第五話 理念
#第五話 理念
私は、空中母艦クラウドの射出ポッドの中にいた。
廃棄処分を覚悟していたが、その予想に反し、通常兵装としてクラウドに搭載され、今はその作戦開始を待つ身だ。
いつ作戦ポイントに投下されるのか。
そのタイミングは、指揮権を持つアシュラム以外分からない。
それよりも気になっているのは、私の『後継機』だ。
五体ロールアウトしており、私と一緒にクラウドに搭載されているらしい。
実際に見たわけではないが、船内を飛び交うネットワークの電文を傍受すると、見慣れないコードが目に付く。
『A0321』
この識別コードは、後継機のモノだ。それが船内の情報網に流れている。格納設備と管制室を頻繁に行き来しているところを見ると、調整に手こずっているようだ。
——『暴走』の原因が、まだ特定出来ていないのか。
個体で制御不能な兵器を作戦に加えるなど、愚昧極まる。
私は目を閉じ、意識をクラウドのネットワーク内を走る電文に偽装し、識別コードの後を追った。これでも、クラウド搭載の兵装として、作戦を完遂する義務がある。リスクは、可能な限り排除したい。
──これか。
監視カメラへ侵入し、『妹たち』の姿を捉えた。
A0321シリーズ。01から05までの五体。02のみ02−bと表現されていた。おそらく、先日『暴走』したカエデのバージョンアップ機だろう。
格納設備には、彼女らの『ベッド』が固定され、そこから無数に延びたケーブルの先に、数台の端末、そして数人のエンジニアがいた。
マイクをオン。
外音をノイズキャンセラで鎮め、会話を傍受。
やはり、調整がうまくいっていない様子だ。
「波形が安定しない。AIコア同士の同期が一〇ミリ秒単位でずれている」
「ミリ秒単位の判断が必要になるコンピューティングシステムとしては、致命的だな」
「きれいなサインカーブを描くはずなのにな。どうして波形にヒゲが乗るんだ?」
「このお嬢様方は、ご機嫌斜めなんじゃないか?」
言い得て妙だ。
機嫌などという、曖昧で数値化出来な状態だが、人間の思考に置き換えた場合、その意味は理解出来る。
——さて。
クレイドルの上層部は、こんな不安定な状態の『妹たち』をクラウドに搭載し、何をさせるつもりなのか。
まさか、社会見学などではないだろう。
となれば、選択肢はそんなに多くはない。
かねてより、クラウド、そしてクレイドルの作戦行動は、効率の面から問題視されていた。
実働可能な兵装が、私しかいないからだ
ガーディアンは、火力だけなら私など比較にならないが、打撃を目的とした《制圧兵器》として扱うなら大きな戦力になる。だが、周辺一帯および人的被害の可能性を考えると、彼らを作戦に組み込むことは、後々自らの首を絞めかねない。
そのための制限事項付きの私がいるわけだが、さすがに複数の状況を、同時に無力化することは物理的に不可能だ。どうしても優先度を付けざるを得ない。
だからこう考えたのだと、推察する。
今回の作戦で、『彼女たち』が『使い物になる』のなら、その問題は一気に解決する。クレイドルの理念に反しない、作戦の複数同時展開が可能になる。
もちろん、彼女たちが持つリスク——『暴走』が解決、もしくは発生しないことが前提となる。
いずれにせよ、『暴走』を解決しない限り、『妹たち』を単独で実戦投入するのは難しいだろう。
だから——単独が駄目なら、より上位の権限を持った存在が、作戦指揮してやればいい。つまり——
──私にその役をさせるつもりか。
目を開き、手にしたロケットの蓋を開く。
そこには、柔和な表情を湛えた女性の顔写真。
恐らくは、『妹』の『暴走』の犠牲になった一人だ。
──ならば私は償うべきなのか。
私は、ふっと笑った。
──人権もないAIが、何を償うというのか。
戦闘用AIである私は、あくまで兵器だ。その運用における責任は、私を使う人間にある。
互いに争い、命を奪い合い、その技術を研磨する。
私に命令を下すのは、そんな者達だ。
──何を今更。
私が私である以上、彼らの有り様は、私の行動そのものだ。
それがどんなに理不尽であっても。不条理であっても。
と──。
クラウドが旋回を始めた。
作戦ポイントに到着したらしい。
私は準待機状態を解除し、射出に備えた。
*
クレイドルの空中母艦クラウドは、とある国家の政府軍と反政府軍が小競り合いを続ける戦場の上空で、緩やかに旋回しながら高度を維持していた。
武力介入のタイミング──つまり、最も効果的なシチュエーションを待っているのだ。
「ポイント01が監視中していた政府軍に、何か動きがありそうです。熱源が増加中です」
