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じゃないほう王女は逃げ出したい

 ポジェルモ王国は小さな国だ。

 大国に囲まれた内陸地にある小国で周囲との関係は悪くない。

 何百年も昔はあちこちで戦争が起きていたと書物にあったが、フェルテス王国が『このままでは民が疲弊するばかり』と、周辺国を説得してなんとかどこも損をしない協力関係が築けるようになった。

 侵略戦争に勝利しても、即、皆が幸せになれるわけではない。

 戦地となった場所ならなおのこと。

 荒れた土地を管理し、農作物を育て、収穫するためには人手もいる。そして人には向き不向きというものがある。

 うちの国は戦争にあまり向いていない内向的職人気質の集まりで、なんとか戦争に巻き込まれないようにと全力回避してきた国。大国からの申し出にも真っ先に乗っかった。

 標高高めの内陸地で冬が長く家の中にいる時間が長い。

 女達は冬に備えて食糧を加工し、男達は夏に農業や狩りで素材を手に入れて、冬になると藁や竹、獣の皮や毛皮を加工した。

 保存食作りは趣味を超えて職人の域へと達し、物によっては二年、三年どころか十年後でも食べられる。

 ある年、隣国のひとつ、フェルテス王国がひどい日照りにあったと聞いた。

 ポジェルモ王国から近い土地の被害が特に大きいと聞き、ここは大国に媚びておこうと保存食を持ってお見舞いに向かった。

 あまりの硬さに殴れば人が殺せるのでは…と心配になるレベルのパンに塩漬けの肉、乾燥させた野菜や果実。瓶詰のジャムや肉など。子供達のために飴も用意した。

 日照りの土地に『調理のために水を提供しろ』と言うのも酷な話だろうと、水魔法を得意とする魔法使いも連れて行った。

 飲み水を作らせると当たり外れがあるのが難点だが、たぶん問題ない。

 そのまま飲んだせいで腹痛を訴えた騎士が何人かいたが、大丈夫、今のところ死人は出ていないし、その水で育てた野菜や果物から毒は検出されていない。

 騎士何人かの尊い犠牲により、長めに煮沸すれば大丈夫だということがわかった。

 あと、制作者である私はそのままの水を飲んでも大丈夫だった。毒耐性があるというより、抗体か?

 作りたての水は私の名から『ヴェロニカ毒』と呼ばれている、失礼な。

 この国の王女なのに。

 ポジェルモ王国第四王女ヴェロニカ、当時十二歳。

 品質はともかく大量に水を作るだけなら国一番だったので、志願してフェルテス王国へと向かった。

 六人いる王女の中でもぶっちぎりの庶民派。同じ母親から生まれているのに、姉や妹達と同じ金髪、碧眼なのに、自分でも『普通』だと自覚できるほど普通。

 双子の姉、第三王女のヴァネッサが六人の中でもひと際美しく、かつ優秀だったこともあり、ものすごく比較された。

 美しいヴァネッサ様、賢いヴァネッサ様、治癒魔法師として教会での奉仕活動にも積極的に参加し、慈悲深いヴァネッサ様。

 才色兼備、容姿端麗、錦上添花…、人々が褒めるほど、私のポンコツぶりも際立つ。

 平民と比べればそこそこ可愛らしい気もするが、王族としては平凡、勉強はあまり好きではなく、落ち着きがない。唯一の取り柄である魔法も魔力量が多いだけのゴリ押しで、何人か病院送りにしている。

 その上、雑な性格で、王族、貴族特有の腹芸ができない。全部、顔に出て挙動不審になるし、そもそも腹芸と聞いた時。

「私にもできますよ、お腹に人の顔を描いて踊るのですよね、騎士団の団長に教えてもらいました!誰よりも愉快に楽しく踊ってみせましょう!」

 と答え、国王である父が騎士団の団長に『一応、アレは娘なのだから面白がって嘘を教えるでない』と言い、団長も『すみません、まさか信じるとは…』と謝っていた。

 騎士団長が王女に嘘を教えるってどうなのさ?

 ともかく、王女とは思えないほどがさつなので、使節団に同行しても問題ない。むしろ私に付き添っていたメイド二人のほうが死にそうになってしまい、宿屋に置いて進むことになった。

 大量に荷物を積むための馬車なので、荷物に圧迫されて狭いし、揺れるし、休みなんてほとんどないし。

 そして野宿。女性にはテントが用意されていたが、ほぼ外。お風呂もなければトイレも『ちょっと草むらで』という生活。

 貴族籍のメイド達に『慣れろ、頑張れ』と言うほうが酷だ。

 涙ながらに謝罪するメイド達を励まし、私は愉快で刺激的な旅を続けた。




 使節団は無事にフェルテス王国に入り、途中の村々に『とりあえず』の食糧を置き、干からびた水瓶や井戸に水を…なのだが、大きな声で『絶対にそのまま飲まないように』と何度も注意する。

 長めに煮沸すれば大丈夫だが、そのまま飲むと大人でもお腹を壊す。子供が飲んだら…、考えただけでも恐ろしすぎて、何度も念押しする。

「あの、日照りで井戸も水瓶も干からびていますので、仮にここで雨が降ったとしてもそのまま飲んだりしませんよ」

 乾燥しきってしまい、砂埃で汚れている。

 なるほど、オッケー、わかった。先に洗わなくちゃね!


