第7話 見えない脅威! カメレオン・シャークは突然に!!!
甲賀忍之介は廊下を歩いていた。
もうこの棟のシャーク・テロリスト達は粗方狩り尽くしたようだ。誰の気配もない。
時折、教室を覗いてみるも、どこも死体の山だ。酷い有り様である。
だが忍之介に動揺はない。
「確か、じいちゃんが言ってたっけ。心、静かなれば……」
危機的状況でこそ冷静であれ。これが忍者の鉄則である。慌てたり熱くなったり、あるいは怒りに身を焦がせば本来の実力の半分も発揮できないものだ。
「にしても」
感じる、小さな違和感。疑問。忍者としての本能が告げる。
「静かすぎる……」
これが西部劇であれば、荒野をバックに砂塵と転がる草が強い風に流されているところだ。お約束の展開。
先ほど、忍之介は女子トイレから廊下へと続いている血痕を発見した。そして女子トイレに足を踏み入れそこで彼が見たものは、破壊された個室のドアとその中に転がっていた二つの死体。その傍に落ちている、ポリ袋に入れられた白い粉。
顔面の皮を剥ぎ取られた上で首をへし折られて殺されていた男子生徒と、胸に巨大な穴を開けられて殺された女子生徒。いずれも尋常ならざる怪力で無理やり肉を抉り取られたかのような無残な姿であった。
一般のテロリスト達は銃器で武装している。それとナイフ。この二つの死体の傷跡は明らかにそれとは異なる方法によってつけられたもの。
何か、いる。この棟にはまだ自分が遭遇してはいない脅威が存在している。忍之介は理解していた。だからこそ、この静けさは逆に不気味であったのだ。
さて読者諸氏、西部劇において「静かすぎる」というセリフが出たら要注意である。これはバトル物における「やったか!?」や推理物における「この中に犯人がいるかもしれないんだろ!?俺は自分の部屋に戻って一人で寝るからな!」に匹敵する典型的なフラグである。
風が、動く!
忍者の鋭敏な感覚がその時、接近してくる謎の気配を捉えた!
それはいきなり、顔面へと飛んできた!
「っ!」
ヂッ!
首を振りながら頭を下げ、腰を落とす忍之介!
いきなり彼の頬が裂け、血が流される!
今、確かに何かが忍之介に向かって攻撃を仕掛けてきた!
だが、見えない! どこにも、影も形もない!
「くっ!」
全身のバネを使い忍之介は廊下から手近な教室へと跳躍した!
廊下側の窓ガラスを蹴り砕きそのまま教室へ飛び込む!
GASYAAAAANNNN!!!
ローリングして、教室の中央付近で素早く体勢を整える!
周囲には散乱した机! 椅子! 生徒達の死体!!!
「どこだ!?」
襲撃者の姿は未だ見えない。
そっと頬を指でなぞる。薄く皮膚が削り取られ血が滲んでいる。刃物によるものではない。むしろ、ムチのような……。
「何をされたのかは分からないが、さっき女子トイレで見た死体はコイツの仕業か」
未知の敵が遂に、忍之介の前に姿を現したということか。
いや、姿は現していない!
「忍者を相手に待ち伏せ戦法とは……小粋なことをするね」
乱れた呼吸を整える。敵はどこに? そしてどうやって攻撃してきたのか?
姿が見えない相手、待ち伏せ戦法……忍之介は敵の正体を推理する。
「ゲリラ的な戦い方だな。光学迷彩か?」
それは自然界においてはイカやタコの“保護色”を用いた擬態としてよく知られている技術。人間界においても主に軍事利用として光に対してマイナスの屈折率を持つ新素材“電磁メタマテリアル”の開発がまさにリアルタイムで進められているところである。
忍之介は、目で敵の位置を捉えることは不可能であると即座に判断、戦いのフィールドを廊下から教室へと移した。これは何故か!?
廊下は物が散らかっていない。それに、広くて障壁となる物もほとんど無い。
それに比べ教室には色んな物が散乱しているし、机や椅子、死体などの障害物がたくさん転がっている。
更には蹴り割った窓ガラス破片も大量に散らばっていた。
たとえ見えない相手であろうと、これらの障害物にぶつかる、あるいは踏む時に生じる音までは消せまい。また足場が悪ければ一直線に駆け寄ってくることも困難。
相手の居場所さえ特定できれば、手の打ちようはある。忍之介はそこまでを一瞬にして判断し教室へ飛び込んだのだった!
しかし!
どれほど神経を研ぎ澄まし周囲の気配を窺っても、敵の位置を察知できない!
視覚には頼れぬと聴覚、嗅覚、触覚までを駆使してみるも、忍之介のアンテナに何も引っ掛からないのだ!
まさか敵は既にこの場を去ったのか!?
いや、そんなはずはない!
首筋をチリチリと焼くような殺気が、この教室には充満しているからだ!
いる!
そいつは確実に近くに!
忍之介は両手に手裏剣をセットし、待ち構える。
居場所がわからないのなら、やる事はただ一つ。
敵の攻撃が繰り出された瞬間、すれ違い様に致命傷を叩き込む!
後の先だ。それしかない!
「フゥー……」
息を吐き、呼吸を止める。神経を研ぎ澄ませる。
その彼の頭上、天井に張り付きながら好機を窺う存在あり。
カメレオン・シャークは既に、忍之介の真上の死角に潜んでいたのだ!
危険な刹那の攻防がまさに始まろうとしている!
次回へ続く!