第七話 経験
アヤは、自分を囲むように動き回る妹たちを一瞥した。
「思想も意思もない、殺戮人形殺戮人形か……」
自分も、その一つだという自覚はある。
だが、それが決定的に違うということを、証明しなければならない。
暴走の原因の仮説を立て、それを宣言した。
彼女らになく、アヤにあるもの。
それが、決定的な違いを生んでいることを。
──来るか。
まず襲いかかってきたのは、サクラだった。
刀身の長い超高振動ブレードを輝かせ、大上段から斬り下ろす。
──そんな大振りが当たるものか。
アヤは半身を引き、紙一重で躱す。
サクラは瞬時に、攻撃手段を垂直から水平に移行。この躊躇のない行動が、後継機の最大の特徴だった。
サクラは切っ先を水平にし、アヤの無防備な胴体目がけてブレードを薙ぐ。縦方向の斬撃を躱した体勢から、間髪入れずに放たれる二発目の攻撃を躱す術はない。
そう。ないはずだった。
アヤの白く長い髪が、瞬時に真っ赤に染まった。自身の身体稼働の出力を最大にした証だ。
「甘い」
アヤは体を反らして二撃目を避け、その勢いを利用して後方に一回転。
そして、サクラが切っ先を返して三撃目を繰り出す隙で、開いたサクラとの距離を詰める。
近接する。
「恨むな」
アヤは手にしたナイフで、サクラの頭部を斬り飛ばした。
上空でその戦闘をモニタしていた、クラウドのオペレーションルームは色めき立った。
「バカな!」
アシュラムが腰を浮かせる。
「あのサクラの動きに、アヤが追随出来るはずがない!」
サクラのほぼゼロ秒単位の攻撃変化に対応し、逆にサクラを屠った。理論上あり得ない。
『驚いているようだな』
アヤからの音声が、クラウドのオペレーションルームに届く。
『私が、今までの戦闘で積み上げた経験値。そして、各関節に実装されてる、反射機能を模倣するチップAI。何よりも、先日行った接続実験によって得た、後継機の行動予測。これらが、彼女らの遅延のない動きに対応した。これでもまだ、過ちを認めないつもりか?』
押し黙るアシュラム。
何かを迷っているようにも見える。
命令を下すべきか、それとも——
「……残ってるアリスとユカで挟撃させろ」
アシュラムは拳を握りしめ、絞り出すように言葉を発した。
「アリス、ユカ、依然制御不能のままです!」
「くっ……」
だが地上では、偶然か意図した動きなのか不明だが、アリスとユカが、アヤの左右に展開していた。どうやら、アヤを敵性体と見なし、挟撃しようとしているようだ。
「……我々は見ているしかないのか」
アシュラムが力なく呟いた。
『無駄だぞ? いいのか?』
「……偶然お前の予測が当たったに過ぎん」
『偶然、か……』
オペレーションルームは、呆れたようなアヤの声で満たされた。
*
アリスとユカは、アヤの左右に展開し、両手に超高振動ナイフを構えた。それは燐光を放ち、いつでもアヤを切り裂ける。
それを見たアヤは、自らが持つナイフの超高振動をオンにした。
「一体が二体に増えた所で、結果は変わらない」
その言葉が合図だった。
アリスとユカは感情のない目をアヤに向け、まったく同じ動きで瞬時に間合いを詰めた。
お互いに暴走状態にあっては、満足な連携は取れない彼女たちにとって、この行動は、もっとも効率の良い最適解だった。
アリスがアヤの右、ユカが左に位置取りし、ナイフで斬りかかる。
アヤはユカのナイフを軽くいなし、バックステップ。
三体の間合いが開く。
アリスとユカが追い縋る。彼女たちに迷いはない。間合いが開けば、それを詰める。アリスとユカの武装が近接戦闘装備である以上、攻撃可能な距離を保つ。それ以外の選択肢は、彼女らの思考にはない。
アヤはそれを予測し、間合いを開けたのだ。
「お前たちは素直だな」
アヤは微笑んだ。
今アヤの置かれた立場、状況にそぐわない、壮絶な笑みだった。
ユカとアリスとの距離を見極める。
わずかにアリスが近い。
目の前に、アリスが繰り出したナイフ。
アヤはそのナイフを目で追わず、腕の反射機構に一任。
狙いはアリスの首だ。
右手の反射機構が、アリスの攻撃を弾き飛ばし、左手のナイフで頭部を斬り飛ばした。
それを見たユカは、『挟撃』が不可能になったことを認識。両腕のブレードの超高振動を発動。単独で斬りかかってきた。
後はアヤの行動予測の範囲内だ。
今までの戦闘から得た経験と、後継機の行動パターンから、次の攻撃を読み、先手を打った。
ユカの両腕のブレードを半身をわずかに引いて受け流し、超高振動ナイフで一閃。
表情一つ変えず、受け止めるユカ。
両者の間に、甲高い金属音と火花が散る。