 村の中の人達には一旦、家の中に入ってもらい、ともかくざっぱーんっと大量の水を作って井戸周りにかけること三回。井戸の周りに集められた水瓶も井戸の周辺もちょっとはきれいになったかな。

「雑っ、雑過ぎますよ、ヴェロニカ様、また魔力の無駄遣いして」

「オレ達まで濡れるでしょ!」

「いいじゃん、ほら、みんなで水瓶を洗って、水が足りなかったらガンガン作るから。炊き出しの準備もよろしくね」

 ちなみにヴェロニカ毒はたまに人体に悪影響が出るが、皮膚からは吸収されない。たぶん。ゴクゴクっと飲んだらアウト。

 水瓶を洗ううちに面倒になって、村全体に大量の水を降らせた。


「も~、オレ達までずぶ濡れですよ、腹、壊したらどうしてくれます」

「じゃ、その時はお詫びに嫁に行ってあげるよ、王女様の降嫁だよ」

「いりません」

「お断りします」

「間に合っています」

「なんの罰ゲームですか、カンベンしてください」

 って、全員に断られた、ひどい。十二歳の女の子を少しは気づかってよ、もう。

 十二歳…ではあるが魔力だけなら国一番。

 ひとつの村に二、三時間滞在して全体を水で洗い流して、とりあえず水瓶と井戸にギリギリまで水を入れておく。

 どこの村でも『煮沸してから飲む』ことは何度も伝えていた。あと、殺人堅パンと乾燥野菜の食べ方も。塩漬け肉と乾燥野菜でスープを作り、最期にパンを入れて水分で柔らかくする。肉と野菜の出汁で見た目よりも美味しいスープが作れるし、パンも膨らんでお腹も満たされる。

 そして最も被害が大きな町に到着した。

 日照り前は活気ある豊かな町だったのだろう。今はどこもかしこもくすんで見える。

「よし、一発、大きいのいくね!」

「うわ~、ヴェロニカ様、待った、待って、先に町長に話してくるから!」


 大きな町なのでそれなりに疲れたがなんとか水瓶を満たし、持っていた食料もすべて渡すことができた。

 使節団の訪問は通信の魔道具であらかじめ伝えていたため、歓待のために王族がこちらに向かっているらしい。

 ポジェルモ王国からフェルテス王国に『近いから被害が大きい町に物資を届けに行くよ』と連絡して、フェルテス王室から町に『ポジェルモ王国から救援物資が届くよ』と連絡があり、さらに王族が直接、お礼を言いに来るよ…と。

 めんどくさい…。

 使節団全員で全力辞退して、全力で引き留めようとする町長達を振り切ってさっさと国に戻った。

 荷物は軽くなったし、人助けもできて心も軽い。

 ポンコツ王女でも役に立つんだよ、使い道によってはさ。

 国に帰ると家族達も褒めてくれたが…。

「フェルテス王国の第一王子がヴェロニカ毒にやられたようだ…」

 父の言葉に青くなる。絶対にそのまま飲むなと言っておいたのに、何故?

「わ、私、他国の王族に毒を盛ったことに…、しょ、処刑はなんとしても止めてください、修道院でもどこにでも行きますから」

「いや、ヴェロニカが行ったら修道院が迷惑するから」

「そうね、規律を破るどころか、規律、何それおいしいの?って性格ですものね」

「むしろヴェロニカに感化されて修道女達がおかしな方向にまとまりそうで…」

「それは面白そうね」

「お姉様達、ひどい、私の命がかかっているのに!」

「大丈夫よ、魔道通信で死にましたって報告しておけば、フェルテス王国には確かめようもないわ」

 ………偽装報告?