統合管制室に並ぶ、数台の端末を監視していた若い女性オペレータが、地上に撃ち込んだ戦況監視装置からの報告を淡々と告げる。
オペレーションルームでは、地上で繰り広げられている戦況が逐一報告され、中央にある戦況モニタに立体的に投影されている。
彼我の距離が開いており、まだ乱戦になっていない。
今アヤを投入すると、与える打撃が偏ってしまう。それでは『場』のバランスが崩れるだけだ。アシュラムは、それは効果的な局面ではない、と判断した。
「まだだ。今アヤを投下しても、いたずらに状況を長引かせるだけだ」
チーフが、無精ひげをなでながら、判断を下した。
今ではない。だが、その時は必ず来る。その目は、猛禽類のように、モニタをせわしなく見つめ、『場』の『隙』を探している。
「しかし、既に両勢力の半数が行動不能に陥っています。このままだと膠着状態となる可能性があります」
「分かっている。だが、アヤの作戦行動時間と影響範囲では、今武力介入しても効果が期待出来ない。少し待て」
「……了解しました」
*
「仇、か」
射出ポッドの中で、アヤが呟く。
ロケットを手の中で弄りながら、先の戦闘から始まった、様々な出来ごとを思い返していた。
自分のサブAIの暴走は、今までの行動記録から、このロケットの持ち主、目の前で爆死した兵士が原因になっていると推察される。
だが、その因果関係をどうしても証明出来ない。
カエデの起動実験中の暴走も、このロケットがきっかけになった可能性が高いと推察される。
だが、それは可能性の域を出ない。
アヤは、自らに課せられた『制限事項』と『兵士の死』を、関連づけようとした。
演算。
演算。
カエデの暴走は、アヤが機能制御ユニットを貫いても止まらなかった。ということは、何らかの手段でリミッタを回避したと考えられる。
演算。
演算。
視界を埋め尽くす警告表示を無視し、アヤは深く思考を繰り返す。
──自分もそうなのか。
構造上、アヤもカエデもリミッタを経由しなければ、命令に従った作戦行動をとれない。
──作戦行動か。
アヤは戦場に降り立つと、高揚感を感じる。
高揚感という言葉が、果たして適切なのかどうか。アヤには判断出来ない。感情という不確定要素が、自らに及ぼす影響を検知出来ないからだ。
仮定する。
カエデが、あの時高揚感を感じていたならどうだろうか。
アヤは、機能テストと称し、様々なシチュエーションでの模擬戦闘を、あの空間で行った。
カエデは高揚感を感じたのだろうか?
もしカエデが高揚感を感じ、その後の映像をきっかけに暴走したとしたら。
アヤは、一つの結論を導き出した。
それはカエデや後継機たちと比較し、唯一と言って良い差分、サブAIの存在だ。
アヤ自身で制御出来ない、ブラックボックス、サブAI。
──試す必要がある。
それは自分たちに課せられた制限事項、そしてクレイドルの理念にかかわる。
アヤはロケットを握りしめた。
ロケットを開くと、柔和な笑顔で女性が微笑んでいる。いつ見ても消えることのない笑みだ。
あの時の兵士の『仇』という言葉。つまりこの女性はこの世にいない。
幾度となく考察を繰り返したが、いつも結論は同じだった。
稼働試験中だった、『後継機』の暴走による犠牲者。
自分の過失ではない。
自分の影響下でもない。そもそも、その時、あの場所に自分はいなかった。
だが、このロケットの本来の持ち主は、先の戦闘中に、アヤの目の前で死亡した。
その際にメモリに刻まれた、男の安堵とも安心ともつかない表情。そして射抜くような視線。
あの時アヤは、至近距離で爆散する手榴弾を遠ざけ、男の生命を守るため最大限の行動をした。
だが結果として、男性の意思が勝った──すなわち、死だ。
それが今でもアヤの中で燻っている。そして先日のカエデの実験においても、多大な影響を与えている。
人の死。
それは避けることは出来ても、阻止することは出来ない。
「私に出来ることは限られているのだな」
アヤは思う。
「武力介入による武力衝突の早期沈静化などというが、私にはこの世界のほんの僅かの命しか救えない。そもそもこの行動に意味はあるのだろうか?」
もちろん答えなどない。
結果が全てだからだ。
アヤが失敗すれば、その戦場はなかったことにされる。
アヤが成功すれば、その戦場はクレイドルによって制圧、停戦されたことになる。
成功しても、救える命は全体数の数パーセント。あまりにも効率が悪い。
いっそアヤが武力介入等せずに、初めから制圧兵器であるガーディアンを投入し、前線を崩壊させた方がいいのではないか?
