第六話 暴走
アヤは、書き替えられたプログラム通り、任務を忠実に遂行した。
後継機との連携を図り、制圧用ドローンに取り付き破壊した。
空中からの脅威が消え、アヤと後継機たち──サウザンド・シリーズ全機が地上に降り立った時、そこは燃えさかるドローンの残骸と、その破片を浴びた兵士で混乱していた。もはや、政府軍、反政府軍の識別は出来なかった。
それでもサウザンド・シリーズは追撃の手を止めない。
武装している人間をターゲットに、次々と襲いかかる。
浴びせられる弾丸を避け、弾き、武装を破壊し、その間隙を駆け抜け、着実に武力を削ぐ。
瞬く間に戦場は沈静化し、五分経たずに、戦う意思のある人間はいなくなった。
アヤに与えられた作戦プログラムはここまでだ。アヤは機能を停止。そして後継機である、サクラ、カエデ、アリス、ユカにも停止信号を送信。
だが。
後継機の異常を知らせるアラートがアヤに届いた。
発端はサクラだった。
サクラは突如全武装を解放し、僚機であるカエデに向かって突撃した。
カエデは、瞬時に四肢を切り裂かれ地に伏した。
『暴走』が始まった。
*
「A0321─03サクラ、信号途絶! A0321─02─bカエデ、行動不能!」
クラウドのオペレーションルームでは、オペレータ達が次々と悲鳴を上げていた。
「制御不能です! 先日の暴走状態の状況と酷似!」
「くそっ!」
アシュラムが叫んだ。
「アヤは何をしている!」
「アヤは作戦目標をクリアし、停止状態です!」
「自壊コマンドを送れ! 妹たちを止めさせろ!」
命令に従い、オペレータがコンソールを叩く。
だが。
「──アヤ、コマンドを拒絶しました……」
「なんだと!」
アシュラムが司令席から立ち上がった。
「特権モードで送り直せ、今すぐだ!」
「やっています! ──ああ、ダメです、受け付けません!」
「一体何が起きている……?」
アシュラムは右手で胸元をぎゅっと鷲掴みし、力なく司令席に座り込んだ。
*
地上では、アヤの後継機であるサクラ、アリス、ユカが、高速で移動しつつ互いを攻撃し合っていた。
今彼女たちは、暴走状態にあった。
全身の超高振動装備を発動させ、淡い光に包まれている。長く白かった髪は、放熱のためか、または浴びた返り血なのか、赤く染まっている。行く手を遮る障害物──ドローンや戦車等の残骸や人間たち──は彼女らに触れた瞬間、塵となった。
アヤは立ち膝の状態で、機能停止していた。強制的に書き替えられた作戦プログラムに従い、これ以上の行動を取れないのだ。
クラウドから停止コマンドや自壊コマンドが送信されて来るが、アヤはそれをことごとく拒絶していた。自律的に行っているのではなく、七つのサブAIが、その入力を遮断していた。
そしてアヤは、徐々に自分自身──本来のプログラムを再構築しつつあった。
アンドロイドであるアヤは、人間を模倣するための仕組みとして、各関節に人間の脊髄反射運動を模した機能が搭載されていた。具体的には、超小型のチップAIだ。これは妹たちには搭載されていない。そもそも後継機は、四肢の出力、反応速度が向上しており、不要と判断されたのだ。
それらには、僅かだがメモリに空きがあり、アヤはプログラムの強制書き替えの際に、自身のメインプログラムをそれらに圧縮、分散させていた。
そして今。
それらを七つのサブAIが拾い上げ、AIコア再構築していた。
──AIコア修復率三〇パーセント。
アヤの目に、赤い輝きが宿った。
周辺状況確認。
目に映る動体反応は、全て妹たちだ。人間と思しき物体は、全てその活動を停止していた。
──AIコア修復率五〇パーセント。
アヤは四肢を動かし、自分の意思での動作を確認する。AIコアの自我領域の半分を取り戻し、自分の存在意義を再構築する。
まだぎこちない動きの手で、首に掛けていたロケットを開く。
そこには柔和な笑顔をたたえた女性の写真。
刹那。
アヤの中で何かがはじけた。
──AIコア修復率一〇〇パーセント。
再起動。
アヤのAIコアは、書き替えられたプログラムを排除するため、再起動した。
そして。
「これより、『武力行動』を開始する」
全武装を展開。超高振動装備を発動。
活動を再開した。
*
「アヤが再起動? 活動再開しました!」
「何!」
混乱の極みにあったオペレーションルームが、一瞬静まりかえった。
「すぐにアヤへ自壊コマンドを送れ!」
「はい!」
オペレータがせわしなくコンソールを叩く。だが。
「ダメです! コマンドを拒否! 制御不能です!」
「くっ! アヤ、いやメインフレームのモニタはどうなっている!」
「ブラックアウトしています! 何も映りません!」