「さすが、ヴァネッサ、狡賢い案ね、しかも私、そのまま平民として暮らしていける!」

 王族から円満離脱だ、平民になればまぁまぁ可愛いほうだから結婚相手も楽々ゲットだぜ。

「こらこら、お前達、勝手に話を進めるでない」

 私達が出立した後、被害の大きかった町に到着したのが第一王子アデルバート様。少なくない数の水瓶がすべて満たされていたことに感心し。

『こんなに澄んだ水なのに、本当にそのような毒があるのか?私には毒耐性があるから飲んでも平気だろう』

 と、お付きの人達が止めるのも聞かず飲んでしまった。

 第一王子として迂闊すぎる。

 飲んだ量が少なかったおかげで症状は軽いものだったが、『そのまま飲むとあの第一王子ですら危険』と噂が広がり、今度こそ、そのまま飲む者がいなくなった。

 興味本位で絶命したらシャレにならないものね。

 って、絶命しないから、お腹がちょっと痛くなるだけだからっ。でも、小さな子に飲ませるのは本当に危ないからやめて。

 毒に耐性がある第一王子をも仕留めたヴェロニカ毒、恐るべし、ほんと、何が入っているの、誰か教えて。

 せっかく善い行いをしたのに、微妙な気持ちになってしまったよ、とほほ…。




 あれから四年。十二歳だった私もお年頃の十六歳。

 婚約者はまだいない。というか、打診すらない。

 国内では悪名…いや、王女扱いされていないし、こちらも国内の男性は気心が知れて、知れて、知れすぎちゃって困っちゃうくらいなので、まったく結婚とか考えられない。

 しかし国外からもないのは納得できない。


「フェルテス王国の第一王子を暗殺しようとしたって噂が流れているらしいわ」

 ヴァネッサがお茶の席でコロコロと笑いながら教えてくれた。

「大陸で一、二を争う大国の第一王子を暗殺しようとした王女との婚姻…は、ちょっと無理よね」

「でもさ、考えてみたらすごい毒ってことだよ、改良して国力?兵器にならないかな?」

「皮膚が爛れるとか、壊死するとか、内臓が溶けるとか…、ではなく軽い下痢では難しいのではなくて?もっと猛毒でないと」

「うぅ、普通に水を作っているだけなのにっ」

「私の治癒魔法でも治せないとっても希少な毒なのに、ヴェロニカの性格が反映されているせいか毒性が弱いのよねぇ。私が作れば少量でも効果抜群のものができそうなのに」

 ヴァネッサがなんか怖いこと言ってる。

 優雅にお茶を飲みながら。

「でね、そんなヴェロニカに良い知らせがあるの」

「え、何、新しいケーキ屋さん?それとも本屋?」

「ヴェロニカが暗殺に失敗したフェルテス王国の第一王子がこの夏、我が国に視察に来るそうよ」

 ………そ、それは、雲隠れしたほうがいいってことかな?




 ポジェルモ王国には王女しかいない。

 直系なら男女問わず…で、昔から女性が多く生まれやすかったので、第一王女シャノンが女王となることが決まっている。既に国内の有力貴族と婚姻し、女王となるべく勉強中だ。

 第二王女ミンディもすでに婚姻し、夫婦で植物研究と保存食の可能性について研究している。二人とも凝り性というか、とにかくしつこい。わかるまで研究し尽くして、研究しているうちに新たな興味を見つけてまた調べまくる。

 私の水もミンディ姉様が調べ尽くしてくれた。

 謎は解けていないが、毒性が強くないことだけは確認されている。

 第三王女ヴァネッサと私、第四王女ヴェロニカは双子だ。一応、第三、第四…と決まっているが、ほぼ同格。

 ではあるが、世間的にはヴァネッサとヴァネッサじゃないほう…となっている。

 妹カーリーとロッティは十三歳と八歳。社交にはまだ少し早い。

 夜会の準備をする私達を羨ましそうに見つめていた。


「いいなぁ、夜会ではご馳走が出るのでしょう?」

 そっちかっ。カーリーはわりと食通だものね。

「カーリーとロッティにも夜会と同じ食事をお願いしておくわ」

「ありがとう、ヴァネッサ姉様!とっても楽しみだわ」

「ロッティも夜会に行きたいのにぃ…」

「無理よ、ロッティには早いわ」

「でもカーリー姉様」

「騎士に混ざって警護したいのなら、もっと大きく強くならなくちゃ」

 って、そんな理由?

 ヴァネッサがクスクスと笑いながら言う。

「そうねぇ、大きくならなくても、せめてヴェロニカのように一国の王子を暗殺できる程度には強くなくちゃ」

 殺していません。

「ヴァネッサ、嘘を教えないでよ。ロッティが本気にしちゃうでしょ」

「だってヴェロニカの小さい時みたいで可愛らしいから、つい、ね」

 ロッティが『え~』と不服そうに声をあげる。

「ヴェロニカ姉様は可愛くないもん」

 グッサーッ、なんか、今、なんか、すごい勢いで刺さっ……。

「かっこいいんだもん!」

 ふっかぁあ~つ!

「暗殺者みたいで」

 からの、急降下―――!

 お、おぅ…、妹よ、なんか、いろいろ、全部間違っている気がする。

 ともかく、必死で笑いをこらえるメイド達に手伝ってもらい、なんとか夜会で着るドレスが決まった。

 作った覚えはないのだが、私のドレスは青味がかった銀糸を紡いだもので、宝石はエメラルドでまとめられていた。

 ヴァネッサは赤味がかった銀色にルビー。銀色…と言っても、ギラギラと派手な感じではなく刺繍もうまく使って上品な色合いだ。

 ヴァネッサが着ると五割増しで素敵に見える。

 私?うん、まぁ、だいぶドレスと宝石に助けられた感はある。

 ヴァネッサと比べると地味。顔立ちとか化粧とかの問題ではなく、性格の問題でもある気がする。

 そう、私の本質が控えめというか奥ゆかしいというか。

「ヴァネッサがなんとか王子に見初められたらどうしよう…」

「やだ、王子の名前を覚えてないの?」

「え、もちろん覚えているよ。フェルテス王国の第一王子!最近、王太子になったんだよね」

「うん、名前は?」

 アデ…、アデ…、アデ?

