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【6】




「…ねこ?」



そう、猫だ。

転生してからは数回しか見たことがないが、日本ではよく見かけたし撫でていた。

ただ見慣れないと思ったのは、その色合いが日本では珍しいというだけで。

透明感のある橙色の毛に赤の瞳…瞳の色が珍しいなぁ、とまじまじと眺める。

それにしてもこの猫、窓も開いていないのにどこから入り込んだのだろうか?



「あなたはどこからきたの?」



目が合ったまま見つめ合う猫に聞いてみるが、当然返事が返ってくるはずもない。

ファンタジーの世界だからといはいえ、この配色の猫は初めて見た。

毛色のせいか体が透けてしまいそうだ。



「ねこさん?」



凝視しているとストンっと窓際から降り、こちらに近寄って来る。

まだ成猫になっていないのか、サイズ的には三歳児の私でも持ち上げられそうだ。

トンっと軽い衝撃が走り、猫がソファーに飛び乗った。

怯えさせないよう手は出さないが、とても整った顔をしている。



「いらっしゃい、ねこさん」



お座りで私を見上げる珍しい色合いの猫はとてもおとなしい。

じっと見つめられて、僅かに首を傾げる愛らしいその姿に自然と笑みが零れた。



「おりこうさんね。あなたのおなまえ(お名前)は?」



通じないと分かっていても、つい尋ねてしまった。

案の定、答えなど返って来なかったが、それでも私は独り言のように猫相手に口を開く。

転生してこの世界で猫は数えるほどしか見たことがなかった。

それも街で見かけた程度であり、今までこれほど近くで見ることはなかった。

だから日本が懐かしくてテンションが上がっているのかもしれない。



すけるようなだいだい(透けるような橙)、かがやくあかいろ(、輝く赤色)…うぅん、ちがう(違う)こはくいろに、(琥珀色に、)あかねいろのひとみ(茜色の瞳)…まるでゆうやけ(夕焼け)みたいだわ。きれいないろ(綺麗な色)ね」



話しかけながら気づけば手が頭を撫でていた。

しかし猫からの抵抗はなく、実におとなしいものだ。



おなまえ(お名前)ないとふべん(不便)ね。かってに(勝手に)よんで(呼んで)もいいかしら?」



ちょっとした、そう、出来心。

嫌がる素振りを見せない猫に私は暴走した。



たそがれ(黄昏)…らぐな…。らぐな…らぐなふぉーぜ(ラグナフォーゼ)、なんてどうかな?」



名前を提案した瞬間、猫の目が煌めいた。

一瞬、部屋の温度が上がった気もする。

不思議と見つめ合ったままの瞳を逸らせないでいると、



『いいね』



少し高めの明るい男の声が聞こえた。

いや、私の頭の中に響いた。

間の抜けた自分の声が「……え?…」と微かな音になって消えた。

辺りを見回しても室内には私と猫しかいない。

まさか…



「えっと…ねこさん…?」


『ラグナだよ、ラグナフォーゼ。君が今、名付けたでしょ。ラグナって呼んでよ。話し方もそのままね』


「らぐな…」


『うんうん』



え、ええぇぇええ!?猫さんがしゃべった!っと私の頭の中はパニック。

いくらファンタジーなこの世界でも、普通の猫は話さない。

犬だって話さないし、鳥だって話さない。

予想外の事態に私は頭を抱えてしまう。


この猫、姿かたちは猫だが実は魔物だったりするのだろうか…?

