第13話 10億人もの死神を一度に殺す方法、教えます!!!
読者諸氏はヨーゼフ・メンゲレについてご存じであろうか。
彼は第二次世界大戦中、アウシュビッツ収容所において囚人に対する数多の非道な人体実験を行った悪名高き医師である。囚人をモルモットと呼び、有害物質や細菌を注射したり、血液を大量に抜いたり、極低温下に放り込んだり、生きたまま解剖を行ったり……という思いつく限りの虐待・拷問を繰り返した挙句、用済みになった者はガス室で処刑された。
そんなメンゲレが中でも執心したのは“双子の子供達”であった。
メンゲレは双子の人体の切断と置換や、双子の背中を切り裂いて静脈を縫い合わせて無理やりに“結合双生児”を作り出す等の常人には到底理解の及ばない狂気の所業を繰り返したのである!
しかしこれ程の悪事を働いた彼は戦争犯罪人として逮捕されることも無く、終戦後のどさくさに紛れて南米へとまんまと逃亡を果たしている。
そして時は流れ1960年代。メンゲレが潜伏していたとされるブラジルのとある村で、“アーリア人的特徴”を持った双子が次々と生まれるという出来事があった。この村ではメンゲレとよく似た風貌の医師によって母親達に何らかの“薬”が提供されていたという。
メンゲレが双子の子供達を使って成し遂げようとしていた事とは一体何であったのか。そしてそれは成功したのであろうか。
真実はもう、歴史の闇の中に埋もれてしまった……。
「そう、切っ掛けは双生児達だった。私は実験を繰り返す中で、双子を肉体のみならず精神的にも“重ね合わせ”た先に無数の平行世界を見出した! やがて“箱の中の猫”同様に、異なる状態にある無限の自分自身を今この場所へと重ね合わせることに成功したのだ! つまりこの私を殺そうとしても、“死んでいる状態”に“生きている状態”が自動的に重ね合わされることで事象は平行世界の向こう側に消え、その死は現実には起こらなかったことになるのだ!」
おぉ、何と悪魔的発想に基づいたある意味ではスピリチュアルな観点に立った進歩的理論!
読者諸氏、この解説についてこられるであろうか!?
「なるほど」
忍之介は頷いた。たぶん、何一つわかっていない。
「だったらその内在する10億人とやらを全員倒せばいいんだろ?」
思考を放棄しあくまで正攻法で行くつもりか!?
「愚か者め! 順番に10億人を1人ずつ倒していくのは無駄だ! 現実は“重ね合わせ”によって上書きされる! 私の死という事象は、全ての私を同時に殺さぬ限り無限に抹消され続けるのだ!」
「同時に、10億人をっ!?」
それは不可能ではないのか!?
どうやって、10億人もの人間を一度に葬り去ることが出来るのか!?
しかもこの10億人というのはまるで波のようにしてメンゲレという器の中に漂っているだけの存在。この世界とは別の世界にのみ存在している者達なのだ!
核兵器で一帯を焼き払おうとも殺せない!
次元の壁を、無理やりこじ開ける方法でもない限りは!
もしやイタコ・シャークは……最強の御霊を降ろしてしまったのではないか。
誰もこのヨーゼフ・メンゲレを攻略することは出来ないのでは!?
このお話を読んでいる誰もが「アカン! 無理ゲーやろ、これ!」と絶望に打ちひしがれているであろう。しかし、忍者はしばしの間黙って腕を組んで考え事をし、
「まぁやり方によっては出来なくもないかな」
そんなことを言い放ったのである!
「クックック! 強がるな、イエローモンキー! 一度に10億の私を倒す方法などこの世には存在しない! 異次元の技術でも持ってくるのか? あぁ~ん!?」
「いや、たった今、思いついたよ。あんたが何人いようが、どこの次元に存在していようが、必ず一度に葬り去る方法を!」
「何……だと……?」
「あんたが“口寄せ術”でどんな霊をも降ろせると言うのなら、こっちはコレを使うまでさ」
忍者は深呼吸をしてから、その構えを取った!
両手を開いて手刀のように鋭く構え、深く腰を落とし、足を適度に開く。
一見すれば空手の構えにも見えるが、握り拳では無い点と体が正面を向いていない点において異なる。
その捻られた腰から感じるパワー、メンゲレを狙い澄ます手刀の殺気。
さながら、蜂!
しかもこれは恐らく、日本原産の! ハチ目スズメバチ科スズメバチ亜科スズメバチ属!
オオスズメバチの構えでは無いのか!?
「我流忍術式象形拳……大雀蜂の型!」
象形拳、またの名を形意拳。
動物を模した12種類の特徴的な型を持つ、太極拳と並ぶ内家拳の代表格である。
この象形拳を独自にアレンジし、存在しないオリジナルの動物の型を、甲賀忍之介の先代達は編み出していた。
忍術の中でもかなり秘伝寄りの技術である。基本的には門外不出。使用されるのは対峙した相手を確実に殺め得る場面のみ。要するにこの構えを忍之介が取ったということは、メンゲレを絶対に生かしては帰さぬということだ!