「ま、まぁ、夜会までには覚えておくって」

「ヴェロニカが嫁ぎ先でやっていけるのか心配だわ」

「そんな、お母様みたいなことを…」

「ついて行こうかしら」

「え、本当に?」

 いや、まてよ。ヴァネッサが来るということは、私が嫁いでも…、ヴァネッサのほうが気に入られるよね。じゃ、最初からヴァネッサが嫁いで、私がおまけでついていく?

 真剣に考えていると。

「ヴェロニカは何も心配しなくても大丈夫よ。私がうまくやるから」

「そうなの?」

「えぇ、嫁ぎ先も、嫁いだ後のことも心配しなくても大丈夫よ。ヴェロニカは旦那様に愛されて幸せになるだけでいいの」

 わぁ、なんか、すごい、ヴァネッサに言われると本当にそんな未来になりそう。

 横でカーリーが『怖っ、絶対、暗殺者に向いているのは…』と何か言っていたが、最後までは聞こえなかった。




 夏、社交シーズン真っ盛りの中、フェルテス王国より王太子アデルバート殿下と双子の弟アドルフェス殿下が飛竜に乗ってやってきた。

 いや、飛竜って…、大国はやることが派手だな~。

 飛竜なので人数も荷物も少なく、六人しかいない。飛竜は八騎で、二騎が六匹の飛竜を連れ帰った。

 十日ほどで迎えに来るとのこと。

 十日もいるのか。視察って言ってたものな。それくらい、いるものなのかな。

 ともかく、城の中庭で出迎えて、今夜は晩餐会。

 早くご飯を食べたいが、挨拶してからでないと駄目だよねぇ。


 メイド達に盛りに盛られて、しかし一見、盛っているようには見えない自然な仕上がりで準備が整った。

 わりと美人に仕上がったと思うが、それもヴァネッサを見るまでのこと。

 今夜もヴァネッサは月の女神のごとく美しかった。

「本当に…、きれい」

「ありがとう、ヴェロニカも可愛らしいわ」

 いや…、まぁ、私はヴァネッサじゃないほうの王女なので。

 家族や近くで働く者達は皆、私の個性を尊重してくれるが、少し離れた人達は外見で判断をする。

 僻んでいるわけではないが、比べられることには異議がある。

 人には得手不得手あり、同じに見えても一人一人、別の人間だ。確かに私は美人じゃない方で勉強嫌いのポンコツ女王だが、ヴァネッサよりも得意なことだってある。

 とりあえず野宿で生き延びることができる、どこででも寝て、起きて、生きていける。

 野性味あふれる王女なのだ。

 というわけで、今夜もヴァネッサと比較されまくって微妙な気持ちになることもあるだろうが、そんな時は食事とデザートに走ろうと二人で控室へと向かう。

 そこで…、私は運命の出会いを果たした。


 一目でわかった。この人だと直感した。

 相手も私を見てすこし驚いたような顔をしていたので、きっと同じ気持ちなのだろう。

 紹介される前から話しかけるわけにもいかないし、物事には順序というものがある。

 晩餐会の後は舞踏会で、私達王族もフロアーで歓談する。

 その時がチャンス。

 ドキドキしているとダンスの準備が始まった。一曲目はシャノン姉様達かしら。それとも国賓のアデ…なんとか王太子殿下かしら。

 最近、第一王子から王太子に変わったのよね、そこは覚えている。同じ王族同士だから殿下はおかしいけど、こっちは田舎の小国。気軽に呼んでと言われるまでは殿下と呼ぼうと迂闊なりに考えていた。

 いっそさ、家臣だと勘違いされたほうが楽だし。

「ヴェロニカ、アデルバート様がいらしたわ」

 一応、挨拶はしているため、何度も正式な挨拶をする必要はない。

 ダンスの時間だからヴァネッサを誘いに来たのだろう。ヴァネッサが隣にいては家臣に擬態してやり過ごすのは難しい。

 めんどうだな…と、視線を向けた先に運命の人がいた。

 アデルバート様の双子の弟、第二王子アドルフェス様。二歳年上の十八歳。

 黒味の強い銀髪はくすんで灰色に見えるし、瞳は暗い緑色。青銀色のサラサラヘアに宝石のように鮮やかな緑眼のアデルバート様に比べると控えめな色だ。

 二人とも背が高く騎士のように厚みのある体つきでかっこいいのに、何故か普通の人に見える謎。お顔もよくよく見ればアデルバート様とほぼ同じ配置、同じパーツなのになんとなく地味だった。

 同じ埋没系に出会えた喜びに震えた。

 あなた、絶対に陰で『アデルバート殿下じゃないほう』って呼ばれていますよね?

 トン…とヴァネッサに小突かれた。

「え、何?」

「ヴェロニカ…、聞いてなかったの?」

 呆れたように言われて、何が何やら…ってか、アデルバート様が私の目の前に立っていた。

 手を差し出した状態で。

「………え?」

「ほら、行ってきなさい。ダンスは習ったでしょう、しっかりね」

 えええええ?