魔物は知能の高いものは言葉を理解できるという。

もしや、何かまずいことをやってしまったのでは…と思った瞬間、軽いノック音が響いた。

こんな時に誰かと視線を向ければ、お兄様の声が。



「シェリス、私だ。入るよ」



軽い断りの後、お兄様が入室してきた。

少し首を傾げたが、いつも通りに私の方へ歩いて来て、ソファーの手前で――固まった。

目を見開き、その視線は私を通り越して隣の猫に注がれていた。

きっと入り口からは私の陰になって見えなかったのだろう。

動かなくなってしまったお兄様に私はサッと顔から血の気が引いた。



「おにいさま…?」



やはりまずいことだっただろうかと、恐る恐る顔色を窺ってみるものの固まったままのお兄様は動く気配がない。

どうしたらいいのか戸惑う。



「あの、おにいさま…この()は」


「中位かと思ったけれど…上位精霊…?」



呆然としたまま呟かれたお兄様の言葉に、ポカンっと口が開いた。

精霊と聞いて一瞬、肩がわずかに跳ねたのが自分でもわかった。

でも目の前にいるのは、あの時の火の下位精霊ではない。

と言うか、お兄様はラグナを精霊だと断定している。

下位精霊もあまり姿を見なくなったのに、目の前に上位精霊とか何の冗談!?



『へぇさすが、君のお兄さんだね』


「っ、失礼いたしました!」



弾かれたようにお兄様が跪いた。

さすがお兄様、猫が話しても頭に声が響いても取り乱したのは一瞬。

優秀ですわ、優秀すぎですわ、私のお兄様は。

私だけ事態に全くついていけていない中、お兄様は硬い表情だが状況は理解しているらしい。



「この子の兄、デュークハルト・カルラフォードと申します。お目にかかれて光栄です」


『あぁ、感知して来たのかぁ』


「はい。先程、一瞬でしたがこの部屋で魔力が跳ね上がりましたので。気配も私の“証”と似たものを感じました」


『くっ、ふ、はははっ!ふふふっ正解!』



自分の右目を触ったお兄様に突如笑い出し『ご褒美をあげるよ』と猫は実に楽し気だ。

ラグナは兄の言葉を否定しなかった。

つまり精霊――しかも上位の。

とりあえず、害になる魔物ではなくてよかったと、そっと胸を撫で下ろすと、隣が眩しくなった。

溢れる光に堪らず目を閉じれば、何かにヒョイっと持ち上げられた。




「もう目開けていいよ。ほら」



声が上から降ってきて目を開ければ、跪いたお兄様の顔が正面に見えた。

私、お兄様でなければ誰の膝の上に横座りしているの?

まさか…と見上げた先に、琥珀色の長い髪と茜色の瞳――



「はぁっ!??」



黄昏と私が例えた色を持つ推定十代後半の美青年がいた。

思わず令嬢らしくない声が出た。

お兄様も声こそ出しはしなかったが、目を見開いてる。

ただでさえ珍しい精霊、しかも上位精霊が目の前で人の姿になったのだ、驚くのも無理はない。



「これが僕の本当の姿だよ。ここで一つ講義だ。下位精霊は手のひらサイズ、中位精霊は人の子サイズ、上位精霊は大人サイズ。僕達精霊はちからで姿が変わる。自分で好きに姿を変えられる精霊は少ないね」


「つまり、じょういせいれい(上位精霊)なのね」



初めて聞く精霊の大きさの違いに確認を込めて問えば、ラグナは楽しそうに笑う。

猫が精霊で、精霊が上位精霊で、さらには美青年になって、訳が分からない。



「デュークハルト、君の感覚は正しいよ。“証”が反応したのは僕の力だ。僕の名はラグナフォーゼ。世界の管理者にして君達二人に“証”を与えし者。君達には精霊王と言った方がわかりやすいかな?改めてよろしくね、“精霊姫”シェリスティーナ、“裁定者”デュークハルト」



ラグナは実に楽しそうだ。

待って、とりあえず待って、いろいろと。


猫に名付けたらしゃべって、精霊が上位精霊で、猫が美青年になって、美青年は精霊王…。

世界の管理者とか、お兄様と私の“証”とか、“精霊姫”とか…

もう、訳が分からないよ…。



「精霊王…」



ぽつりと呟いて今度こそお兄様が動かなくなった。

三歳の私と十三歳のお兄様、きっとこの短時間で何年分もの驚愕を消費したと思う。


何がいけなかったんだろう?

あぁ、私が野良猫に呼び名を付ける感覚でラグナに名付けたのが悪かったのか。

私の平穏、どこいったの!?

前世と違うどころが、もう全くの別物だよ。







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