第2話 探索員の1日 1-2
地面をカタカタと鳴らす足音だ。
アラネアがいる────
洞窟内は、ありがたいことに初心者に優しい設計となっており人工的な照明がところどころに備え付けられている。
恐る恐る顔を出してLEDライトにより照らされカーブがかった道の先に顔を出して見えたのは2匹のアラネアだった。
稼ぐチャンスだ。
4階層で2匹のアラネアだけで歩いていることはあまりない。
刀の鞘をぎゅっと握りしめて戦う決心をする。
呼吸を整えて刀をゆっくりと鞘から抜き両腕で持つ。また自然と緊張で荒くなってきていた呼吸を整えた。
アラネアが徐々に、こちらへと歩いてくるのを壁へと張り付きながら気配を感じる。
そして、アラネアの姿を完全にとらえた時。
走り出した。
無駄に反響する足音。さすがのアラネアもこちらの存在に気づき身構える。
だが、アラネアの元へとたどり着く前にごつごつとした岩場に足元をすくわれ二転三転と前に転がってしまった。
「ういてぇ!!」
変な声が出た。
最悪なことに目の前にアラネアがいた。間近で対面する状況になってしまったのだ。
しかし、幸いアラネアはびくっと驚いて一瞬固まってくれていた。優しいんだなお前ら……
そして忘れてたようにカチカチと牙を鳴らす威嚇行動に移り、飛びつき攻撃を後方にいた一匹がしてくる。
やばい、やばい。勢いよく起き上がり間一髪避ける。
駆け出して斬って倒すイメージだったのに岩に足を取られてすっころんでしまうだなんて────。
恥ずかしいしとても痛い。特に心が……
とりあえず、今やるべきことは泣き言を連ねることじゃない。
アラネアが迫ってるのだ。
次に来る硬直していたアラネアの飛びつきを横へと回避して刀を振り下ろした。
「せい!!」
刀はアラネアの腹部の節部分をちょうどよくとらえ、すっと刀が入る。緑色の血が滲みアラネアがもがいた。
離さない。ここで止めを────
横からの衝撃が走る。
もう一匹のアラネアが体当たりしてきたのだ。
だめだ。
一匹に夢中になったら、もう一匹に対しての注意が散漫になる。
アラネアの体当たりは見事に当たってしまったので飛ばされたのだ。
それはもう勢いよく────と言いたいところだが、勢い良く飛ばされたような気がするだけだった。
よろめいてこけてから起き上がるとアラネアと目があった。
離すまいとずっと前に心に決めた刀はしっかりと右手に握られている。
ここだけは進歩したところなのかな。
緑色の血を流しているアラネアは腹を上にしてもがいていたが次第に動かなくなった。
絶命したようだ。
よし、これであと1匹。仲間は倒れたが残ったアラネアは必死に動く。横へとステップを踏むように飛び跳ねた。
何だ? こんな動きは初めてだ。
いつもまっすぐにアラネアは飛びついてくる。そして、飛びつきざまに牙で攻撃をしてきたり先ほど食らった攻撃のように腹部を使って体当たりをする。
それがアラネアの王道の攻撃方法だ。
だが、目の前のアラネアは横に飛び跳ねたと思ったら着地した途端にこちらへととびかかってきた。
フェイントだ。
予想から斜め横からくる攻撃を刀で受け流しアラネアを後ろに飛ばした。だが、そういうイメージでいたのだが力で押し敗けて体当たりされ仰け反る。
そして最悪なことにしりもちをついてしまった。
とても痛い。
だが、痛みをぐっとこらえる。
目の前のアラネアはもう一度こちらへと飛びつく気でいたのだ。
「やばい。間に合わない」
アラネアは、まっすぐとこちらに飛びついてくる。
まずい、この態勢だと勢いよくのしかかるように攻撃をもろに受けてしまう。
アラネアは案外重い。犬猫などの飛びつきとは訳が違う。
まるでゾウガメのような何かが吹っ飛んでくるような……そんな怖さがある。
その怖さに負けてしまい半ば、腰が引けるような恰好で刀を勢いよく前に突き出した。
それが功を奏したのか勢いのある衝撃が腕にのしかかったと思ったらアラネアの喉を突き破って串刺しにできたのだ。
ポトポトと緑色の体液が刀をつたって落ちてくる。
量の腕にかかるアラネアは重く。刺さったアラネアは四肢をもぞもぞとさせてゆっくりとこと切れた。
瞬間、脱力と供に刀を落としてしまう。
「か……勝った」
大きなため息が漏れる。
多分……多分じゃないか。今、アラネアの気迫と言うのかな。負けてしまった────
だけど、勝利したのは事実だ。これは傍から見たら地味な勝利だ。
この小さな勝利が何故か何とも言えない達成感を味わせてくれる。途方もないような失敗を繰り返した実践。
2匹相手でもなんとか勝てるんだ。もっと……工夫したら、多分、もっと戦えると思う。