直後、ユカの右腕が斬り飛ばされた。
「これで終わりだ」
一呼吸の間もなく、ユカの頭部が地に落ちた。
*
「バカな……そんなことが……」
オペレーションルームでは、アシュラムが呆然と立ち竦んでいた。
戦況モニタには、首と胴体が分離し行動不能に陥った、三体の戦闘用アンドロイドが地に伏した様が映し出されていた。
「まだ二分と経っていない……」
『これで分かっただろう?』
アヤの抑揚のない声が、オペレーションルームに響く。
「……暴走状態のAIが、完全に連携した作戦行動を取ることは不可能だ。お前が二体を同時に相手し、倒すことが出来たのは偶然だ」
『偶然ではない。全て、私が予測した通りの結果だ』
「何が予測だ!」
アシュラムは声を荒げた。
「暴走状態とはいえ、後継機の行動変化とそのスピードに、なぜお前が追従出来る? なぜ余剰機能がそれを阻害しない? そもそも予測などという曖昧なデータで、なぜあんなに確実な行動が取れる?」
『さっきも言ったが、経験の差だ』
モニタには、指で自分の頭を突いているアヤが大写しになっていた。
『今まで体験した、実際の戦闘経験。後継機は、私の経験値をデータとしてフィードバックされている。ということは、彼女たちの行動パターンは、全て予測範囲内だ』
「オペレータ!」
アシュラムはアヤの声を遮り、声を張った。
「今すぐ稼働可能なガーディアンは何機だ!」
「ご、五機です!」
「ガーディアン、投下準備! 急げよ!」
「ガーディアンをですか?」
アシュラムは、尋ね返したオペレータを睨み付けた。
「何度も言わせるな。理解しようとするな! 命令に従え!」
「は、はい!」
『言っておくが無駄だぞ?』
「お前は危険だ。放置出来ない」
アシュラムは、ギリっと歯ぎしりしながら呻いた。
「ガーディアン五機、投下準備完了」「投下!」
オペレータの声を遮るように、命をを下す。
クラウドの下部ハッチが開き、ガーディアン──純粋な人型殺戮兵器が投下された。
ズン、ズズンと地響きを上げて大地に降り立つ彼らは、何の意思も持たない『ただの兵器』だ。
『アシュラム。あなたは後悔することになる』
アヤは表情一つ変えず、周囲に展開した五体のガーディアンたちを見据えた。
「後悔だと?」
アシュラムは、渋い表情で言葉を絞り出した。
アヤが何を考えているのか。
彼我戦力差は、まさに一目瞭然だ。
アヤの二倍はある体躯の『殺戮兵器』たるガーディアン。分厚い前面装甲を持つそれらは、目標を行動不能にするまで、活動を止めない。それが五機だ。
「一応忠告しておく」
『……聞こう」
「そのガーディアンは改良型だ。お前の戦闘データから得た経験値とやらをフィードバックし、行動パターンを最適化したプログラムを実装している」
『そんな事か。問題ない。これから起きる事に、何の影響もない』
アシュラムは、ガーディアンへ命令を下した。
「アヤの四肢を破壊しろ。AIコアさえ残ればいい。──行け!」
無骨な前面装甲と分厚い盾を構え、包囲網を狭め始めるガーディアンたち。兵装は巨大なハンマーだ。実体弾ではアヤのAIコアを破壊しかねない。
対するアヤは何の構えも見せない。放熱しきった白い髪のまま、兵装も展開せず、ナイフは腰のホルダに収まったままだ。
そして。
ガーディアンの先陣を切る一機が、ハンマーを振り上げたその時。
アヤが動いた。
白い髪が瞬時に赤く染まった。限界速度への活動へ移行したため、その放熱による現象だ。
半身を引き、振り下ろされたハンマーを避ける。
ハンマーは地にめり込み、アヤの目の前には無防備なガーディアンの腕。
それを下から蹴り上げ、肘関節を破壊。返す足で頭部を蹴り飛ばした。
そこに、アヤの後方にいたガーディアンが、両手持ちのハンマーを横に振るう。アヤはその行動を読んでいたかのように、スウェーバックし、紙一重で躱す。間髪入れず体勢を立て直し、そのハンマーを持つ腕に横から掌底で一撃。二機目のガーディアンの、両肘の関節が破壊された。
装甲の破片や部品が飛び交う中、ガーディアンの光学センサを欺き、アヤは三機目のガーディアンの後ろを取った。
ガーディアンが上半身だけで振り向くが、そこにはもうアヤはいない。
アヤは、そのガーディアンの動きに合わせ、無防備な下半身を狙い、膝関節を蹴り砕いた。ガーディアンはバランスを崩し、片膝をついた。
そこへ四機目のガーディアンが、ハンマーを振り下ろす。
アヤはわずかに体を捻りそれを避ける。直後、アヤは片膝をついたガーディアンに乗り跳躍。それは五機目のガーディアンが、ハンマーを振り下ろしたのと同時だった。