「ドワッハッハッ! おぉ怖い! ハチかね? その針で私を刺して毒でも注入するつもりか? オオスズメバチの毒は強力だというからね! 10億人総毒殺計画かな? アウシュビッツより悪辣じゃあないか! ダァーハッハ!!!」
「ヨーゼフ・メンゲレ、余裕ぶっていられるのは今のうちだけだと思うよ。必ず、あんたは後悔することになる!」
「やってみるがいい。そしてその努力が徒労に終わり心をへし折られた君の姿を眺めながら、私が最高の気分で解剖実験の材料としてやろう!」
メンゲレは忍之介を待たず、自ら駆け寄った! 両手のメスがギラリと光る!
どれだけ殺しても殺せない無敵の存在が忍者に迫る!
「さらばだ!」
確信を持った笑み!
絶対的な勝利を疑っていない悪魔医師のメスが翻った!
「さぁ、それはどうかな!?」
振り下されるメス。メンゲレの手首を両手の手刀で叩いて弾き返し、胴体をがら空きにする忍者!
返す刀で蜂の毒針を模した手刀を、胸部へと叩き込む!
「毒仕込みの手刀!」
ズブブッ!!!
肉にめり込んだ貫手が心臓を刺し貫く!
「ガハアッ!」
大量吐血!
そして忍者が一気に腕を引っこ抜くと途端にスプリンクラーめいて血液が大量流出!
これはもう絶対にどう考えても死んだ!
いや、待てよ。これは先ほどと同じ展開ではないか?
だとしたらメンゲレが“重ね合わせ”によって無傷の自分自身を平行世界から連れて来れば無効化されてしまうのでは?
「クッハッハ! やはりこんなものか! 苦し紛れの策に過ぎなかったな、低能な猿めぇ!!!」
“無傷”となったメンゲレは再びメスで切り付けようとする!
この距離、そしてこの異能を持つ相手に対し、忍之介はどう対抗するのか!?
オオスズメバチの象形拳で、勝てるのか!?
「いいや! もう既に、策は成った!」
忍之介が言う!
ドクン!!!
メンゲレが、動きを止める。
「おぐふっ!」
突如、両手のメスを取り落とし、胸を押さえて後退した!
「な、何だ……この胸の苦しさはっ!?」
「毒だ」
「毒だと!? 有り得ぬ! “重ね合わせ”た私自身は平行世界の存在。そちらにまで物理的な毒の効果が及ぶなど……はっ!」
その時、メンゲレに衝撃が走る!
そうか、そういうことか!
医師である彼には分かった。分かってしまったのだ!
「アナフィラキシー・ショックを……“重ね合わせ”たのか!?」
説明しよう!
アナフィラキシー・ショックとはざっくりと言えば極度のアレルギー反応である。
抗原物質が体内に入った後、我々の体では免疫が作られる。そして再び同じ物質を感知した際には免疫反応によりこの物質を体内から排除しようとするわけだが、この免疫の程度によっては人体はショック症状を呈してしまうのである。
ハチ毒に対して引き起こされるアナフィラキシー・ショックはとてもポピュラーであり我が国でもその症例を聞く機会は多い。
では何故今回、“重ね合わせ”によってダメージを無効化したはずのメンゲレに対しこのショック症状が発現してしまったのであろうか?
答えは簡単だ。
“重ね合わせ”によって存在している無数の自分自身達は、新たに“重ね合わせ”を行う度にその身体的特徴すら全く同一のものへと“上書き”されてしまうからだ。
メンゲレは“重ね合わせ”によって自分の死を無かったことにした。しかしこの時、体内にハチ毒を入れられたという現実は残る。この現実は平行世界の全ての彼にも共有され、アナフィラキシー・ショックの試行が平行世界の全ての彼に同時に行われることになる。
要するにメンゲレは10億回、アナフィラキシー・ショック発現ガチャを回したということだ!
ちなみにアナフィラキシーの発現率は約0.5%程度とされている。これはだいたい200人に1人くらいはショック症状を発現する可能性があることを示している。
ではもし仮に10億人であれば?
ざっくりとした計算だがアナフィラキシー・ショック発現率は100%を優に超え実に!
1000%まで跳ね上がるのだ!!!
これはもう確実な死というより他無いであろう!
「こ、こんな裏技じみた方法があったとは!」
「じいちゃんが言ってたよ。忍者はどんなダーディーな方法でも使ってオッケーってね」
ハチの構えを解き、忍者がメンゲレに背を向ける。
「ゴボッ……息が……出来な……苦しい……た、助けてくれ……!」
「あんたはこれまで、そうやって命乞いをしてきた者達を1人でも救ってやったことがあるのか!?」
背中越しに、冷徹な声を投げ掛ける忍者! 静かな怒りが彼の瞳に宿っていた!
「“死の天使”らしく、潔く散れ!」
「ゴホ……オォ……」
喉をかきむしり泡を吹いて、ヨーゼフ・メンゲレが仰向けに倒れる。ピクピクと痙攣したその体からは少しずつ力が抜けてゆき、やがて動かなくなった……。
「始末完了、だな」
忍之介は空間除菌カード(笑)を胸にしまって体育館を去ろうとした。
その背後で……
ピクリ。
イタコ・シャークの指先が床を掻いた。
イタコ・シャークよ、まだ死んでいないのか!?
背中ががら空きだぞ、忍之介!
次回へ続く!




