第24話 みんな大好き! クソ強じいさん!!!
聖・権多呉学院を見下ろすように存在する切り立った崖の突端、生い茂る雑草の上にあぐらを掻いて座っている老人が一人。
レジャーシートの類はなく、地面に直に350mlの発泡酒の缶と、ツマミ用に買ってきた焼き鳥の缶詰が二つ置かれている。缶詰のうち一つは既に開けられており、半分ほどが老人の胃の中に酒と共に収まっていた。
老人は節くれだった太い指先でつまんだ爪楊枝で焼き鳥の身を突き刺し、口腔へと運ぶ。年の割に健康な歯で咀嚼した後、発泡酒をちびちびと流し込んで、同時に嚥下した。
ほぅと酒交じりの息を吐くと、白く濁って大気へ溶けた。少し、肌寒い。
老人は道服のようなゆったりとした黒色の着物をまとい、その上にこげ茶色の半纏を羽織っている。足元は草履。どこかの寺の住職が、風呂上りに散歩にでも出かけるような恰好である。
彼の視界の先に、破壊と混乱が広がってゆく快適市の姿があった。至る所で小規模な爆発、火の手、悲鳴、サイレンの音。非現実的な光景が展開されていた。
そして今まさに忍者が死闘を繰り広げている学院の姿も、良く見える。
「ほっほ、頑張っとるのぉ」
サメ人間を抱きかかえて空高く舞いあがった忍之介の姿を見ながら、老人は呑気にもそんなことを言った。この非常事態に際しまるで恐怖も動揺もしていないようだ。むしろ彼は、目を細め、どことなしに嬉しそうであった。
「じゃが、この町とも“おさらば”かのぅ……」
発泡酒を一口、飲む。忍者がコマのように回転しながら敵を叩きつけたところを確認してから、爪楊枝で次なる焼き鳥を突き刺そうとして、その手を止めた。缶を置き、背後を振り向く。
「何じゃお前ら、要件があるなら早ぅ言わんか」
鬱蒼と生い茂る木々の奥へ声を投げ掛ける。するとそれに反応して三体のシャーク・テロリストがサブマシンガンを携えて出現した。
「気取られていたか」
サメの一体が言う。
「バレバレじゃ。体臭には気を付けた方がよいぞ。貴様らは生臭くてかなわんわ」
腰を手で押さえながら、よっこいしょと老人は立ち上がった。
「で、何の用じゃ? まさかワシと一緒に“孫の晴れ舞台”を眺めようってわけじゃああるまい?」
「ドン・ゲリラ様の命令だ。貴様にはここで死んでもらう」
「ほほぅ、このワシのことを知っておるのか」
「貴様は今回の作戦にとって障害となり得る存在だと、ドン・ゲリラ様は危惧しておられた」
「ふーん、そういうことか。ワシが何者か承知しておるのだな。にしても、よくワシがここにいると分かったな」
「近所の婆さんから聞いたよ」
「おタキ婆さんか?」
「少々痛めつけただけですぐに口を割ったよ」
サメ人間が、口元を歪めた。笑ったのだ。
「……あの婆さんに、何をした?」
「この世は弱肉強食であるという、基本的なルールを教えてやった」
それは即ち、殺したということではないのか!?
何の感慨も無く、他者の命を奪う事に対しての罪悪感などカケラも無く、サメのテロリスト達はサディスティックな捕食者の表情のままで老人に銃口を突き付ける!
何という卑劣な者達であろうか!? 罪も無い人々を、罪の意識も無く淡々と殺してのけるその悪逆非道!
「弱肉強食か。貴様らその距離でワシに対してよくぞそのような事を言えたものよな」
「ボケてるのか、クソジジィ? てめぇは今から蜂の巣にされて無残に死ぬんだぜ!? 許して欲しければ土下座して命乞いしな!!」
「おタキさんは、いい婆さんだった。いつもお裾分けしてくれる漬物はちょっぴり塩辛かったが……」
ふいに、老人はその場に屈み込んだ。シャーク・テロリスト達は一瞬、老人が本当に土下座しようとしているのかと思った。だが、違う。老人は足元に落ちている爪楊枝を一本、拾い上げただけだった。
「まぁ、貴様らの“しょっぱさ”よりはマシじゃ!」
立ち上がった老人が一歩踏み出した時、サメ人間達は間髪入れずにサブマシンガンの引き金を引こうとした。しかし、この小柄で枯れた風情の老人の背後に突如生じた圧倒的な漆黒の気配、まるで固形物と化した殺気のような濃密な存在感、圧力の前に彼らの指先は硬直し、発砲のタイミングが遅れた!
パパパパパァン!
マズルフラッシュが瞬くも、既にその場に老人の姿は無し!
「ぐえぇ!」
サメの一体が突然悲鳴を上げてサブマシンガンを取り落した! その目に突き刺さっているのは言わずもがな、先ほど老人が拾った爪楊枝だ!
「こっちじゃ」
既に、老人は樹上にいた! 驚き見上げる二体のサメ人間が銃を構えるより早く跳躍、彼らの背後へと着地!
振り向いたサメの顔面へ強烈な裏拳がヒットする!
「ぎゃっ!」
怯んだところへ足払い、そして顔面を鷲掴みにしながら地面へ後頭部を強烈に叩きつける!
もう一体が発砲しようとしたサブマシンガンを足で蹴り上げて銃口を逸らし、即座に距離を詰める!
立て続けに六発の拳がサメ人間の正中線を連続で打ち据えた! 股間を強打され悶える喉元へ鋭い手刀がめり込み、更に左のハイが側頭部に直撃してサメの首を480度回転させて頸椎粉砕!
最後の一体、目から流血しながらも銃で狙いを定めようとしたシャーク・テロリストに対し老人の右手が高速で振るわれる!
ダァン!
サメの背後の木の幹に棒手裏剣が突き刺さる! サメの眉間には風穴!
高速で飛来した棒手裏剣がテロリストの脳を破壊して頭部を貫通、背後の木に刺さったのだった!
「つまらん。余興にもならんわ」
襲撃者達を一瞬で殲滅し汗ひとつかかず、草の上にまた腰を下ろし、老人は喉を潤すために発泡酒を口にした。ちょうどその時、炸裂弾が校舎の屋上で爆発し忍之介が吹っ飛ばされた。
「忍之介よ、試練の時じゃぞ」
あの程度の高さなら落ちようとも忍者は死なない。老人は知っている。何故なら彼が甲賀忍之介の忍術の全てを伝授したから。
爪楊枝でひょいと持ち上げた鶏肉を噛み、老人は愉快そうに微笑んだ。
その老人の名は、甲賀龍仁斎。
甲賀忍之介の、祖父である。
「見させてもらおう。お前がどれ程強くなったのか」
偉大なる祖父に見守られながら、忍者は最後の戦いへと臨む!
次回へ続く!




