最終回 さらば忍者よ! 感動をありがとう!!!
キーンコーンカーンコーン!
「え~皆さん、おはようございます。今日も爽やかな朝から一日が始まりましたね。張り切っていきましょう。朝食はちゃんと摂りましたか? ドアの真下にトラバサミを仕掛けたのは誰ですか? おかげで今、先生めっちゃ痛いからな~? それと黒板に先生のインステグラムのアカウント名を勝手に書いたのは? 他人の緊縛露出性癖を笑わないでください。半殺しにするぞ」
ここは聖・鳳凰飛翔学院。全校生徒300名。都心部のベッドタウンとして開発された爽快市の真ん中くらいに建っている、ごく普通の偏差値の私立校だ。
「じゃあ早速授業を……っとその前に今日は皆さんに一つ、お知らせがあります」
ざわざわ……
ざわざわ……
「はい、皆さん注目!」
ざわざわ……
ざわざわ……
年頃の生徒達は落ち着きがないものである。教室内でドッヂボールをしている者達。教室内で自転車レースをしている者達。俳句を詠む者達。そして危険な白い粉を嗜んでいる者達……。
「今日は皆さんに転校生を紹介します!」
ざわざわ……
ざわざわ……
「さぁ、入りなさい」
ガラガラっとドアが開いて、件の転校生が教室に入ってきた。
ざわ……
クラスのざわざわが、止まった。
比較的目立ちにくい地味な色合いの忍者装束を身に纏った転校生が教壇の前に立つ。自由な服装で通学可能なこの鳳凰飛翔学院とはいえ、忍者装束とは実にモダンである。伝統的な和の雰囲気を漂わせる転校生の登場にクラスは色めきたった。
「先生! どうしてソイツ、忍者みたいな恰好してるんですかぁ~?」
教室の一番奥! 巨大な大理石を自ら削り出し作り上げた裸婦の彫刻を椅子代わりにした半グレ生徒、黄門城写楽がキャンディーを口に咥えながら言う!
取り巻きが笑う!
「そんなこと先生が知るか! クソボケッ!」
先生は短気!
「ほら、自己紹介をしなさい!」
先生に促され忍者装束を着た生徒はややオドオドしながら自己紹介をし始める。
「皆さん、はじめまして。シャーク・テロによって崩壊した快適市から引っ越してきました。僕の名前は甲賀忍之介。忍者装束を着ている理由は訳あって説明できませんが、皆さんと楽しい学校生活を送りたいと思っています。よろしくお願いします」
ざわ……ざわざわざわっ……!!!
生徒達のどよめきが大きくなる!
快適市と言えばあの、我が国の歴史上他に類を見ないほどの大規模な被害を出した最悪のテロが起こった町ではないか!
恐らく歴史の教科書に今後絶対に載ることはまず間違いないであろうほどの大事件。そして悲しいことにあの事件以降、快適市で暮らしていた人々はいわれなき偏見の目で見られるようになってしまったのである。
「うわぁ~サメ菌がうつるぞ~!?」
「っつかテロリストじゃね!?」
「ヤだぁ、殺菌処理しなくちゃ!」
さっそく、誹謗中傷の嵐!
人間とはかくも残酷なもの!
根も葉もない噂なのだが、シャーク・テロリストが何らかの病原菌に感染した人間のなれの果てであるという風説がSNS上で拡散された結果、快適市の住人だった人々は不当に保菌者扱いされ忌み嫌われるようになってしまったのだ! 何たる理不尽!
「コラ、君たち! サメ太郎をいじめるんじゃないぞ!」
先生はそれとなく注意!
「先生、クラス全員の防護服用意してくださ~い(笑)」
さっそく、黄門城写楽がクールなリリックを披露して場を沸かす! 典型的イジメっ子だ!!!
