第22話 インフェルノを超えろ! 忍者とカマキリ、死ぬのはどっちだ!!?
危険な鎌の斬撃!
忍者の寸前回避!
雑多な物が散らかった教室から廊下へと戦いの場所を移したのは忍之介にとっては正解であった。何かに足を取られてバランスを崩せば即座に死神の鎌に命を刈り取られていたはずである。
しかし廊下は教室と比べれば幅が狭い。前後に動くのは容易でも左右の回避には向かない。
恐らくはシャーク・テロリスト達の親玉が陣取っているであろう職員室への道が果てしなく険しく思える。忍者は衰えない運動量でマンティスの致命的な攻撃を避け、細かな打撃を返しているが決定打には至らない。
そしてこの場面、マンティスにはもう、手裏剣の残弾数が底をついたことはバレているようだ。飛び道具を持たないが故、至近距離で張り付きながら打撃主体で動いているという事実が、マンティス側に精神的アドバンテージを与えていた。もっとも仮に手裏剣があったとしても、普通に投げているだけならあの鎌で叩き落されてしまって無意味だったことだろう。
斬撃、そして蹴り、更に肘!
どの距離、どの体勢からでもマンティスには必殺の一撃がある!
対する忍者は体格の不利に加え、あくまで耐久力は人間の常識的範囲内であるというハンディ!
しかもその上、時間的制約まで課せられている!
焦るな。焦れるな。自らに言い聞かせる。
打撃はあくまで繋ぎ。フィニッシュは忍之介の中ではもう、決まっていた。今はそれに向かうルートを整備している段階だ。しっかりと着実に、マンティスの抵抗力を弱めてゆく。その為に小さなダメージを蓄積させ、疲労によって判断力を低下させる必要があった。
大技の前には地味な積み重ねが要る!
頭上で大鎌フックを回避!
潜り込んで左のボディーブローをレバーへ突き刺す! 拳に伝わる確かな感触! 人間であればこのダメージに悶絶必至!
「カハッ!」
火を吐くような気勢と共に、マンティスが折り畳んでいた鎌を開く! リバーブローの衝撃を以てしても動きをストップさせられない! カマキリの各節に独立した神経が脳という中央制御を外れて自由に動き出した結果、どこか一部分の痛みを完全に無視して各所が駆動できるようになったのだ!
ガシッ!
遂に、シャーク・マンティスがその最強の“武器”を抜く!
マンティスの右の鎌が忍者の左肩を捕まえ、引き寄せる!
「ぐっ!」
忍者は、エスケープに失敗した!
忍者の左肩に鋭利な鎌の腿節前腹側刺列と腿節後腹側刺列が食い込んで外れない!
この……この体勢はっ!?
間違いない! ムエタイのムエタイたる所以!(ややオーバーな表現!)
首相撲ではないか!!!(モエパンという響きは微妙に可愛い!)
説明しよう!
首相撲とは読んで字のごとく、首の取り合い、相手の首の掴み合いの事である!
ムエタイにおける肘打ちと並ぶもう一つの必殺、それは膝! 膝蹴り!
しかも組んでの膝は首相撲の展開から繰り出される強力な倒し技!
ムエタイと言えば打撃の応酬よりも首相撲からの展開をこそ好むという通なファンが大勢いるほど!
カマキリという名は“鎌で切る”ところから付けられたとは以前にお話しした通りだが、よくよく思い出してみていただきたい。カマキリは獲物を、鎌で切って捕食するだろうか? いや、違う!
カマキリの鎌とは本来、獲物をしっかりと捕まえる為、捕まえた獲物を決して離さず捕食する為のものである!
転じて真の蟷螂拳たるシャーク・マンティス式ムエタイにおいて、鎌は首相撲へと繋ぐための、決して相手を逃がさず釘付けにする最強の武器となるのだ!
これこそがマンティスの秘剣にして必殺!
絶対脱出不能の膝蹴り地獄!
「行くぞ……」
その声と共に、マンティスの両膝が次々と忍者に向かって跳ね上がってくる!
ドゴォ! 脇!!!
ドゴォ! 腹!!!
ドゴォ! 反対の脇!!!
ドゴォ! 顔にもっ!!?
「ぐわーっ!!!」
これにはたまらず忍者の悲鳴! 耳をすませば読者の悲鳴も聞こえてくる!
肩に深く食い込んだ脛節前腹側刺列と脛節後腹側刺列がジタバタ暴れる忍者を決して逃しはしない!
ドゴォ! ドゴォ! ドゴォ!
「ぐわーっ!!!」
ドゴォ! ドゴォ! ドゴォ!
「ぐわーっ!!!」
ドゴォ! ドゴォ! ドゴォ!
「ぐわーっ!!!」
おお! 何という戦慄すべき悪夢じみたノワール小説的アトモスフィアを醸し出す無限膝地獄描写であろうか!
マンティスが名付けて曰く、蟷螂膝地獄!
執拗なまでに膝をその身に叩き込まれ、さすがの忍者もグロッキーである!
「ふははははっ! 愚かな奴め! ドン・ゲリラ様に盾突く者は死ぬのだ!!!」
ドゴォ!