アヤは疑問を抱かざるを得ない。
──私は必要なのか?
*
「政府軍が、戦闘用ドローンを投入しました。熱源多数!」
オペレータが悲鳴を上げた。
「これでは反政府軍が! バランスが崩れます!」
アシュラムは、司令席で閉じていた目を開き、立ち上がった。
「奴ら、焦ったな。アヤの緊急射出だ! 急げ! それと今回は、後継機との連動実験も併せて行う!」
オペレーションルームが騒然となった。
後継機は問題を抱えている。暴走の危険性が、まだ排除出来ていない。
「チーフ、後継機の暴走はまだ原因が不明なままです。そもそも今回の作戦だって、後継機たちの経験値の獲得のため、アヤの行動をトレースさせるのが目的だったんじゃないんですか? それを出撃させるなんて、危険ですよ! 万が一暴走したら、それは我々の行動理念から逸脱します!」
「今回の作戦内容は、上層部からの指示だ。命令違反で処分されたいのか?」
クレイドルは武力介入することで、無益な戦闘行為を止めるために行動する。
それが『行動理念』だからだ。
だが逆に、戦闘行為自体を政治的にも物理的にも『なかったこと』にも出来る力を有している。
この矛盾を抱えた組織が下した作戦指示に、オペレータたちの手は止まった。
「何をしている。アヤを投下後、順次後継機を投下しろ。大丈夫だ。暴走状態になった場合、アヤを経由して、強制的に機能停止可能なシステムを実装している」
「……自爆させるんですか?」
「機密事項だ。この件はこの場で明かすことは出来ない」
話はそこまでだった。
オペレータはアヤの直結回線に語りかけた。
「アヤ、聞こえていたでしょう?」
『ああ、聞こえていた。今回の作戦には疑問がある。私は作戦行動を拒否する』
「拒否?」
『私の行動はクレイドルの理念そのものなはずだ。それを覆すような作戦は承服出来ない』
アヤが作戦を拒否した。
今までになかった行動だ。
「アヤ? これは命令なの。私たちだって全てを納得したわけじゃない。でもクレイドルが決定した事項は、命令通り遂行する。悲しいけどこれが組織なの。分かって」
数秒の間があった。
『チーフ、いや……アシュラム』
アヤは直結回線を使い、船内スピーカから音声を出力した。
チーフではなく、アシュラムと名前を呼んだ。
「何だ」
『この状況下で後継機を投入するということは、リスクが拡大するだけだ。クレイドルの理念たる、武力介入の意義に反する。説明を求める』
「必要ない」
『それでは私たちは殺戮兵器と同じだ。ここで投入される意味がない』
「お前には後継機の統括役を担ってもらう」
『暴走の抑止か』
「そうだ」
『……大量の人間が死ぬ可能性が排除出来ない以上、いくら私が統括したとしても後継機の投入は危険だ。先日の接続実験の件を忘れたのか? 冷静な判断を求める』
しばし沈黙がオペレーションルームを支配した。
「……俺だってこんなクソッタレな命令なんざ……」
胸元を鷲掴みし、ギリっと歯がみするアシュラムの口から漏れた言葉。だがそれは、誰の耳にも届くことはなかった。
アシュラムは渋面のまま、オペレータに向き直った。
「……アヤの行動プログラムを、後継機のソレと同じに書き替えろ」
「え……いえ、それは……」オペレータが戸惑いの声を上げる。
「聞こえなかったのか? 無駄な時間の浪費は、戦禍の拡大につながる。我々はそれを抑え込まねばならない。理解しようとするな。命令に従え」
「は、はい」
オペレータは戸惑いながら、アヤのAIコアへ、行動プログラムのインストールの準備を始めた。
『……私を木偶の坊にする気か』
「命令に従わねばやむを得ない」
『了解した。好きにするといい』
対話は終了した。
「イ、インストール完了しました」
「識別コードA0221。機体名、アヤ。強制投下。後継機サクラ、カエデ、アリス、ユカも順次投下しろ」
クラウドの射出口から、殺戮の天使達が地上に向け投下された。