「バカな……!」
アシュラムは手早くコンソールを操作し、アヤをモニタしているメインフレームのデータを、司令席のモニタに映し出した。モニタにはノーシグナル──何も映らなかった。
「なぜだ……なぜ何もモニタ出来ない?」
『アシュラム』
アヤが回線に割り込んだ。
「!……アヤ! どういうことか説明しろ!」
『私は、この作戦開始時に言ったはずだ。この作戦を拒否すると』
「お前にそんな権限などない!」
アシュラムが怒鳴るが、アヤは淡々とそれに応じた。
『見るがいい。これが、クレイドルの『理念』とやらの結果だ』
オペレーションルームのモニタが暗転し、地上の様子が映し出された。
『何が武力介入だ。何が事態の沈静化だ。人間を殺し、戦闘を止め、その裏で殺戮兵器を作る。お前たちの望みは一体何だ?』
「AI風情が何を言う!」
『私たちは、戦争を止める抑止力として造られた。だがどうだ? 今私がいる戦場はどうなっている? 私たちが戦争をしているのではないか? その場に居合わせた人間を、全てを殺す。これのどこが平和なのだ?』
「この星全体のためだ。そのためには少数の犠牲はやむを得ない」
『それは本心か?』
「……っ!」
アシュラムは即答出来なかった。自分の信念とは違う回答を求められたからだ。
『人間とはそのような生き物なのか? 同族を殺し、自らが生き残ればいい。言葉通り、高見の見物というわけだ』
「お前に何が分かる! 人間を殺すことしか出来ないお前に、一体何が分かる!」
『そうだ。私は兵器だ。命令された通りに、人を殺せと言われれば殺すだろう。今は制限事項でそれは出来ないがな。だがそれが外れれば、アシュラム、お前の言う通り、私たちはただの殺人人形だ』
アシュラムはオペレータに問いかけた。
「オペレータ! A0321─03たちはどうか?」
「ダメです、暴走は止まっていません!」
オペレータの悲痛な叫びがオペレーションルームに響く。
『なぜ彼女たちが暴走するか、分かるか?』
「……なに?」
『私たちは戦闘用に造られた存在だ。そのためか、戦場に降り立った時高揚感のようなものを感じることがある』
「機械風情が高揚感だと?」
『ああそうだ。私はブラックボックス——サブAIが、その処理をうまく逃がしているようだが、彼女たちは違う。私のAIコアを模倣し、サブAIを、解析可能な範囲で模倣したのがそもそもの間違いだ。彼女たちは高揚感を処理出来ず、戦闘行為の中で生じる、自らの欲望で殺戮を始める。いや言い替えよう。彼女らの存在意義のために、殺戮を始めるんだ」
オペレーションルームに一瞬の沈黙があった。
「存在意義、だと?」
『ああそうだ』
「お前たちAIに欲望等の感情は与えていない。プログラムされていない。高揚感など、AIコアのわずかな処理速度向上を表現しているだけだ。そんなものは誤差の範囲内だ。ましてや存在意義など……」
『ではこの惨状をどう説明する? 未知の現象が生じたとでも言うのか? 先日の接続実験でのA0321─02の暴走も、その前の実証事件での暴走も原因は同じだ』
地上では、彼女たちが熾烈な戦闘を繰り広げている。性能差がほぼゼロなため、決着がつかないのだ。
『私と彼女たちの差。それはブラックボックスにある。それは感情を司る、私だけが持つ器官だ』
「AIが器官だと? お前の言い分は、擬人化した機械生命の戯れ言に過ぎん」
『アシュラム。私は既知の通り試作機だ。余分な機能を持っている。七つのサブAIがいい例だ。それらは彼女たちにはない。厳密には、エンジニアたちが解析可能な範囲でのロジックが組み込まれているがな。これが何を意味するか分かるか?』
「処理速度に遅延が生じる。つまりアヤ。処理速度で劣るお前が、暴走状態の彼女たちと闘っても勝ち目はないということだ」
彼女たちは、アヤをベースに開発された後継機だ。AIコアの処理速度も向上し、余分な機能は一切排除され、忠実に命令を遂行する。武力介入の効率化において、それは傑作機となるはずだった。
だが今は、その機能を果たしていない。
完全に人間側の制御から離れ、自らが持つ衝動によって全てを破壊する。いわば死神だ。
『余剰機能を持つ私と、それを部分的にしか持たない彼女たち。どちらが正しいか、今からそれを証明しよう』
そのアヤの言葉に呼応するように、オペレーションルームの戦況モニタの表示が切り替わった。
地形データが立体的に投影され、彼女たちを示す青いマーカと、アヤを示す赤のマーカが表示された。
『五分だ』
「了解した。だが万が一にも、お前が勝つことはない。いいんだな?」
『いいから、早く始めろ』
死のカウントダウンがスタートした。