マンティスはドゴドゴと擬音が鳴り響く中、厳しかった修行の日々を想った!
両手が鎌になっちゃったせいで箸も持てず、友と握手もできず、おにぎりも握れない!
日常生活に支障をきたすカマキリのハイブリッドという現実を前に挫けそうな日もあった!
だが彼はその逆境をひたすら厳しいトレーニングによって跳ね除け、四天王の地位まで上り詰めたのであった!
ドゴォ!
サメクラス諸島の白い砂浜。その上で仲間のサメと共に武術の鍛錬をし、うっかり力加減を間違えて仲間を引き裂いてしまい反省した日!
カマキリの習性でついつい鎌を舐めてしまい仲間にからかわれ、失意のどん底でもがき苦しんだ日!
そして敬愛するドン・ゲリラから直々に四天王に任命された誇らしきあの日も!
ドゴォ!
「貴様を倒せば、邪魔者はいなくなる! 死ね、死ね、忍者あぁぁぁ!!!」
ドゴォ! ドゴォ!
二連膝蹴りが強烈に忍者の顎を跳ね上げる!
「ぐわーっ!!!」
(勝ったッ……!!!)
歓喜がマンティスの全身に駆け巡る!
ぐったりと力を失った忍者が、首を垂れた。遂に、彼の意識の糸は切れてしまったのであろうか?
「フッ……フッフッフ……アーッハッハッハ!!!」
三段階で笑って、マンティスは鎌の拘束を解いた! 糸の切れた人形のように忍者は、膝から崩れ落ちようと……
がっ! しかし!
忍者は、倒れなかった!
ダウンしたところで頭を踏み砕いて終了だと思っていたマンティスが、驚愕する!
忍者の体は、その両足は、しっかりと地を踏み締め、そこに留まっていた!
気を失ってなど、いなかった!!!
「油断してくれて……どうもありがとう……」
忍者が、言った。
「キエエエエェェェ!!!!」
絶叫と共に鎌を振り下ろさんとするマンティス!
それより忍者の初動が速い!
ずっと、待ち焦がれていた展開だった。
膝地獄を喰らった時も、じっと堪えていた。
全てはここへ向かうための必要経費。
わずかでも、一瞬でもいい。
マンティスが気を緩めてくれるコンマ何秒かの隙さえあれば、この技を叩き込める!
忍者は動いた。
地を這うほど低くカマキリのサイドへと移動し、その左脚を自身の両腕に抱え込む!
この動作、アマレスの片脚タックル!
そう、狙いは打撃での決着では無く!
「寝技かぁ!!?」
マンティスが叫ぶ!
忍者は足を取りながら起き上がり、マンティスのバランスを崩さんとする!
このまま倒せればマウントを取って有利なポジションを獲得できるはずだ!
「だが甘いな! 我が最強のマンティス式蟷螂拳に寝技や組技など無意味! 忘れたか忍者!? 我が鎌は万能の武器! のんびり関節を極めている間に貴様の肉を抉り取ってやるわっ!!!」
押し込まれ、倒されながらもマンティスはこの長ったらしいセリフを喋る!
この時、マンティスからは忍之介の表情は見えなかった。彼はタックルから必殺技へと繋ぎつつ、ニヤリと笑っていた。忍者が単なる寝技や関節技を、これほどの難敵に対して用いるだろうか? 答えは否ッ!
ラッキーだったと、忍之介は思っていた。本当に、運命の女神が自分に微笑んだと思っていた。
はじめにシャーク・マンティスの頭部を叩き潰していなければ、その顎を押し潰していなければ、首相撲の形に捕らえられた時点で顔面を鋭利なサメの歯で抉り取られて殺されていただろう。
膝地獄は確かに脅威だったがサメの歯による噛みつきほどの怖さはない。じわじわと嬲る技なら、耐え続ければ勝機も見いだせよう。
ラッキーだった。即死じゃなければ安いもの。忍者たるもの最後の最後は、幸運すら味方につけなくてはならない。
そして。
この形にマンティスを捕らえることに成功したなら。
絶対に、もう結果は揺るがない!
マンティスは鎌で忍者の背中を傷つけようとした。肉に深く鎌の突起を突き刺し、ノコギリのように引いて攻撃しようとした。
たとえ寝転ばされようとも、こうして刃物を自分が身に着けている限り、圧倒的優位は揺るがないと考えていた。
彼は、求道者だった。
己の武器を、カマキリである自分自身の全てを、高い精神性をもって鍛えあげていた。
戦闘技術を習い、四天王として箔をつけ、実際にこの戦いもあと一歩のところまで忍者を追い詰めていた。
シャーク・マンティスは、ストイックな格闘技者だった。
対する甲賀忍之介は、忍者だった。
決定的に違ったのは、そしてこの死闘の明暗を分けたものは、両者の戦いにおけるスタンス。
ダウンはしなかった。
テイクダウンを取られるよりも早く、稲妻の如き衝撃がシャーク・マンティスの後頭部を強かに叩いた!!!
次回、忍者の究極必殺技が四天王最強のマンティスに炸裂する!
その驚愕の合理的ロジックに則った人間工学的にも全く正しいフィニッシュ・ムーブを絶対に見逃すなよ!
続く!!!