「はい、黄門城! 静かに! ええっと……サメ君の席は……おお、ちょうど黄門城の隣の席が空いてるな。あそこに座りなさい」
「わかりました。でもイジメられるのが嫌です」
「あそこに座りなさい」
「わかりました」
無残! 先生は見て見ぬフリを決め込むつもりか!?
いかにも非力そうな転校生、甲賀忍之介はトボトボと教室の一番後ろまで歩いていき、黄門城写楽の隣の席に着席。
「おい、テロリスト」
さっそく、写楽が絡んでくる!
「ごめん、僕はテロリストじゃないんだ」
「ア? 口ごたえすんなし!」
ドン!
いきなりの肩パン! いかにも陰の者っぽい甲賀忍之介の肩がレッドアラート!
「ごめん、暴力は止めて欲しいんだ」
哀切に訴えかける転校生! その態度が逆にイジメっ子の心に火を灯す! 暗い火を!
「これは暴力じゃなくてかわいがり! わかる?」
ドン! ドン! ドン!
肩パン三連発! 肩甲骨イッたか!?
「おいー! いきなりの厳しいしつけ、出ましたー(笑)」
「シャーク君の愛情表現だぁー!」
「さすが爽快市の喧嘩番長! シャーク君!」
取り巻きが囃し立てる!
“写楽”という言葉の響きが“シャーク”と似ているところから名づけられた獰猛な愛称である!
このまま非力な転校生もサメのキバにひれ伏してしまうのか!?
「サメのキバは鋭いぜ、決して俺様に逆らうなよ。まずはその忍者装束を脱いで「裸で何が悪い! 裸で何が悪い!」って連呼しながら校庭をバク転で一周してこいよ!」
何というおぞましい……鳥肌が立つくらいのイジメっ子ムーブであろうか!
「はい、じゃあ皆さん本日の一限目は英語ですよ。教科書を開いて」
先生はガン無視を決め込んでいるぞ!? ダメだ、助けは来ない! 絶望!
「サメのキバは容赦しないぜ、俺様に絶対服従しろよ。まずは購買部へ行って「すみません、脱ぎたてホカホカのパンティ、脱ぎたてホカホカのグッドスメルパンティ、一つください」って連呼しながらメロンパンをパクってこいよ!」
地獄のような責め苦を馬耳東風で聞き流しながら非力な転校生……いや、実は最強の忍者である甲賀忍之介は窓から外の景色を眺めていた。
「サメを怒らせると噛まれるぜ、その体に叩き込んでやる。まずはプールへ行って女子が泳いでいるところへダイブしながら「んほぉ~成長期の女の子のミネラルが染み出した海洋深層水うンめぇ~!」って連呼しながらクロールで一周してこいよ!」
空は晴れ渡り、ゆったりと白い雲が流れてゆく。窓ガラスを叩き割ってシャーク・テロリストが現れることもない。穏やかな、掛け替えのない日常。甲賀忍之介の口元は自然と綻んでいた。
「サメの機嫌を損ねるとその顔面がグチャグチャのキュビズムになるぜ、忠誠を誓いな。まずは隣のクラスに行って「ごめんくださ~い、ちょっとカレー作り過ぎちゃって、お裾分けに来ました!」っていかにもお隣の美人女子大生が訪問してくるみたいな俺好みのシチュエーションを再現してこいよ!」
忍者は誰にもその正体を明かせない。快適市での大立ち回りで甲賀忍之介の素性は何人かの生徒達にバレてしまった。だから引っ越さざるを得なかった。忍者は誰とも、深い関係にはなれない。友達も、恋人も、上司も部下も、お隣さんとも……仲良くは出来ないのだ。
「この爽快市のサメをここまで無視し続けるとは大した精神力だな、そろそろガチで恐怖させてやろうか。まずは保健室にいって保健の先生に「あの、ちょっと、昨日から息子が高熱を出してしまって……ええ、そうです、そうだよ、下半身のムスコの方だよッ! オラッ!」って言いながら暴れてこいよ!」
忍者とは孤高。そして孤独。その運命を呑み込み、甲賀忍之介は祖父である龍仁斎の手解きを受けた。快適市のシャーク・テロを生き延び、全てのサメ人間を殲滅した彼は今や立派な一人前の忍者だった。龍仁斎が褒めてくれた。そのことが何より、忍之介には嬉しかった。
ドン!
