第21話 真の蟷螂拳! ここは地獄の一丁目!!!
蟷螂拳。
清代中国、王朗なる人物を祖とする説が一般的である。この人物がカマキリの動きからインスピレーションを得て中国拳法にその動きを取り入れ完成させたのが、今日まで伝わる蟷螂拳の原型である。
その実態はカマキリの模倣に留まらず、あらゆる中国拳法の総決算ともされるほど多種多様なモーションの集合体であり、どのような戦闘場面においても適切な対処が出来る套路(型)が整理されている。
我々が良く知るカマキリの構え、“蟷螂捕蝉式”は蟷螂拳の技の一種に過ぎず、実際の蟷螂拳の構えや動きは動画などで確認する限り猿拳に近いように思える。
多数の分派を持ち現在では中国全土に広まったポピュラーな蟷螂拳であるが、その骨子はカマキリの単なる“猿真似”ではなく連綿と受け継がれてきた中国拳法のエッセンスの結晶、とでも言うべきものである。
が、ここへ来て飛び出したシャーク・マンティスの“真の蟷螂拳”という発言は何を意味するのか?
英語圏ではそのものズバリ“Mantis Boxing”と呼称される蟷螂拳のその先を、カマキリとサメのハイブリッドたるこの戦士は見通しているのだろうか?
彼の構えはムエタイ。およそ蟷螂拳とは似ても似つかぬもの。
対峙する甲賀忍之介は、困惑する。
「真の、蟷螂拳……」
「フッ、そうだ。味わえ。そして我が永遠に終わらぬ地獄の中で悶え狂い、死ぬがいい!」
軽快なフットワークでマンティスが接近!
忍者は極限の緊張感の中でもリラックスを忘れず、全身の筋肉を柔らかくさせ、“その時”を待つ!
顔面を押し潰された奇妙な姿のシャーク・マンティス。手負いの獣が一番恐ろしいとよく言うが、今の彼はまさにその境地!
忍之介の手元に、手裏剣はもう無い。いつ何時、戦闘に突入してもいいように大目に携行はしているのだが、これ程の連戦ではさすがにストックが底を突く。
打撃だ。鍛え上げた己の肉体と技で、この鬼神の如きオーラを放つ難敵を捻じ伏せなくてはならない。
くい、とマンティスの左脚が浮く。浮いたと思った瞬間には視認困難はほどの速度でローキック!
パァン!
忍者はこれを、右脚を持ち上げて脛で受け流す! 基本に忠実なローのカットの仕方!
蹴り足を地に着けず空中で軌道を変えてミドル! 暴風を巻き起こしてマンティスの脚が上体を引いた忍者のスレスレを通過!
この時点で、まだ忍之介は手を出さない。まずは技量の確認。
「なるほど」
そして了解する。マンティスの打撃のレベル、至高の領域。
蹴りの回転力、まるでバットでフルスイングされたかのような威力。受け流したはずの脛に鈍痛が残っている。受けた部位もろとも破壊する、恐ろしいまでに研ぎ澄まされた技だ。
マンティスの鋭い踏み込みからのフック! 否! フックではなく斬撃だ! 左右の鎌を用いた斬撃のコンビ! 忍者の状況判断! 下手なスウェーよりもここは、大きく足を開いて体を沈め、水面蹴り!
パン!
足を払う低空での回転蹴りが決まり、バランスを崩すマンティス! しかし倒れはしない! ステップバックして仕切り直しを計る!
そうはさせじと忍者、低い姿勢でにじり寄り、右手を地につけ逆さの体勢から鋭く両脚をマンティスの顎下へと蹴り上げる! 穿弓腿! 蟷螂拳における、倒立からの二連蹴りだ!
これをまともに喰らい、頭部をのけぞらせるマンティス! カマキリに対して蟷螂拳の技術で意趣返し! 起き上りざま、忍者の猛攻が始まる!
コンパクトなジャブ、ストレート、右のミドルでワンツースリーを決め、苦し紛れの斬撃をかわして後ろ回し蹴りを炸裂! 更によろけたマンティスにおまけで左ミドルを突き刺し、ガードが下がった顔面へ右ストレートをもう一発!
倒れない! マンティスの耐久力は相当なもの! 忍之介の打撃スキルはそこらのプロ選手が裸足で逃げ出すレベルにあるが、クリーンヒットをもらい続けながらもマンティスは決して倒れはしない!
体を力のベクトルと同じ方向へ微妙に動かし衝撃を分散・軽減している! 地味ながら高度なディフェンステクニック! に加えて頭部への攻撃が効かないカマキリ特性も存分に役に立つ!
忍者はまとわりつくような至近距離を継続! 拳を素早く動かし威力より速さのジャブを連打! リーチはマンティスの方が上だが、ここまで接近してしまえば逆にそのリーチがアダとなる! 効果的な斬撃ならびに打撃を繰り出すには、しっかりとした“捻り”がいる。体幹を回し大きな力を生み出さなくては、剣で人を両断することなど出来はしない!
忍之介は相手の得意なリーチを潰し、その懐に侵入して小柄な体格を活かしたインファイトで圧倒!
しかし!
ヂッ!
マンティスの折り畳まれた右の鎌が、忍者のこめかみを掠る!
衝撃も痛みもほとんどないカス当たりだ。だが、鮮血が迸った!
続いて左の鎌も同様に折り畳みフック気味で忍者の頭上へ打ち下ろされてくる!
咄嗟に飛び退く!
「クッ! やはり持っていたか!」
ある程度、忍之介も予想はしていた。額からの出血を手で拭う。
ムエタイ選手の持つ打撃の中でも極めて強力なもの、そして他の打撃系格闘技とムエタイが一線を画する要素。それは“肘”だ!
肘打ち。打撃の中で最もリーチが短く、しかし威力は高く、皮膚を切る性能が抜群であり、至近距離での攻防において必殺となる得る武器!
その危険さゆえに試合での使用を禁止している格闘技団体も多く、うまく決まれば容易に相手を流血させ、場合によっては一撃で昏倒せしめることも可能!
相手がムエタイの構えを取った時、インファイト時に最も警戒すべきものの一つは肘!
「これが……真の蟷螂拳だ!」
じり、と固形物のような殺気を放ちカマキリの化身が動く!
半歩ほどの距離を詰めただけにも関わらず、忍之介は抜き身の刃を皮膚に押し付けられたかのような錯覚すら感じた!
「人間がカマキリの動きを取り入れたものが蟷螂拳だとすれば……俺の蟷螂拳は全く逆だ! カマキリが、カマキリの強みを限界まで引き出すために人間の武術を利用したもの、すなわち“真の蟷螂拳”なり!」
この構え!
これこそが二足歩行に進化したカマキリと最も相性の良い戦い方!
想像してみていただきたい。カマキリが獲物と対峙した時の構えを!
両腕の鎌を脇を開いて顔の高さで構え、一気に飛び掛かるそのモーションとムエタイの構えの類似性を!
鎌は中距離では斬撃へ、近距離では肘打ちへ、スイッチ可能な万能の武器だったのである!
「そして真の蟷螂拳による真の地獄がまさにこれから、貴様に襲い掛かるのだ!!!」
恐怖! 何ということか!
真の地獄だとっ!?
まだ奥の手を隠し持っているのか、シャーク・マンティスよ!!!
ムエタイに詳しい読者ならそろそろ、“真の地獄”とは何かお気づきの頃合いであろう!
ムエタイと言えばアレ! ムエタイ観戦の醍醐味!
いよいよシャーク・マンティスの最大の必殺技が披露されそうな次回へ続く!
この死闘は作者もかなり本気で書いている!!!




