【7】
ラグナが精霊王と名乗ったことで固まった空気が、時間をおいてようやく流れ出した。
跪いたままのお兄様が「精霊王様」と呼びかけるとラグナは手を上げて、それを止めた。
私の頭を撫で、楽しそうに声をかける。
「デュークハルト、僕のことはラグナフォーゼと呼んで。さっきシェリスに名付けてもらったんだ」
ラグナの嬉しそうな声にお兄様が目を見開き、一瞬だけ視線を私に向けた。
「かしこまりました。ラグナフォーゼ様」
「君も聞きたいことがあるだろうけど、とりあえず僕から君達に話がある。まずは座って」
促されたお兄様はテーブルの向こう、対面の位置に腰を下ろした。
真剣な話ならと私もソファーに下ろしてとラグナの腕を叩く。
またしても私は頭を撫でられ、ラグナの横に優しく降ろされた。
「さっきシェリスに“精霊姫の証”を与えた。君の“裁定者の証”は右目だけだけど、彼女は両目に精霊陣が現れる。役目は後でシェリス本人に話すとして、今後は何かあれば“精霊姫”の称号を使うといいよ。ただし、僕等精霊は人間の争いごとには基本、関与しない。それを念頭に置いて上手く立ち回ってね」
「かしこまりました。調整いたします」
「あぁ、それと―――」
ラグナはお兄様にすらすらと用件を話したけど、ちょっと待って、えっとつまり…?
私はお兄様のように頭の出来が良くないけど、自分の事なのに理解できていないとか悲しすぎる。
困惑気味にラグナを見上げると苦笑いされた。
「つまり、精霊王の僕が定めた“精霊姫”を精霊達が害することは許されない。全ての精霊が」
「そうなの?」
「そう、許されないんだ。例え上位精霊であろうと下位精霊であろうと。火の精霊であろうとね」
あ…――っ!!
ラグナの言葉に目を見開き、声もなく凝視した。
理解した瞬間、意図せずとも息が詰まり体が強張った。
失敗した…お兄様がいることを一瞬忘れて体が、頭が、感情が、正直に反応した。
何故ラグナがそれを知っているのかは分からないが、今はお兄様をどうにかしなくては。
私の反応に疑問を抱いている顔だ。
「デュークハルト、彼女は“証”を得る時に僕と一瞬同調した。その時にきっと見えてしまったんだろう、たぶん火の下位精霊に害される可能性のある未来が」
「なっまさか!」
「デュークハルト、落ち着きなよ。もうその未来はない。“精霊姫”を精霊が自ら害することは、ありえない。その未来を回避するためにも“証”を与えたんだから」
驚き一瞬腰を浮かせかけたお兄様を上手く誤魔化しつつ安心させるラグナは、苦笑いでしれっと嘘を混ぜている。
「きっと」「たぶん」と言っているが、当然私にはそんなもの見えていない。
ただ知っているだけだ。
前世の自分が辿った道を、自分の最期を。
愛し子の彼女と会えばまた同じことが起きる可能性が高いことを。
だからこそ回避しようと考えていた。
私だって不幸になると知っていて、わざわざあれをもう一度繰り返すつもりはない。
ラグナはやっぱり知ってる、未来で起きるだろうあの出来事を。
もしかしたら、その先の私の選択や未来も知っているのかもしれない。
だから介入してくれたのだろうか?
「らぐな、そのために?わたしのみらいをたすけてくれたの?」
「それだけじゃないけど、そのためもあるよ。ちょっと心苦しいけど、君には役目を背負ってもらわないといけないからね。完全に君のためってわけじゃないよ」
「それでも、ありがとう」
私がお礼を言えばお兄様も感謝をラグナに伝えてくれた。
「未来についてこれ以上話せることはない。もう僕にも未来は分からない。後は君達次第だよ。さて…僕から君達二人への話は以上だ」
「ラグナフォーゼ様、いくつかお聞きしてもよろしいでしょうか?」
改めて姿勢を正したお兄様が正面からラグナに尋ねた。
「いいよ。ただ、まずはシェリスに現状をちゃんと把握してもらわないといけないからね。こちらが優先だ、君は退室を。後で君の部屋へ行くとしよう」
了承はしたが後だと言うラグナは譲る気はなさそうだ。
これは私にとっても都合がいい。
いろいろとラグナには聞きたいことがあるのだ。
ラグナの拒否権のない言葉を受けたお兄様だが、それでも何かを呑み込んで立ち上がると頭を下げた。
「…かしこまりました。それでは自室でお待ちしております」
「妹をよろしくお願い致します」「失礼致します」そう口にするとお兄様は部屋を出て行った。
ラグナが指を鳴らすと耳鳴りのような音が微かに聞こえ、部屋の何かが変わった。
「防音結界だよ、念のためね。さて、まず何から話すかなぁ?」
聞きたいことはいくつもある。
でも何より――