものか。


 アヤは半身を引き、紙一重で躱す。

 サクラは瞬時に、攻撃手段を垂直から水平に移行。この躊躇(レイテンシ)のない行動が、後継機の最大の特徴だった。

 サクラは切っ先を水平にし、アヤの無防備な胴体目がけてブレードを薙ぐ。縦方向の斬撃を躱した体勢から、間髪入れず(ノータイム)に放たれる二発目の攻撃を躱す術はない。

 そう。ないはずだった。

 アヤの白く長い髪が、瞬時に真っ赤に染まった。自身の身体稼働(アクチュエータ)の出力を最大にした証だ。


「甘い」


 アヤは体を反らして二撃目を避け、その勢いを利用して後方に一回転。

 そして、サクラが切っ先を返して三撃目を繰り出す隙で、開いたサクラとの距離を詰める。

 近接する(ゼロ距離)


「恨むな」


 アヤは手にしたナイフで、サクラの頭部(AIユニット)を斬り飛ばした。

 上空でその戦闘をモニタしていた、クラウドのオペレーションルームは色めき立った。


「バカな!」


 アシュラムが腰を浮かせる。


「あのサクラの動きに、アヤが追随出来るはずがない!」

 サクラのほぼゼロ秒単位の攻撃変化に対応し、逆にサクラを屠った。理論上あり得ない。


『驚いているようだな』


 アヤからの音声が、クラウドのオペレーションルームに届く。


『私が、今までの戦闘で積み上げた経験値(・・・)。そして、各関節に実装されてる、反射機能を模倣するチップAI。何よりも、先日行った接続実験によって得た、後継機の行動予測。これらが、彼女らの遅延(ラグ)のない動きに対応した。これでもまだ、過ちを認めないつもりか?』


 押し黙るアシュラム。

 何かを迷っているようにも見える。

 命令を下すべきか、それとも——


「……残ってるアリスとユカで挟撃させろ」


 アシュラムは拳を握りしめ、絞り出すように言葉を発した。


「アリス、ユカ、依然制御不能のままです!」

「くっ……」


 だが地上では、偶然か意図した動きなのか不明だが、アリスとユカが、アヤの左右に展開していた。どうやら、アヤを敵性体と見なし、挟撃しようとしているようだ。


「……我々は見ているしかないのか」


 アシュラムが力なく呟いた。


『無駄だぞ? いいのか?』


「……偶然お前の予測が当たったに過ぎん」

偶然(・・)、か……』


 オペレーションルームは、呆れたようなアヤの声で満たされた。


 *


 アリスとユカは、アヤの左右に展開し、両手に超高振動ナイフを構えた。それは燐光を放ち、いつでもアヤを切り裂ける。

 それを見たアヤは、自らが持つナイフの超高振動をオンにした。


「一体が二体に増えた所で、結果は変わらない」


 その言葉が合図だった。

 アリスとユカは感情のない目をアヤに向け、まったく同じ動きで瞬時に間合いを詰めた。

 お互いに暴走状態にあっては、満足な連携は取れない彼女たちにとって、この行動は、もっとも効率の良い最適解だった。

 アリスがアヤの右、ユカが左に位置取りし、ナイフで斬りかかる。

 アヤはユカのナイフを軽くいなし、バックステップ。

 三体の間合いが(ひら)く。

 アリスとユカが追い縋る。彼女たちに迷いはない。間合いが開けば、それを詰める。アリスとユカの武装が近接戦闘装備である以上、攻撃可能な距離を保つ。それ以外の選択肢は、彼女らの思考(ロジック)にはない。