今の戦闘を脳内でまたイメージトレーニングを冷たいごつごつとした岩の床に寝そべりながら実行する。
しかし、ここを探索しはじめた頃は酷かった。
飛びついてくるアラネアにびくびくしながら、『あっち行った! そっち行った!』と喚いて、あきらめ散らかして勝てるのかよこんな化け物に……って思った。
喚いて、困って、どうしよも無くなって、やるしかないんだっていうのは戦ってみてわかった。
相手も必死なんだっていうのが伝わった時、真剣に刀と魔物の命に向き合えたのだ。
魔物なのに……だ。頑張って生きようとしてる。散々人類を苦しめた魔物が必死に生きようとしてるなんて思いたくなかったんだと思う。
魔物は突如現れて多くの人の命を奪った害悪であり、駆除の対象で、人類の敵なんだ。
情けなんていらないはずなんだ────
「俺、よくあんなのと戦えたな……」
ふと5年前の記憶がよみがえる。思い出したくない。忘れられるなら忘れたい
────そんな記憶だ。穏やかな秋晴れが憎らしく感じる程に、すべてを奪っていった黒い獣の魔物。
あの日、俺は初めて刀をとって戦った。
あれから5年も経ったというのにアラネア一匹倒すのでさえ、これ程ビビっているんだから笑っちゃうよ。
思い出したくもない記憶だ。首を振って以前の嫌な記憶を振り払い緑の体液と串刺しになったアラネアを取り刀を拭う。
後は脇差をつかって解体を済ませて、いつも通りの甲殻の素材を剥ぎ取りリュックへとしまった。
これは一種のルーティンワークだ。
魔物を倒したら使えそうな部位は解体して持ち帰る。持ち帰った素材は売るなり、装備の素材にするなどして生計を立てる。
これが魔物討伐で稼いでいく基本。
そういえば、アラネアの肉っておいしいって聞いたことがあるが……ファミリマの店主から聞いただけだけど本当においしいのかな。
好奇心が勝ってしまい。
アラネアの足をビニール袋に入れて何本かリュックに突っ込んだ。
災厄以降全世界が荒れ果てて石油も供給できなくなったあおりを受けて石油製品がえらい高騰した。
今もその名残が続いていて石油製品は高い。
おかげで洋服も靴も石油に頼らない造りを目指されてちょっと高いけど手が届かないって程じゃない値段で売り出されるようになった。
ビニール袋も若干貴重なため洗ってまた使えるのであればリサイクルできるものはとことん使う姿勢が今の日本の常識になった。
生鮮食品とか、お皿に盛ってある魚とか肉を持参した袋に入れてレジでお会計とか普通になったから案外なくても生きていけるんじゃないかな。なんて思ったけど現実は甘くなかった。
野菜とかすんごく高くなったしね。
おかげで生きるのに今苦労しているわけですが……
アラネアの死骸を一か所にまとめて供養するようにその場を後にする。
4階層の洞窟の割には平坦な道のりで歩きやすく。
ぐいぐいと進んで行く。
既知の異界は、もともとあるマップを参考にしながら歩いた。
その道中でアラネアを発見したのだが、どれも3~4匹の集団で手が出せない。
途中ばったりと出くわして逃げる羽目にもなった。
逃げるってなんだか、情けない気もするけど、逃げなきゃ傷だらけになっちゃうし勝てるとも限らない。
今置かれてる状況ってどこかゲームみたいなファンタジー世界にでも転生したんじゃないかなんて感じはする。
だけどゲームみたいに勇者が楽々とあっさり、そしてバッサリと魔物を倒すって、そうとう難しい。
いつかはなりたいなんて柄にもない夢を持つけどさ。
どうあがいたってできないものはできないんだから無理に背伸びする必要はないけど、やっぱり悔しい。
その後4階層の隅から隅まで歩き回って手ごろなアラネアを見つけては必死に倒してを繰り返した。
そして今日は、ミラクルが起きた。
アラネアを6匹も倒すことができたのだ。
甲殻が9枚と足の甲殻が40枚も手に入って気分が良い。LEDライトに照らされた洞窟はこんなにも綺麗だったんだと軽い足取りで道を行く。
すると一本道に出た。
アラネアはいない。後ろにも何もいない。大丈夫だと確認して歩き出す。だが、これがまずかったのかもしれない。
今まで長い一本道のような所は避けて歩いていた。
両方からアラネアの集団に挟まれたら絶対に詰む状況になるからだ。
だから避けていた。
なのに今回は6匹も狩れて浮足立っていたのか踏み入れてしまった。
だけど、一回くらいなら大丈夫だって誰しもそう思うときはないだろうか。
赤信号を一回くらい、今回くらい渡ってもいいだろうとか、横断歩道がなくても別に行ってしまっても構わないだろうとかさ。
明らかに命を投げた行為であることに変わりはないのに大丈夫だって変な先入観にとらわれて行動を起こしてしまう。
その一回がまずかった。