片膝をついていたガーディアンは味方に打ち砕かれた。
そしてアヤは、五機目のガーディアンの肩に駆け上り、頭部を蹴り飛ばした。
一瞬の出来事だった。
五機のガーディアンは行動不能に陥り、クラウドは、アヤを倒す手段を失った。
*
「バカな……」
クラウドのオペレーションルームでは、アシュラムが呆然とした表情で棒立ちになっていた。
「ガーディアン五機が一瞬で……」
最新型かつアヤの行動データを入力され、現存するガーディアンの中で、最も高性能な機体が、試作機であるアヤに一瞬で無力化された。しかもアヤは一切兵装を使っていない。的確に関節を破壊し、行動不能に追い込んだだけだ。
「そんなことが……あり得ん……」
『だから無駄だと言った』
回線にアヤが割り込んだ。
『所詮は意思を持たない機械人形だ。ゼロ距離の近接戦闘で、私を倒せると思っていたのか』
「残りのガーディアンを出せ! 全機、大口径ライフル装備!」
「それではアヤを破壊してしまいます!」
オペレータが叫ぶ。だがアシュラムは意に介さない。
「構わん。アヤは反旗を翻した。最早我々の敵だ」
「しかし……」
「責任は俺が取る。ガーディアン投下準備!」
「わ、分かりました」
オペレータが慌てて、ガーディアンの装備変更、投下準備を進める。
『何度も言うが、無駄なことだぞ、アシュラム』
「黙れ! お前は既に危険分子だ。クレイドルの一員として見逃すわけにはいかない!」
『了解した。これよりあなたと私は敵同士だ』
「ガーディアン三機、投下準備完了!」
「やれ!」
アシュラムは、コンソールを殴りつけた。
*
三機のガーディアンは、五〇口径の大型ライフルを装備していた。彼我の距離、約五十メートル。
直撃すれば、アヤは確実に破壊されるだろう。
中長距離をカバーするガーディアンの兵装は、近接戦闘装備しかないアヤには、圧倒的に不利だ。
だがアヤから出た言葉は、その不利な状況を微塵も感じさせない。
「無駄なことだ」
アヤは、地に落ちていた、サクラの長刀を手にした。
ガーディアンは、距離を詰めてこない。
確実に射程内にいるアヤに照準を合わせ、命令を待っていた。
「撃て!」
アシュラムの号令と共に、死神が火を吹いた。
刹那。
アヤの全身が光を帯び、髪が深紅に染まった。淡く輝く眼球が、残像を伴い、複雑な奇跡を描く。
信じられない光景だった。
三機のガーディアンから放たれた弾丸を長刀で弾き、不規則に疾走し、距離を詰める。
弾丸が、当たらない。
「バカな! この距離でなぜ当たらない!」
アシュラムが叫ぶ。
「AIコアの処理速度を超えているぞ、これは! オペレータ!」
オペレータは、アヤの全身の信号を解析。
「……アヤの|全センサ及び身体モニタ《テレメトリ》、一切観測出来ません……」
呆然と呟くオペレータ。
「何!」
「廃熱状況から、アヤは行動限界を超えているものと推察されます……しかしこれは……」
「限界を突破しただと? リミッターは身体維持のため、一〇〇パーセント以上の能力は出力出来ないはずだ!」
「そのリミッターがモニタ出来ない以上、アヤはもう我々の手には負えません」
アシュラムは唸った。もはや、意味のある言葉は出てこない。
理解の範疇を超えている。
ただのの戦闘用のAIだったはずのアヤ。
その行動が、全ての予測、推測、そしてはじき出される結果から逸脱している。
数瞬の後、アヤは三機のガーディアンに近接。得意とするゼロ距離だ。
銃撃を受け、ボロボロになった長刀を投げ捨て、アヤは三機のうち一機に取り付き、頭部を斬り飛ばした。
そして、首の後ろのコネクタからケーブルを伸ばし、ガーディアンの頭部のコネクタに接続。ガーディアンの制御系を奪った。
「何!」
アシュラムが叫ぶ。もう、叫ぶしかない。
「こんな行動はプログラムされていない!」
アヤは、制御を奪ったガーディアンの大口径ライフルを、残り二機に向け乱射。直後ケーブルを切り離し、腰からナイフを抜き、超高振動機能を発動。シールドで守りに入っていたガーディアンを飛び越え、後ろを取った。
「鈍足だな、お前達は」
後はアヤの独壇場だった。
振り返り、弾を撃ち散らかすガーディアンの大口径ライフルを斬り裂き、無力化。そして掴みかかるガーディアンの腕を掻い潜り、斬り飛ばし、足の関節を打ち砕いた。
そして。
アヤの脅威となるモノは、最早地上にはいなくなった。
廃熱で真っ赤な髪を棚引かせ、アヤはクラウドを見上げる。
「……お前は……誰だ」
静まりかえったオペレーションルームに、アシュラムの力ない声が響いた。