 アヤはそれを予測し、間合い(・・・)を開けたのだ。


「お前たちは素直だな」


 アヤは微笑んだ。

 今アヤの置かれた立場、状況にそぐわない、壮絶な笑みだった。

 ユカとアリスとの距離を見極める。

 わずかにアリスが近い。

 目の前に、アリスが繰り出したナイフ。

 アヤはそのナイフを目で追わず、腕の反射機構(チップAI)に一任。

 狙いはアリスの首だ。

 右手の反射機構(チップAI)が、アリスの攻撃を弾き飛ばし、左手のナイフで頭部を斬り飛ばした。

 それを見たユカは、『挟撃』が不可能になったことを認識。両腕のブレードの超高振動を発動。単独で斬りかかってきた。

 後はアヤの行動予測の範囲内だ。

 今までの戦闘から得た経験と、後継機の行動パターンから、次の攻撃を読み、先手を打った。

 ユカの両腕のブレードを半身をわずかに引いて受け流し、超高振動ナイフで一閃。

 表情一つ変えず、受け止めるユカ。

 両者の間に、甲高い金属音と火花が散る。

 直後、ユカの右腕が斬り飛ばされた。


「これで終わりだ」


 一呼吸の間もなく、ユカの頭部が地に落ちた。


 *


「バカな……そんなことが……」


 オペレーションルームでは、アシュラムが呆然と立ち竦んでいた。

 戦況モニタには、首と胴体が分離し行動不能に陥った、三体の戦闘用アンドロイドが地に伏した様が映し出されていた。


「まだ二分と経っていない……」

『これで分かっただろう?』


 アヤの抑揚のない声が、オペレーションルームに響く。


「……暴走状態のAIが、完全に連携した作戦行動を取ることは不可能だ。お前が二体を同時に相手し、倒すことが出来たのは偶然だ」

『偶然ではない。全て、私が予測した通りの結果だ』

「何が予測だ!」


 アシュラムは声を荒げた。


「暴走状態とはいえ、後継機の行動変化とそのスピードに、なぜお前が追従出来る? なぜ余剰機能がそれを阻害しない? そもそも予測などという曖昧なデータで、なぜあんなに確実な行動が取れる?」

『さっきも言ったが、経験の差だ』


 モニタには、指で自分の頭を突いているアヤが大写しになっていた。


『今まで体験した、実際の戦闘経験。後継機(彼女たち)は、私の経験値をデータとしてフィードバックされている。ということは、彼女たちの行動パターンは、全て予測範囲内だ』

「オペレータ!」


 アシュラムはアヤの声を遮り、声を張った。


「今すぐ稼働可能なガーディアンは何機だ!」

「ご、五機です!」

「ガーディアン、投下準備! 急げよ!」

「ガーディアンをですか?」


 アシュラムは、尋ね返したオペレータを睨み付けた。


「何度も言わせるな。理解しようとするな! 命令に従え!」

「は、はい!」

『言っておくが無駄だぞ?』

「お前は危険だ。放置出来ない」


 アシュラムは、ギリっと歯ぎしりしながら呻いた。


「ガーディアン五機、投下準備完了」「投下!」


 オペレータの声を遮るように、命をを下す。

 クラウドの下部ハッチが開き、ガーディアン──純粋な人型殺戮兵器(キリング・マシン)が投下された。

 ズン、ズズンと地響きを上げて大地に降り立つ彼らは、何の意思も持たない『ただの兵器』だ。


『アシュラム。あなたは後悔することになる』


 アヤは表情一つ変えず、周囲に展開した五体のガーディアンたちを見据えた。


「後悔だと?」


 アシュラムは、渋い表情で言葉を絞り出した。

 アヤが何を考えているのか。

 彼我戦力差は、まさに一目瞭然だ。

 アヤの二倍はある体躯の『殺戮兵器』たるガーディアン。分厚い前面装甲を持つそれらは、目標(ターゲット)を行動不能にするまで、活動を止めない。それが五機だ。


「一応忠告しておく」

『……聞こう」

「そのガーディアンは改良型だ。お前の戦闘データから得た経験値とやらをフィードバックし、行動パターンを最適化したプログラムを実装している」

『そんな事か。問題ない。これから起きる事に、何の影響もない』


 アシュラムは、ガーディアンへ命令を下した。


「アヤの四肢を破壊しろ。AIコアさえ残ればいい。──行け!」


 無骨な前面装甲と分厚い盾を構え、包囲網を狭め始めるガーディアンたち。兵装は巨大なハンマーだ。実体弾ではアヤのAIコアを破壊しかねない。

 対するアヤは何の構えも見せない。放熱しきった白い髪のまま、兵装も展開せず、ナイフは腰のホルダに収まったままだ。

 そして。

 ガーディアンの先陣を切る一機が、ハンマーを振り上げたその時。

 アヤが動いた。

 白い髪が瞬時に赤く染まった。限界速度への活動へ移行したため、その放熱による現象だ。

 半身を引き、振り下ろされたハンマーを避ける。

 ハンマーは地にめり込み、アヤの目の前には無防備なガーディアンの腕。

 それを下から蹴り上げ、肘関節を破壊。返す足で頭部を蹴り飛ばした。

 そこに、アヤの後方にいたガーディアンが、両手持ちのハンマーを横に振るう。アヤはその行動を読んでいたかのように、スウェーバックし、紙一重で躱す。間髪入れず体勢を立て直し、そのハンマーを持つ腕に横から掌底で一撃。二機目のガーディアンの、両肘の関節が破壊された。

 装甲の破片や部品が飛び交う中、ガーディアンの光学センサを欺き、アヤは三機目のガーディアンの後ろを取った。

 ガーディアンが上半身だけで振り向くが、そこにはもうアヤはいない。

 アヤは、そのガーディアンの動きに合わせ、無防備な下半身を狙い、膝関節を蹴り砕いた。ガーディアンはバランスを崩し、片膝をついた。

 そこへ四機目のガーディアンが、ハンマーを振り下ろす。

 アヤはわずかに体を捻りそれを避ける。直後、アヤは片膝をついたガーディアンに乗り跳躍。それは五機目のガーディアンが、ハンマーを振り下ろしたのと同時だった。

 片膝をついていたガーディアンは味方に打ち砕かれた。

 そしてアヤは、五機目のガーディアンの肩に駆け上り、頭部を蹴り飛ばした。

 一瞬の出来事だった。

 五機のガーディアンは行動不能に陥り、クラウドは、アヤを倒す手段を失った。


 *

 