「あ、あの…、ア、アデルバート様……」

「アデルと呼んでほしいな。君に愛称はあるの?」

「え、いえ、ありませんけど…」

「ではロニーと呼んでも?」

「へ?はぁ、それはお好きなように…じゃなくて」

 優雅で自然な動きなのに、何故か振りほどけないままホールの中央へと引っ張り出された。

 まさかの一曲目。

 ダンスレッスンはしていたが、人前で踊ったことなどない。

 誘われなかったし、ご飯食べるのに忙しかったし…。

「あ、あの、ですね」

「心配しないで、さぁ、曲が始まるよ」


 始まってしまった。

 頭の中が真っ白で習ったはずのステップがまったく思い出せないが、なんとかはなっている。アデルバート様のおかげで。

 力が強いのか魔力的なものを使っているのか、優雅な微笑みで私を難なく操っている。

 なんとか一曲目が終わり、やっと解放されると思っていたのにそのまま二曲目に突入してしまった。

 慌てふためいた視界の隅でシャノンお姉様達と、ヴァネッサがアドルフェス様と踊っているのが見えた。

 ちょ、変わって、アドルフェス様のほうがいいのに。

 なんとか断ろう、逃げようと思っているのに何故か逃げられない。いつの間にか抱え込まれている。

 しかも。

 夜会が最も盛り上がったタイミングで、アデルバート様と私の、アドルフェス様とヴァネッサのダブル婚約が発表された。




「おかしい、絶対におかしい、婚約するのなら、上同士、下同士じゃないの!?」

 私の言葉にアドルフェス様も頷いた。

「だよねぇ。なんとなくヴェロニカ嬢にはこう…、他人とは思えないものがあるよ」

「ですよね?私もです、そう…、王族なのに、王族っぽくない雰囲気とか」

「王族らしくない言動とか」

「王族とは思えない薄い存在感、そして庶民に溶け込む凡庸さ」

「そうそう、あと、兄上にはよく迂闊だって言われている。今回も『ポジェルモ王国に行く』としか聞いていなくて、観光気分でついてきたら、評判の美姫と婚約とか、なんの冗談かと思ったよ」

「私もです」

 やっぱり仲間だ、心の友よ!

「本当に迂闊だよね。それを私達がいる前で言うところが」

「だって、もう、隠しても仕方ないーっ、嫌だーっ、私にフェルテス王国の王妃になれとか、無理―っ」

 そう…、フェルテス王国の王太子と婚約するということは、いずれ王妃。

 私が王妃って、国を滅亡させる気か。

 せっかく用意されたお茶もお菓子もまったく楽しめない。

「ははは、泣き叫ぶロニーは可愛いな」

「鬼かっ」

「未来の旦那様だよ」

「いやーっ、この人、絶対、腹黒いーっ」

 泣きながらヴァネッサに抱き着く。

「お願い、交代して、今ならまだ間に合う」

「ん~、どうしようかな。ヴェロニカ、三回回って、ワンって言える?」

「言う!言ったら、交代してくれる?」

「い・や」

 美しい笑顔で断られた。うわーん、やる気満々だったのに。婚約回避できるのなら愉快な腹芸だって見せる覚悟があるのに。

「アドルフェス様は可愛らしいけど、アデルバート様はちっとも可愛くないもの」

「こっちだって君のような性悪女はお断りだ」

「でも、仕方ないの。消去法でね、ヴェロニカを任せられそうな男が、コレだけだったの」

「何、それ?」

 国内の高位貴族で同じ年頃の男性はヴァネッサしか目に入っていない。

『ヴァネッサ様じゃないほうと結婚してもなぁ』

『ヴァネッサ様じゃないほうと結婚すれば、ヴァネッサ様の義弟になれるな』

 わりと、普通に私の耳にも入ってきていた。

 そんな男をヴァネッサが選ぶわけ、ないのに。

 もちろん私もお断り。一生、独身で過ごすほうがましだ。

 そして国外は…、アデルバート様を毒殺しかけたという不名誉な噂で申し込みがないのかと思っていたが。

「この人ね~、自分がヴェロニカと結婚したいからって、他国で話が出るとあの手この手で潰していたのよ」

「当然だろう。私は四年前のあの日からヴェロニカに夢中なのだから」

 四年前?

「え、毒殺されそうになって、逆恨み?」

「まさか。アレのおかげで、自分の未熟さに気づけたのだ。それまで過信していた」

 頭脳明晰、眉目秀麗、文武両道…、褒められ続けてきた人生で、絶対に失敗などしないと本人も周囲も思っていた。

 飲んで腹痛…と聞いた水も、自分ならば大丈夫だと理由もなく信じていた。

「あらゆる毒耐性をつけたと思っていたのに」

 横でアドルフェス様が『嬉々として色々な毒を試していたよね~。私は怖くて半分も試せなかったよ』とのん気に頷いている。

「私が腹痛で倒れたというのに、誰一人としてヴェロニカを責める者はいなかった」

 隣国より訪れた救国の魔法使い。日照りの町にとっては煮沸が必要な水でも、命をつなぐ水となった。

「そうそう、みんな『だから言ったのに』『救国の魔法使い様の言うことを聞かないから』って、兄上にしては珍しく怒られていたな」

 神童として君臨してきた王子の初めての敗北。

 うん…、違わないけど、ちょっと違う。人の話を聞かずに勝手に水を飲んで自爆しただけじゃん。

「そこから私は君について調べた」

「身長、体重、スリーサイズまで調べていたのにはどん引きしたよ」

 私もどん引きです、どうやって調べたの?

