【5】
あれから三年が過ぎ、私はすくすくと育っていた。
変わったこといえば、父が幽閉されたことでお兄様が十歳から当主代理として大公家当主業務の全般を担ってきた。
国王陛下公認で当主代理の権利を手に入れたお兄様が行ったのは、信用ならない使用人の入れ替え。
そうやってお兄様と私の周りの安全を確保してくれた。
そしてもう一つ、ルナが亡くなったことだ。
お兄様も邸の皆も手を尽くしてくれたが、どうすることも出来なかった。
限界が来ていたのに、それでも頑張って傍にいてくれたルナ。
お兄様に「母上のもとへいけるんだ。笑って見送ってあげよう」と言われ、不細工な泣き笑いでルナを見送った。
父はこの三年間、幽閉されたままだ。
お兄様のおかげで安全が確保され、私は前世の三歳よりも自由な行動が可能となった。
領主邸なら侍女を連れていれば歩き回れるし、外も中庭までなら出ることが許されている。
心配性なお兄様にまだ三歳だからと、ある程度の制限をされるのは仕方ない。
もっとも、領主邸と言っているがそれは名ばかりで、実はちょっとしたお城だったりする。
前世でも広すぎて全ては覚えていなかったが。
勝手知ったる領主邸で三歳児は今日も自由に動き回っていた。
今は、先月十五歳になった侍女のミリアを伴って書庫で探し物をしている。
探すのはもちろん、魔術や精霊、この国に関するもの。
前世でもある程度は教わっていたが、あくまで九歳が習える範囲に止まっていたため、より詳しいものを探しているのだ。
危険フラグ回避のためにも生きていくためにも、能力や知識はありすぎて困ることはない。
「お嬢様、お持ちする本はお決まりですか?」
近くで静かに佇んでいたミリアが声をかけてきた。
出来る侍女は主の邪魔にならないように気配を消すのも上手い。
あまりにも上手すぎて、いることを忘れていたくらいだ。
「うん。これとあれと…あそこのほんも」
「かしこまりました。…国家関係図、ですか?」
指定した本を取りその一冊で、何故このようなものを、という顔をしている。
確かに三歳児が読む本ではないが私には必要なものだ。
この邸の使用人は私にかなり甘い。
笑えば大抵、困った顔をしながらも許してくれたり、誤魔化されたフリをしてくれたりする。
今回も「おかあさま、せんそうを止めたのでしょ?」とお兄様が教えてくれたのだと言えば、それではこちらもと関連の書物を見繕ってくれた。
「ミリア、もってくれてありがとう」
お礼を言えば微笑んでくれる可愛い侍女だ。
そんなミリアにあまり厚みがないとはいえ六冊も持たせているのだ、お礼くらい当たり前。
自分で持てれば一番いいのだが、あいにく三歳児。
腕力や握力など微々たるものだ。
「おもいのもたせてごめんね」
謝れば更にミリアの微笑みが深くなった。
目的の本を見つけた私は、ご機嫌でミリアと自室へ戻った。
私が住んでいるのは、精霊に愛されし国と言われるセブンフォード王国のカルラフォード領。
この国は昔から精霊信仰が盛んで、各都市毎に精霊を祀る(まつる)神殿があり今でも精霊を崇める者が多い。
その理由の一つがこの国の守護結界にある。
結界と言っても攻撃を防ぐような類のものではない。
ただ、王国をすっぽりと覆い一年を通して穏やかな気候を保ち、豊かな緑を育む常春の結界。
隣国が真冬だろうと王国内は年中、文字通り常春だ。
雨は普通に降るが、雪や嵐、雷雨に落雷といったものはまず発生しない。
私はこの国で、多少の気温差はあれど春以外の季節を過ごしたことがない。
それが古から続く精霊王との誓約による守護結界のためだと知っているから皆、感謝し、精霊を祀るのだ。
精霊や守護結界については、この国では子供ですら知っている常識だ。
だからこの国では、国王陛下ですら精霊を尊び、精霊王に逆らえないと言われているのだ。
しかし、近年では魔術の衰退と共に精霊の姿も殆ど見なくなった。
「お嬢様、それでは失礼いたします」
「ありがとう」
テーブルに重ねた本と蜂蜜入りのホットミルクを置いてミリアは退室していった。
ソファーに座り、冷めないうちにとカップに口をつけると甘い香りが広がった。
魔術の本を開き、何となしに思う。
この邸の使用人は皆、優しい。
三歳の割りには年齢にそぐわぬ言動や行動の多い私だが、誰にも奇異の目で見られたことがない。
優秀すぎる大人びたお兄様がいるおかげで目立たないというのもあるだろう。
私の大好きなお兄様なのだが、二周目の私から見ても優秀すぎるのだ。
規格外とはお兄様のことを言うのだろう。
前世もそうだったが、今世はより優秀さに磨きがかかっている。
と言うより、既にチートだ。
当主業務などもそうだが、魔術が圧倒的におかしい領域だ。
国唯一の上級魔術師で天才と呼ばれていたお母様ですら、上級魔術を扱えるようになったのは十八歳――成人してからだったと言う。
私もお兄様も魔術の名門・リーンフォード公爵家出身のお母様の血を継ぐ者、魔術は確かに得意である。
でもね、それでも限度はあると思うの。
去年、二歳の私を喜ばせようと上級魔術を使用したのを見て、度肝を抜かれた。
だってお兄様、十二歳で既に上級魔術を扱えていたのだもの。
しかもそれは、お兄様にとっては私との遊びに使ってしまえる、その程度の簡単なことだった。
「ん?」
コツンっと音がして意識を引き戻された。
発生源を探り部屋を見回してみると、窓際に見慣れないものがいた。
少し離れた窓際、ちょこんと座るそれと目が合った。
「…ねこ?」