肩パン!
ドン!
肩パン!
ドン! ドン! ドン!
肩パンの連打!
筋肉を解きほぐすそのリズムを心地よく受けながら、忍之介は穏やかにほほ笑んだ。
忍者はその素性を隠し、新たな生活をスタートさせる。
悪くない。
良い気分だった。
少なくとも自分には、祖父がいる。
この世でたった二人だけの、決して切れない絆がある。
甲賀忍之介は日常へと回帰してゆく。
地味で代わり映えのしない日常こそが実は、とても素晴らしいものなのだ。
ドン! ドン! ドン!
そしてそろそろこの物語も終わりの時が近づいている。
読者諸氏、あなた方と共に、忍者の激闘の記録をここまで見届けることが出来たことを誇りに思う。
ドン! ドン! ドン!
甲賀忍之介は、生きている。
今を、そしてこれからも。
ドン!
これから先、
ドン!
どんな事が起ころうとも、
ドン!
どんな困難に直面しようとも、
ドン! ドン! ドン!
彼は決して負けないであろう。
忍者は、最強なのだ。
私はそれを知っている。
読者諸氏も既にご存じかと思う。
平和な世界は永遠には続かないのだろう。
いつか、シャーク・テロリストに匹敵する脅威がこの世界を再び暗黒に染めようとするかもしれない。
しかし、我々には忍者がいる。
最強の忍者、甲賀忍之介がいる!
青い空を往く雲。
人々の営み。
甲賀忍之介は、肩パンのタイミングに合わせて全身の筋肉を固めた。パンチの反動を跳ね返された写楽が吹っ飛んで教室の壁に叩きつけられる!
忍者は笑い、それから言った。
「最後までお読みくださり、誠にありがとうございます!!!」
シャーク・テロリストVS忍者~学校を占拠するテロリスト!実は最強な学生が危機的状況に無双!敵をなぎ倒して女子からモテモテ!イジメっ子は無残に殺っ!男子なら誰もが夢見るシチュエーションをあなたに~
ここに完結!
甲賀龍仁斎は、燃え盛る火柱と化したドン・ゲリラの足元にいた。巨大な紅蓮の炎が天へと昇ってゆく。それを尻目に彼は呟く。
「忍之介よ、忍者とはかくも……辛いものよのぉ」
炎に照らされたその表情は歪み、とても寂しげだった。
「今日、この町で死んだ者達には立派な墓が建てられるじゃろう。その生きた証が残されるのじゃろう。が、忍者はただ歴史の闇に葬られるのみ……生きた証など何も残らん」
闇色の布切れは龍仁斎の手から離れ、いずこかへと風に流されていった。
「それでも……ワシらはやらねばならん」
「うん」
龍仁斎の背後に立つ、甲賀忍之介が返事をした。全身が煤まみれで、かつ全裸だった。服は燃え落ちてしまったのだ。
忍者は死んでいなかった。
ドン・ゲリラ(自称:アバドン)に呑み込まれる直前、彼は象形拳クマムシの型・クリプトビオシスの呼吸を使い超高熱の状況を生き延びていたのだ!
クマムシ、正確には緩歩動物と呼ばれる体長50マイクロメートルから1.7ミリメートル程度のこの微小な動物は、乾眠という驚くべき生態を有している。
周囲が乾燥してくると、クマムシは体を縮めて代謝を止め、休眠状態に入る。これがクリプトビオシスである。その驚異的な耐性については是非とも読者諸氏自ら調べていただきたい。自然の持つ力強さ、その一端に触れることが出来るであろう!