「ふふ、国への援助と引き換えに私が教えました」

 妹を売ったのかっ!?

「心配しないで、私は控えめな胸も好きだ」

「そんな心配、するかーっ!そこより、もっと他に心配すること、あるからっ」

 もう、やだ、こんな男と結婚したくない。




 残念ながら婚約の話はサクサクと整ってしまい、ヴァネッサと共にフェルテス王国に嫁ぐことになってしまった。

「心配しなくても私がフォローするから」

「………ごめんね、ヴァネッサ。ヴァネッサには好きな人、いないの?無理してない?」

 コロコロと笑う。

「政略結婚なんてよくあることだし、その中では最善だと思っているわ」

 ヴァネッサは国内での人気が高すぎた。誰と結婚しても角が立つし恨まれる。最悪、夫が闇討ちにあうかもしれない。そして他国の場合、フェルテス王国ほどの大国ならば横槍も入りにくい。

「あと、アドルフェス様はとっても良い方だわ」

「うん…」

「ヴェロニカもアドルフェス様と結婚したい?」

 ………ちょっと違う。

 アドルフェス様と結婚をしたら、楽に過ごせると思った。気楽に、何の責任もなく、難しいことなど考えずに。

「結婚するならヴァネッサが良かった、かも」

「ふふ、可愛い妹のお願いでもそれはすこし難しいわね。でも、一緒にフェルテス王国に行くのだから、アデルバート様のお許しが出ればいつでも会えるわ」

「アデルバート様の…」

「そう、監禁されそうになったら可愛らしく涙目でお願いするのよ。怖い殿下は嫌いですって言って」

 可愛らしくお願い…、難易度、高いな、できるかな?

 あれ、その前に『監禁』って何!?


「君のお姉さんのことを悪く言いたくはないが、監禁だなんてひどいな」

 アデルバート様が美しい笑顔で言う。

「一カ月くらい、寝室から出られない程度なら監禁とは言わないよね?」

 言います、それ、監禁であっています。

 全力でツッコミたいが、ヴァネッサからのアドバイスがある。

 可愛くお願い、可愛くお願い…。

「一カ月も外に出られなかったら病気になってしまいます」

「そうか、病気になったら…、私がつきっきりで看病しよう。食事も食べさせてあげるし、お風呂も下の世話…」

「悪化するわっ!」

 我慢できずに突っ込んでしまった。

 もう、ほんと、やだ、この人。

「うぅ、いいです、先に騎士団をご案内します」

 今日は騎士団と魔法師団の見学に来ていた。小国ではあるが、一応、有事に備えて訓練しているのだ。

 ちなみにアドルフェス様とヴァネッサも近くの工房を視察する予定。

 こんな小国の騎士団を見ても何の参考にもならないが、本当の目的は婚約者同士、親睦を深めようね…というものだ。

「騎士団の団長をご紹介しますね」

 おーい。と声をかけて、なんだー?と返って…。

 私に気づくと、団長が全力で走って来た。

「こ、これは、王太子殿下、ようこそいらっしゃいました」

「はは、いつも通りでかまわないよ」

「ですよね、視察って普段の様子を見るものですよね」

「ヴェロニカ様、それは建前です、一応、他国の方の前では取り繕わないと。ってゆーか、いきなり連れて来ないでください」

「あれ、連絡なかった?」

「ありましたけど、一時間、早いですよ」

「いや、暇だったから」

「このポンコツ王女、相変わらずだな」

 ひどい言われようだ。

「だってアデルバート様と二人きりとか、間がもたないし」

「フェルテス王国に嫁ぐのでしょう?今からそんなことでどうする気ですか?」

「な、なんとかなるんじゃないかな。ヴァネッサも一緒だし」

 話しているとアドルフェス様と護衛の方々が走ってきた。

「こちらにヴァネッサ嬢はいらっしゃいませんか!?」

 ゼイゼイと息をつきながら言われた。

「約束の時間になってもいらっしゃらなくて…」

 待ち合わせは王城内にある馬車の乗降場所だった。アドルフェス様とその護衛二人で向かったところ馬車はなくヴァネッサも居なかった。

 女性は支度がかかると聞いたが、遅れてくるような性格ではない。

 慌てて城の者に居場所を確認するように伝え、念のため私達の元へと走ってきた。

「もしかして誘拐…」

「アドルフェス、滅多な事を言うものではない」

「す、すみません…」

「ロニー、大丈夫か?辛いのならば休んでいても…」

「いいえ」

 首を横に振った。

「今、確認しました。城内にはいないようです」

「わかるのか?」

「子供の頃…、かくれんぼをしていた時、ヴァネッサはとても探すのがうまくて、聞いたのです」

 何故、わかるの?勘?それとも運?