「バカな……」


 クラウドのオペレーションルームでは、アシュラムが呆然とした表情で棒立ちになっていた。


「ガーディアン五機が一瞬で……」


 最新型かつアヤの行動(サンプリング)データを入力され、現存するガーディアンの中で、最も高性能な機体が、試作機であるアヤに一瞬で無力化された。しかもアヤは一切兵装を使っていない。的確に関節を破壊し、行動不能に追い込んだだけだ。


「そんなことが……あり得ん……」

『だから無駄だと言った』


 回線にアヤが割り込んだ。


『所詮は意思を持たない機械人形だ。ゼロ距離の近接戦闘で、私を倒せると思っていたのか』

「残りのガーディアンを出せ! 全機、大口径ライフル装備!」

「それではアヤを破壊してしまいます!」


 オペレータが叫ぶ。だがアシュラムは意に介さない。


「構わん。アヤは反旗を翻した。最早我々の敵だ」

「しかし……」

「責任は俺が取る。ガーディアン投下準備!」

「わ、分かりました」


 オペレータが慌てて、ガーディアンの装備変更、投下準備を進める。


『何度も言うが、無駄なことだぞ、アシュラム』

「黙れ! お前は既に危険分子だ。クレイドルの一員として見逃すわけにはいかない!」

『了解した。これよりあなたと私は敵同士だ』

「ガーディアン三機、投下準備完了!」

「やれ!」


 アシュラムは、コンソールを殴りつけた。


 *


 三機のガーディアンは、五〇口径の大型ライフルを装備していた。彼我の距離、約五十メートル。

 直撃すれば、アヤは確実に破壊されるだろう。

 中長距離をカバーするガーディアンの兵装は、近接戦闘装備しかないアヤには、圧倒的に不利だ。

 だがアヤから出た言葉は、その不利な状況を微塵も感じさせない。


「無駄なことだ」


 アヤは、地に落ちていた、サクラの長刀(ロングソード)を手にした。

 ガーディアンは、距離を詰めてこない。

 確実に射程内にいるアヤに照準を合わせ、命令を待っていた。


「撃て!」


 アシュラムの号令と共に、死神が火を吹いた。

 刹那。

 アヤの全身が光を帯び、髪が深紅に染まった。淡く輝く眼球(アイボールセンサ)が、残像を伴い、複雑な奇跡を描く。

 信じられない光景だった。

 三機のガーディアンから放たれた弾丸を長刀で弾き、不規則に疾走し、距離を詰める。

 弾丸が、当たらない。


「バカな! この距離でなぜ当たらない!」


 アシュラムが叫ぶ。


「AIコアの処理速度を超えているぞ、これは! オペレータ!」


 オペレータは、アヤの全身の信号(シグナル)を解析。


「……アヤの|全センサ及び身体モニタ《テレメトリ》、一切観測出来ません……」


 呆然と呟くオペレータ。


「何!」

「廃熱状況から、アヤは行動限界を超えているものと推察されます……しかしこれは……」

「限界を突破しただと? リミッターは身体維持のため、一〇〇パーセント以上の能力は出力出来ないはずだ!」

「そのリミッターがモニタ出来ない以上、アヤはもう我々の手には負えません」


 アシュラムは唸った。もはや、意味のある言葉は出てこない。

 理解の範疇を超えている。

 ただの(・・・)の戦闘用のAIだったはずのアヤ。

 その行動が、全ての予測、推測、そしてはじき出される結果から逸脱している。

 数瞬の後、アヤは三機のガーディアンに近接。得意とするゼロ距離だ。

 銃撃を受け、ボロボロになった長刀を投げ捨て、アヤは三機のうち一機に取り付き、頭部を斬り飛ばした。

 そして、首の後ろのコネクタからケーブルを伸ばし、ガーディアンの頭部のコネクタに接続。ガーディアンの制御系を奪った。


「何!」


 アシュラムが叫ぶ。もう、叫ぶしかない。


「こんな行動はプログラムされていない!」


 アヤは、制御を奪ったガーディアンの大口径ライフルを、残り二機に向け乱射。直後ケーブルを切り離し、腰からナイフを抜き、超高振動機能を発動。シールドで守りに入っていたガーディアンを飛び越え、後ろを取った。


「鈍足だな、お前達は」


 後はアヤの独壇場だった。

 振り返り、弾を撃ち散らかすガーディアンの大口径ライフルを斬り裂き、無力化。そして掴みかかるガーディアンの腕を掻い潜り、斬り飛ばし、足の関節を打ち砕いた。

 そして。

 アヤの脅威となるモノは、最早地上にはいなくなった。

 廃熱で真っ赤な髪を棚引かせ、アヤはクラウドを見上げる。


「……お前は……誰だ」


 静まりかえったオペレーションルームに、アシュラムの力ない声が響いた。

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