忍之介はクリプトビオシスを用いて全身を耐熱仕様とし、ドン・ゲリラが高熱で自壊するのを待って外へと脱出したのだった。
「誰かに、正体を知られたか?」
龍仁斎が尋ねる。
「何人かの、女の子に……」
「そうか。なら仕方がない」
「また引っ越し?」
「うむ。世が世なら正体を知った相手は殺さねばならん。だが、そこまでする必要もなかろう。この現代社会において、忍者を見たなどと言っても誰も信じはせんだろうからな」
「うん」
忍之介もまた、寂しそうな顔になっていた。
「良い町だったな、ここは」
「僕もそう思うよ」
「離れるのはワシも嫌じゃ。じゃが、ついてきてくれるな?」
「もちろん」
即答した忍之介へと近づき、龍仁斎は破顔した。
「さすがはワシの孫じゃな」
「僕は忍者だからね」
「此度の戦いっぷり、見事じゃったぞ。非の打ち所のない戦果じゃ。もう……ワシが教えることは何もなかろう」
おもむろに龍仁斎は孫の頭に手を置いて、髪をくしゃくしゃと弄り始めた。
「うわっ、じいちゃん、くすぐったいよ!」
「ふふっ、かわいい孫じゃ。頑張った褒美をやらないとな。何か欲しいものは?」
「うーん、じゃあ、セックス!」
「こいつめ! 色気付きおって! ようし、分かった! ワシの愛人をあてがってやろう。すぐに来れそうなのは三人くらいか。楽しみにしておれ」
孫の頭を撫でながら、龍仁斎は優しく笑った。しかしその心には一抹の、申し訳なさがあった。
忍之介の父も忍者だった。だが息子が幼い頃に死んだ。任務に失敗して、呆気なく殺されたのだ。
忍之介の母もまた、彼が物心つく前に病に倒れて帰らぬ人になった。
忍之介は、両親の愛情を知らずに育った。
龍仁斎は忍者の技や心得は教えることが出来たが、結局、愛情については充分に与えることが出来なかった。
忍之介が頻繁に「じゃあ、セックス!」と言うのは、彼が人のぬくもりを無意識に求めているからに他ならない。
忍者は人とのつながりを持てない。その上で両親もいない彼にとっては、一時の情事とはいえ女性と深く繋がることが“母親の愛”の代償行為なのである。
「三人も? じいちゃん、ありがとう!」
「ふぉっほ、お安い御用じゃ!」
龍仁斎は忍之介の肩を抱き、歩き出した。
この世に二人しかいない忍者。唯一の、家族。
もしかしたら忍之介は、本当は忍者なんてなりたくなかったんじゃないかと、龍仁斎は時折思う。
この朗らかな顔を見ていると、自分はとんでもない道へ孫を引き込んでしまったのではないかと後悔しそうになる。
しかし、
「それと、焼き肉! 腹いっぱい食べたいな!」
「なんじゃ、食い意地まで張っておるわ、こやつめ!」
既に賽は投げられた。とうの昔に。
忍者は後戻りできない。違う道を選べない。
進むしかない。
「上等な焼き肉に連れていってやるぞい! 一緒に胃が破裂するまで食い倒そうぞ!」
「やった! じいちゃん、ありがとう!」
夜の闇の奥へと、炎の明かりが届かない場所へと、世を忍ぶ二人が遠ざかってゆく。
今宵、一人の忍者が成し遂げた偉業など、誰も覚えていない。
それでも我々は知っている。
甲賀忍之介のことを我々は決して忘れない。
だから最後はこの言葉で締めたいと思う。
その命を懸けて人々の自由と平和の為に戦った勇敢なる忍者を讃えて。
さらば忍者よ!
感動をありがとう!!!
Ⓒ2021.Kei.ThaWest
本作はこれにて本当に完結。
読者の皆さん、ここまでのお付き合い、誠にありがとうございました。