 ヴァネッサはわずかな気配を魔力で探って見つけ出していた。

「五歳か六歳の時の話です。ヴァネッサは天才で、もうそんなことまでできて…、追い越すことは無理でも追いつくことはできるかもしれないと必死で練習をしました」

 かくれんぼに勝利したい一心で会得したが、その後もヴァネッサに負け続けた。

 気配は探れるようになったが、ヴァネッサのほうは自分の気配を隠す術を習得していた。うぅ、子供の遊びで本気出すとか大人げない、同じ年だけど。

「他人の気配は無理でもヴァネッサの気配ならばどれほど離れていようとも探れます。すぐに追いかけましょう」

 騎士団長に馬を用意してもらい颯爽と走り出し…たいけど、無理だった。走らせるのは怖くて、ゆっくり散歩程度しかできない。

「ロニー、おいで、この馬なら力がありそうだ。一緒に乗ろう」

 アデルバート様が私を自身の前に乗せてくれた。抱えられるような姿勢はちょっと恥ずかしいが仕方ない。

「すみません…」

「馬は私が走らせる。君はヴァネッサ嬢の気配を全力で探って」

「はい!」

 待っていて、ヴァネッサ。必ず助けに行くから!


 わずかに残ったヴァネッサの魔力の痕跡を追いかけた。ヴァネッサのほうも心得たもので一定距離を置いて魔法を使っていた。光を灯す程度の小さなものだが、この痕跡があるのとないのとではまったく違う。

 私にしか見えていないようだが、誘導するように進む道が灯されている。

 馬車はすぐに横道にそれたようで、向かった先は別荘地。貴族や商人がセカンドハウスや隠れ家を建てている場所だった。普段はここで暮らしていないため、今も通行人がほとんどいない。

「この中の…、あっちです、あの高い石壁に囲まれた…」

 ヴァネッサの気配が強くなってきた。

「わりと頑丈そうな石壁だな。門も閉ざされているか」

 見上げるほど高い石壁に、板で作られた門も鉄で補強されていて簡単に壊れそうもない…。

 ドカーンッと石壁に大きな穴が空いた。

 続け様に凄い音がして、石壁が崩されていく。

 な、何が…。

「これで通れるね」

 アドルフェス様がひらりと馬から降りて空けた穴から単身、乗り込んでいった。土系の魔法?それとも風?なんにしても威力がすごい。

 いや、ボーッと見ている場合ではない。

「わたっ、私達も追わないと!アドルフェス様の身が…」

「そうだね、追わないと、犯人一味、皆殺しじゃ真相解明できない」

「何、怖いこと、言ってるんですか、そんな、あんな温厚そうなアドルフェス様が…」

 ドカーンッと壁が崩れるような音に、私達も慌てて突入した。

 そして…、縄で縛られたヴァネッサを目にした瞬間、私もぶち切れた。

「ヴァネッサに何、してくれてんの、この、ゴミムシ共がぁぁぁあああ!食らえ、ヴェロニカ毒を食らって、死んでしまえ!」

 致死毒ではないのだが、人って興奮すると何を言い出すのか、ほんと、恐ろしいわぁ、ほほほ。


 私達と同行した騎士団の精鋭六人とフェルテス王国からの護衛四人、総勢十人がかりでアドルフェス様を止めてくれたおかげでなんとか死者は出なかった。

「やだな、ちゃんと殺さないように手加減はしていたよ」

 穏やかに言われても、地面で虫のようにのたうち回る六人の男達の前では説得力というものが。

 男の内、一人が血を吐きながらヴァネッサに手を伸ばした。

 顔が変形しているが…、面影が残っている。王女達の護衛騎士達の一人だ。こいつが手引きしたのかな。

「ヴァネッサ、様…、我らの女神、よ…、何故、他国になど行かれるのですか…?」

 縄をほどかれ、身だしなみを確認しながらほほ笑む。

「それはもちろん国内の熱狂的すぎる信者がとても気持ち悪いからよ」

 スパーンッと言った、言っちゃったよ。気持ちはわかるけど。

「ヴァネッサ様……」

「あと、今日、嫁ぐ理由がひとつ増えました」

 にっこり笑って言う。

「ギャップ萌え」

 普段、おっとり温厚なアドルフェス様が無言、笑顔で、壁を壊し、男達を殴り、あっという間に制圧してしまった。

「すごく、好き」

 いや、怖い、怖いって、無言、笑顔で人を殴るって相当、怖いから。

「アドルフェス様は昔から自分の懐に入れたものを大切にする男だからね」

「狂人の弟はやっぱり狂人だったっ」

「まぁ、ヴェロニカ、失礼よ。アドルフェス様は私のために戦ってくださったの」

「だとしてもっ」

「ほら、ロニー、結婚するのなら私のほうが良いだろう?」

「そんな究極の二択、選べないーっ!」

「あら、倒れている男達の口に無理矢理水を放り込んでいたヴェロニカも相当よ。追加制裁する必要などないほど打ちのめされていたのに」

 アデルバート様とヴァネッサが優雅に笑っている。

「アドルフェスもおっとりしているようでいて瞬間沸騰だからな」

「そうなの、ヴェロニカも止める前に動いてしまうから…」

 否定できない。

 確かに単細胞ですぐにわーって騒いで動いちゃうけどさぁ。

 と、ふと隣を見れば、アドルフェス様も困ったようにオロオロしていた。

 ………うん、アドルフェス様との結婚はないかな。運命の人だが…、運命の人すぎた、似すぎている。自分が男だったらこんな感じになりそうで、ちょっと、どうだろう。

 だからといってアデルバート様は…。

「ロニー、ほら、おいで」

 微笑むお顔がとっても美しい。お腹の中は真っ黒っぽいけど、表面上はとても優しく紳士だ。

 しかしそれはヴァネッサも同じ。

 だからといって悪人ではない。ヴァネッサは黒に対して、黒い行動を返しているだけ。

「アデルバート様と…、結婚してもいいけど、絶対に私に対しては中で飼っている暗黒大魔王を出さないでくださいね?」

「そんなものは飼っていないし、ロニーのことは生涯、大切にするよ。君は救国の魔法使いで、初めて私を仕留めた人だからね」

 いえ、そこは…、仕留めたではなくせめて射止めたでお願いします。




 翌年、双子の姉ヴァネッサと共に飛竜に乗ってフェルテス王国に輿入れした。

「うぅ、どうしてこうなった…」

「諦めが悪いわねぇ。アデルバート様達が視察に来る前からわかっていたことでしょう?」

 わからない。わからなかったが…、説明されて思い出す。あの時の私の衣装は青味がかった銀糸のドレスとエメラルド。

「アデルバート様の色か!」

「そうよ。アデルバート様が用意してくださったの」

「って、スリーサイズ、活用しているし」

「足りなかった細かな寸法は私がお知らせしたの。ピッタリで良かったわ」

 さらに言うと、もっと前から水面下で連絡を取り合い、婚約の話を進めていた。アデルバート様が正式に王太子となったら一気に取りまとめる予定で。

「早く教えてくれても良かったのに…」

「でも、ヴェロニカは秘密を隠し通せないでしょう?絶対に挙動不審になって国内どころか他国にまで知られてしまうわ」


 貴族的なやりとりが苦手な王太子妃は、度々、やらかしていたが、国民には非常に愛されていた。

 救国の魔法使い、小国の双子姫、それから。

 王太子の最愛、後に国王の最愛。

 ヴェロニカを『じゃないほう』と呼ぶ者はいなくなったが。

「なんで『王太子の最愛』なんて恥ずかしい呼ばれ方をするハメに…」

「あぁ、私がロニーの事を聞かれる度にそう答えているからな」

「私も頑張って社交界で広めたの」

「兄上とヴァネッサに頼まれたから、私も頑張ってあちこちで話したよ。ヴェロニカ嬢に兄は夢中だと」

「なんてこった、敵が多すぎる!」


 ヴァネッサは外出も控え美しい美肌を維持していたが、フェルテス王国に来てからはアドルフェス様と一緒に積極的に視察に出て、特に農業の発展に力を尽くした。

「ヴェロニカが日照りで苦しんでいる人達を救ったと聞いてとても誇らしかったの。あの時は私にできることはなかったけど、備えなら私も協力できるわ」

 ヴァネッサは治癒系魔法を得意としているので、土地の浄化などもできる。土壌開発や品種改良など、やる事は多い。

 歩き回るうちに髪も肌も日焼けし、近寄りがたい美姫から親しみやすい嫁に変貌していた。

 アドルフェス様が常に隣にいるため、ヴァネッサの熱狂的信者もいなくなったように見える。

 逆に私は外出制限がかけられているため、思うように外に出られない。

 しかしこれは…自業自得というか。

「ヴェロニカ様は圧倒的に知識が不足していますから、まずお勉強ですよ」

「ふぁい…」

 結婚してから家庭教師にみっちり絞られている。

 マナーに関しても再教育を受けた。このままお茶会や夜会に参加したらアデルバート様が恥をかく…と言われたら、頑張るしかない。

 手入れ不足でもっさりしていた髪と日焼け放置の肌もメイド達の頑張りでかなりましになった。

 ポジェルモ王国は人手不足で王女といえどもメイドは一人か二人。六人の王女に対して総勢十名が持ち回りであたっている。専属に近いメイドもいたが、毎日、つきっきりではない。そのため、髪も肌も自身でお手入れする必要があった。

 うん、めんどうで放置していました。

 毎日、お手入れしてもらってわかったことは…、私の努力不足。

 めんどうだから、やっても無駄だから、ヴァネッサのほうが凄いから。

 ヴァネッサの存在を理由にサボッていたそのツケが、今、まとめてきていた。

 結婚したからといって私の性根がいきなり真面目な努力家になるわけでもない。めんどうだし、逃げたいし、なんなら離婚もちょっと考え…。

 ゾクッと背筋が凍る気配に恐る恐る振り返る。

 そこには誰もが見惚れそうな美しい男性が立っていた。青銀の髪に宝石のような緑眼。均整のとれた体に優雅な仕草。完璧な王子様。

「こ…」

「どうしたの、ロニー」

「こんなのが隣に並ぶとか、やっぱり無理―っ、国に、国に帰りたーいっ!」


 ヴェロニカの性根が変わることはなく、その後も王と実姉の力業で、生涯、王妃として国に尽くした。

閲覧ありがとうございました。

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